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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
22/63

22. vs水の勇者 アーサー

 本戦第3試合 ロピカ対マコハ

 ふたりの闘士はどちらも強力な魔導師で、壮絶な魔法対決をしばし観客の前で繰り広げた。

 しばらくやりあった後、白いローブの人物、マコハがロピカに何事か話しかける。

 それからマコハが手をあげ、降参の合図をした。勝者はロピカに決まった。ふたりが何を話していたのかは、観客たちには聞こえなかった。

 勝利した闘士ロピカの表情は、予選時の涼しく妖艶な笑みと比べて、やや不機嫌そうであったという。




 本戦第4試合 ティーダ対アーサー


『えー、手元の資料によると、闘士ティーダはA級ハンターとして活躍している魔導師とのこと! 使用武器は……“超頑丈な槍(作;グラナのムラマサ)”です。宣伝ですね』


 観客らの囃す声を、ティーダは適当な表情をつくって受け流す。自分のような地味な男は、華やかなステージに相応しくない。仲間の少年少女に押される形で参加したが、あまり勝敗には頓着がない。それに対人戦など苦手な部類だ。派手な術でそこそこ盛り上げに寄与したら、あとは良いところで負けたいと考えていた。

 だが今回は、そうはいかないわけがあった。


『対する闘士アーサーはなんと、世界に数えるほどしかいない、S級のハンターだっ!! その名をご存知のフリークの方も多いのではないでしょうか! 彼こそはあの、“水葬王子”アーサー! 同業者対決になりますが、やはりA級がS級の胸をかりる形になるか!?』

「S級のアーサー? あいつがそうだったのか……」


 人々のひときわ大きな歓声が、円い闘技場にこだまする。S級の退治屋となれば、ましてこのバルイーマでは絶大な人気を誇るだろう。ティーダが周囲をながめた印象では、特に若い女性たちから人気があるようだ。

 S級の魔法戦士、アーサー。聞いた話では、身の丈ほどもある巨大な剣を軽々とふるって敵を両断し、強力な水の魔法術で魔物の大群を殲滅するという。

 とんでもない戦士を想像していたが、このように小さな少年だとは。確かにその背の大剣は、小柄な彼と比較してバカでかく見える代物だが、長身の戦士が持てば相応のサイズだろう。いや、噂に間違いはないのだが。

 自分のイメージとはかけ離れていたが、王子という通り名は確かに、華奢なその外見をよく表せているかもしれない。

 フードを目深にかぶっているため、正確な年齢は読み取りづらい。だがそのミステリアスさが女子人気の秘訣だとか、そんな感じだろう。わかるわかる。

 そんなことを、ティーダは思った。

 ティーダは槍を回転させながら、身体のあちこちを伸ばす。彼はいわゆる柔軟体操をしながら、目では闘士アーサーをじっと観察していた。

 ティーダはこれから、彼と刃を交え、勇者かどうかを見極め、旅に勧誘するという仕事をしなければならない。難儀だが、これこそ彼ら勇者がバルイーマにやって来た本来の目的なのだ。放っておくわけにはいかないことだった。


『闘士アーサーの使用武器は……“神聖魔剣ミックスカリバー”です。聖剣なのか魔剣なのか、どちらかにしてほしい』

「はは、なんだそりゃ」


 思わず軽口を叩いたティーダだったが、そこに鋭い視線を向ける人物がいた。

 アーサーだ。

 自分の言葉が彼の癇に障ったことを察し、ティーダは態度と表情をしごく真面目なものにあらためる。その内心では、面倒そうな子だ、と感じていた。


 そうして、戦いのときがやってくる。10秒後の交錯に備え、ふたりの闘士は己の武器に手をかける。

 静かに背の大剣の柄を握ったアーサーを見ながら、ティーダは槍の構えを複数の選択肢の中から決める。アーサーを見極めるため、防御重視の戦法を想定した体勢だった。

 闘技場のざわめきは徐々に減り、客席の誰かが、張りつめた空気に息を呑む。

 ――開始の合図となる声が、闘技場を震わせた。


 アーサーが地を蹴り、前に出る。ティーダは動かない。

 すぐに互いの攻撃圏内に入った。たちまち、大剣が振り落される。

 このような重量のある武器は、使い手の動きから軌道を予測したり、遅い剣の振りから攻撃を見極めることは、他の武器と比べて容易だ。しかしその分威力は必殺のものが宿る。真っ向から受けられるようには、できていない。

