20. vs本物令嬢
バルイーマ闘技大会、予選第4回。
これまでの試合によって、観客たちは高揚していた。次はどんな戦いが見られるのだろう。どんな闘士が新しく現れるのだろう。そんな気持ちを刺激され、舞台上の戦士たちひとりひとりを、誰もがつぶさに見ていた。
しかしその期待は裏切られた。いや、期待の上を行ったともいえるかもしれない。
――第4試合は、ものの何秒かで終わってしまった。
それは今、舞台中央に佇み、皆の視線を集めているローブ姿の女性が、舞台上のすべてを炎の海に変えたからだ。
人々が見守る中、炎が、消える。
参加者たちは全員ステージの外に逃れており、軽度のやけどを負っているものの死者はいない。だが10カウントの間、炎に巻かれた武闘台へ戻ることができず、ルールの上で彼らは失格となってしまった。
すなわち、勝者はただひとり。
「うん?」
灼熱を呼び起こしておきながら、自分だけ涼しげにしていたその女性が、ステージの一か所を注視する。
そこにあったのは、石の壁だ。舞台から生物のごとく生えてきたように見えるそれは、人ひとりを隠す大きさ。
それが灰になって崩れ落ちる。壁の向こうにいた赤い髪の男は、額から汗を流していた。それはなにも、炎熱にさらされたことだけが理由ではないのかもしれない。彼はここにいる人々の中では、魔力のこもった石壁をも焦がすその術の威力を、最も近くで目の当たりにした人間だ。
「ほう。我が炎をしのぐ者がいるとはな。やはりこの祭りに目をつけて正解だった……」
妖艶な声で独り言をもらす女性を、ティーダは遠くから見る。
あれほどの魔力を持つ人間など、勇者に選ばれないはずがない。十中八九“火の勇者”だろう。
しかし。ティーダはこの女性のもつ雰囲気が、好きになれなかった。
彼の知る2人の勇者は、守るべき人間を殺してしまわないよう、己の力を制限している。この繊細なコントロールこそが、勇者に選ばれたものにとって、自分たちが人間でいるという理性の光であり、心の砦だ。
あれはそんなふうではない。焼き殺してもかまわないだろうという、怠惰や悪意の入り混じった魔力。参加者たちが大したケガもなく済んだのは、女性が緻密に加減を考えたのではなく、この舞台に立つ彼らが強者だったからだ。あの炎には理性などない。
自分の力におぼれている者――そんな表現が、ティーダの脳裏に浮かぶ。
『だ、第4戦終了。生き残ったのは……闘士ティーダと、闘士ロピカ!』
歓声はなく、戸惑うようなざわめきが闘技場を埋める。
派手な戦闘を好むはずのバルイーマ市民たち。彼らもまた、この女性のふるまいに、ただならぬものを感じ取っているのかもしれない。
早々に闘技場を去る女性にならい、ティーダもまた歩き出す。
勝者のインタビューという雰囲気でもない。けが人の救護の邪魔にならぬよう足早に舞台を降りると、自然、先に降りた者の後ろをついていく形になる。
女性は歩きながら、首だけで振り返った。笑みの刻まれた美しい横顔。長い髪の間から、目が見え隠れする。
血のように紅い瞳が、ティーダを見返していた。
「ティーダさん、お疲れ様です。……もしやあの人、火の勇者でしょうか?」
「水っぽいやつもいるし、バルイーマに来たのは大正解かもしれないな」
「……ああ」
舞台の脇に戻ると、少年少女が駆け寄ってくる。たたえるほどの健闘もなければ、話題はやはり例の魔導師の女性へと行きつく。3人が共有する大目的は、強者の中に隠れている勇者たちを見つけ出すことだからだ。
無邪気に喜んでみせる仲間たちを見て、ティーダはやや悩む。
正直、あの目つきは得体が知れない。まだミーファの戦った不愛想な少年の方が、人間らしい感情が見てとれた。
目的のためには、どちらにも勇者であるかどうかを確認するべきだが……
「ふたりとも。さっきの女には、近づかない方が良い。試合で遭ったら降参しとけ」
率直な意見としては、関わるべきではない。本能がそう警告している。
それを聞き、2人は一瞬目を丸くしたあと、表情を真剣なものにした。だからティーダは、感じたことを伝える。
「彼女、どうにも性格が悪そうだ。殺害は禁じられているはずなのに、あれは殺しても構わないという威力の術だった。あれが勇者だというなら、“はずれ”だよ。どうやって面接通ったんだか」
