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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
15/63

15. デイジーの激動の1日

「次の勇者が女の子だとして……その子に恋をしてはいけないよ、と言われたら、どうする?」


 核心をつくようなその一言に、心臓がすくみあがる。

 それは……あまりに受け入れがたいことだ。僕が昔からずっと恋をしているひとは、雷の勇者なのだから。


「まあ、単なる世間体の話だがね。我らが愛しきド田舎のシロノトでは、勇者同士の恋愛関係や婚姻はあまりよくないとされる……と、いう話がある」

「それは、なぜ?」


 食ってかかりそうになるのを抑えながら理由を聞くと、ミーファは表情を神妙なものにあらためた。


「勇者っていうのはさ、怪物と紙一重なんだよ。魔物をものともせずに倒すところとかね」

「だから?」


 彼女は空を見上げながら続ける。その目はここではない、どこか遠くに想いを馳せているかのようだった。


「過去にも共に旅をするうちに恋心が生まれる者たちもいたが、彼らはこうも思った。『勇者二人分の魔力の才を受け継いで生まれる子が、幸せに生きられるのだろうか?』ってな」


 勇者は人々から常に尊敬を集めている、なんてことはない。その力を恐怖のまなざしで見つめている民たちもいる。

 これはミーファから口酸っぱく教えられていることだ。この事実が、紋章を人目から隠すべき理由であると。

 そんな怪物扱いをされる二人の間に生まれる子どもがどうなるか、というのは、たしかに良くない想像が膨らむ。


「あとはまあ、優秀な血筋をひとつにまとめてしまうのも、意外と周りにいい顔されない。次世代の勇者候補が減るからだという。建前だな。……理由としては、こんなところかな」

「……そんな」


 心底くだらない。次代のことを考えるなら、むしろ歓迎される話じゃないか? 子をたくさん成すことができれば解決だ。勇者の婚姻を妨げる理由としては弱いと思う。

 ……でも。たしかに。

 自分の子孫のことなんて、まだ考えたこともなかった。人と人が結びつきあうとき、そこにはその子や孫を幸福にするという義務や責任が発生しうる。

 だから、勇者が勇者に恋をしてはいけない――そんなことを、他でもない君の口から言われたら。

 自分の想いはもう、届けられないのか。









「デイジーさん」

「ひゃいっ!? な、何かしら、ミーファさん」


 お客の去ったテーブルを片付け、布巾で拭いていると、背後から声をかけられる。私は背筋の震えに身もだえながら、なんとか返事をした。

 もっとも、後ろから話しかけられたくらいでここまで驚きはしない。これは先日、お酒の席において、ミーファさんが二重人格者のごとき酔いっぷりを見せてきたことに起因する、ちょっとした畏れのあらわれだ。

 今や私の中での彼女は、世間知らずのお嬢ではなく、酒乱のお嬢へとランクアップしていた。


「明日は休養日でしょう。その、あの、お時間ありますか」

「夜は無理です」


 あの厄介モンスターを鮮明に思い出し、素早く断る。すまないミーファさん、私はもう、あなたの第二人格には付き合いきれんのだ。

 なんというかその、あそこまで醜態を晒す美少女がいると、一緒にいる私の美少女力も下がっていくのだ、あれは。


「いや、夜じゃなくて。ちょいとお買い物に行ってみたいのですけど、まだまだバルイーマには疎くて。よろしければ一緒にまわってくれないかな、という甘えです」

「……へ? 買い物?」


 ……買い物かあ。

 ほう。なんだろう。気になるな。お嬢がこんな男臭い街で何を買うのだろう。闘士らしく武器でも検分するとか?