 それは互いに承知の上。ティーダは身体をひねりながら槍を回し、剣の腹に叩きつける。それによって剣戟をそらし、かわすことに成功した。

 しかし攻防は一撃では終わらない。アーサーは剣を離さず、横切り、縦切り、もう一度縦切りと、おそらくは使い慣れた型の連続攻撃を繰り出した。ティーダは同様に、丁寧にそれをいなしていく。鋼同士のぶつかる音がこだました。

 槍とは本来、接近されたときの防御には向いていないという。しかしティーダがふるう槍は、刃のみではなく柄の部分も含め、しなやかさと超硬度を持つ魔性の素材から創り出された逸品だ。その槍への信頼と、ティーダの経験が、猛攻を紙一重でいなす独特の防御術を完成させていた。


(腕が痺れてきた。なんて怪力だ)


 そのティーダをして威力を殺しきれないものが、アーサーの振るう剣だ。小柄な体格に似つかわしくない怪力。何体もの魔物を両断してきた剛剣を前に、このまま防御に徹していてもどうしようもないだろう。

 ティーダは次に、攻めに転じることにした。


「よっと」


 縦一閃の攻撃を早くに予測し、身体をひねる。

 真っ直ぐに振り下ろされようとしている剣の横腹に、回転しながら思い切り槍の穂先をぶつける。逸れた剣閃が地面を叩き割ることにティーダは怖気づくことなく、さらに棒術の要領で槍を振り回し、石突き側でアーサーの足元をはらった。


「………」


 ティーダの耳に、舌打ちが聞こえる。アーサーは咄嗟に剣を手放し、後退した。

 丸腰になった彼に、さらなる追撃がかかる。ティーダが足を強く踏みならすと、地面から、丸太ほどもある岩の杭が何本も、アーサーを追うように突き出ていった。そのまま荒れ狂う波のように、少年へと殺到していく。

 アーサーはある程度退くと、立ち止まった。迫る岩棘の津波を見据え、避けようともしない。

 突如、アーサーの手前の石畳が吹きとび、青い何かが噴き出した。水の魔力だ。

 水流はすぐに薄く大きな壁となり、アーサーの眼前を守る。岩杭がそこに突っ込むと、まるで削られるかのようにして消滅してしまった。

 攻防を見た観客から、感嘆の声があがる。どちらの魔法術も、事前の“溜め”をほとんど見せなかった。溜めや集中の素振りを見せない術師は、魔力をまるで手足の延長のように使いこなしていると表現できるだろう。

 それは魔導師としては高度な技術である。どちらの闘士にも、恵まれた魔力と、それを使いこなすほどの研鑽があったことを、見た者に感じさせた。


「……いない」


 水の壁が消え、誰もいない武闘台上を見渡し、アーサーが小さく呟いた。

 だが、彼が焦ることはない。魔法術のぶつかり合いを目くらましに使い、死角から奇襲をかける。よくある手だった。

 ならば、死角に気を配ればいいだけのこと。


「やっほー」


 まさに警戒していた角度から、煽るような声。

 アーサーは視線をそちらにやる前に、反射的に左の手のひらから水流を放った。それは彼にとって、人を傷つけないように非常に手心を加えた魔法術であったが、向かってくるものを押しとどめるには十分な威力がある。そのまま場外に押し流してしまえば、勝利も目前となるだろう。


「残念、効かないぜ」

「えっ……!?」


 アーサーは振り向きながらその声を聴いた。そこにいた赤毛の男は、怒涛の水流に押し流されるのではなく、そのまま悠々と立っていた。

 男はにやにやと低俗な笑みを浮かべながら、しかし動かない。アーサーはさらなる魔法術による攻撃を加えようと、もう一度左手を振りかぶる。そこで、違和感に気付いた。

 男の身体が、大きく膨らんでいく。水を受け止めているのではなく、吸収しているかのように。


「土人形!」

「よくできてるでしょ」


 アーサーが退く前に、地の魔力で形作られた人形の身体が弾けた。その背後にはやはり、赤髪の男がいた。

 水の魔力を吸収した土くれは、粘性の泥となって少年の身体にまとわりつく。少しの間、アーサーは身動きを制限されることになる。

 この程度の拘束、アーサーの力を持ってすれば、数秒もあればいかようにも脱出できる。彼は不快感に顔を歪めながらも、内心では冷静に努め、術を発動するべく魔力の流れを整えた。

