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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
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16. 君の生まれた日

 勇者は勇者に恋をしてはいけない。

 そんなことを他でもない君の口から言われたなら。自分の想いはもう、届けてはいけないのだろうか。

 足元が崩れるような感覚に、思わず、歩みを止めてしまう。

 そうすると、誰かが、後ろから隣に追いついてきた。


「だがな。オレはそんな不文律は無視して自由になってしまえばいいって、今は思っているんだよ」


 一緒に立ち止まってくれた少女の声は、誰かに縛られる未来など振り切ってしまうような、明るいものだった。


「巨大な力がなんだ、ないよりあった方が自分や誰かを守れるってものだろ。生まれる子供を不幸になんかしない。力の使い方を、しっかり教えてあげればいい。一緒にいてあげられれば、それはできないことじゃない」


 ミーファの言葉には、以前からときどき違和感を覚えることがある。

 僕の師としてあるときの彼女は、何かにつけて、過去にそれを経験したことがあるかのように語るのだ。

 彼女に勇者の子を育てた経験など、あるはずもないのに。勇者を育てたとしたら、師匠として僕に魔法剣を教えたくらい――あれ、そういうことなのか?


「だからね。キミは後悔しない生き方をしなさい」


 ミーファ自身は、何かを、後悔しているのだろうか。

 ……ただ単に、この子は聡明だから、よくそういう語り口になるのだろうか。


「ま、そういうわけだから……これから出会う勇者にお前とねんごろになる女子がいるとして、婚姻はオレに話を通してからにしろよ。よろしくない女性に捕まるかもしれないからな、幼馴染として、見極めてやるとも」


 バンと人の背中を叩いて陽気に笑い、ミーファはずんずんと先を歩いていく。

 これまで何度か変な空気になったことはあるが、あの程度ではぜんぜん僕の気持ちには気付いていないらしい。鈍感なことだ。

 後ろからやってきたティーダさんが、僕の肩を叩く。そのまま耳打ちしてきた。


「ユシド君、おじさんは応援してるからな」


 余計なお世話だと思い、僕は口をとがらせた。


「なんだよー。いつでも力になるぜ? 俺はふたりのこと、好きだからさ」


 ……いや、でも。そう邪険にするものじゃないかもしれない。

 彼が、応援してくれるというのなら。もし力を貸してくれるのなら。頼みたいことがある。

 僕が、ミーファに勝つために。


 記憶が語るのはここまで。

 それはたしか、バルイーマにたどり着くより、いくらか前の話だった。







「そろそろ時間か……」


 開け放った窓から、心地よい風が入ってくる。昔からこの感覚は好きだ。

 部屋の窓から見下ろす外の町並みは、日が高くなるにつれて活気を増していた。人々が行き交い、笑いあったり、子どもが駆けまわっていたり。

 窓を閉じる。これからオレも外へ出かける。それは別に、何も特別なことではないはずなのに、今日はなんだか何もかもが新鮮だった。

 部屋に備えた小さな鏡を、深く覗き込む。

 やはり変だ。自分の服装は着慣れた旅装束や戦闘装備ではなく、こじゃれた町娘のようにあか抜けた格好をしていた。都会ではこんなものが流行りらしい。

 勇者シマドここにあり、などと前世のように吠えても、誰が信じてくれるだろう。戦士らしさといえば腰に荷物のようにぶらさげている剣のみ。そこだけがいつもの自分であるはずなのに、今は全体の印象から浮いてしまっている。

 こんな服を着ていってはやはり笑われてしまう。故郷に残してきた今世の妹などにはよく似合いそうだが、オレが着て何になるというのか。それに腰にぶら下がったまま延々と寝ているやつに見られでもしたら、どんな皮肉を言われることか。

 ……ユシドが見たら、どんな顔をすることか。

 笑われるか驚かせられるかは五分だが、その反応が気にならんでもない。オレは最後に、先ほど窓からの風で跳ねた、ほんの少しの髪の乱れを整え、部屋を出た。


「あら、ミーファちゃん。男の子にでも会いに行くのかい?」

「へっ? なんでわかって……」


 経営している宿屋の廊下を手ずから掃除していた、オリトリ亭のおかみさんに声をかけられる。店で雇ってもらっているうえに下宿までしている手前、この人には頭があがらない。それだけでなく、たまにこうして人を見透かすようなことを言ってくる。今日のこれもまた不思議なおかみパワーの成せる業か。