 それはちょっと、大会ファンとして、気になるぞ。

 しばし考え、承諾する。ミーファさんはぱっと花の咲くような笑顔になって、お礼を言った。ふふ、いつもこんな感じなら完璧なのにね。

 休養日の余暇は大してやることもない。部屋の掃除に買い出しを済ませたら、大通りで筋骨隆々の男たちでも眺めるか、などと考えていた。私のような美少女に見つめられては男どももたじたじだろうが、目立たずに通りを見下ろすスポットがあるのだ。この祭りの時期の、私のベストプレイスである。

 しかし今年はそっちよりもミーファさんの方に興味がある。彼女もまた、私がチェックを入れている、期待の闘技大会参加者なのだ。

 後日の楽しみができ、私はいつものお仕事により精を出すことができた。




 その日がきた。

 待ち合わせの場所はオリトリ亭にした。3か月いてもまだ街に慣れていないというので、ここが適当だろう。

 やがて約束の時間になる。


「お持たせしてしまいましたか」


 声に振り返る。ミーファさんの姿は、いつもの出勤時、店内での衣装に着替える前に着ているものと、あまり変わらない。

 動きやすそうな軽装で、おそらく戦闘時には、要所や手足を守る最低限の防具を上から身に着けるのだろう。そして腰に下げている剣は、サイズからして片手剣だ。スピードタイプの魔法戦士ってところかな。

 相変わらず似合っている。この衣装を仕立てた人は、ミーファさんの家のお抱え職人とかに違いない。戦う服でありながら可憐さを兼ね備えている。

 ……しかし。大体いつもこの服装だが、ちょっと見飽きたかもしれない。素材が良いから他の姿も見たいというのは、ひと月前くらいからこっそり思っていたことだ。

 そう伝えると、他に装備はこのタイプの衣服しかない、と言われた。

 そんなに顔が良いのにファッションに無頓着なのか? た、耐えられねえ。今日は彼女の服も買おう。そうしよう。

 静かな決意を胸に秘め、私達は連れ立って、バルイーマの繁華街へと出かけるのだった。


「うまいうまい」


 闘技祭の本番が迫っているこの時期、すでに繁華街には軽食の屋台などが並んでいる。大会にはああいう食べ物を持ち込んで、我々観客は闘技をエンターテイメントとして消費するわけだ。私は流血沙汰となると重いものは食べられなくなる性質なので、飲み物だけ持って行く派。

 ミーファさんはさきほどから、彼女が見たことがないという食べ物を目ざとく見つけては、片っ端から購入して小さな口に詰め込んでいる。太らない系女子か? 許せねえな。

 ただ、食べ物で頬を膨らませるその様子は、小動物のようで可愛い。貪食の魔物という見方もできるけども。

 このままだと永遠に食い続けそうなので、広場の日陰で休憩しながら、今日の主目的を聞く。


「友人に贈り物をしたいんですよ。でも、相手は若者なので、いまいちセンスが合わなかったらどうしようかと。そこでデイジーさんの力をお借りしたい」

「友人さんはどんな人?」

「そうだな。お人よしで真面目なやつ……ってところです。今はハンターの下っ端として、あちこち駆け回っているみたいですね」


 ううむ。ハンターの友人で若者。

 もしや、彼女と初めのうち一緒にいた、お付きのうちのひとりだろうか。同年代くらいの男の子だったはずだ。

 男の子でかつハンターや冒険者となると、やっぱり実用性を好むと思うから……。

 武器、は贈り物として重いなあ。軽装備の防具か、装飾品か。それとも……


「……冒険に役立つマジックアイテムとかかな」


 陽光ランタンとか。トラップ解除ツールとか。破邪結界シート(10枚入り)とか。魔力ウォーターサーバーとか。超圧縮テントとか。いやでもあれはぼったくりだからな。

 その手の店もやはりバルイーマこそが充実しているんじゃないだろうか。この町はハンターズギルドもよそより大きいって聞くし。

 適当に商品名をあげ、ミーファさんの反応をうかがう。


「うーん。そういう旅の中でみんなの役に立つようなものより、もっとこう、個人的に使うものがいいな」


 お?

 今なにか感じた。彼女の表情や声から、こう……独占欲的なものが。

 ミーファさんの、緑色にきらりと光る右耳のアクセサリに、目が行く。

 乙女の勘が熱く叫び、私は衝動的に聞いてしまった。


「彼氏か? 彼氏なのか?」

「え? はは、あいつが? まさか。弟みたいなものです」


 からっと笑うその表情は、ごまかしているような雰囲気ではない。彼氏ではないらしい。

 少なくとも、今は、そう思っている、らしいな。


「でも、気が付いたらどんどん背は伸びていくし、またオレから離れていくし。昔から目をかけていて、長く会わないときは前にもあったけれど、なんだか今は……そばにいないと、退屈だ」