 しかし。

 数秒あれば次の手を打つことができるのは、アーサーひとりではない。


『幽閉』(ガレージロック)

「なっ!?」


 いくつもの岩の壁が、アーサーたちの周囲を覆い隠すように、立ち上った。

 正確には、彼らの周りの地面が、ステージから剥がれるようにめくれ、石の牢をつくろうとしていた。

 これでは閉じ込められる。それを察したアーサーは、しかし、違和感を覚えた。石の膜が包み、隔絶しようとしている空間の中に、術者である男もまた、いる。

 狭い中で一騎打ちなどするというのだろうか? 意図が読めず、アーサーはやや惑わされた。

 石牢がふたりの姿を、観客たちから完全に覆い隠す。暗いところに閉じ込められるのかと思っていたアーサーの予想を裏切り、牢はふたりの直上方向に穴をあけたまま、成長をやめた。

 まるで、客の眼を遮断することだけが目的のようだ。

 赤髪の男が、泥で拘束されたアーサーに、近寄ってくる。その目は悪意にまみれ、弓なりに曲がり、醜く嗤っていた。

 手が、伸びてくる。


「……はっ、まさか。や、やめろ! ぼくは……ぼくは男だぞ! いやらしいことをするなっ、悪党め!」

「何言ってるのこの子? そんなに悪人面かな、俺……」

「あっ!」


 ティーダは、アーサーが目深にかぶっていたフードに手をかけ、その素顔を晒した。

 上から差し込んでいる陽光の元、その容貌が良く見える。

 ティーダはほんの少し、驚き、息を呑んだ。

 長い黒髪はやや汗に濡れているが、元の髪質は綺麗そうで、女性的な艶がある。そしてその下にあるまだ幼い顔立ちは、少年というより、少女のものだった。

 まだ、本当に幼い。親の元でのびのびと暮らしている年頃のはずだ。ティーダが見守っている2人のよき仲間たちよりも、さらに年下。十代の半ば……言ってしまえば、子ども、だった。

 そして、ひとつ。その特異な容貌を見て、彼女が顔を隠している理由が察せられた。

 左右の瞳の色が異なる。右の眼は猛る炎のように赤く、左の眼は蒼穹のように青い。どちらも純粋で、鮮やかな色だった。

 しかしそれよりも、ティーダは彼女の瞳の中にある、感情が気にかかった。

 “楽しいこと”を知らない目。他人を信頼していない目。自分の人生にとっても見覚えのある目つきを前に、ティーダはその境遇を想像した。


「……戦いの最中に、人の目をじろじろと見ないでください。不愉快です。それと、いまから拘束を吹き飛ばすので、離れてください」

「おお、悪いね。想像の10倍可愛い顔してたから」


 少女……アーサーの口調と雰囲気が、変わった。おそらくこれが彼女の、素の話し方なのだろう。侮られないため、自分の身を守るために、男性を装っていたというところだろうか。

 しかしティーダは忠告を無視し、少女の瞳を見たまま、離れなかった。わざわざ敵対者に向かって、吹き飛ばすから離れろ、というその言葉に、少女の精神性を感じたからだ。

 だから、話しかけた。


「なあ。お前さん、“水の勇者”だろう」


 少女は、ほんの少しの間、呆けた表情になった。

 その問いかけに不意を突かれたとでもいうように。


「……水の勇者? わたしが? 何を根拠に」

「手にこんな紋章があるはずだ」


 ティーダは手の防具を外し、そのしるしを見せる。

 剣をかたどったデザインの紋章。それはたぐいまれなる魔力を有した者に表れる特徴であり、これを宿したものは勇者と呼ばれる。

 紋章を見たアーサーは、悲し気に目を伏せた。その反応を見たティーダの眉が、かすかに動く。


「たしかに、あります」

「……おじさんも勇者なんだ。自分から名乗るのは恥ずかしいけどな。それと、あと仲間がふたりいる。かわいい奴らだ」


 ティーダは珍しく、聞かれてもいないことを早口で話した。

 そしてひとつ、深呼吸をする。もう一度、口を開いた。


「……アーサー。この戦いが終わったら、俺達の仲間にならないか? 共に旅をしよう。S級ハンターより、楽しいかもよ」


 ティーダは言葉を偽らず、心からの一言を口にした。もはや勇者かどうかなど関係なく、アーサーという少女には、他者との関わりが与えられるべきだと思った。

 それはおせっかいにも、少女のこれまでの人生に想いを巡らせてしまったからだ。才能があるとはいえ、十年と少ししか生きていないだろう少女が、S級と呼ばれるほどに魔物を屠り、他人を信用しない眼になるまでに、どんな道のりがあったのか。きっと、聞いて楽しい華やかな物語では、ない。


