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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
23/63

23. 記憶の中の炎

 朝日がまぶたを貫いてきて、わたしはやわらかなベッドの上で目を覚ます。

 目をこすって伸びをすると、新しい1日がやってくる。幼いわたしはベッドから飛び降りて、大好きな両親を起こしに、どたどたと自分の部屋を出ていく。

 ふたりの寝室のドアをそっと開けると、わたしの部屋と違ってカーテンが開いていない。大人は朝が苦手だから、ずっと寝ていたいのかもしれない。

 わたしはどのように起こすか迷って、最終的に、ふたりの間に勢いよく飛び込んだ。わたしは甘えん坊で、家族のことが大好きだったから、ふたりの真ん中という場所が一番好きだったのだろう。

 驚き飛び起きる父と、いつものことだから慣れているのだろう、ゆっくりと目を覚ます母。ふたりは身体を起こし、目覚まし係という大役をつとめたわたしを撫でた。

 両親の愛情を感じたわたしが、嬉しそうに目を細めている。


 それをわたしは、他人事のように、俯瞰した視点から眺めている。

 またこの夢だ。もう、何度も、何度も見た。熱が出た日には、決まってこの夢を見せられる。過ぎてしまったできごとの記憶を。

 この日も、何の変哲もない一日になるはずだった。

 いや。何の変哲もない、なんてことはない。……とても、幸せな一日だ。幼いわたしには、生まれたときから当たり前にそばに両親がいて、そのささやかな幸せには、まだ気付いてはいなかった。


 この日の父は、家で事務的な作業をしていた。仕事だったのかもしれないし、私用かもしれない。わたしはそれが退屈で、何度も構ってもらおうと邪魔しに行っては、母に優しく諭されていた。

 父は外で仕事をしてくることが多く、そのとき母は家事をしている。ふたりの役割は逆の日もある。聞いていた話では、ふたりはとても強い戦士で、人々を襲う悪い魔物をやっつける仕事をしていたのだという。

 とはいえ、住人の少ない小さな村だ。少し行けば街もあるが、そうそう大口の魔物退治の依頼など、入っては来なかっただろう。家族を養っていくには、あまり余裕はない程度の収入だったと思う。

 素朴な暮らしだった。だけど、十分だ。変化は、きっと、いらなかった。


 続きだ。

 わたしは父が大事な仕事をしていることを、ようやく子どもながらに察し、外で遊ぼうとして、家を出た。

 わたしの家は村のはずれもはずれで、あまり近所とのかかわりがない。友達はいなかった。

 ……いや、もっと前には、いた。けれど友達だったみんなは、魔法術を習う歳になって、一緒に魔法比べをしてから、それからは遊ばなくなった。

 理由は、今なら、少しはわかる。


「そこの娘」


 川で水遊びをしたり、野山で木登りをして、あまり村の中心に近づかないように遊んでいたとき。

 ローブ姿の、大人が声をかけてきた。

 その人はローブを、顔や素肌が見えないくらいに着こんでいて、暑そうだなと思った。

 村では見たことのない大人だったが、コミュニケーションに疎いわたしは警戒をすることもなく、素直に応えた。


「この村に“火の勇者”がいると聞いたのだが、お前は知らないか?」


 火の勇者。

 それは、母のことだった。

 母の手には伝説に語られる紋章がある。赤く光るそれは、火の属性を担う勇者の証であり、いずれ来る風の勇者を待っているのだと言っていた。

 だがこうも言っていた。このことは、絶対に人に話してはいけない。勇者であることは、秘密なのだと。

 だから、「知らない」と言った。


「では、この村に腕の立つ魔物の退治屋はいないか? うわさを聞きつけて、はるばるやって来たのだがな」


 それなら、うちの両親に違いないだろう。そう思い、わたしは無邪気に、そいつに自分の家を教えた。

 ……強い後悔に、胸の奥が締め付けられる。ここでわたしが家を教えなかったとしても、未来は変わらなかっただろうとは、わかっている。


 夜になった。

 わたしは父と一緒に、お風呂場で湯浴みを楽しんでいた。

 この風呂はよその家には真似できないもので、魔法術でつくりだした水を、火の術であたためたものだ。これは家族の中で、いつからかわたしに任された仕事で、父も母も毎日褒めてくれた。