「そうか。……そういう人間も、いるだろうな」
大きな魔力を持つ人間のすべてが、人々を助けるために己の力を使うという高潔な精神を持っているかというと、そうではない。当然のことだ。
ただ救世の儀式を成すのに必要な最高峰の魔力を持つ者を、人々が勇者と呼んだに過ぎない。ならば勇者に選ばれる人間にも、いろいろ種類があるというもの。
そのような者と、共に使命を追いかける長い旅ができるかどうかは、難しいところだ。
「なに、対戦することになったら、少しこらしめてやるさ。改心するまでは引きずって聖地まで連れていってもいい」
「話してみないことには、本当にどんな人かはわからないし……」
両者とも忠告に従う気はないようだ。ティーダは苦笑しつつ、各々に判断をまかせた。
いざというときは、自分が間に割って入り、盾になればいい。それが此度の地の勇者の役目であると、彼は決めていた。
闘士アーサーと闘士ロピカ。この2名を注意深く観察し、大会が終わって彼らが去るまでに、接触の機会をうかがう。
そう方針を定め、3人はここまでの情報共有を終えた。
『これですべての予選が終了しました。栄えある8人の闘士によるトーナメントが、明日から行われます』
拡大された声が闘技場に響く。
3人は顔を見合わせる。気になるのは、明日以降の対戦表である。
客席からはやし立てる声。どうやら対戦順がどこかに掲示されたようだ。見える位置を求めて、3人は客席への階段へと向かう。
その途中、先ほどしのぎを削りあった闘士たちが、廊下の一部に集まっている。彼らはそろって、何かに注目しているようだ。
背の高い男たちに遮られたその何かが気になったミーファは、ユシドの両肩に手を置き、しきりに跳躍を繰り返した。ユシドが迷惑そうに苦言をつぶやくが、その表情は誰が見ても、嫌がっているようには見えないだろう。
「お! 決戦の! トーナメント表! だ!」
それは闘士たちに向けた対戦順の発表だった。掲示板に、8名の名前と、それらを結ぶ線が描かれている。
汗臭い人の波を、気にせずかき分け、彼らは自分の名前を探した。
「……! なるほど、ね」
それを確認したミーファは、隣に立つユシドの顔を見た。少年は、まるで待ち構えていたかのように、ミーファを見返している。
「できれば優勝を決めるところで戦いたかったが、まあいい。お前の力、見せてもらうぞ。初戦で負けてくれるな」
「ミーファ」
師として声をかける少女に、少年は答えなかった。ただ静かに名前を呼び、逆に問いかけてくる。
「ミーファは、約束を覚えている?」
「約束……?」
「僕がきみに勝ったら、なんでもひとつ、言うことを聞いてくれるって」
「……ああ! 懐かしいな。おまえ、よくそんな昔のことを覚えているな」
それはふたりが、まだ幼かったころに交わした、他愛もないお遊びの決めごとだ。少なくともミーファにとってはそうだったし、そんなことはとっくに忘れてしまっていた。
しかし。少年の眼差しは昔を懐かしむものではなく、今目の前にいる者を見つめている。
それを察したミーファは、不敵に睨み返した。
「……なんだ。まさかお前、このオレに勝つ気でいるのか?」
言葉は返ってこない。
だが、表情が語っている。少年の目的は、師を超えることなのだと。
ミーファは背筋が震えるのを感じた。これは、歓喜の震えだ。その青い情熱に対し、師として、全力で迎え撃つことを決める。
短い間、見つめあう二人。彼らはもう、互いのことしか見えていないようだった。
「いやあ。青春って感じで、いいな」
ミーファ・ユシドとは反対の対戦ブロック。
そこに例のアーサー、ロピカと横並びになっている自分の名前を見つけ、ティーダは人知れず嘆息した。
ルビー・デ・エフニは、バルイーマの武器市場と自治を取り仕切る領主、エフニの一人娘である。
エフニ氏は経営者として身を立てるすべを娘に学ばせながらも、荒事や武器開発には決して関わらせようとしなかった。まだ幼いということもあったし、ルビーをたいそう可愛がっていたからだ。
それは親子にとってすれ違いだった。ルビーは父親をとても尊敬し、その成し遂げてきたことのすべてを学び取りたかったのだ。
しかし父は、そうはさせなかった。彼女を血なまぐさいものから遠ざけ、私の探した後継者の妻になりなさい、と言った。その言葉が、ふたりの亀裂になった。