「仲間……」


 焦がれるような声。それは瞳の奥に秘めた想いを、たしかに感じさせた。

 だが。

 ここで簡単に頷けるほど、アーサーは子どもとして生きられなかったのだ。


「無理な話です。あなたが勇者のひとりだというのは、この際信じるとしましょう。それでも、仲間になんかなれませんよ」


 泥土の拘束が、どろりと崩れていく。

 ティーダを至近距離から見上げたアーサーの瞳には、様々な感情の色が見えた。

 しかし。少女は再びフードを被り、ただの戦士に戻った。


「――弱すぎる。自分より弱い人間と、仲間にはなれない」

「へえ……初めて言われたよ、そんなこと」


 突き放すような冷たい言葉に、しかしティーダはたしかに、少女の想いを感じ取った。

 同じように強い魔力を持って生まれた者だからこそ、わかる。彼女は未だ孤独で、信頼できる人間を見つけられていない。自分の力が他人からどう見られているかを恐れているのだ。

 何かが。何かが、彼女の短い人生の中で、あったのだろう。

 ともかくティーダは、あの双彩の瞳を見てから、少女のことをもう、放ってはおけなくなっていた。


「こういうのはどうだ。俺が勝ったら、君は俺達の仲間になるんだ。一緒に旅をして、いろんな町で、いろんなことや人に出会う。強い魔物に遭ったら、みんなで協力して立ち向かう。そうして聖地にたどり着いたら旅路をそのまま戻って、これまでにできた知り合いたちに自慢するのさ。勇者のつとめを果たしてきた自分は、ただの魔力バカじゃないんだぜってな」

「……わたしに勝てる人なんて、いません」


 役目を終えた石の牢が、時間を巻き戻すように元の地面へと戻っていく。

 観客たちの野次に迎えられながら、ふたりは再び闘士として向かい合う形になった。


「自分の力が怖いのか?」


 問いかけるティーダから、強い魔力の気配が漏れる。異様な空気を感じ取り、客たちは静かに見守り始めた。


「試しに全力でやってみろ。俺は死にはしない、お前さんの2倍は生きてるからな、2倍強いに決まってるだろ」

「………」


 ティーダの大魔力を上回る、巨大な気配が、アーサーから吹き出した。

 内心で汗をかきながら、ティーダは槍を握り締める。アーサーはゆっくりと歩き、地面を割るように刺さっていた大剣を、再び手にとった。

 まるで最初の時間に戻ったかのようだ。距離を開けたふたりが、それぞれの構えを取る。

 だが、壮絶な魔力のぶつかり合いが、より次元の高い死闘を予感させた。


 アーサーが駆けだす。

 初めのシーンの焼き増しのように、まっすぐに突っ込んでくる。小細工など必要としない。その怪力や純度の高い魔力障壁があるならば、正面から叩きつぶすことが王道だ。

 しかしティーダは、槍で迎え撃つことは、もうしなかった。

 アーサーの進行方向に、突如土の壁が隆起し、突撃を妨害した。勢いのまま突っ込んでは壁にぶつかることになり、手痛いカウンターとなる。

 ぶつかる寸前に速度をゆるめ、アーサーは大剣を振り、強固な壁を粉々に打ち壊した。人体でないならば加減をする必要はない。

 だが。壁を壊した向こうにいるティーダは、魔力を“溜めて”いた。あれほどの魔導師が力を集中するならば、相応の大規模魔法術が行使されるということだ。


「させない!」


 アーサーは再び走り出す。やはり、壁が進行を阻んだ。

 だが、この地属性の防御には、出し抜ける点がひとつある。発動の起点が地面であるなら、「空中に展開することはできない」のだ。

 アーサーは卓越した身体能力と反射神経を駆使し、妨害のために現れた壁を、むしろ踏み台にし、高く跳んだ。

 ……高く飛び過ぎたと、アーサーは内心舌打ちをした。しかし、眼下に見える赤髪の男は、上空からの攻撃に先ほどのような防御をとることはできないだろう。上を守るような盾やドーム状の土壁を展開しても、それごと押し潰してしまえる。