「この湯加減、シークはすごいなあ。父さんはもう敵わないよ」

「おとうさんは水の勇者なのに?」

「水の勇者なんかより、シークの方がすごい! 火と水のマルチタイプなんて聞いたことがない!」


 ざば、とお湯をかけてきて、それから頭をわしわしと撫でる父の手に、わたしは大笑いして喜ぶ。父の手には、青く光る紋章があった。


「おとうさんとおかあさんは、いつか勇者の旅へ行ってしまうの?」


 父と母は、伝承の通りなら、世界を救うための旅に出ることを義務付けられている。だけどそうなれば、わたしは村にひとり置き去りになってしまう。

 不安を隠せず、わたしは父に聞いた。


「そうかもしれない。でも、旅に出るときは、シークも一緒さ」

「わたしも?」

「ああ。危険は大きいが、父さんと母さんが絶対にシークを守る。それさえなんとかなれば、旅は楽しいぞ。裏の山なんか足元にも及ばない大きな山や、川の何倍もでかい“海”。隣町なんか田舎に見えるくらいの大都会!」

「わあっ……!」


 思い返せば、父の言葉は大きさを比べてばかりの、拙くおかしなものだったが、本の中にしか見たことがないそれらは、わたしの心を打った。

 いつかきっと、小さな村を出て旅に出たい。父や母と、そして、頼れる勇者たちと共に、広い世界を巡ってみたい。

 幼い頃の夢は、この日にできていた。だから、よく覚えているのだろう。


 母の料理を食べ、父とお風呂に入り、少しお話をしたら、ベッドへ行く。

 この日は母の読んでくれた物語を聞いて、わたしはしあわせな眠りについた。

 眠りが幸せだったのは、これが最後だ。


「……う、ん。おとうさん、おかあさん……?」


 目が覚めた。いつものように朝日に起こされたのではなかった。

 窓から見える外は、すこし赤く、夜中にしては明るい。そして、なんだか息苦しかった。

 部屋の扉の向こうから、やけに色づいた光が漏れている。わたしはおそるおそる、扉を開けた。


「え……?」


 家の中は、普段とは違っていた。

 赤く、ごうごうと揺れる何かが、そこら中で踊っている。ぱちぱちと音を鳴らし、家具や柱にまとわりついているもの。

 それは、炎だ。


 自分の家が火事に巻かれている事実は受け入れがたく、ひどく非現実的なものに感じられた。

 わたしはふらふらと歩き、燃える家の中をさまよう。あまりにも景色が違っていて、他人の家のようだった。

 暑さと息苦しさはまるで、これは夢なんじゃないかというくらい、わたしの身体をうまく動かせないようにしてくる。それでもゆっくりと進み、きっといつものように家族がいるはずの、リビングにたどり着く。


「お……おかあさん!!」


 母が倒れているのを見つけて、ようやくわたしの頭は動き出した。

 動かない彼女を外に連れて逃げるために、わたしは母に近づく。子どもにしては良い判断だろう。そのとき、父がどこにいるかなんてことまでは、頭が回らなかった。

 しかし。

 わたしと母の間に、誰かが立ちふさがった。


「おや……昼間の娘じゃないか。礼を言うよ、おかげでこの場所がわかった」


 フードの中から紅い目だけを見せて語りかけてくるそいつは、どうやら笑っているようだった。

 わけがわからなくて、わたしは目の前に現れた大人に助けを求める。


「あの、そこにおかあさんが倒れて……! あのっ、助けてください!」

「ああ、いいよ。でもおかあさんはもうダメだね」

「な、なんでっ!?」

「オレが殺した」


 言葉の意味が、よくわからなかった。

 だからもう無視して、母の元へ駆け寄った。

 わたしは母に呼びかける。目を覚まさないから、ひきずって外に連れ出そうとした。子どものわたしには、大人の母の身体は重く、遅々とした歩みだった。

 さらにそれを、邪魔するものがいた。


「ああ、だからダメだって。その死体はオレが使う」

「いやっ、何するの! おかあさんを返して!」


 母の身体を軽々と取り上げられ、わたしはそいつの足にすがって叩こうとした。


「熱いッ!?」


 手が火傷しそうになった。そしてそいつの身体には、手ごたえがない。まるで脚などないかのように。

 わたしはその顔を見上げる。……ようやく、小さな自分にも理解出来た。この火事の原因と、目の前の何者かへの恐怖を。

 柱のように大きいそいつは、身を屈めてわたしの顔を覗き込んできた。

 顔を隠していたフードや、布が落ちる。

 そこには、人間の顔などなく。ただ“炎”があった。


「お前を助けてあげよう。さあ、オレとひとつになるんだ。お前の母と共にな」

「あ、あ……」


 そいつの手が、わたしに触れた。そこから炎が噴き上がる。

 死ぬほど熱いはずなのに、肌に火傷は負わない。今思えばこの炎は、わたしの身体から出たものだったのだ。そいつはわたしの身体から火の魔力を絞り出し、飲み込もうとしていた。


