24. アーサーという少女
アーサーとティーダの戦いから一夜明けて、朝。
オレ達はオリトリ亭に集まり、朝食の時間を楽しんでいた。
「………」
「……えーと。おいしい?」
「はい」
楽しんでいた、と言い切るには少し、気まずい雰囲気かもしれない。
テーブルにはオレとユシド、ティーダという馴染みの仲間が座っているが、今日は変化がある。
オレの対面には、屋内だというのに深く被ったフードをとらない、アーサーという少女がいた。彼女はあまり楽しくなさそうに、目玉焼きやベーコンやパンを、せかせかと口に運んでいる。
わざわざ朝から来て食事を用意してくれたデイジーさんに、いささか失礼な態度じゃないか? と思ったが。当のデイジーさんはお盆を抱えて、にやけた顔を隠さず満足そうにしている。
「ああ。あのアーサー様が、私なんかの料理を口にしてくださるなんて」
珍しくおかみさんに無理を言って厨房を借りるなんて、どういう風の吹き回しかと思っていたが、なるほど。S級のハンターというのは人気者らしい。
アーサーを遠巻きに見つめるデイジーさんの目つきは、まるで恋する乙女のようだ。……でもなあ。
「お嬢さん。食事のときくらい、フードはとりなよ」
「あっ!」
ティーダが横から手を伸ばし、アーサーの顔を晒した。
孤高でクールな人物という仮面の下から、きれいで長い黒髪と、料理を口いっぱいに頬張った少女の顔が出てくる。いじきたないと思われるのが嫌なのか、アーサーは顔を赤くしてややうつむいた。その様子は年相応の少女のようで、可愛らしいものだ。
どうやら本当においしいと思いながら食べていたようだ。やはり人間、表情くらいは見せてもらわないと、思っていることは伝わりづらい。
「!!?? 女の、子? おと……おん……???」
突然、デイジーさんがトレイを取り落した。何か衝撃的な出来事を目の当たりにしたかのように、目を白黒させ、おろおろと狼狽えている。
彼女は誰かに助けを求めるようにきょろきょろと辺りを見回し、最終的にオレと目が合った。すがるような目つきでこちらを見つめてくる。
オレは眉根を寄せ、神妙な表情をつくって深く頷いた。そうです。彼女は、女の子なのです。
意図が伝わったかどうか定かではないが、デイジーさんは膝から崩れ落ちた。哀しい恋の終わり、だったのかもしれない。
それにしてもこの目玉焼きとベーコンはうまい。ただ焼くだけの料理だと思うのだが、コツでもあるのだろうか。バルイーマを出る前に、おかみさんと旦那さんとデイジーさんに、料理を教えてもらうべきかな。旅の中で口にするもののレベルが上がれば、食べ盛りのやつも喜ぶだろう。
「ごちそうさまでした」
「ほれ、ハンカチ」
「あ、ありがとうございます」
アーサーは口の周りをやや汚しながも、出されたものをきれいに平らげた。ティーダからハンカチを受け取って口を拭う様子は微笑ましく、つい笑いが漏れる。
やっぱり。根は良い子なんじゃないかな、と思う。
「私もごちそうさま。デイジーさんのお料理はうちのメイド長にも負けませんね」
「はいミーファ、ハンカチ」
「………」
横から突き出された布を奪い取り、口を拭く。
いつからオレに対して、年長者のポジションになったんだこいつは? ああん?
