18. 予選 その1
「うーわ。広いなあ」
観客席へと足を踏み入れたオレは、そこから見下ろす舞台の広さに感嘆していた。
円形の建造物であるこの大闘技場は、中心には闘士たちが武器をぶつけあうための広いステージがある。これもまた円形をしているが、二人が戦うにしては広すぎる。複数人による乱戦も可能だろう。
そのステージを取り囲むように、高い壁がある。その上に階段状に観客席がいくつも設けられており、ここから人々は戦いを見渡すことができる。
しかしこれ、危険ではないかな。オレが拙い雷術など撃とうものなら、客席に電撃が飛び込むことになるが。
「大丈夫よ。ほら、魔法障壁が張ってあるから」
デイジーさんの言葉に、目を凝らす。
わからなかったので、ぴっと指から電撃を出してみた。光の道は不規則な軌道で伸びていき……やがて、途中で行き止まりになった。
魔法術が見事に遮断されている。透明なバリアの内側には何の影響もないようだ。この規模ならば、内側からこちらへ及ぶかもしれない危険も、ちゃんと阻まれるだろう。
「街の魔導師が総出で作り上げる大結界なんだよ。こういう術が、バルイーマが魔物に負けない強さの秘密のひとつなんだ」
「へえ……」
協力して発動させる術か。それはいい。
人々の結束の力が、オレのような個人の攻撃をものともせず撥ね退ける。いいことではないか。自分が勇者だと、他人との力の差を傲慢に考えがちだが、人間というのは実は強い生き物だ。群れることを力に変えることができる。
ひとしきり感心したら、手元の紙片と席を見比べながら歩いている、デイジーさんの後をついていく。
周りを見ると、どうやらぞろぞろと人が集まり始めている。予選の開始まではまだ時間があるが、誰も彼も待ちきれない様子だ。
このショーのチケットはなかなか倍率が高く、簡単には手に入らないらしい。完全にひとつの商売だなこれは。
「ここだ。ここでおかみさんたちと見ているわ。ファンサービスよろしく、ミーファさん」
「ふぁんさ……? 何をすれば?」
「投げキッスとか……」
「ええ。ちょっとそれは」
大会が始まるまで、こうして他愛ない会話をする。
このあとには予選の第1試合が始まる。それまではこうして、雰囲気を楽しもう。
運営員の指示に従い、僕は猛者たちとともに戦場の入り口に控える。
そこから舞台をのぞくと、陽光とともに、大勢の人々のざわめきが入ってくる。こんな都会の人たちの前で腕を披露するなんて、うまくやれるだろうか。緊張してきた。
震える手で腰の剣に手を置く。すると、剣がわずかに魔力の波を返してきて、腕を弾こうとしてきた。情けない手で触るな、ということらしい。
少し楽になった。彼なら当然、周りに何人いようが、緊張などしないだろう。僕も勇者として立つならば、そこはならうべきだ。
予選に参加する闘士は総勢60人。彼らは4つのブロックに無作為に分けられ、15人で一斉に勝負を争うことになる。生き残れるのは2人まで。これを勝ち抜いた8人が、決勝のトーナメントに進出できる。
その一戦目に参加する、残りの14名をこっそりと眺める。
面接の試験をくぐりぬけた彼らは、試験官のお眼鏡にかなっただけあって、張りつめた空気を身に纏っている。魔法術を扱いそうな格好の人もいるし、徒手空拳の武闘家らしき人もいる。大抵は武器を手にしているが、相手を殺害してはいけないルールを考えると、刃をつぶしたり、工夫して扱うのだろう。僕も刃のある側で斬りつけるつもりはないし、切断力のある強い術は使わない。
そんな、人間相手という縛りのある中で、魔物ばかり相手にしてきた自分は、勝ち抜くことができるだろうか。
『さあ! いよいよ予選1戦目の闘士たちの入場です!』
「うわっ」
先ほどから時折、会場の観客たちに呼びかける非常に大きな声が、会場中にびりびりと響き渡っている。声を大きくして届ける術……なんてものが、今はあるのだろうか。興味がある。
周りの闘士たちが動き出す。気持ちを切り替えて、僕もまた、彼らに続いた。
入り口をくぐると、全身が人々の歓声にさらされる。
うわあ。これで緊張するなというのは、正直無理だ。普段の自分のようにはいかないと思う。
かちこちに固まる腕と足を動かして、なんとか武闘台にあがる。
『ご存知の通り、予選は彼ら15人によるバトルロイヤルです。気絶するか、武闘台の外に足をつけてから10カウント経つと失格となります。生き残れるのはこの中の2名のみ!』
指示に従い、適当にふられた開始位置につく。……僕の立つ場所は、舞台の外側に近い。ルールを考えると少し不利かもしれないな。
剣を抜く。他の参加者たちがどのような技を使うのか情報がない。ひとまず、自分の身を守る方針でいこう。
大きな声が人々に呼びかけ、試合開始へのカウントダウンが始まる。まずい、深呼吸だ。柔らかくいこう。そう思っても、加熱する歓声に飲み込まれて、動悸がおさまらない。
自分の心が助けを求めてしまっているのか、何かを探して視線をさまよわせる。
……闘士たちの入場口。そこで、ミーファが僕のことを見ていた。
そうだ。ここまで自分が来た理由を思い出せ。こんなところで負けていいのか?