 おいおい……。

 それはもう彼氏でいいよ。なんだこの女。そしてここまで心に刺さっている男はどういうやつなんだ。うちのミーファに相応しいといえるのかい? 長らくほったらかしてどういうつもりなんだい。許しませんよ本当に。

 そう思ったが、ミーファさんが良い感じの雰囲気で空を眺めていたので、口は閉じていた。


「だけど今度、闘技大会に合わせて帰ってくるんです。そのときに珍しく贈り物なんぞしてやったら、どんな顔をするかなって。久しぶりに、いたずらしてみたくなって」

「う゛~~ん。いいですねえ。今日は一日付き合いますよ、ミーファさん」

「なぜそんなに野太い声を……?」


 この同僚のデイジーさんが一肌脱ごう。どうやら私にしかできないつとめだ。

 そしていずれ貴族だらけの結婚式に呼んでもらって、未婚の顔の良い貴族と知り合おう。

 私は脳内に未来予想図と、この町の地図を描き、ミーファさんの手を引いた。


 私達は、武具や魔法細工師の店を次々とはしごしていった。

 これまでの付き合いでおおよそ見えていた(目を逸らしていた)ことだが、ミーファさんという人は、例えば服に無頓着であるように、どこかガサツで男の子のような一面があるように思う。

 そんなミーファさんが、しつこく何軒も回って贈り物を吟味しているのは、やはりそういうことだろう。

 私は根気よく付き合ってあげた。いや、そんな言い方は正しくない。同年代の友人とこうして遊ぶことはよくあるが、そんな中でもミーファさんと街を巡るのは、楽しい。

 ……友人になってくれと言ったら、身分の違う彼女は、冷めてしまうだろうか。


「これにします」


 彼女の声に、意識を引き戻される。

 ミーファさんが手にしていたものは……


「え、大丈夫? これって完成品じゃないよ。買った人が自分で編めっていうやつだから。ただの材料だし、多少は魔法細工の勉強もしないと……」

「ちょっとした挑戦ですよ」

「うーん……そう?」


 あれだけの店を回って一番ぴんと来たのなら、まあ、いいのか。

 ……しかし最終的にお手製の贈り物とはね。いじらしい。

 そういえば彼女は魔法術使いだ。自分の魔力を込めたものを、彼に贈るというわけか。……なるほど……執着がすごくないか? うぶなふりして実は上級者なのか……?

 満足そうに紙袋を抱えて店を出てくるミーファさんを、店の外で待ち受ける。

 今日はありがとうございました、などと別れの雰囲気を醸し出す彼女の手を掴み、私は再び市中引き回しを敢行した。

 このまま終わらせはせんぞ。次はバルイーマ中の服屋を回る――!


 荒くれ者たち御用達の武器屋などに隠れるようにして、女子たちの楽しみの場であるブティックもこの町にはちゃんとある。なかったらもう男しか住んでない。

 私はさまざまなコーディネートをミーファさんに試着させ、青少年の心を奪うのにふさわしい格好を模索した。いつも同じ服装だったらね、美人でも3日で飽きられるという説もありますから。

 彼女の普段着は、上半身は清楚な色調とデザインのものでありながら、脚の露出は割と大胆というものだ。それと雰囲気からして、地元ではお嬢様らしいお高くお淑やかな格好でもしていたのだろうと予想する。

 ならば、それとは違うシックなあかぬけた格好を探すか。いやまて、逆に野暮ったい村娘のように演出するのも落差が良いな。顔が良いから何をしてもいい。

 試着室から登場する彼女の姿に、店員さんと共に腕組みをしながら頷く。そして荷物置きの机に山積みにした服から、次を引っ張り出し手渡す。ミーファさんが嫌そうな顔をする。そんなサイクルを繰り返した。

 しばらくしたら、次の店へ。また同じことをする。なぜだろう、これまでにないほど心身に活力が充実していくのを感じる。逆にミーファさんは身に纏う空気がみるみるしょぼくれていった。


 ……と、こんな感じで。

 私達が店を回り終える頃には、すでに日が落ちようとしていた。

 荷物を両手に抱える彼女は、どうにもグロッキーな顔色をしている。なんだ、そんなスタミナでは闘技大会を勝ち抜けませんよ。やはりお嬢様だから、ご自分でお買い物とかしないのかな?