まあ実際、身体の年齢はこいつの方がひとつ上ではあるのだが。ふん、もう1年早く生まれていればな。
少し汚したハンカチを、自分の懐にしまう。これは洗って返す。
最近、師匠の威厳が危うい。こいつがよそに師事するなんてことを避けるためにも、やはりここはひとつ、明日の真剣勝負で腕を見せつけてやらねば。
ちら、と。横にいるそいつの、翠色のひとみに視線を向ける。
……なぜオレは、ユシドがもっと強くなるための道を、邪魔しようとしているのだろう。これでは嫌われてしまっても文句は言えない。
「アーサー、あそこの女の子が朝食を用意してくれたんだ。お礼を言ってきな」
「え? えっと、その」
「礼儀さ礼儀。ふつーだろ」
ティーダに促され、アーサーが戸惑いながら席を立つ。どうも昨夜から、あの子は彼のペースに乗せられているな。
ティーダには何か思惑があるのだろう。少し、見守ろうか。
地面にうずくまっているデイジーさんに、アーサーが近づく。
デイジーさんが顔を上げた。主に悲哀の感情の割合が高めな、非常に面白……切ない顔をしている。
「あ、あの。お姉さん。お料理、美味しかったです。ありがとうございました」
アーサーはこういう交流になれていないのか、少し恥ずかしそうにしながら言って、ぎこちなく頭を下げた。
その言葉が自分に向けられていることに気付いたデイジーさんは……素早く立ち上がり、背筋を伸ばして、アーサーの手を握る。
「アーサー様! いえアーサーちゃん!! バルイーマにいる間は、いつでもここに来てね! ね!? お姉さん頑張って料理つくるから!!!」
「は、はあ」
内心でどんなことを考えているのかいまいち分からないが、彼女のテンションの上げ下げが激しくて、心配になってきた。
フードを取れば意外と可愛らしい女の子だから、デイジーさんも彼女と仲良くなりたいと思ったのだろう。たぶん。
「友達ひとり確保、と」
一連のやりとりを見たティーダが、胡散臭い顔をしながらつぶやいていた。
「さて……今日は大会は休みだが、みんなはどうする?」
ティーダが立ち上がりながら声をかけてくる。
本来なら今日の昼から2回の準決勝が行われる予定だったのだが、それは主にティーダが武闘台を変形させたせいで、1日分延期になった。
ゆっくり体を休めてもいいし、対戦相手の情報を集めてもいい。バルイーマの観光を楽しむのもいいだろう。
まあ、対戦相手の情報はいらない。オレの次の相手は……ユシドだ。こいつのことなら誰よりも知っている。
……誰よりも知っている? ほんとうに、そうだろうか。
「僕はちょっと、ギルドに寄って簡単な依頼でもこなそうかなと」
「え! ユシドさん、ミーファさんとどこか行かないの? 女の子が暇を持て余しているんですよ?」
「は、え、その……」
なんかユシドがデイジーさんに詰め寄られている。確かに暇だが、オリトリ亭で給仕の仕事でもさせてもらおうと思っていたのに……。
ちょっと釈然としない。
「そりゃあいい。なら、ミーファちゃんと、このアーサーも連れていくといい」
「は? なんでわたしが」
ティーダがアーサーの背中を馴れ馴れしく押す。
迷惑そうにする少女を見て、ティーダの意図を汲んだ。
「そうだな。S級のハンターが力を貸してくれたら、これ以上ない勉強になるだろう。さあさあ行こう、ふたりとも」
「行ってらっしゃいみんな。俺は闘技場のステージを修復する手伝いをしに行ってるから、困ったことがあったらそっちに来てくれ」
ティーダと一瞬、目配せを交わし、デイジーさんには朝食の礼を言う。
オレはふたりの腕を引き、オリトリ亭を出る。さて、ギルドはどっちかな。
「なぜわたしが人の仕事なんて……」
「アーサーさん。噂に名高いあなたと共に戦えるなんて、本当に光栄です」
「は、はあ。それは、どうも」
お、うまいぞユシド。お前は本当に人当たりがいいな。その調子でアーサーと仲良くなってくれ。
ギルドにたどり着いたオレ達は、さまざまな依頼が貼られる掲示板へとまっすぐにやって来た。
建物を外から見たときも、中に入ったときも驚いたが、グラナのハンターズギルドよりずいぶんと規模が大きい。働き手も依頼主も大勢いるのだろう。
目の前にどんと置かれた掲示板も、やたら面積が広い。自分に合った依頼を見つけるのも一苦労じゃなかろうかと思うのだが、ユシドは慣れた様子でそれらを検めていく。しばらくここに入り浸っていただけのことはある。
ハンターとして働いたことはないが、試しに掲示板を眺めてみる。依頼にも色々種類があるようだ。
