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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
17/63

17. 面接試験

 日の当たる大通りには、やはり人々の明るい声が飛び交っている。稼ぎ時を逃がすまいとする客引きたちの声や、次の闘技大会について興奮した様子で話す人のおしゃべり。それは、この時期のバルイーマに相応しい景色だ。

 その中に、赤髪で長身の青年が歩いている。目立つ部分のある容姿であるが、派手ななりをした人物はこの時季には多いため、彼が人々の目を集めたりすることはない。

 しかし。明るいとは言えない思案顔で、下の方を向いて歩いている様子は、活気にあふれる人通りの中では、どこか浮いてしまっていた。


 赤い髪の青年――ティーダは今しがた、衛兵団の管理する牢屋へ赴き、犯罪に手を染めてしまった者たちに会ってきたところだった。

 武闘大会へ参加する目的でやってきただけの荒くれたちが、なぜ本拠地でもない街で、誘拐などという危険な犯罪を決行してしまったのか? それが、事件の当事者たちにも、調査を担当した衛兵団の人間にとっても、疑問だった。それゆえティーダは許可を取り、彼らと鉄格子越しに面会をした。

 結果としてわかったこと。

 彼らは己が起こした事件について、記憶が曖昧だった。

 酒場の少女にみっともなくのされてしまい、人通りのない場所を見つけて荒れていたところまでは、よく覚えている。ところが、その後だ。

 彼らは気付けば、危険な毒のある薬草を摂取してしまったときのような、強い酩酊感の中にいた。あとは犯罪当時の日まで、日時経過の感覚が定かではないという。

 そのときに、誰かと接触したような、していないような。

 「そこが重要だ。」 そんなティーダの詰問に、彼らは哀れにも答えを持っていなかった。

 身内の少女を大変な目に遭わせてくれた張本人たちとはいえ、ティーダは曖昧な供述しかできない彼らが、非常に気の毒に思えた。実行犯以外の何者でもなく、指示をした誰かの存在も不明である以上、彼らはこれから監獄に身を運ばれ、場合によっては生涯をそこで終えることになるかもしれない。

 ティーダは正直なところ、彼らをどうにか助けられないか、とすら思った。あのふたりには言えないが。

 ティーダにはこの男たちが、こんな大それた罪を犯すような者には、到底思えなかった。本当は、酒で気を大きくして迷惑者になるくらいがせいぜいの、小心者たちだ。


 ――人間を操るすべを持つ、邪悪な何者かが、この街にひそんでいる。

 その確信が、ティーダの頭から離れない。


 ひとまず仲間たちに注意を促しておこう。

 たとえば。怪しい宗教団体には近づかないように、とか。人の心をあやつる、といえば、巷ではとある新興宗教の黒い噂も流れている。グラナでも聞いた話だが、すでにこの町にも噂は来ているらしい。人さらいに関わっているなんてほど真っ黒だとは、今の時点では思っていないが。

 そんなことを考えながら、人の波に乗りつつ、往来を歩く。


「ん?」


 人々の喧騒が耳に入る。見ると、街のランドマークのひとつである巨大闘技場の前広場に、人々が集まっている。

 彼らは掲示板を眺めているようだ。

 気になり、確認する。ティーダはそこに記された内容を記憶し、その場を去った。

 ふたりの仲間の顔が脳裏に浮かぶ。黒幕の話はそこそこに留めるとして、この掲示の内容はしっかり伝えよう。

 ティーダはそう計画しつつ、ふと、他愛のないことを思った。


(そういえば、デートはうまくいったかな)