「いやあ、その格好と顔を見れば誰だってわかるわよ。別にお相手を部屋まで連れてきてくれていいのよ。防音には気を遣っているから」

「は、はあ。向こうは向こうで宿を確保できたようなので、大丈夫ですよ」

「そういう意味じゃないんだけどねえ。……ともかく、いってらっしゃいな」

「ええと、はい、行ってきますね」


 まだ食堂の営業が始まっていない、宿屋としてのオリトリ亭を出る。

 用のある人物は今日この時間、街のランドマークの広場に呼びつけてある。まだここに不慣れなアイツでも迷いはしないだろう。


 バルイーマはグラナと同様に、人や物の流通が淀みない大都市である。

 特徴として、例えばここのハンターズギルドの支部は、どこぞの王国にあるという本部に迫る規模を持ち、腕に自信のある猛者が集まっているらしい。元来魔物の動きが比較的活発な地域であるために、自然とこのようになったのだという話も聞いたが、こちらの真偽はわからない。

 そういった土地柄に加え、今は伝統の闘技祭の準備期間ということで、武器防具屋が大盛況のようだ。

 惜しいな。カゲロウの剣をここで売れば、きっとぼろもうけに違いない。彼もこの町のあちこちで商品を広げている旅の露天商たちのように、出張して来ればいいものを。

 そんなことを考えながら、通りを抜けていく。デイジーさんと過ごした1日のおかげで、ある程度は歩き方がわかった。

 人々が活力にあふれ、戦士たちの血がたぎる街。それがこのバルイーマだ。


 広場にたどりつく。往来のど真ん中に置かれた大きく趣味の悪い石像は、その昔闘技大会で優勝を果たしたナントカという男の姿だという。噂には7人の勇者のひとりだったとか。一度名前を聞いたが、関わりが全くないので早々に忘れてしまった。そういう好戦的な勇者もいただろうな。

 いやまあ、オレも出るからには優勝する気満々なのだが。

 像の周りを歩き、待ち人を探す。

 ……いた。

 茶色の毛をひょこひょこと動かし、間の抜けた顔でそこに立っている。

 どれ、久しぶりに、後ろから脅かしてやるか。オレは足音を立てずに、やつの背後に近づいていく。

 そしてその背中に向かって、手をのばした。


「ミーファ?」


 ……ユシドは、オレが触れるより先に、こちらに気付いて振り向いてきた。

 オレの方が驚かされる形になり、半端な姿勢で固まってしまう。

 悔しいな、してやられてしまった。


「………」

「え、と……」


 だというのに、今度はユシドの方が固まった。

 先に振り向かれてしまったのだから、そちらが会話を切り出す流れではないのか?


「あの、ミーファ……今日は、雰囲気が違うね。たしかに君なのに、誰かと思っちゃった」

「ん? ああ、そうか」


 そういえば服装の印象がいつもと違うはずだ、それを見て驚いたのか。

 似合っていない格好を笑われると思っていたのだが。ユシドは何やら落ち着かない様子で、視線を泳がせる。ほのかに顔が赤らんでいるようだ。

 ……おかしいな。笑われてはいないのに、なんだか、恥ずかしくなってくる。そうまごついたりせず、何か言ってくれ。

 自分でもよくわからない気持ちをごまかすように、この服は同僚のデイジーさんに贈られたものだという事実を初めとして、ちぐはぐな弁明を並び立てる。

 それを聞いていたユシドは、ただ月並みなひとことだけを口にした。


「すごく似合ってる」


 ようやく互いに目を合わせて受け取ったその言葉に、心が勝手に喜びを訴えてくる。頭はそれをうまく理解できていない。

 まあ、似合わないと言われるよりは、似合うと言われる方が、良い。デイジーさんの顔に泥を塗らずに済んだ。

 ……どうにも、言葉に詰まるな。ここのところまともに顔を合わせていないからだろうか。

 オレは鼓動の早まりに目を背け、適当に話題をふってみた。


「そういえば、ティーダは?」

「宿屋で昼まで寝てるって。……ところで、今日は何の用事? 値の張る買い物とか?」

「ちがうよ。心当たりはないのか?」

「……? よく、わからないんだけど」


 とぼけているのか、忘れているのか。どちらでもいいが、本日の主目的をここで明かすのはいささか早い気もする。後回しにするか。


「この町にはまだ慣れないだろう。オレの方が詳しいはずだから、案内してやろうと思ってね」

「それは、ありがとう」

「どこか行きたいところはあるかね」

「そうだなあ。どこで手に入るか分からないんだけど、風の魔石が欲しいな。剣が壊れるような事態の備えとして」

「あ! そういえばオレもだ」


 イガシキに助力の礼をすることをすっかり忘れていた。やつは居眠りを決め込んだら、基本的には無理やり起こさないと何日でも寝ている。催促がないので後回しにしてしまっていた。