 アーサーは剣を構えた。同時に、相手の回避に備えて、魔法術を使うための魔力を体内に練り上げる。

 しかし。

 上空に対する防御はできないまでも。上空への“攻撃”ならば、可能なのだ。


 ティーダが槍の石突で、地面を突き鳴らす。

 地震。闘技場を震わせるかすかな揺れに、観客たちがおののく。高く飛んでいて地面の揺れを感知できないアーサーは、その眼で異常を捉えることになる。

 すさまじい速度で、ティーダの後ろに広がる部分の武闘台が、山のように盛り上がっていく。それは形を変え、やがて巨大な闘士の像へと変化した。

 巨像が手を伸ばし、手のひらをアーサーに向けて、怒涛の勢いで突き出す。いくら魔法障壁を纏っていても、あの大質量をまともに受けては、コロッセオの外まで吹き飛ばされかねない。

 アーサーは上段に掲げていた剣を、背中にしまった。左腕をかざす。

 ……超絶的な術者であるティーダと同様に。アーサーという魔法戦士の本質は、剣ではなく、魔法術なのだ。


「『メイルストロム』」


 アーサーの手から、水の魔力が放たれる。しかしそれはこれまでように、相手を場外に押し流すことが目的のような術ではなかった。

 放たれた魔力はまるで渦潮を巻くようにねじれ、螺旋の矢のような形をつくっている。それを見た者はまず、巻き込まれれば溺れ死ぬだろうという本能的な恐怖を覚え、次に、その前に全身を切り刻まれるだろうという、水流の激しい回転に気付く。

 つまり、それは致命的な威力を持つ、攻撃のための術だった。

 技を目の当たりにして、巨大な岩の闘士が、突き出した手のかたちを、拳に変える。

 水禍の槍と、巨像の腕が、ぶつかりあう。

 はげしい音と魔力の応酬に、客席を守る大障壁が揺れる。あまりの臨場感に、席を立って逃げ出す者もいた。

 ……質量に勝る巨岩の腕を、水の矢が削っていく。螺旋の穿孔力を知っているティーダは、なるほどと舌を巻いた。

 土煙に水煙、しぶきと削り飛ばされた岩石が、つぶてとなって結界にぶつかり、客席からふたりの闘士を隠していく。感じられるのは濃密な魔力と、死闘の気配だけだ。

 やがて、激しい音が、やんだ。


 地面に降り立ったアーサーは、半壊した武闘台にティーダの姿を探した。

 煙が晴れる。そこには、自分と同じように大したダメージもなく、赤髪の男が笑って立っている。


「ぜーんぜん効かないね。なに、自分より弱いヤツとは仲間になれないんだっけ? 俺もそう思うねえ」


 その表情を見たとき、アーサーは初めて、“まだ”自分より強い人間がいるかもしれない、と思った。

 その精神的な揺らぎを感じ、ティーダは脚に負った傷と上がらない利き腕を隠しつつ、アーサーを挑発する。


「まだ手加減してるだろう。遠慮はいらないから、本気で撃ってみろよ」

「う……」


 誰が見ても優位に立っているはずなのは、アーサーだ。しかし少女は、耐え切れるはずのない攻撃をしのいだティーダを見て、ついに、他人への関心というものを覚えていた。

 そして……これほどまでに強くなったはずの、自分の攻撃が、“まだ通じない相手がいる”ことに、恐怖した。


「う……うわあああああああっっ!!!」


 それを見て、誰よりも驚愕したのは、挑発したティーダだろう。

 咆哮したアーサーの右手から放たれたのは。

 巨大な、紅い火炎だった。


「ッ、何……っ!?」


 あり得ない。強力な水の魔力を持つ者が、相反する火の術をこの規模で行使することなど、前例がない。

 いや。この火に込められた魔力は、先の水術のそれを上回っている。まさかアーサーは、“水の勇者”ではなく――、


 炎が、男を飲み込む。


「あ、ああ……そんな……」


 観客の誰もがそれを見て、彼の死を予見した。

 だが、声を発するものはいない。強く後悔するようにつぶやいたのは、アーサーだった。

 使わないと心に決めていた術を、使ってしまった。相手が強いとはいえ、ここまでするつもりはなかった。自分は“もしかして、まだ勝てないのか”という焦りを拭いたくて、ここまで、やってしまったんだ。