「おお……! すさまじい火の魔力だ。やはり火の勇者の娘――」

「い、い……いやああああああっ!!!」


 そのとき、わたしの身体から、もうひとつの力が沸き上がった。

 赤い炎に対を成すような、青い怒涛。水の魔力がやつの炎の身体に触れると、まるで熱いものを触ってしまった人のように、やつは悲鳴をあげて手を引いた。おかしな光景だった。

 おそらくこのとき、父と母の手からは、すでに勇者の紋章は消えていただろう。


「父親の魔力まで受け継いでいるのか……厄介な」


 これまでにない魔力の発露に、意識がもうろうとしていく。

 そんなわたしに、やつは水などどうということはないとでもいうように、再度顔を近づけてきた。

 そこだけは人間のように血走った眼と、紅いひとみが、わたしをつらぬく。


「娘。お前の家を焼いたのはオレだ。両親を奪ったのはオレだ。お前を不幸に追いやるのは、オレだ」


 刷り込むように語りかけてくる。その言葉は、こうして今でもはっきりと覚えている。

 忘れられるものか。


「恨め。復讐するがいい。お前の内にある力を高めろ。そしていずれもう一度、会おう」


 気付くと、家の炎は消えていた。母の身体と、火の化け物も、いなくなっていた。

 わたしは、ひとりになった。



 遺体のない父と母の墓に、村人たちが祈りを捧げている。

 わたしたちを腫物扱いしていた彼らにも、情はあった。表情からして、心から悼んでくれていただろう。これはあくまで夢だから、わたしの願望なのかもしれないが。

 それからの人生は、意味のない日々だった。だから夢の中では、すごい早さで過ぎていく。


 村でよくしてくれた年配の夫婦がいた。お爺さんとお婆さんはわたしを哀れに思い、家に引き取ってくれた。

 優しいふたりにようやく心を開けるようになったある日、その家が燃えた。

 なんとか家族は無事だったが、そんなことは救いにならない。原因はおそらく、わたしの扱いきれない火の魔力だった。

 あの日以来、わたしの中にある水と火の魔力は、日に日に力を増していた。何かが目覚めてしまったのだろう。そして水の方はともかく、火の方は使うのが嫌で、コントロールの訓練がうまくいっていなかった。その魔力が、眠っている間に暴走したのだろう。

 わたしはふたりに謝り、村を出た。お爺さんたちは気にしないと言っていたが、いずれ二人を焼き殺してしまうなんてことになったら、もう、生きてすらいたくない。

 村を出るとき、父アーサーの墓から、彼が使っていた大きな剣を持ち出した。この剣と、母ロピカが数年後の誕生日にくれるはずだったローブコートだけが、わたしの持ち物だった。魔法の炎に焼かれずに残ったものは、このふたつだけだ。


 剣を引きずり、道中の魔物をつたない魔法術で殺しながら、隣町までやってきた。そのときは、身体が限界だった。

 親切な人が、わたしを孤児院に連れていってくれた。美味しい食事や人のぬくもりに抗えず、わたしはしばらくそこにいた。

 そしてある日、孤児院が燃えた。わたしは街を出た。


 そういうことを何回か繰り返して、ようやくひとりで生きていけるようになった。父の剣を振ってもつらくなくなり、母のローブが身長に合う頃には、わたしは何者にも負けなくなっていた。

 ここまで思い返せば、この夢は覚める。

 最後にもう一度、炎に焼かれる自分の家と、両親の顔を、思い出した。




「う……」


 目が覚める。眩しい朝日に迎えられたさわやかな朝、などではない。

 わたしは人通りの少ない路地裏にいた。

 ……身体が熱い。火の魔力をうまく扱えなかった日は、水と火が体内でうまく共存せず、こうして身体が熱に侵されてしまう。そしてそういう日は決まって、あの夢を見るのだ。まるで呪いのようだった。