 ちなみに、やつが寝ているときは刀身にしがみついて寝るくせがあるため、剣が鞘から抜けなくなる。機嫌が悪いときもそうだ。改めてほしいと散々注意しているのだが、このせいで結局オレは今までと同じく、剣を抜くのは本当に強い敵が現れたときくらいになってしまっている。

 それはともかく。窮地を救ってもらったからには、電撃で起こしたりするのもなんだ。好物の、瑞々しい自然のちからたっぷりの魔力でも用意して、起きたときにねぎらってあげよう。

 ……まあ、闘技大会までに目覚めなければ、やはり無理にでも起こすが。


「じゃあユシド、これから魔石やら何やらの検分に行こう。店の場所は聞いておいた。……ほら」

「あ、えっと……うわっ!」


 デイジーさんがしてくれたように、オレはユシドの手を引いて、足早に駆けだす。

 だけどそれで転びそうになる彼がおかしくて、すこし速度をゆるめた。




 比較的空いている食堂を見つけて休憩しているとき、この前にちゃんと聞きそびれたことを、ユシドに聞いてみる。


「デイジーさんとオレがさらわれたときだけどさ。どうやって居場所を突き止めたんだ?」

「うん? ……ああ」


 ユシドはほんの、ほんの一瞬だけ、似合わぬ厳しい表情をした。ここのところそうだが、自分がいない間に起きてしまったことについて気に病んでいるらしい。

 もう謝らないでくれと言ったから、今ああやって気持ちを隠したのだろう。どうにも真面目が過ぎる。

 表面上は大して気にしていない様子を装い、ユシドはオレの質問に答えた。


「久々に戻ってきたその足でオリトリ亭へ行ったら、今日は休みだって。だけど休養日でもこの時間にミーファがまだ帰ってきてないのはおかしいって、あそこの亭主さんたちに言われたんだ」


 たしかに、若い女子がふたりで出かけて、何のことわりもなく夜遅くまで帰らないというのは、穏やかなことではないかもしれない。

 よそ者が増えるこの時期は衛兵団が忙しいって、おかみさんも言っていたし。


「そこで街を走り回ったら、いかにも怪しい男たちを目撃したって噂が流れていてね。人間大の麻袋をふたつかついで、うつろな目つきで裏道を歩くやつらがいたって」

「そりゃ怪しいや。……それで?」


 話の肝心の、居場所を突き止めた方法がまだ出てきていないため、続きを促す。

 するとユシドは隣の席までやって来て、そのまま自然な動作で、オレの横顔に手を添えた。

 ……な、なんだ? ユシドがこちらを見つめてくる。距離感の近さを認識すると、途端に忘れようとしていた出来事を思い出した。あのときと空気が似ている。

 流れがおかしすぎる。普通の会話をしていたはずだ。


「お、おい。いきなり何を……」

「これ」

「ひゃうっ!」

「うわっ、いきなり変な声出さないでよ」


 ユシドは突然オレの右耳をさわり、そのうえ理不尽に糾弾してきた。

 お、お前! やっていいことと悪いことがあるだろ。貞操観念はどうなっているんだ。

 無遠慮に耳飾りのあたりを触ってくるユシドの指。そこは、これ以上は……!


「この飾りの石が、僕に君の位置を知らせてくれるんだ」

「ん、それは、なん……っ!」

「贈ったときはわからなかったんだけど、よく考えるとこれって、僕の魔力が大元に込められているんだよね。だから頑張れば探知できるんだよ。おかげで離れていても君の居場所がわかる」