 少女は顔を伏せる。目深にかぶったフードが、その表情を隠していた。


「おお、死ぬかと思った」

「え?」


 声がした。

 アーサーは、どこにもいない彼を探し、半分以下になった武闘台の上を駆けた。

 そして、下の方からする声を、見つけた。


「いてて……あ、いや、いたくないね。どうだアーサー、君が本気で攻撃しても、俺はこの通り平気なんだがな。仲間には相応しくないか?」

『場外から10カウントが経ちました。勝者は……勝者は、闘士アーサー!』

「まあその、負けたけど……」


 ティーダは土壁と魔法障壁で身を守りつつ、崩壊した武闘台の下へと逃れ、火炎をしのいでいた。武闘台の割れた瓦礫に埋もれながらも、火傷などはない。

 守りに関しては密かに自信を持っていたティーダであったが、少女の力はそれを上回っていたようだ。

 その少女が安心したように、ほっと息をつく顔を、ティーダは見た。ティーダは悔しがる心は表に出さずに、アーサーに声をかけた。


「大会が終わるまでに考えておいてくれよ。旅の話」


 声を聞いた少女は、ほんの少しだけ、何かを考えるように静止した。

 しかし。


「……わたしは勇者なんかじゃない。ただの、化け物です」 

『それでは勝者のインタビューを……あっ』


 アーサーは一瞬ティーダと目を合わせたものの、再びフードを深く被り、その場を去ってしまった。

 決して悪い子ではなさそうだ。できれば、もっと落ち着いて対話をしたい。ティーダはそう考えていた。


『やはり噂通り、水葬王子はクールな方のようですね。声を聞けたファンは未だにいないとのことです。……それにしても、すばらしい戦いでした! 武闘台を弁償してほしい!』

「ゲッ……」

『闘士ティーダ! 皆さまがご覧になった通り、S級ハンターにも劣らない凄まじい力の持ち主でした。一歩およばず敗退となってしまいましたが、その健闘を讃える声が多く上がっています』


 客席からの歓声と拍手を向けられ、ティーダは動くほうの手で頭をかいた。

 あまり目立たないように生きてきたつもりだが、アーサー相手ではそうはいかなかった。まあ、たまには、こういうのも、うれしいものだ。

 瓦礫に埋もれたティーダは、恥ずかしそうにしつつ、観客に応え手をあげた。

 そこに、アナウンスをつとめている女性がやってきて、拡声の魔道具を向けてくる。


『闘士ティーダへのインタビューです! ティーダさん、是非その言葉をお聞かせください』

『そうですね。……はやく、担架、持ってきてください』


 足や腕に少しのけがを負ったティーダは、救護係によって、闘技場内に臨時設営した医療室へと運ばれた。

 ベッドにみじめに寝かされた現状を嘆くティーダの元に、見舞い客がやってくる。試合でのその大立ち回りを、仲間の少年は尊敬し、少女は感心していた。


「それより聞いてくれふたりとも。アーサーって子、絶対勇者だと思う」

「それはまあ。あの戦いぶりを見れば……」

「だが説得は少し面倒そうだ。仲間に誘ったが、あまり良い反応をしなかった」


 ティーダは息を整えつつ、ふたりに話をつづけた。

 少女が誘いを断る理由に、大まかな心当たりがあるからだ。


「勇者にありがちな、強すぎる自分は孤独だと思っているタイプさ。頭でっかちの人見知りさんだ」

「なるほど……」

「……ん? ユシド、なぜ今こっちを見た? なあ?」

「そういうわけだから、機会がありそうならあの子の友達になってあげてくれ。そうしたらコロッといけそう」


 3人は顔を突き合わせ、アーサーの印象を語り合った。

 勇者アーサー。彼女が仲間として加わってくれるかどうかは、ミーファやユシドの接し方によるかもしれない。

 だがそれ以上に。少女自身が心に抱えた“何か”こそが、鍵を握っている。




「あの炎……やはり、ここまで強く育ったか」


 闘技場のどこかで、だれかが呟き、わらっていた。


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