いいはずがない。
『試合開始!!』
足の震えを無視して、前へ進む。やるんだユシド。きっと今こそがお前の人生の、一番の頑張りどころだぞ。
戦いが始まり、自分と同時に、他の参加者たちも動き出す。
舞台の端側にいた者たちは、リングアウトを恐れて自然と中心へ集まる。僕もまたそうだ。
そうするとやはり、すでに中側へ配置されていた人と、ぶつかりあうことになる。
対面には、筋骨隆々の徒手空拳の男性がいた。武闘家に違いない、剣を持つ僕の方が、リーチの上で有利だ。
彼と視線が合う。互いに戦うべき相手を認識したなら、合図は必要ない。剣を裏返しにして普段とは逆に持ち、正面からまっすぐに駆けていく。
「甘いぞ、少年!」
「!?」
武闘家だと思っていた彼は、手のひらを突き出してきた。この距離で張り手を放っても何の意味もない。
そう、それは、徒手空拳の攻撃ではなかった。敵の手から、水流がほとばしる!
大量の水だ。身体が押し流されるのがわかる。このままでは舞台から退場させられてしまうだろう。
そうはなるものか。
剣を武闘台につきたて、風の障壁で身を守る。彼が水の術を使う魔導師なら、僕は負けるわけにはいかない。なぜならば、“水”には一度負けているからだ。
水流にさらされながら、真っ直ぐに立つ。今度はもう、押されなかった。
しかし彼の、ステージから相手を押し出す戦法は理に適っている。真似しよう。
「はっ!」
水の魔力を切り裂く。相手の驚く顔が見えた。
水禍の影響で脱力する身体に気合を入れ、地面を蹴る。カーブを描くように走り、彼との距離を詰める。
散発的に繰り出される水の攻撃を避け、懐までもぐりこんだ。風の魔力を剣に込める。
――もらった!
「横やりして悪いな」
男を吹き飛ばそうとしたときだった。
自分のものでも、相手のものでもない声。咄嗟に剣の魔力を、違う方向に向けて噴射し、無理やり飛びのく。
武闘家のような魔導師の男は、突然現れたより武闘家らしい男性の強烈な蹴りをくらい、吹き飛ばされてしまった。
すさまじい威力だ。気絶。それを免れても、痛みで動けず場外負け。そんな想像が頭に浮かぶ。かわせてよかった。
「ちぇっ、勘が良いな」
拳を構える青年は、そうは言うが、途中で声をかけてこなければ避けられなかっただろう。せめてもの騎士道精神といったところだろうか。
しかし、彼の戦法にもまた学ぶところがある。誰かと誰かが戦っているときこそ、一番の隙があるといえるかもしれない。これからは警戒しなければ。
もちろん今もだ。感覚を彼一人に集中させるのではなく、もっと周りを見渡すようにする。
すると、この血なまぐさいような空間に似つかわしくない、透き通るような高い声が、耳をふるわせた。
思わず、そちらを見る。
「あなたっ! わたくしとの勝負を途中で投げ出すなんて、どういうつもりですの!」
「げ、領主のお嬢か……きみ、相手はまかせた、ぞ!」
「いたあっ!?」
……やられたっ! 咄嗟に剣で守ってダメージは薄いが、強烈な蹴りで弾き飛ばされた。
受け身を取らなければ――
「きゃっ!?」
硬い地面に叩きつけられるはずが、柔らかい何かに受け止められた。
うつぶせの状態から、腕を柱にして立ち上がる。
……腕の間には、女の子の顔があった。
「いやあ!! けだものっ!?」
「ギョワーーーッ!!??」
悲鳴をあげられ、飛びのく。い、いまの柔らかい感触は、まさか……。
頭を振る。
「あ、あなた。殿方に組み伏せられるなんて、初めてですわ……覚悟しなさい、責任を取らせますッ!」
「いや……! さっきの彼が……!」
みっともなく言い訳をしようとすると、少女は分厚い剣を振りかぶり、斬りかかってきた。
速い! 躱すことはできず、剣で受け止める。
重い剣だ。相手の少女は、その、かなりの美少女だった。金の長い髪と勝ち気な目つきは、僕の好きなひとに少し似ている。
そして、そんな少女の細い身体のどこに、こんな膂力が秘められているんだ……!?