「魔物がうろつく街の外で、希少な薬草やら鉱物やらを採取してきてほしい。」 これなら逃げ足が早い者ならこなせそうな依頼だ、日銭の欲しい冒険者見習いにでも斡旋されるべき話だろう。
「ダンジョンの調査をするために護衛をつけたい。」 これは最近、ユシドとティーダが受けていたと聞いたな。依頼主によっては冒険者としてよい経験を積ませてもらえるだろうが、長期間にわたることもある仕事だ。そして働き手の信頼性を示すランクについても、Cとか、B以上の人材が求められるみたい。ベテラン向けってことだな。
「魔物を退治してほしい。」 わかりやすくていい。楽そうだ。魔物の強さによっては大変な目に遭うだろうが、七魔のようなやつらでもなければ、オレは負けはせん。これがいいな。向いてる。
想いが通じたのか、やがてユシドは、魔物退治の欄から一枚の依頼書を選んだ。それをオレとアーサーに見せてくる。
「“カエルの討伐”ねえ」
“バルイーマの地下を巡る水道に、蛙の魔物が住み着いている。” うげ。
こういった都会は田舎と違って大きな水道が通っているようだが、こういう弊害もあるのか。人気がなく薄暗い環境は、たしかに魔物たちの好みとするところである。我々の住環境を守るために、彼らは討伐するしかあるまい。これも人間のわがままだ。
この依頼を選んだのは賢い。現場がすぐ近くで街を出る必要はないし、そう苦戦することもあるまい。水棲生物型の魔物の相手は、オレも得意とするところだ。アーサーの出番はないかもしれんな。
……しかし、地下水路かあ。下水道の役目もあるだろう。誰もやりたがらなさそうな仕事を持ってくるのは、ユシドの性格かもしれない。
「ただこのカエルのボス……いわゆるギガントードとかグランフロッグとか呼ばれる魔物だけど、結構強いらしい。B級以上しか受けられないって書いてある」
「へえ。ならユシド、それ受けられるの? 駆け出しじゃないのか君は」
「問題ないよ。そろそろA級に昇格しそうなんだ」
「はあ~~? お前……」
「ご、ごめんなさい」
勇者の使命からどんどん遠ざかってない? まあ、そこまで一生懸命やれることなら、いいけどさ。
ユシドはアーサーにも確認を取り、受付に依頼書を持って行った。
ハンターでないオレやS級のアーサーが同行することは、別に受付に伝えずともいいのだろうか。
複数人でハンターの仕事を受ける場合、報酬周りのシステムはどうなっているのだろう。
再度掲示板を眺める。どうやら依頼によっては、仕事を何人でこなしたとしても、依頼主が支払える報酬額は変わらない、というものもあるようだ。
依頼書には来てほしい人数や人材のランクに見合う額が提示されているが、必ずしもその人数で来いという指定は、ないときもある。魔物の討伐依頼なんかは大体そうだろう。その場合、より安全に仕事をしたい者は、求められた以上の人数でチームを組んで依頼を受けてもよい、ということになるのかな。一人当たりの報酬は減ってしまうことになるが。
では、今回のカエル討伐依頼なら、これが4人以上向けの依頼ならば儲けもの、2名以下向けなら損ということになる。
このあたりの、内容に見合った依頼料や報酬額の見積もりは、ギルドの経営側の仕事だろうか。
そうなると例えば、ひとりでなんでもできてめちゃくちゃ強いやつにとっては、ハンターという仕事は儲かるわけだ。
思わず、フードで顔を隠した少女に目が行く。この子実は、かなりお金持ちだったりするのでは。
しかしなんだかんだで、アーサーもついてくる空気になっているな。しめしめといったところだ。一緒に戦闘をこなすと、多少は仲間意識も生まれるものだからな。
オレ達の目的が彼女の勧誘なのは、本人もわかっているだろう。それでもついてくるあたり、満更でもないのかもしれない。
そうだと、いいな。
「ミーファはハンターじゃないけど、闘技大会の本戦出場者だから、特別に許可が出たよ」
「おー。それはよかった」
戻ってきたユシドの言葉に、返事をする。
ということは逆に考えると、ハンターではない者がハンターの仕事に同行するのには、許可が必要になるわけか。
当たり前か。ギルドに認められていないものが、ギルドに持ち込まれた依頼に出てくるのは、おかしい。いわば人材を送るビジネスなのだから、実力の不確かな人間を送るなんてことをすれば、信用に関わる。
今後もこうしてユシドやティーダが退治屋業に精を出すなら、オレもハンターとして登録するべきか?