 父の剣を支えに、立ち上がる。気を失っていたのは十数分程度だろう。しかしこのままここで一夜明かすというわけにはいかない。バルイーマの治安は悪くはないと聞くが、近頃人さらいがあったと聞く。

 自分はそこらの悪人にさらわれるほど、か弱くはないが、気を失っていてはさすがにただの小娘でしかない。宿屋を利用しなければ。


「あらシーク。起きたのね」

「え?」


 優しい声が、わたしを呼んだ。

 その名前は、もう何年も耳にしていない。戦士である父から継いだ、勇猛な名の方を使っているからだ。

 シークという名前を知っている人間が、こんなところにいるはずがない。

 いや。それより、あの優しい声は。忘れるはずのない音は。

 甘い希望にすがるような弱い心を、強い怒りで塗りつぶしていく。


「貴様は……貴様は! 母の身体を返せッ!!!」

「そう声を荒げないで。久々の再会でしょう?」

「母の真似をするな!!」

「おお。こわいこわい」


 暗がりの中から、ローブ姿の女性が現れる。黒く美しい髪と、紅い瞳。その容貌は、あれから何年も経っているのに、少しも歳をとっていなかった。

 歳をとるはずがない。母は死んだ。あいつが殺して、身体を乗っ取った。あまりに許しがたい所業だ。

 それを知ったのは、闘技大会の賞金を目当てに、このバルイーマへ来てからだ。

 やつは母の身体を使い、母の名前で、闘士として参加している。何度も殺そうとしたが、そのたびにやつは目の前から逃げた。

 だがもう逃がしはしない。あさっての試合はわたしと当たるはずだ。大会では対戦相手を殺すのは禁止だが、ロピカという人はもう……死んでいる。


「明後日は、逃げるなよ?」

「……は?」


 ――それは、こちらの台詞だ。

 もう我慢がならない。わたしはこいつを殺すために、今日まで生きてきたのだから。

 壁に立てかけていた剣を掴み、一足飛びでやつへ迫る。そのまま母の顔を見ないようにして、剣を振った。


「焦るんじゃない。折角の舞台を楽しもうじゃないか」


 刃は、やつの背後の空間からしみ出すように現れた、炎の魔人によって防がれていた。

 ……これ以上刃が通らない……! これほどの力を持っているとは。ならば、魔法術で!