親の探してきた人間と婚姻を結ぶことについては、とくに何もいうことはない。自分が気に入る男子であれば喜んで縁を受け入れることだろう。実のところ、人間の好みも親子で似ていることを自覚していた。
だが、父の後継者は、自分だ。
ルビーの人生において、そこだけが決して譲れない部分であった。何年かかっても、いかなる努力をもいとわない。偉大な父の仕事を継ぐのは、ルビー・デ・エフニである。いかな優秀な人間にも、それを明け渡すことはできない。
静かな決意だった。
ルビーは家のコネクションを用いて、十代の半ばという若さで小さな武器商を立ち上げた。父に自分の才覚を認めさせるためである。
そしてそれは、実にうまくいった。当然だ。自分はあの父と、母の娘なのだから。
当初、父とは口論になったが、斬新な手段を用いて市場に名を売りつつあるルビーの手腕は、やがて彼を認めさせつつあった。ひとつの目的の達成まで、もうわずかである。
ルビー武具工房をバルイーマの大通りに建て、父の手がけた店と並び立つ。それができればきっと、父は己を後継者と認めてくれる。その後にだって、まだまだ学びたいことがあるのだ。
ルビーという少女は今、大切な夢の途中にいた。
『ついに! 決勝トーナメントの、第一回戦が始まります! 現れたふたりの闘士は……』
人々の声が、少女の意識を現在へ引き戻す。
顔を上げる。思わず、もしかしたら見ているかもしれない、父の姿を探したりもした。
『西方。……ついに彼女がこの舞台へ来た! 戦う若社長、ルビー・デ・エフニ女史だ!!』
家庭で鍛えられた社交的な笑顔を浮かべ、ルビーは観衆……自社の未来のお客様、ひとりひとりにあいさつをするように、周囲を見渡し、淑やかに手を振った。
『戦闘スタイルは伝統の“バルイーマ剣闘術”。手にする武器は……工房の新製品、“魔砲剣”とのことです。これは期待が大きい!』
彼女がここに立っているのは、手にしている武器、“魔砲剣”のプロモーションと性能実験のためだ。
バルイーマとも交易のある大都市・グラナではいま、機械という特殊なマジックアイテムの開発・発展が急速に進められている。それをいち早く聞きつけ、自分の工房へ取り寄せ、職人たちと日夜顔を突き合わせて試作したのが、この魔砲剣だ。
内部に溜め込んだ魔力を、まるで砲撃のように解き放つ。取り寄せた機械にそんな機能を持つ部品があることに着目し、それを対魔物用の武器に取り入れた商品である。
各属性を秘めた魔石を加工してつくったカートリッジ。それを消費することで、その魔力を刀身に纏わせたり、術のように飛ばして攻撃をする。……いにしえの魔法剣士たちをリスペクトしたものだ。
しかしこれには、彼らの剣とはまったく異なる部分がある。それは何と言っても、強い魔力を持たない人間が魔法術の攻撃力を扱える、という点だ。
これが満を持して売り出す予定の、ルビー武具工房の来期の目玉である。扱いの危険さや、手軽に強い力を発揮できてしまう点、コストが高い点など、問題もいくつかある。しかしそれさえ解決できれば、武器としては素晴らしい出来だと自負している。
そんな魔砲剣を自らふるい、闘技大会を勝ち抜くことで、コマーシャル・バトルとする。それがルビーの思惑だった。
……カートリッジは存分に用意してきた。柄を握り締め、ルビーは対戦相手を見やる。
『東方。皆さんご存知、大衆食堂オリトリ亭、第2の看板娘! ミーファ・イユ!!』
金色の美しい髪と、整った顔立ち。淑やかに客席に手を振るその様子は、ルビーにどこか自分との共通点を感じさせた。
『戦闘スタイルはなんと、いまどき珍しい“魔法剣士”! 使用武器は……“魔剣ムシムシムッシー”。なんだこれ?』
「……小娘……! ふざけ……!」
「?」
妙な響きの声がそこからした気がして、ルビーは少女を見つめる。彼女は無言で微笑むばかりで、ならばきっと客席の怒号が耳に入ったのだろう、と思い直した。
そんなことより……魔法剣士! ユシドという少年に続き、またしても本物の魔法剣士だ。
このつるぎを交える相手として、これ以上の存在がいるだろうか。本物相手に、この手にした技術と学問の粋と、己が、どれほど通用するのか。