防戦の姿勢で受け止めたこともあり、このままでは押し負けると判断する。
僕は自身の魔力を剣に流し込み、突風として解き放った。相手の剣を弾くことに成功し、距離が開く。この隙に体勢を整える。
剣を崩された少女は、対面で身体を震わせていた。怒りを買ったか……? 謝りたいが、それはこの試合の後に――
「あなたっ! もしかして“魔法剣士”なの!?」
「えっ」
音がつきそうなほど眩しい笑顔と、爛々と光る眼で、同い年くらいのその少女は話しかけてきた。
今にもよそから流れ魔法術でも飛んで来そうで、会話などしている場合ではないのだが。
「そうですけど」
「すごいわ、すごいわ! 本物が参加しているなんて……!」
「あ! うしろ!」
少女の後方、ちょうど背後から大男が吹き飛ばされてきている。つい、庇うように近づいてしまった。
とはいえ間に合わず。ふたりして、弾き飛ばされるはめになる。
今度はせめて、彼女をクッションになどしてはなるまい。そう考え、風の魔法術で姿勢を制御し、ダメージのないように優しく接地する。
「ふう……あっ」
今度は、さっきとは逆に、少女の顔が僕の真上にあった。
乱暴に突き飛ばすわけにもいかず、固まってしまう。
少女が目を開く。突き飛ばせないとはいっても、逃げなければ彼女にやられる。どうしたものか考えを巡らせ、身じろぎしようとした。
しかし。彼女は何を考えているのか、ずいと顔を近づけてきた。ち、ちかい……!
「ねえっ、あなた、お名前は?」
「へ? ゆ、ユシド、ですが……」
「ユシド様。わたくしと手を組みましょう!」
彼女は立ち上がり、僕の手を引っ張ってきた。それで立ち上がると、妙な体勢になってしまう。何だこの子、破天荒な。
いや。今何と言った?
「わたくしはルビーと言います。ここは共闘して、ふたりで勝ち抜きませんこと?」
共闘。ありなのか、それは。
ルール上問題がないなら……非常にいいアイデアかもしれない。2人が生き残れる仕様を考えると、誰かと手を組むのはベストな選択肢な気がする。
周りから刺される前に判断し、彼女の話に乗ることにした。返答すると、彼女はまぶしい表情をさらにほころばせる。
とはいえ、初対面の相手と連携など望むべくもない。二人がかりで一人を襲い、互いに援護しあうくらいか。……結構卑怯じゃないか?
「ユシド様は、風の魔法剣を扱うのでしょう?」
「は、はい」
「なら、武闘台の中心に行きましょう。そこからすべての参加者を、一気に吹き飛ばします」
……可能だ。みんなを場外に押し出して、風の結界でステージを覆ってしまえば、そこで勝ちは決まってしまう。
いいのかなそんなことして。客からひんしゅくを買ったりしないだろうか。
「さあ! いきますわよ!」
「あ、ちょっと……!」
ルビーさんという人に、服をひっぱられる。この先導される感じ、誰かに似ている。
体勢を整えて追従する。
作戦は正しいように思えたが……しかし、舞台の中心は、激戦区だった。
先ほど僕を蹴り飛ばしてくれた青年もいる。彼は、強い。
やがて、彼我の攻撃圏内に足を踏み入れる。その瞬間、少女が僕より先に駆けだした。ならば援護役をやる必要がある。
待ち構える青年は、殺到する僕たち二人を見て、顔をしかめた。
「げ、組みやがったか。ずりい」
返す言葉もない。
「いいえ! あなたはわたくしひとりで倒します!」
返す言葉、あったみたい。
ルビーは片手で僕を制した。ならば、横やりが入らないかどうかを警戒する役をするべきだろう。共闘とはいっても、結局はこのような、いわば同盟の形になったか。
どうやら彼女は、わりとプライドの高い人らしい。自分の実力が本物だと、この場所で示しに来たのだろう。
僕も、そうだ。それを示したい相手がいる。
時折飛んでくる魔法術をはじき返しながら、ふたりの戦いを見守る。
名も知らない青年は、鍛え抜かれた肉体で戦う、ひたむきな強者といった印象だ。ああいった手合いは対人戦にも心得がある。難しい相手だ。
対するルビーは剣士だ。やけに重厚で、かわったつくりをしている剣を両手で構えている。
意匠が妙に複雑で、普通の剣には見えない。どこかのご令嬢のように見えるから、名のある剣を使っているのだろうか……?