 うまくいってくれたなら、最高にからかい甲斐がある。そのときの二人の顔を、今夜の酒のアテにしよう。

 ティーダの顔は、暗い話題について考えていた先ほどより、やや前を向いていた。





「ではミーファさん。今回の闘技大会に参加しようと思ったきっかけは?」

「賞金……ですね」

「はいダメー」


 夕食の席で、ユシドを試験官に見立て、その質問に答える。オレの正直で純粋な応答は、頭ごなしに却下されてしまった。


「何がダメだというんだ。きさま偉そうに。何様のつもりかね」

「いや君こそ何その物言い……? ええっとね、お金にがめつい人は、少し印象が悪いというか……」

「だから、それの何が悪いんだ。お金は大事でしょうが」


 我々はいま何をしているのかというと、これがなんと、来たる闘技大会に向けての重要な訓練になっている。

 無数の腕自慢たちが押し寄せてくる闘技大会――それを勝ち抜くための第一戦はなんと、『面接試験』だという。

 聞き慣れない単語だ。ティーダの情報によると、要は例えば、経営者が従業員を雇うときに人となりを質問してくるときとか、師匠が弟子入り希望の者を受け入れるか見極めるときとかの、あれだそうだ。

 試験官がひとりひとりを手早くチェックして、予選に参加させるかどうかを決めるらしい。そうなるとどうにも、本当に参加者の腕を競うようなちゃんとした大会なのか、あやしいもんだ。

 闘技祭はこのバルイーマの経済活動に大きく組み込まれた催しであるため、泥臭い殴り合い斬り合いを、エンターテイメントに仕上げられるような、派手な人間を求めているということなのだろう。まあこの意見は、ティーダやユシドの受け売りだが。


「訓練の意味あるかい、これ。大会参加への動機なんぞ聞かれるものか」

「まあ、たしかに……」

「ハハ、ユシド君は真面目だな。……とにかく、自分は派手に会場を盛り上げられるってことだけアピールすればいい。君らは魔法剣の一発でもみせてやりなよ、きっとウケるぜ」

「オレの技は見世物の芸ではないのですけどね」

「まあまあミーファちゃん、一時のパフォーマンスさ。おじさんには聞こえるぜ、新進気鋭の美少女魔法剣士、ミーファ・イユを讃える観衆の声がな」


 ……悪くない。

 強さに目の肥えたバルイーマの連中なら、勇者を化け物呼ばわりしてくれることもないかもしれない。……あまり期待しない方がいいとは思うが。

 一応、真面目に取り組むか。


 それに本当は――賞金なんかより、楽しみがある。

 視線の先。そこに座るあどけなさの抜けない青年は、しかし、風の勇者としての名を自分のものにしつつある。

 シロノトを旅立ってからこれまでの1年間は、戦士としてのあいつにとって、これまでにない濃密な時間だったはずだ。

 最後に師として剣を交えたのは、いつだったか。この頃はティーダについていってハンターの仕事をしていて、今のその力がどれほどのものかは知らない。

 知らないのだ。

 ユシドが、どれほど、強くなったのか。


 大会で彼が勝ち上がれば、強者たちとの戦いで、きっとその成長を目の当たりにすることができる。師としての達成感や、子孫の栄光と進歩に立ち会う喜びを得られるだろう。

 だが欲を言えば。

 オレが、お前と、戦いたい。

 ふたりで向き合い、つるぎを抜いて視線を交わす。そのときこそがきっと、オレにとっては最高の瞬間だ。我が継承者のその力を、自分の手で確かめたい。

 ユシドに視線を送る。途中で負けてくれるなよ。オレは、風の勇者であるお前がここへ上ってくるのを、待っているぞ。

 そんな意思を、眼に込めた。


「おーい。何を熱く見つめあってるの?」

「そういえばミーファさん、デートはうまくいったの?」

「は……はあっ!?」


 ティーダの低俗な茶化しと、突如隣にあらわれたデイジーさんからの横やりに、思わず椅子を引いて後ずさる。

 いま師匠としてカッコいいところだったのに! そうやって男女の仲を疑うような言い方をするなと、ティーダにはなんども説教してやったはずだ。デイジーさんも、突然何を言うのか。デート? なんだそれは。