客に性能をアピールするのには絶好の舞台。ルビーは奇跡のような幸運を噛みしめた。
互いに、開始位置につく。近づいてみると、対面の少女への親近感が、より強くなる。
あの優雅な立ち居姿は、育ちの高貴さのあらわれだ。戦士の集まる場にはそぐわない可憐な雰囲気は、ここが社交界のパーティー会場ではないかという錯覚を、ルビーにもたらす。それでいて少女の目の奥には、なにかと戦う者の持つ、強い光が感じられた。
総じて、父や自分の、好みの人間である。
(こんなところで、わたくしと同じような子と出会えるなんて。叶うならば試合を通して仲良く……いえ、お近づきになりたいですわ)
多分に打算のある目的のもと、闘技大会に参加しているルビーであるが、彼女は非常に純粋な人物であった。真に育ちの良い人間らしさといえるかもしれない。
先に出会った少年のことを思い出し、幸運な出会いに感謝しつつ、ルビーは一歩前に出る。そして目の前の同世代の少女……ミーファに、右手を差し出した。
闘士として、そしてひとりの人間としての縁故をよろこび、握手を願い出る。この手がこれから刃を交える彼女との、心を通じ合わせる架け橋になればいい。そんなことを思いながら、ルビーは微笑んだ。
「ルビーと申します。ミーファ様、あなたと戦えることが嬉しい。正々堂々、よろしくお願い致しますわ」
少女は一瞬、きょとんとした表情を見せる。しかしたちまち笑顔になり、手を握り返してきた。
「ええ。正々堂々戦いましょう、ね……!」
差し出していたルビーの手が、痛む。
その手は、めっちゃ強い握力によって、すごく固く締め付けられていた。
(え……!?)
少女の紫紺の眼が、ルビーの眼に視線を叩きつけてくる。
このような間近からぶつけられる悪意……いや、生々しい妬みの感情を、彼女は知らなかった。ましてこの少女から、そんなものを向けられる覚えはない。ルビーは戦慄した。
(わたくし、この方に何をしてしまったというの……!?)
困惑と、わずかな恐怖の中、ルビーの戦いが始まる。
「はあっ!」
「………」
横薙ぎの重い剣戟を、身を屈めて丁寧にかわす。
可愛らしい女子だと思っていたがなかなかどうして、豪胆な剣をふるうものだ。あの分厚い刀身と、機械のからくりを内包したつくりからして、あれは通常の刀剣より重量があるはず。それを軽々と振り回せるのは、彼女が人並み外れた力を持ち、かつ、なにかしら剣術を修めていることの証左だ。
いくつかの攻撃を回避したが、だんだんと相手もこちらに呼吸を合わせつつある。このままでは手痛い一撃をもらうことになる。距離を開けてみるか?
そう思っている間に、かわせない剣が、肩から切り込んできた。
腰から鋼を抜き放ち、相手の刃に合わせる。――重い! 両手で剣を保持し、なんとか耐える。
せり合う状態になったが、体勢が不利であることに加え、膂力も向こうの方が上だろう。ならばと思い、刀身から敵へ電撃を流し込もうとした。
「サンダーイグニッション!」
「ぐ!?」
ところが、電撃に痺れたのはこちらの身体だ。
相手の剣が雷をまとい、刃を通じてオレを襲ったのだ。まさか得意の一手を先に喰らうとは。
「せいやあーっ!」
硬直するオレを見て、少女は大振りの技を繰り出してきた。だがこちらとしても、慣れ親しんでいるはずの雷属性にやられたのでは、格好がつかない。
身体を侵す電気をすぐに体外へ逃がし、オレはその場を離脱した。重い剣が、地面を割る。
お返しにと、やや離れた場所から電撃の光を伸ばし、少女を攻撃した。かすかな悲鳴をあげ、少女が膝を折る。
「やりますわね……!」
こちらも、同じことを思った。
どこぞの箱入り娘がたいそうな武器をひっさげてどうしてこんな大会に、などと思っていたが、彼女はこの舞台に相応しい実力者だ。
住民からも慕われているようだし、意思も強そうだ。試合開始直後は何やら委縮していたようだが、すぐに調子を上げてきた。目つきを見るに、なにか本人なりの確固とした目標があるのだろう。好感が持てる。
だが……負けては、やれないな。
「ミーファ様には負けません。お父様に並び立つため……それに、ユシド様とも約束しましたもの。もう一度戦うと」
「……ほう」
言葉でも先を越された。決意を口にし、健気に立つ少女。ルビーといったか。
約束なら……オレの方が、先約だ!