「仕方ない、殴るぞ。はっ!」
青年はしばし、ルビーの攻撃を避けるのに専念していたが、やがて攻めに転じた。言動から察するに、どうも手加減をしていたらしい。どこかのお嬢様を叩きのめすことなんて、僕も遠慮するだろう。
でも、なんだろう。彼女相手に、手加減なんて、要らない気がするんだ。
怒涛の拳が、蹴りが、少女に突き刺さる。剣の腹で受け止めてはいるようだが、武器使いと拳士では攻撃のスピードが違いすぎる。しのぎきれず、ルビーは徐々に追い込まれているように見える。ダメージが身体に蓄積しているだろう。それをただ見ている僕は、ずいぶんと薄情だ。
ルビーが、剣を落とした。彼女を守るものはもうない。
思わず駆け寄ろうとする。
彼女がほんの一瞬、僕の目を見た。だから、足を止めた。
「すまんなお嬢、はあっ!!」
大ぶりの拳が襲い掛かる。
そのとき。僕の目には、彼女の動きがゆっくりと、優雅で美しく見えた。
「静ッッッ」
最後の一撃だと思って隙が出てしまったその振り抜かれた腕を、最小限の動きで避け、伸びきった腕を絡めとる。
そのまま相手の力を利用し、ルビーは自分より大柄な青年の身体を、投げ飛ばした。
か、金持ちの護身術――!!
投げられて隙のできた青年に、ルビーは落とした剣を拾い上げ、素早く近づいた。
剣から――金の光が、迸っている。
「サンダーイグニッション!!」
雷に打たれるような衝撃と音が、彼を襲った。
倒れ伏す青年。しばらくは立てないだろう。それに背を向け、ルビーが戻ってくる。
彼女が手の内の剣を振ると、柄の辺りから何か、筒状の小さな物体が飛び出し、地面に転がった。
……か、かっこいい。彼女、魔法剣士だったのか。なぜ僕なんかに声をかけてきたんだ?
「ユシド様、あとは派手に決めましょう!」
にっこりと笑いながら、ルビーは何か小さい筒のようなものを取り出し、剣に空いた穴へ投入していた。あれは……?
「聞いてますの?」
「あ、ご、ごめん」
ふたりで中心に立つ。狙いは参加者たちの一掃。身体からわきあがる風の魔力を、刀身に溜め込んでいく。
剣が翠色に光る。
背中に、誰かの背中が合わさった。
「風神剣ッ!」
「ウインドイグニッション!」
巻き起こった風は、僕だけが起こしたものではなかった。
背中合わせになった少女を振り返る。先ほどは雷、そして今のは、風。二種類の魔力を、このレベルで扱える魔法剣士がいたなんて。
……いや。彼女の手にしている剣。先ほどから観察していると、やはり普通の剣ではない。
どこか意匠が似ている。たしか……グラナで出回っていた、機械の構造を利用して開発された武器に。カゲロウさんのつくった、穂先の回転する槍に。
もしかして。機械、なのか?
「ユシド様。本物の魔法剣とくらべて、どうでした? わたくしの“魔砲剣”は」
剣を見せつけながら話しかけてくるルビー。やはり、武器にからくりがあるのか。
すごいと思う。先ほどの風の剣など、僕のものと遜色ないのではないか。
「いいえ、やはりまだまだ改良が必要ですわ。あなたの剣は参考になりました、ありがとう」
一撃しか見せていないのだが、何か読み取られてしまったのだろうか。
もし彼女と戦うことになったら、勝てるかどうか。
竜巻が、晴れる。
武闘台の上に立っているのは、僕と、彼女の、2人だけだった。
『栄えある決勝戦への参加者の第1号と2号が今! ここに決定いたしました! これからふたりの闘士に、インタビューを行います……』
「ユシド様」
声が戦いの終わりを告げ、僕たちは歓声に包まれる。
だから彼女の声はたぶん、僕にしか聞こえていない。
「きっとまたこの舞台で、剣を交えましょう」
「……ああ。きっと!」
その名前と同じ、紅い宝石のような眼に見つめられ、僕は負けじと視線を返す。
きっとこんなふうに、熱い戦いが何度も、この大会ではあるんだ。これはその一幕にすぎない。でもそれでいて、貴重な出会いだった。
僕たちは再戦を期待し、互いに握手を交わした。
「いやあ、共闘とは賢いねえ。よかったなミーファちゃん、ユシド君は勝ったぞ。……ミーファちゃん? ヒエッ……」
戦士たちが控える、闘技場の入り口付近。
そこに、まるで怒気のように鋭い雷の火花が、静かに弾けていた。
「なんだァ……? あの可愛い娘っ子は……」
なぜ少女はそんなに、不機嫌な獣のような、あるいは魔物のような表情に、顔を染めているのか?
それは周りで冷や汗を流す闘士たちにも、当の本人にも、わかっていなかった。
とりあえずティーダは逃げた。からかってはいけないタイミングも、ある。