「え。だってほら、あの誘拐犯さんに誘われたときに、デートなら先約があるって言ってたじゃない。それってユシドさんがお相手ってことでしょう?」

「いやあれは、言葉遊びで……」

「やだなー。二人きりで歩き回って、最後にプレゼント贈ったんだろ? それって世間で何て言うか知ってる?」

「ちゃんとおめかしして行ってくれたんですよね。おかみさんから聞きましたよーいじらしいなー」

「おじさんは嬉しい。あの男勝りのミーファちゃんが可愛らしい服なんて……。そんな姿を見せてあげた幸せな男って、いったい誰なんだろうね」

「ち、ちが……」


 何か良くないことが起きている。歴戦の勇者たるオレをして、いまわかることはそれだけだった。思わず、助けを求めるように、ユシドに視線をやってしまう。

 やつは自分に刃が向かないよう、つとめて存在感を消そうとしていた。

 おい! お前からも弁明しろ! こっちは若いお前の繊細な心を思って否定しているんだぞ!


「……デイジーちゃん」

「ティーダさん……」


 ふたりは互いの片手を振り抜き叩き合わせ、パアンと明朗な音を鳴らした。いつの間に仲良くなったんだ?


「あっちの席でお話しようぜ」

「そうですね! これまでの旅の話とか聞きたいです」


 椅子を立ち、ここから一番離れた席へと二人は移動してしまった。

 そっと片目をひらいてこちらをうかがうユシドを、目を剥いて睨みつける。

 オレとユシドは、その……家族みたいなものだ。男女のあれではない。お前がちゃんと否定しろ、お前が!





 朝日はすでに高く昇り、窓からその光を差し入れている。

 部屋で装備を整える。昨夜のうちに状態は確認しているため、防具などをしっかりと身に着けていく。今日は必要のない備えかもしれないが。

 思えば、戦うための姿になるのは久しぶりだ。身体もなまっているかもしれない。

 ……なんてな。ユシドは、自分ばかりが修行して強くなっていると思っているかもしれないが、そういうわけでもない。簡単に追い抜かれたら立場がないからな。


 支度が済んだ。

 部屋を出て、おかみさんと旦那さんにあいさつをする。気楽にやってきなさいとアドバイスされた。自分も、それが良いと思う。

 そのまま食堂に寄る。そこにはユシドと、デイジーさんの姿があった。闘技場で落ち合うつもりだったが、わざわざ迎えに来てくれたらしい。デイジーさんは何の用事だろう。今朝から仕事でも入れたのだろうか。


「ユシドさん。これ、是非持って行ってください」

「ええ、うわあっ、いいんですか? ありがとうございます!」


 ユシドはデイジーさんから、何かのつつみを受け取っていた。

 なんだろう? 顔見知りのよしみで餞別をくれたのかな。いやそれとも、以前助けに来たことへのお礼とか?

 ユシドはつつみの中を覗き、大仰に喜んでいた。

 ……ふうん、嬉しいんだ。オレがチンケな髪紐をくれてやったときは、あんな風に大きく喜んでみせなかったけどな。

 女の子からプレゼントをもらうなんてやるじゃないか。そろそろ異性にアプローチされてもおかしくない年頃だし、いいんじゃないの。デイジーさん可愛いし。あんな娘がいたらいいなって思うよ。お前になんかもったいないくらいの良い娘さんだよ。