「ミーファさん、その人に贈り物を渡すときは、今日買った服を着ていくんだよ」

「えっ? い、いや、なぜ? 知人に見せるのは、少し恥ずかしいのですけど」

「その方が彼の面白い顔が見られるよ」


 本日の戦果について他愛ない話をしながら、町の裏路地を歩く。

 今日は楽しかったな。ミーファさんと仲良くなれたように思う。

 ……けれど、彼女はバルイーマの人間ではない。闘技大会が終われば、ここを去ってしまうのだろう。その前にまた、1度だけでもいいから、こうして遊べたらいいな。

 そんな気持ちを伝えようと思って、勇気を出して、振り返った。


「――え?」


 無防備な彼女の背後で、大男が、巨大な腕を振りかぶっていた。





「……あ、う……さむっ」


 寒さと、自分の喉が絞り出した声で、目が覚める。

 ブランケットを遠くへ蹴り飛ばしてしまったのだろうか。一瞬、そう思った。

 まぶたを持ち上げ、身じろぎしようとして、気付く。

 ここは知らないどこかで、自分は手と足を拘束されている。後ろに回された手と足首は何か固いものに縛られていて、おそらく頑丈な縄か何かだ。

 何が起きているんだろう? ……そうだ、たしか、ミーファさんが男に奇襲されて、そのまま私も、多分、気絶させられて、連れ去られた。……なぜ? どうして?