「せえっ!!」
「速い!?」
甲高い音が鳴る。剣と剣がぶつかり合う音だ。
またしても切り結ぶかたちになるが、今度はこちらが優勢。最高速度で踏み込み、先制して上から打ち込んだからだ。
とはいえ、彼女の力ならすぐに巻き返されるだろう。速度で混乱させている間に、次の手を打つ。
オレは相手の身体が強張るのを見届け、わざと力を抜いて剣を引いた。相手の体勢が崩れる。隙の出来た少女の腕に触れ、雷撃を流した。
ルビーが再び地面に膝をつく。これで終わりだ。
「グランドイグニッション……!」
少女は倒れようとする身体を支えるように、魔砲剣とやらを地面に突き刺した。
武闘台に亀裂が入り、彼女を取り巻くように地属性の魔力が吹き出す。オレはたまらず逃げ出し、彼女を倒しきることに失敗した。
どうやらあの子の強さは筋力や武器だけではない。非常にタフだ。加減していては気絶させることはできない。
とはいえ、これ以上彼女の肌に傷をつけるような強力な攻撃もしたくはない。……場外負けを狙うか?
「ミーファ様……」
息も絶え絶えになりながら、少女が声をかけてくる。体力の回復を図っているのだろうか。
それくらいはかまわない。ここまで健闘している者の声に、しっかりと耳を傾けた。
「今から最後の一撃を放ちます。あなたに勝つための手段ですが、非常に危険な威力です。……どうか油断せず、防いでくださいまし」
戦いの最中に敵に助言とは。普通ならハッタリを疑うところだが、これまでの様子から性格を推し量るに、本心から言っていそうだ。
そんなもの、避けて隙を突くに決まっているのだが。
……それも、つまらないか。
「……雲が……?」
剣を空へ向ける。
そちらが最大の技を繰り出すのならば、こちらも相応の力で迎え撃つ。それがあの子に対する、一番の礼儀のはずだ。
紫電が降ってくる。刃に宿した極大の雷光を、対面の少女に見せつけた。遠慮せず、そちらの全力で来るがいい。
少女……ルビーは、これまでの戦いでのダメージなど忘れたかのように、無邪気に表情を輝かせた。
重そうな剣をぶんと振り回し、切っ先をこちらに向ける。
まるで矢か魔法術で狙われているかのようなプレッシャー。あそこから、最後の技が飛び出してくるのだろう。
緊張が剣に伝わり、紫電が揺らぐ。ルビーは、全身全霊で吠えた。
「いきますッ! フィフス・エレメンツ――!!」
虹のような光が、彼女の剣から放たれた。
正確に言えば5色。火・水・地・風・雷。それらの光帯が重なり、混ざりあい、やがて巨大な奔流となって押し寄せてくる。
魔砲剣。どうも複数の属性を扱えるようだとはわかっていたが、まさかすべてを同時に解き放つとは。どんな魔法剣士でも真似できない技だ。これにはさすがに舌を巻く。
そしてこれほどの術となると、反動もすさまじいはず。便利な武器ではあれど、そう扱いやすいようには見えない。使いこなすには相応の訓練を積んだはず。裕福な家の生まれだろうに、強い子だ。
ならば。
ひとつの属性を極めた魔法剣士の技を、彼女に見せよう。
迫ってくる光の塊。5属性が秘められたそれは、まさに必殺の一撃にふさわしい。
だが。切り裂くには、最も信頼できる、鍛え抜いたひとつさえあればいい。
紫電の剣を下段から振り抜く。稲妻のように伸びたそれが、光とぶつかる。
――あの技には、やはり雷の属性が混じっている。ならば、その部分だけを上回り、吸収さえしてしまうような、より強力な雷属性をぶつけてしまえば、どうなるだろう。
答え合わせだ。
極大の光は、しかし、オレにたどり着く前に、四散した。
4色の光が舞台のあちこちを荒らす。だが、その中に金色の雷はない。オレが、それだけを切り裂いたからだ。