「……ねえ、ミーファさんってば」

「えっ? うひゃっ、なんですか!?」

「ミーファさんこそ……なあに、あらあら、もしかして」


 もしかして、なんだ。デイジーさんの表情は見たことがある。それはたしか、ティーダがよくオレ達の前でする顔で。


「かーっ、可愛いんだからなあ。そんな風に嫉妬しないで? ミーファさんの分だってもちろんあるわ」

「嫉妬って……」


 デイジーさんが手渡してくれる紙袋を受け取る。中を見てもいいかと聞こうとして顔を見上げると、口に出す前に頷いてくれた。失礼して拝見する。

 中には、パンなどの軽食や、焼き菓子が詰め込まれていた。いいにおいがする。

 お昼ご飯だ。デイジーさんが手ずから作ってくれたのだという。さすがに嬉しくて、思わず顔が緩んでしまう。


「ありがとう、デイジーさん。……わたしの分がないかと思って、ユシドに嫉妬しちゃったみたいです」

「ふふ」


 デイジーさんがうすく笑い、可愛らしいつくりの小さな顔をこちらに近づけてきた。

 耳元で、小声でささやかれる。そうされるのは苦手だから、身体がぞくりと反応してしまう。


「嘘つきなミーファさん。ほんとは彼が喜んでるところを見て、私に嫉妬したんでしょ?」

「そ、そんな。そんな失敬なこと考えませんよ」

「そっか。自分じゃわからないんだなー、顔に出るタイプなのに」


 デイジーさんはオレをからかうように、意味深な言い方をふりまいて笑う。むむ、年の功だけが強みの男が、こんな若い子に弄ばれるとは。

 女性という人たちにはどうも、いくら歳をとっても敵わない気がする。


「ふたりとも、応援してるからね。あ、これ、ティーダさんにも渡しておいてほしいです」


 やけにつやつやした笑顔のデイジーさんに激励され、オリトリ亭から送り出してもらう。

 向かうのはバルイーマの聖地であるところの、大闘技場。

 今日は戦いの前段階――メンセツ試験だ。



 目的の場所へ向かうにつれて、人々の密集度が増していく。

 闘技祭の本格的な開始は今日ではない。だというのに、既に街の様子は、祭のさなかそのものだった。


「ユシド、おいで」

「わ、ちょっと、あの」


 はぐれないように、やつの手を引いてやる。田舎者に、都会のお祭りの人混みは厳しいだろう。まあオレも同じ町出身なんだけど。


「参加者の方はこちらの門を通ってください。見物の方たちは、本日のところはご遠慮くださーい」


 誰かの張り上げた大きな声を耳で捉え、そこへ歩を進める。

 そこは、たしかに、例えるならば“門”といえるかもしれない。

 大闘技場の前にある広い通路。そこに、厚い布幕と鉄の骨組みで建てた、仮の屋根がいくつもある。中には数人が常駐し、列をなして押しよせる参加者たちに短く話しかけ、何かを手渡すという作業をしている。

 良いたとえが浮かんだ。これはまるで、関所のようだ。

 様子を見た感じ、あれが大会の受付所ということだろうか。なるほど、これだけの数を絞るのに、いちいち戦わせるのは時間の効率が悪い。振り落すために変な審査があるのもわかる。

 屈強な男たちが列をなし、大会運営側の者たちと思しき若い衆に指示され、やたらと綺麗に並んでいる様子は、なんとも面白い。ここでしか見られない光景かもしれないな。

 ひとまず、首と目を動かして、彼がいないかどうか探してみる。


「おっす、お二人さん……え? あ、いや。とにかくおっす」


 すでに来ていたらしいティーダが、オレ達を見つけて声をかけてくれた。

 デイジーさんの頼みを思い出し、手に提げていたつつみを渡そうとして……やつの視線が、オレとユシドの繋いだ手に向けられていることに気付く。

 別に恥ずかしいことなど何もないが、ティーダの、ふくみのあるような反応が腹立たしい。どちらからともなく、オレ達は互いの手を離した。

 ティーダが何故か、残念そうなツラをした。なんなんだあんたは。


 少しの会話をしたあと、3人で縦一列になり、行列に追従していく。

 受付所では、面接試験をひとりひとり行う旨を説明され、小さな紙片を手渡された。それには『ハ』と一文字だけ書いてある。

 我々は複数の試験会場に分かれ、そこで面接官と顔を突き合わせることになるという。


 札と人の波を見比べながら、巨大な円形をした闘技場の壁周りを、うろうろと歩く。

 やがて、一致する文字の書かれた看板を掲げている青年を見つけた。その列に並び、各々の会場を探しにいく2人に手を振った。

 列はゆっくりと、しかし着実に進んでいく。

 ……どうやら、試験の会場が見えてきた。

 コロシアムの壁に沿って雑に設営された、カーテンに区切られた小さな区画。あれはそう、軍勢が戦争をする場なんかに設置する、野営地みたいな感じだ。近づけば中の声は簡単に聞こえそう。