 冷静に状況を考えられるのは、ここまでだった。私の心を、恐怖が塗りつぶしていく。

 涙があふれてきて、私は助けを求めて叫ぼうとした。


「デイジーさん、落ち着いて」


 優しい声が、私の心に響く。

 ……ミーファさんの声だ! 後ろから聞こえた。そうか、同じように地面に転がされているんだ……。

 ひとりではないことに、本能的に安心する。だけど落ち着くと、また恐怖が頭をもたげてくる。


「ミーファさん、あの……私達、どうなっちゃうの……?」

「だいじょうぶ。また明日、一緒にオリトリ亭でお仕事をしていますよ」

「で、でも……」


 何がどうしてこんなことになっているのか、わからない。

 ミーファさんを襲った男……一瞬だけ顔が見えたけど、どこかで、見たような。

 そのとき、なにか音がして、誰かが足音を立てて私達のところへやってきた。ここでようやく、自分が狭く暗い、倉庫のような場所に閉じ込められていたことがわかった。

 そして、そこにやってくる人間は……


「あ、あ……」


 目と首を痛いほど傾けて、背の大きな男性の顔を見た。そして、心臓が飛び跳ねる。

 彼は以前、オリトリ亭でミーファさんと勝負して負けてしまった、闘士の男だった。

 男がしゃがみ、顔を近づけてくる。ぎらぎらと血走った眼と荒い息遣いに、私は必死で後ずさりをしようともがいた。

 怖い……! 叫びたいのに、声が、出ない。


「おいあんた。なぜこんなことをする? もうやめなさい。いま解放してくれれば、きっと悪いようにはしない。これ以上は後戻りできなくなるよ」


 ミーファさんが力強い声で男に語りかける。

 だけど……彼の目は、私の後ろにいるはずのミーファさんではなく、どこか遠いところを見ているようだった。


「あ、あの人が……強い魔導師を捕まえれば、あの人が救ってくれる……これからは、もっといい人生が……」

「あの人? それは誰だ」


 男は答えない。どうも、ミーファさんの声が耳に入っていないかのように思える。まったく会話になっていなかった。

 男が倉庫を出ていく。定期的に私たちの様子を見に来て、見張りをしているのだろうか。

 また、扉が、閉じた。


「……デイジーさん。あなたがさらわれたのは、わたしが巻き込んだようです。本当にごめんなさい」


 涙が、いよいよ溢れてくる。

 考えないようにしていたことだ。誘拐犯の目的はミーファさんで、私はそのついでに、目撃者を消すために連れ去られたのだとしたら。

 ……私は、彼女を口汚く罵ってしまうかもしれない。それは、それだけは、嫌だった。だから、涙にして、嫌な気持ちを外へ出す。


「大丈夫。この命に代えても、あなたを家へ帰します」

「ミーファさん……っ、うぐ、うっ」


 顔が見えたなら、きっと彼女はいま、私を安心させるために微笑んでいるのだろう。

 その顔を想像して、私は心に冷たく吹き込んでくる寒さに、耐えた。


「……この拘束具、マジックアイテムだ。魔法術がうまく働かない……イガシキ、イガシキ! いないのか」

「……マジック、アイテムって、どんな?」


 ミーファさんも不安なのだろう、考えていることを口にしているのだと思った。

 心細くて、話しかけてしまう。


「術者が選んだ任意の属性以外の働きを、著しく減衰させる結界の術があるんです。これはその効果が込められた縄かもしれない。……非常に高度な術だ、やつをそそのかした何者かがいる……」

「そんな……」

「あ、いや、大丈夫ですよ。脱出の目はまだある」


 魔法術を封じられては、ミーファさんでもどうしようもないではないか。私を元気づけようとして、そんなことを言っているが……。

 だめだ。これ以上悪い方向に考えるな。


「イガシキ、おい」

『……なんだ、飯の時間か?』

「!? だれ……!?」


 暗い部屋に、ミーファさんでもさっきの男でもない、知らないひとの声がした。

 ……人、なのだろうか。何か、寒気がする。


「おお……いてくれたか、不幸中の幸いだ。あのさ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてね。謎の勢力に誘拐されて手足を縛られているんだ。……どこにいる?」

『何? ……ハハハ、やあ、これは愉快だ。そうしていると、いつもより殊勝じゃないか?』

「おまえねー、性格悪いぞ。たのむ、この腕の拘束の魔力を食ってほしいんだよ」

『見返りはあるのか?』


 誰かもわからない人と、気軽にミーファさんが会話をしている。

 助けに来てくれた人がそこにいる……? それにしては、あまり協力的ではない気が。


「デイジーさん」

「ひぇ!? は、はいっ!」

「バルイーマで魔石を売っているところって、今日まわった細工屋だけかな?」

「え? ええと……」


 何が何やらわからない頭を落ち着け、ミーファさんの質問を反芻する。

 魔石というと、自然由来の魔力が宿っている鉱石のことだ。たしか、今日は回らなかった雑貨屋と、武具店にもあるはず。たくさん欲しければ、道具屋さんに取り寄せてもらう手段もあるはずだ。武具屋の経営者たちはそうやって購入した素材で、お抱えの職人に商品をつくらせている。