「ふっ、そ、そうか。ん」


 あまり話が頭に入ってこないが、とにかく便利機能があることがわかった。いいことだな。

 ユシドの指が、離れていく。


「……なんか今さら気付いたけど、女の子の居場所を常に把握できるのって、さすがに気持ち悪いかな。ミーファは、嫌?」

「ふう、ふう。……え? いや、べつに。ユシドになら、いいよ」


 今回のように互いに離れ離れにされるようなことがあれば、その機能は便利だと思う。このまま活用すればいい。

 そういえば、今朝うしろから驚かせる前に気取られたのは、そうやってオレが身に着けているピアスの気配を探っていたからか。

 そうなると……あの頃のように、突然驚かせて、びっくりする顔を見られなくなるのかと思うと。少し、寂しいな。

 オレはそんな気持ちを抱えて、乱れた息を整えながら、ユシドの顔を見上げた。


「ッ……! み、ミーファ。そろそろ出ようか」

「え? ああ、うん……」


 ユシドは立ち上がり、何やらかぶりを振ってから、食事の勘定を支払いに行った。

 頭が妙にぼうっとする。オレもあいつを真似て頭を振る。

 いかんいかん、今日は目的がある。そろそろそれを果たすべきだ。


「なあ」


 出がけに声をかける。

 振り返るユシドの顔を見て、良い案が浮かんだ。


「髪、伸びたな。切ってあげようか?」




 オリトリ亭の裏の敷地を借りて、日陰に椅子をひとつ置く。

 そこに座らせたユシドの、好き放題伸びた髪を触る。先に水で濡らしたため、湿っていて冷たい。

 短刀で手入れしようと思っていたが、おかみさんが散髪用のハサミなんていう高級品を貸してくれた。完成図を頭に浮かべながらシャキシャキと音を立てる。

 ユシドが怖いからやめてと言い、顔を青くしていた。笑える。

 髪型をばっさりと変えるつもりはない。毛量を減らすくらいでいいだろう。魔力は髪に宿るなんていう俗説もあるし、このまま伸ばすのもいいんじゃないか? ちなみに、瞳の色に宿るという説もある。

 はさみを入れて、髪をすいていく。むむ、やはり専用のものは切れ味がいいな。いやしかし、そういえば理容師が複数の種類のハサミを使って仕事をしているのを見たことがあるが……まあ、素人には違いがわからん。気にしないでおこう。


「お前、身長がまた伸びたな」

「え? そうかな。今日ミーファと比べてみて、そんなに変わってないと思ったけど」

「それは、オレの身体も、成長しているからさ」


 他愛ない話をしながら、作業を進めていく。

 思惑通り、量を減らすことに成功した。しかし後ろ髪は、いまどきの男子にしてはやや長いくらいを残した。都会ではもっと短髪が流行りだ。

 再度、ユシドに質問をしてみる。


「今日は何の日か、心当たりはない?」

「またそれか。……ごめん、ダンジョンの中に何日もいて、日にちの感覚が……」

「ふふ、そうか」


 頭をぱっぱっとはらう。仕上げに、風の魔法術を使って、毛の切れ端を吹き飛ばす。

 ユシドは、まだ自分の後ろ髪がやや長いことに、不思議そうな顔をしていた。

 正面に立って顔を覗き込む。一息深く吸って、伝えた。


「今日はキミの生まれた日だ。18の誕生日、おめでとう、ユシド」


 その喜ばしい記念日を、オレが忘れることはない。キミが生まれ、成長し、無事で目の前にいることが、オレの人生にとっても祝福なんだ。

 きょとんとするその顔に、ちまちまと手間取りながら作り上げた品物を突きつける。

 本当は手首なんかの飾りにしようかと思っていたが、途中で考えが変わった。


「これは贈り物。まあしょうもない地味な髪紐だけど、キミを守るまじないを込めた」

「ミーファが、作ってくれたってこと?」

「そうだよ。大事にしたまえよ」


 ユシドの後ろにまわり、それを使って髪を束ねてやる。

 ちょろりと子馬のしっぽのような毛が、後頭部から垂れている。ちょっと面白い。

 鏡を2枚持って来て、自身の姿を見せる。正面から自分をみたユシドは「うまいね」と喜んでいたが、後ろ側を見ると微妙な顔をした。


「なんだよ。プレゼントが不満かい」

「まさか! でも僕、髪を長く伸ばしたことなんかなくてさ」

「オレはその方が、キミに似合うと思うけどね」

「……じゃあ、伸ばします」


 案外素直だ。贈り物を受け入れてもらえて、内心ほっとする。


「ま、失くしたら何回でも言えよ。ちょっとコツが掴めてきてさ、そのたびにより素晴らしい品をよこしてしんぜよう」

「失くさないよ、絶対」


 ユシドが立ち上がり、オレと目を合わせてくる。


「本当にありがとう。きっと、大事にする」


 良い顔だ。こちらとしても、頑張った甲斐があったよ。

 オレはその表情を見上げ……ああ、やはり身長が伸びたなと、その健やかな成長を愛おしく思った。


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