 思ったより早いペースで、中にひとりずつ、武器をかついだやつらが自信ありげに入っていく。出口は反対側にあるようだ。

 列が進むにつれ、逆に、喜びの雄叫びや悲しみの暗い顔が、会場を去っていくのとすれ違う。こんな光景が武闘大会の一幕とは、印象と違っていておかしな話だ。

 ……そんな、刃を交えてもいないのに一喜一憂する参加者たちを、ここまで微妙にバカにしていたオレだが。

 どうしよう。緊張してきた。メンセツってよく考えたら経験がなさすぎる。自分の印象を良く見せつつ強さをアピール……? 王族に謁見したときの態度とか思い出せばいいのか?

 オレの二つ前の青年が幕の中へ入る。

 くぐもった声がいくつか聞こえる。そのあと、気合のこもった掛け声がひとつ轟いていた。なんだろう。やはり技のひとつでも見せたりするのか、闘技大会だものな。


「次の方、どうぞ」


 いよいよ、自分の番が来た。

 息をのみ、深呼吸をして、中へ足を踏み入れた。

 中にはふたりの男性が座っている。いつになく強張る脚を動かし、彼らの正面に立つ。

 ひとりは知らない青年だ。もうひとりの青年は……


「おやっ。すごい美人さんだと思ったら、ミーファちゃんじゃないか」

「アジさん。なぜここに?」


 オリトリ亭の夜の常連客、アジ青年がそこに腰掛けていた。

 そこにいるということは、もしや試験官は彼なのか? 見慣れた知人の登場に、緊張がややほぐれる。


「街の人手の一部はこの時期、こうやって運営委員会のスタッフに駆り出されてるのさ。これも地域付きあいのひとつだよ」

「はは。そんな適当な感じで、闘士たちを選別するんですか?」

「適当にはやらないよ。俺も、そこの彼も、過去に闘士としていいところまで行ったからさ。人を見る目は自信あるんだ」


 ふむ。

 歩き方やしぐさから、クーターさんともども、そこそこやるようだとは思っていたが。

 しかし戦える者が、相手の実力を見抜く目を持っているかどうかは、また別だと思うな。彼らを軽んじるわけではないが。


「では、試験を始めます」


 もう一人の青年が告げる。それに伴って、アジさんの顔から、慣れ親しんだ客としての表情が失せた。それで、緊張が戻ってくる。

 二人が顔を見合わせる。どんな質問が飛んでくるか身構えながら、オレはアジさんの口が、ゆっくりと開くのを見守った。


「可愛いから合格」

「異議なし」

「………」


 脱力する。

 いいのか? これでいいのか? オレは勇者だぞ。もっとこう……いっぱい必殺技とかあるのに。


「ミーファちゃんの実力ならもう知ってるよ。俺らのあいだでも噂になってる。大会を盛り上げてくれて、かつ倫理観や規範意識はまともか、という基準はクリアしているはずだ」

「強さのアピールとかしなくていいんです?」


 腰の鞘を指でトントンと叩く。

 かすかに反応が返ってきた。イガシキは、今日は起きているらしい。


「そうだなあ。じゃあ何か技見せてよ。この前見せたあれ、絶対盛り上がる」

「いいなあ、僕も見たい。ミーファさん、お願いできますか?」

「ええ、もちろん」


 にっと笑って見せる。せっかくここまでやって来たんだ。カッコよく決めてから、彼らの腰を抜かせてやったのだと、ユシドに自慢しよう。

 アジさんが席を立つ。何やら自身の後ろを探り、腕に、大きなものを運んできた。

 目の前にそれが立たされる。……どうやら、訓練用の木偶人形だ。


「それ、加工に魔法術が使われててめちゃくちゃ頑丈だから、思い切りやっていいよ」

「思い切り? ほんとうに?」

「おうとも。まあもう合格だから、適当でいいよ」

「なら、お二人とも、少し離れて」


 ずらりと、鋼鉄の剣を抜く。

 空を見上げる。幕で区切られたこの小さな試験場に、しかし屋根はない。上空の雲が丸見えだった。

 白雲を指さす。つられて、ふたりがそこを見上げた。

 指から、雷が走る。


「おおっ、雷使い」


 声をあげるのは早いぞ、アジ青年。

 雲に突き刺さったオレの魔力は、それを黒く作り変えていく。

 ごろごろと不穏な音がしたなら、あとはそれを、呼び寄せるだけ。

 ――ぱっと空が光る。轟音が世界を切り裂いた。

 