 そういった内容を、うまく整理しきれないまま、つたなく、ミーファさんに伝えた。

 短く礼を言い、彼女はまた私ではない誰かに話しかける。


「たまには地属性のをいっぱい買ってあげるからさあ。ねえいいでしょー」

『そのままオレを解放しろ』

「それはできませんねぇ」

『フン……もう1メートル後方へ来い。ああいや、大股で一歩分だ』


 ずりずりと這いずる音。

 次に、淡い光がぼうっと、倉庫の中をわずかに照らした。


『なんだこれ、まっず! この味……お前、最悪なやつと関わりあいになったな』

「え? 何? 何か知ってるの?」

『口直しには期待しているぞ。オレはまた寝る』


 ……静かになる。

 どうなったのだろう。見えないからわからない。

 しばらくして。ぱちぱちと何かが弾けるような音がして、倉庫が一瞬だけ、ぱっと明るくなった。


「もう大丈夫ですよデイジーさん。よく耐えてくれましたね」


 その声が、すぐ耳のそばでした。

 足と手首の縄がなくなる。ゆっくりと力を入れて、なんとか立ち上がる。後ろを振り向く。

 そこにあったミーファさんの顔を見て、私の眼球は、ここに来て一番の大量の涙を絞り出した。

 抱き着いて泣きじゃくる。ミーファさんは声が漏れないように、少し乱暴に私の顔を胸に押し付けたけれど、背中をぽん、ぽんと優しく叩いてくれた。あと、おっぱい柔らかい。


「外の様子を見て来ます。あなたはここにいて」

「そ、そんな!」

「ほんの一瞬ですよ。すぐに戻ります」


 たしかに、外に見張りがいるとしたら、私がくっついていると足手まといもはなはだしいだろう。

 でも、この中でひとり待つのは、気が気ではない。思わずミーファさんに縋りついてしまう。

 ……いけない。一番だめなやつだ、これは。迷惑をかけている。ふたりで脱出するのに、最も安全な行動を選ぶべきだ。

 そうわかっていても、自分の震える手は、ミーファさんの服を掴んだまま、離してはくれなかった。


「わかりました。ならこうして後ろにくっついていて。なに、デイジーさんをおんぶかだっこしたままでも、悪党の10人や20人倒してみせますよ。これは、強がりじゃないです」


 頷く。

 帰ったらきっと、ミーファさんにたくさん、たくさんお礼をするんだ。

 それだけを考えるようにして、私はミーファさんの背中に手を置いて、その服を掴んだ。ああ、清楚なデザインが、台無しになってしまう。


「開けます。少し身を屈めていて」


 ミーファさんが、扉に手をかけた。

 全身に、ぎゅっと力を入れる。


「……なんだ? この音」


 そう言われ、思わず耳を澄ませる。

 外で、なにか音がする。いや、声……これはたぶん、怒号や、悲鳴だ。

 加えて、なにか騒がしい音。……嵐の夜に、固く閉めた窓の向こうで、びゅうびゅうと吹く暴風のような。

 それらが混ざり合った喧騒が、どんどん、こちらへ近づいてくる。

 ミーファさんが、倉庫の扉を、一息に開け放った。


 あまりに思い切りのいい開放に、おもわず身を固くする。

 ……おかしい。静かだ。先ほどの騒音は、どうなったのだろう。

 私はミーファさんの後ろからおそるおそる顔を出し、外の世界をのぞいた。


「……ミーファ。だいじょうぶ? ケガはない?」


 その青年が振り返る。

 長剣を片手に、その空間に佇んでいる。周りには何人かのごろつきたちが、地面に倒れ伏していた。苦しみ呻き、しかし流血のない様子からして、斬り殺されたりはせずに無力化されたようだ。

 死屍累々といった面々の真ん中に立つ彼は、そんな物騒なことを成し遂げたのにも関わらず、どこか優しそうな顔立ちをしていた。まるで、おとぎ話の王子様か騎士様のようだ。

 しばしぼうっとして、はっとしてから、周りを確認する。

 狭い路地の間から見上げた空は、夜。建築物はボロボロで、人々の気配やにぎわいが感じられない。

 たぶんだけど……どうやらここは、バルイーマの繁華街から離れたところにある、旧市街の廃墟地区のようだ。

 幼い頃によく遊んだこの場所が、こんな、人さらいの温床になっているなんて。この街の衛兵団は優秀だと思っていたから、ショックだった。


「おそいよ。もう自力で脱出できるところだった」

「う、ごめん。痛いこと、されなかった?」

「平気だよ。それより、どうやってここがわかった?」


 ミーファさんが、青年にかけよる。

 その表情は、さっきまで私を力強く勇気づけてくれた人にしては、なんだか少女らしい柔らかいものだった。お相手の青年もまた、顔つきを見ると、まだ私やミーファさんと同じくらいの少年といっていいことに気付く。

 ……ふたりの話す様子を見ていると。まるで昔話の中で、囚われのお姫様を王子様が助けに来たシーンのようだなと、想像してしまった。

 それで、贈り物を貰う相手を、悟る。


「デイジーさん。……デイジーさん?」

「え? あ、はい」

「衛兵たちもすでにここへ向かっているみたいだし、あとは大丈夫です。もうお家に帰りましょう。……あ、そうだ」


 ミーファさんが顔を覗き込んでくる。

 なんでもない時間だったかのように、彼女は、可憐に微笑みながら言った。


「今日は買い物に付き合ってくれて、ありがとうございました。……良かったら、また――いえ、なんでもないです」


 また、なんだろう。

 ……そうか、わかった。気を遣っているのだろう。普通こんなことに巻き込まれたら、もう二度と外で買い物なんか、したくなくなる。

 でも。

 先を行こうとするミーファさんを呼び止める。

 私は勇気を出して、“また一緒に街をまわろう”と、彼女を誘った。


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