つなぎをひとつ失った残りの4属性は、例えば水と火が反発しあい、ひとつにまとまらなくなる。うまいバランスで成り立っている強力な技だが、改良が必要なようだな。
「すごい……! あの砲撃を斬るなんて! ……あら、ミーファ様は?」
「こっちだよ」
「えっ!?」
茫然と感嘆している様子のルビーに、背後から回り込んで、至近距離まで近づいた。
まだ戦いは終わっていないというのに、暢気なものだ。どうも素直すぎる。そういう子は嫌いではないが。
オレは腕で彼女を押す。同時に、風の魔力で舞台の外まで吹き飛ばした。
さらに、場外に手足をついてしまった彼女が戻ってこられないよう、雷の縄で手足を縛る。苦労して会得した拘束の術である。
自分が負けようとしていることを理解したルビーは、しばらくの間もがく。オレは武闘台のふちに腰掛け、そのさまをじっと眺めていた。お嬢様が荒くれに誘拐された図みたいで、いやらしいな。
……やがて。
観客たちの喝采が、勝負の終わりを報せた。
舞台から降りて術を解き、ルビーの手を引いて立たせてやる。
彼女は悔しさに顔を歪めた様子だったが、やがてすっきりとした笑顔を見せた。
「ミーファ様と戦えたことは、わたくしにとって大きな学びでした。感謝いたしますわ」
「君も強かったよ。素晴らしい腕だ」
健闘をたたえるため、再び互いに握手を交わす。
「……ユシド様とも戦ってみたかったのですけれど……それが少し、心残りです」
「むっ」
「い、痛っ! ミーファ様!?」
あいつの名が出てきて、つい、手に力がこもった。
いかん、彼女に悪いところなどひとつもないのだ。それは、わかっている。
「ミーファ様、なぜこんな……ハッ、まさか!? ミーファ様は、ユシド様とはお知り合いですの?」
「あ、ああ。共に旅をしている」
「まあ……!」
……聞かれていないことまで口にしてしまった。そんなことを彼女に話して、オレはどうしたいんだ。
「ふたりの魔法剣士……お若いミーファ様と殿方……なるほど、謎はすべて解けました。ご安心なさってください、わたくしは旅人の方とは結婚しないと決めています」
「け、ケッコ……!?」
何の話だかまったくわからん。
オレを置いてけぼりにして、彼女は得心がいったというような表情を浮かべる。
そのまま握手していた右手を、両手で握りこんできた。
「ミーファ様! このバルイーマの中でしたら、わたくしが何でも力になります。雰囲気の良いレストラン、上質な仕立て屋、式場の手配……」
「は、はい?」
「そしてゆくゆくは! 次代の魔法剣士さまを、たくさん産んでくださいまし!」
きらきらした目。顔が近くてそれがよく見える。
いいとこのお嬢様って総じて頭ぶっとんでるのかな。オレの妹もそういうところあるし。
何を言っているのか、彼女の頭の中でことが飛躍し過ぎていて、わからん。
『では! 素晴らしい戦いを見せた2人の闘士へのインタビューと参りましょう』
その後。
ルビーは延々と、今回使用した武器について客に解説していた。どうやら経営者であり、開発者のひとりらしい。ああいう多芸に秀でた人間を見ると、戦闘しかできないろくでなしとしては素直に尊敬する。
そして闘士へのインタビューはいつの間にか、オレまで巻き込んでの性能実演タイムと化していた。客席からの質問にも律儀に答え、まるで店頭販売である。これが彼女の目的か……。早々に立ち去るべきだった。くそ。見返りに、せいぜい割引でも求めよう。
というわけで、戦いよりその後の方が疲れた。
バルイーマの決勝トーナメントは、そんなゆるい感じで幕を開けた。
だが、この後の戦いがどうなるのかは、今は誰にもわからない。