「うわああっ!!??」

「な、なんだ、これは」


 しめしめ、驚いているな。

 オレは紫電に輝く剣を握り、木偶人形に向かい合う。

 ……そういえば、周囲にはたくさん人がいるな。この人形に技を撃ったとして、周りに被害が飛んだりしないだろうか。

 剣を上段に構えた状態で、しばし思案する。

 やめた方が良いな。

 いま放とうとしていた、雷神剣・紫電一閃と名付けた魔法剣は、膨大な力で魔物の肉体を内から崩壊せしめるものであり、巨大な斬撃でもある。小さな人型に向けたことはなく、この後の想像があまりできない。

 オレは技をとりやめ、慎重に、雷のエネルギーを霧散させていった。

 剣を鞘にしまう。わずかに刀身に残った自然現象の雷は、イガシキがたまにこっそり食ったりしているのを、知っている。人の魔力より自然の力が好きらしい。

 ふう、と一息ついて、二人の方を見る。

 髪がめちゃくちゃに逆立っていた。雷がそっちにちょっといっちゃったのかな。


「合格でいいですか、アジさん」

「あ? あ、ああ。そりゃもう。……ここ天国じゃないよな? まだ生きてるよな俺」


 ちょっとやりすぎたな。雷が間近に落ちる恐怖など、自分は忘れてしまっているが、余人にとってはそうではない。

 調子に乗ってしまった。……段々と、後悔が押し寄せてくる。

 “ミーファ”になってから、オレは忘れがちだ。自分が何者なのかを。

 嫌だな。せっかく常連客として知り合った、気の良い彼から……化け物などと、呼ばれるのは。


「ミーファちゃん……あんた、すっげえよ。ファン1号を名乗っていいかい?」

「あっ! ズルいアジさん! 僕も最推しです、ミーファさん!」

「え?」


 しばし茫然としていた様子だった彼らは、しかし。

 目を輝かせて、こちらへ詰め寄ってきた。

 ……杞憂、だったか。いや、そんな言葉を使う場面じゃない。

 正直。彼らのその、少年のようなまなざしが、嬉しい。


「……ファン1号は、デイジーさんが名乗っていますので」


 笑顔で、言葉を返す。

 バルイーマの闘技大会。きっと自分は、思いっきり、やろう。それができる舞台を与えてくれた彼らに、感謝すら覚えた。

 ……ところで、最推しってどういう意味? 都会の若者言葉?



 仮設営された小さな会場を出て、闘技場の周りをうろつく。

 ユシドやティーダはうまくやっただろうか。門のところにいれば、落ちあえるかな。


「ぎゃあああ!? 試験場が、竜巻でーーっ!?」

「な……なんだ? 地震か!?」

「なあ、今日やけに暑くないか?」

「あら? ここだけ雨ふったのかしら。ねえ、なんでこんなに水浸しなの?」

「いやそんなことより、さっきものすごく近くで雷が落ちたのを見たかい」


 あちこちから、人々の困惑の声が聞こえる。オレでもわかる濃密な魔力の残り香に、鞘が震えている。

 巨大な闘技場を見上げる。コロッセオとも呼ばれるその聖地の上には、暗雲が立ち込めていた。

 ああ、これは別に、不穏な未来を暗示しているとかそういうことではなく、オレが雷雲をつくった影響だと思う。

 だが。

 ――どうやらこの大会、一筋縄ではいかない。それはきっと、間違いないだろう。



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