「ここではやらない。闘技場で殺し合おう。……それと。オレのことは、誰にも言うな。言えばこの街を燃やす」

「なんだと!」

「ではな」


 ふっと手応えがなくなる。

 剣をがむしゃらに振り回すも、もうそこには、誰もいなかった。まるであの日のように、あいつは消えた。


「う、う……」


 憎しみと情けなさでどうにかなりそうだ。あんな邪悪な魔物が、この世に存在していいはずがない。何なんだ、あいつは。

 無理やりに身体を動かしたものの、こうして落ち着くと、忘れていた熱が再び頭を焼いてくる。

 このままでは宿屋にたどり着く前に、また気絶してしまう。

 胴から下の感覚が、薄れていく。


「おい、大丈夫か?」


 倒れる前に、誰かの腕に支えられた。

 大人の男の人の声がした。わたしは、意識を手放した。




「おとう、さん……」


 誰かのぬくもりを感じた。

 居間で眠ってしまったわたしをおんぶして、部屋に連れていってくれた背中。ベッドに優しく寝かせて、頭をなでてくれた大きな手。


「えっ。そんな老けてるかな……」

「ふふ、笑わすなよティーダ。あんたはまだまだ若いさ」

「ミーファちゃんって発言が年寄っぽいときあるよね」


 目が覚める。知らない天井だった。

 一日の内に何度、気絶しては目を覚ますことを繰り返しているだろう。夢かうつつかもわからなくなりそうだ。

 身体を起こそうとすると、自分の額に冷たいタオルがあてられていたことに気付く。ブランケットをかぶり、ベッドに寝ていたようだ。


「起きたかい」


 声の方を見る。

 知らない人、ではなかった。

 赤い髪の男の人。たしか……闘士の、ティーダという人だ。


「路地裏で死にそうな顔してたからさ。おせっかいにも宿まで連れてきたよ」

「……ありがとう、ございます」

「お。礼を言われたぞ。嬉しいね」


 不思議と、この人には悪意を感じなかった。本当におせっかいで助けてくれたのかもしれないと、思わされてしまった。

 しかし、これ以上はいられないだろう。自分の宿に戻った方が良い。

 わたしは、誰かに優しくされては、いけないからだ。


「おっと、まだ動くなよ。疲れてるんじゃないのか」

「迷惑はかけられません」

「迷惑ならもうかけてる。だからダーメ」

「………」


 にこにこと笑いながら、彼は立ち上がろうとするわたしを妨害してくる。

 しばらく攻防を繰り返し、わたしはあきらめ、ベッドに身体を預けた。


「仲良いな。オレも混ぜてくれ」

「あなたは……それは!」


 最初から部屋にいたのだろう、金髪の女性が、ティーダという人の背中から顔を出した。

 そしてその手には、わたしのローブコートがある。それを見て、自分が防具となるそれを身に着けていないことに気付いた。


「か、返してください! 大事なものなんです」

「いいよ、はい」


 手渡されたそれを広げ、眺める。

 戦いの中で何年も使ってきたそれはもう、既にボロボロになってしまっている。けれどよく見ると、胸の辺りに、新しく布を当てて縫った跡があった。

 それは予選のとき、この女性の術が弾けず、わずかに焼き切れてしまった部分だった。


「あの、その、悪いなって思いましてね? 修復してみたの。どうかな」

「……ありがとうございます」

「おい礼を言われたぞ。嬉しい」

「わかる」


 ふたりは先ほどから、わたしの態度が意外なのか、いちいち驚いてくる。

 別に、大会でかちあったときと、今とでは、接し方も変わってくる。それに良くしてくれた人に、最低限の礼は言いたい。


「……いや、礼なんてとんでもない。わたしが傷つけてしまったのですから、これは償いです。しかも下手だし……」

「いえ。もう、ボロボロでしたから」


 縫製ができるなんて、おかあさんみたいな人だ。今になって顔をよく見れば、とびきりの美人で、女のわたしでも見惚れてしまいそうだった。

 わたしは、戦い以外のことは、できない。


「わたしはミーファ。こっちはティーダ。それともうひとり、ユシドってやつがいます。君は?」


 ミーファという人は、わたしの名を聞いてきた。

 大事な自分の名前が浮かぶ。それは言わずに、いつものように、父の名を口にした。


「……アーサー」

「アーサー。ここはわたしの部屋だから、この晩はゆっくり休んでいきなさい。……元気になったら、良かったら、お話をしよう」


 ミーファさんはそう言いながら、右手の甲を見せてきた。……剣の紋章がある。

 そうか。彼女も、強かった。ティーダさんのように、勇者のひとりなんだ。

 そしてふたりは……仲間、なんだ。一緒に旅をして、世界を巡る勇者たち。幼い頃に憧れた空想の勇者たちより、よほど鮮烈な人たちだ。


「あの……」

「どうした?」


 わたしの方から口を開くと、ふたりは食い入るように耳を傾けてきた。すこし気圧される。

 この人たちは、今まで出会った人間の中で、一番強い。わたしが……もし、なにか助けを求めれば、応えてくれるだろう。

 でも。

 助けは、いらない。


「あさっての大会……少し、気を付けて下さい」

「うん……? うん」

「………」


 ティーダさんは、考えるような表情をした。

 あいつの存在は言ってはいけない。だが、何かを企んでいることは間違いない。

 戦いの中で誰かを巻き込んだり、観客を人質に、なんてことも考えられる。それでも、わたしがやつの前に立たないわけにはいかない。

 できれば巻き込まれる前に、彼らには……いなくなって、ほしかった。

 それは無理な話だろう。だからせめて、気を引き締めておいてほしいと、思った。


「……熱は引いたか? 今日はもう寝るといい。何か飲み食いしたくなったら……ミーファちゃん、どうしたらいい?」

「下の階にいろいろあるから、おかみさんか、わたしに声をかけてくれればいいです。宿屋の中にいるから」


 ふたりはそれ以上、わたしに何か問い詰めるようなことはせず、休むよう気を遣ってくれた。

 その気遣いは、ありがたい。明日にでも謝礼を払おう。


 目を閉じると、炎の魔人の顔が、頭に浮かぶ。怒りの火が、わたしの目の奥を燃やし始める。

 ……ティーダさんがくれた、冷えたタオルを額にあてる。

 そうすると、その憎い者の姿は薄らぎ、消えていった。

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