でないとまた街でお留守番だ。オリトリ亭での日々がつまらなかったわけではないが……。
少し、考えておこう。
「さて! では2人とも、協力して働こうじゃないか」
「う、うん。乗り気だね、ミーファ」
アーサーは返事をしない。オレの故郷では、返事をしないやつは同意したものと見なします。よろしいね。
おそらくティーダのもくろみ通り、共に戦う中で、仲間意識をはぐくもう。
オレはアーサーと楽しく和気あいあいと打ち解ける未来を想像しつつ、仕事の準備を始めた。
「はあっ!!」
「『イラプション』ッ!」
「『ハイドロレイ』!!」
「つよっ」
仲間意識、生まれない。
アーサーもなにかフラストレーションがたまっているのか、彼女は見敵・即必殺という方針で、さきほどからそう広くはない水路の中を、縦横無尽に暴れている。
こちらとしては、楽をさせてもらって助かる……じゃない。これでは協力も何もあったものではない。新たな勇者勧誘大作戦が台無しだ。
どうしたものかな。彼女に対して、手加減して戦え、などと言うのも馬鹿な話だし。
「うーん、さすがS級。このままだと、アーサーさんに報酬を全部渡さないといけなくなるな」
「あ……そんな、横取りするつもりはありませんでした。いつもひとりで戦っているから、つい」
「うん。なら、こういうのはどうだろう」
暗い地下水路の中を立ち止まり、ユシドが何やら提案を持ちかけてくる。
「この依頼、大将を倒すのが目的だけど、可能なかぎりその子分たちも駆除するように、との記述がある。さっきからアーサーさんがやっつけているのがそうだね」
倒してきたギガントードたちは、どれも人間に迫るほどの体高があった。カエルが苦手な人なんかはもう、近くで見れば気絶してしまうだろう、といったような外見。
口から吐く溶解液は厄介だが、それをなんとかできるのなら危険度は低い。ただ、さっきからどうにも、数が多い。相当景気よく繁殖しているようだ。水道の管理とか、今日まで大丈夫だったのだろうか。
「というわけで……これから3人で勝負をします。準決勝前の腕慣らしだ」
「ほー。勝負とは?」
ユシドの言葉を聞きながらアーサーの顔を見ると、彼女はしっかりと耳を傾けていた。関心を捉えるのがうまいな、やはり商人なんかに向いているかもよ。
「僕たちは三手に分かれて、ボスを探しながら子分たちを倒す。いちばん多く倒した人が報酬をたくさんもらう。以上」
「なんか子供っぽい遊びだな」
「ミーファは好きでしょ、こういうの」
「……アーサーは、どう思う?」
事前に確認したマップによると、栄えた都市であるバルイーマの下に広がっているだけあって、3人1チームで探索するには結構広い。分かれるのはいい手段だろう。
アーサーに、話をふる。
そして地下水路の様子を眺め、まだオレ達が通っていないルートへ続く曲がり角に、ちらりと視線をやる。
「いいと思います。それでお願いします」
「じゃあスタートッッ!!!」
「あ、ズル! ミーファってほんとお金好きだな」
足に魔力を纏わせ、汚水を弾き飛ばしながら疾駆する。若造どもには負けんぞ。カエルたちには犠牲になってもらう。
後ろから、「飽きたら出入り口に集合!」という声がした。勝負とあっては、狩り尽すまで帰りませんよ。
少女は水路の中をひとり、歩く。
遠くでは電撃の瞬く光や音、それに水路を流れる水がやや風にゆらめいている。それを感じたアーサーは、知らず知らずのうちに、ふたりに負けじと早歩きになった。本人は冷静に、年上の提案したお遊びに付き合ってあげているつもりだが、根の部分では負けず嫌いな性質があるのだろう。ハンターの中で最も上位であるS級の肩書は、その表れかもしれない。
「ん」
アーサーは水の魔力に敏感な魔導師だ。
彼女は水路のどこかに、何かを感じ取った。時折、流れる汚水排水に目をやり、耳を澄ませながら、入り組んだ道を迷いなく折れていく。
「いた」
やがてアーサーは、これまでに屠ってきた蛙の魔物とは比べ物にならない大きさの、同種の魔物を発見した。
討伐依頼の主目的である、ここのヌシだ。
アーサーは見上げるほどもある巨大な魔物を眺め、怖がることもなく、内心舌なめずりをした。あれを倒せば、特別点でももらえるかもしれない、と。
「はっ!!」
アーサーは遠距離から、水の魔法術を放った。ここに来るまでに小ガエルたちを切り裂いてきた、鋭い一撃だ。
……しかし。それは敵の厚くぬめった表皮に、難なく防がれた。
「やっぱり、そうなるんだ」
水棲生物の魔物は、水属性の魔力に耐性を持っているケースが多い。その中でも強力な個体であるならば、一般的な魔導師の水術では全く効果がないだろう。
とはいえアーサーの術の規模ならば、そんな耐性は無視できるほどの魔力がこもっている。勇者に選ばれる人間は規格外だ。
しかしそれでは、この地下水道に少なくない影響を与えかねない。彼らは人々の生活を守るためにここへやってきたのだ。アーサーが力の加減を誤れば、最悪、水路に損壊をもたらし、本末転倒の結果となってしまうだろう。
ならば、と。
アーサーは己の右腕を見た。……そして、かぶりを振る。
今までもこの程度の仕事はこなしてきた。火の術など、使う必要はない。
「ふっ!」
静かに、しかしどっしりと構える水路の主に、アーサーは背中の大剣を掴んで接近を試みた。
じっと動かなかった魔物の目が、ぎょろりと動く。アーサーはいち早く反応し、大きく進路を修正し、跳んだ。
大ガマの喉が動き、巨大な口が開く。そこから吐き出された液体は、アーサーが進もうとしていた地面を、焼き溶かしていた。
それは子分たちのものより、数段強力な溶解液だった。攻撃範囲も広い。
アーサーはどう攻めたものか、思案する。
しかし敵も戦いのスイッチが入った。考える間を与えないように、魔物の液が飛び散ってくる。それをなんとか掻い潜れば今度は、太い腕や柱のような舌が伸びてくる。
相手の動きを封じることができたなら。アーサーの剣は、いかなる魔物をも両断するだろう。問題は、どうやってそれを成すか。
火を禁じているアーサーにとって、敵との相性は、悪い。
「ひとりで大変なら、こうすればいいのさ」
「えっ?」
暗い水路に、明朗な声が響く。
途端に、眩い金色の光が、暗がりに慣れたアーサーの目を刺激する。それは雷術の魔力による光だ。
虚空から出現した雷は、巨大な魔物の身体にまとわりつき、やがて大きな輪になった。そしてまるで縄のように、その肉の身体を締め付ける。
雷の属性による、拘束の術だった。
アーサーにも似た技は使えるが、“敵との相性”が違ってくる。雷は、水に属する魔物に対して、より強い威力を発揮することがある。
蛙の魔物はその腕や、跳ねる動きを封じられ、どこか苦し気にもがいた。
アーサーは火が付いたように、前へ駆けだす。
――巨大蛙が大口を開け、溶解液を放った。
「そのまままっすぐ行って!」
反射的に大きく躱そうとしたアーサーに、先とは異なる声がかけられる。少女は一瞬の判断を迫られ、その誠実な声を、信じた。
後ろから、風が吹いた。
「これは!」
アーサーを避けるようにして、背後から風の魔力が前へ飛び、竜巻を形作って溶解液を吹き散らす。
あとには、勝利への道筋だけが残る。孤独でいることを選んできた少女にとって、自分以外の者に援護される経験は、これが初めてのものだった。
追い風が背中を押す。アーサーは跳んだ。いつもより、すこしだけ高く。
「やあああっ!!」
鋼鉄の大塊が、魔物の脳天に振り落された。
「それで、結局誰の勝ち?」
「子分を倒した数は……ミーファが一番」
「よしっ! 見たか君たち。これが実力というものだよ」
胸を張って自慢すると、アーサーがむっとしたのがわかった。
やっぱり可愛い顔をするじゃないか。子どもは素直な方がいい。
……少しは、距離も縮まっただろうか。
「そしてボスの点数は、小さいの100体分です。よってアーサーさんの勝利」
「はあ~~~~? 聞いてませんけど!!」
理不尽……っ! 小さいやつら倒した意味ないじゃん。オレの小遣いは?
いくらなんでも納得がいかず、ユシドの頬をつねって抗議とした。
「あ、あの。あいつは、みんなで、倒しました」
声の主を見る。
少女がどこか、これまでに見せた顔の中で一番、嬉しそうに見えたのは、気のせいではないと思いたい。
「わたしについてこられる人を見たのは、おふたりとティーダさんが初めてです。だから、報酬は、平等に分けたい、です」
「良く言った! 良い子! お姉さんが撫でてやる」
「ふわっ、あ、あの……ミーファさんって、話し方が、なんか……」
「この人、貰えるお金が増えて喜んでるだけだよ」
ユシドが笑う。オレも笑って、アーサーに接する。
やはり彼女を、どうか、これからの旅に連れていきたい。この気持ちは通じているはずだ。
なぜこんな純粋な子が、これまでひとり孤独に戦ってきたというのだろう。……あっては、いけないことだ。
「アーサー。僕たちの旅に、一緒に来てくれないか?」
ユシドがついに、その一言を口にする。言葉遣いも変わっていた。これまでのように仕事仲間に向けるものではなく、目の前の少女自身に対して、本心から語りかけている。
それを聞いてアーサーは……オレの手から、離れた。
まるで互いの、心の距離を開くかのように。
「……まだ。やることが、あります。明日の戦いが終わるまでは、答えは出せません。……ごめんなさい」
それだけ言うとアーサーは、再びフードを目深にかぶり、踵を返して歩き出してしまった。
オレ達はゆっくりと、その後をついていく。ユシドは彼女に届くように、大きな声で、また話しかけた。
「大会が終わったら、また一緒に仕事をしよう。そのときにはきっと、君のことを聞かせてほしい」
返事はなかった。
もう少しの間、少女を見守ることを決め、オレ達は進む。
明日の戦い。彼女にとって大きな意味を持つ何かが、そこにある。




