12. 大地崩壊
街を出てすぐの外周部にて、装備や体調を確かめる。
二度目の挑戦。これに勝利することができなければ、グラナには年単位で足止めされることになるかもしれない。やつを倒すために今切り得る手札は、少ない。
腰の左右に帯びた、二刀の片手剣を握り、具合を確かめる。ムラマサの子孫の作だけあって質が良い。紫の雷を使わなければ、ある程度もつだろう。
……まあ、出し惜しみするつもりはないのだが。だから二本装備している。良い剣を使い潰すのは惜しいが今回ばかりは仕方あるまい。奴を倒さなければカゲロウやグラナの商売人たちも、いずれ困り果てるというものだ。
剣をしまい、腕甲の留め具を締めながら、離れたところに佇むユシドの様子を観察する。
握り締めた長剣を見つめたまま動かない。何を思っているのだろう。
……結局あいつは、剣に宿る風魔テルマハの魂を屈服させることは、できなかったのだという。しかしまさか、風魔のやつがユシドに力を貸していなかったとはな。
性格が悪すぎる。いや、思えばそんな奴だったな。見かけは美しいお馬さんだが、中身は人間嫌いの根暗駄馬だった。
剣にその魂を写してからは無口なので忘れていたが、思い返せば言うことを聞かせるのには苦労したし、気が合うようになるのには長い時間がかかった。旅の終わりごろにはあいつのおかげで、大群をぶっ飛ばす暴風を巻き起こせるようになったのだが。
「……やあ、調子はどうだね」
意を決し、話しかけてみる。やはり集中を邪魔してしまったようで、ユシドは少し驚き、視線を逸らしながらしばし逡巡していた。
近頃、ほんの少しだけ、うまく話せない。
ティーダのやつが、男女の関係を疑うように囃すのが良くないと思うのだ。……いや、まあその、反応が面白いのはわかるが、オレ以外にそれを見られるのは少々面白くない。ティーダには一度説教しなければならん。でかいナリしてガキだあいつは。
オレはともかく、ユシドは可哀想だろう。あんなにあわてさせて。
好いてもいない小娘との関係をいちいち取りざたされるなど、苦痛に違いない。
……なんだろう。
そう思うと少し。胸の奥が……変だった。
「調子はいい、かな。あいつをどうこうできるかは、あまり自信ないけど」
ユシドは伏し目がちで、しきりに手の内の剣を気にしているように見える。剣の力を借りられなかったことを惜しんでいるのだろうか。
昨日はそう見えなかったのだが。むしろ吹っ切れたような、さわやかな雰囲気だった。
「試しに何か、技を撃ってみろ」
コンディションを見るにはそれが手っ取り早い。
ユシドが頷き、剣を構える。
緊張した面持ちで、魔力はどこか張りつめている。無理もないか、今回の作戦では、彼が地魔の超重量を持ち上げられるかが問題なのだ。
ユシドが目を見開く。剣を振ろうとして……それを、取り落とした。
「あれ」
拾い上げ、間の抜けた表情で剣を見つめている。
やはり決行日を延期するべきか? そう思って、声をかけるために近づこうとした。
もう一度、ユシドが剣を構える。
先ほどとは、何かが違っていた。
「ふっ!」
竜巻が起こる。……それは、これまでのユシドの技とは異なる点があった。
目の前で荒々しく砂を巻き上げているはずなのに、その風が、こちらまで来ていない。耳と目が、そこに風がうずまいていることを知らせているが、肌が受け取るのはほんの軽風だ。
試しに、小石を投げ入れてみる。
真っ直ぐに飛んだそれは、“そこ”に侵入した瞬間、弾かれるように真っ直ぐ上空へと転進した。
「なるほど。何か掴んだか」
「……そう、かも。なんか、剣が、リラックスしろって」
本人も驚いているようだが、風の扱い方がどこか洗練されている。
今のは機械虫相手によく使っている、敵を上昇させてから地面へ叩きつける技だが、その打ち上げる力が強まっているようだ。
これまでは分散していた力のベクトルが、無駄なく上方向へ集約している。というところだろうか。
風魔の剣が力を貸したとしても、そんな現象は起きない。あれに風の魔力を上乗せしてもらったところで、それを操るのは使い手自身。つまりさきほどの技は、ユシドによる変化だ。これならやれるかもしれない。
……またひとつ成長した。風魔との邂逅の中で、あいつに何があったのだろう。あのときオレも力を貸しはしたが、心の内までは見通せない。
「すごいじゃないか。褒めてやる」
「わ……っと。その癖、いつになったら直るんだよ」
背伸びして、ユシドの頭に手を乗せる。手が届く限りはやめないさ。
ああ。やはりお前はオレに似ていない。似ているのは髪の色と手触りくらいのものだ。このガントレットを外せば、きっとそれが良くわかるだろう。
他には、そう。自分の瞳はそのように、鮮やかに澄んではいなかった。
「あ、あの……?」
どんどん強くなっていく。勇者としてあるべき姿に近づいていく。
だけどそれは、師の手を離れていくということだ。それはちょっと、さみしい。
頭に乗せた手を動かし、頬にうつす。……この手はまだ、離したくないと思った。
「あの、ミ……ふぁ、さん」
「ユシド……」
「………」
「……ちょ、ティーダさん!?」
魔物に不意討ちをされたときのスピードで飛びのく。そこには、赤髪の男が腕組みをして堂々と立っていた。
来ていたなら声をかけろ!
「なんで良いところでやめるの? 続きをどうぞ」
良いところとはなんだ。続きなどない。
なんとなく、雷を投げる。いつも説教より前に手が出てしまう。
土の壁が隆起し防がれた。いや防ぐな。小賢しすぎるわこいつ。
「しまったなあ……もう少し二人の時間増えるように調整して行動しないと……」
ティーダは何やらつぶやきながら……例の荷車を引いて、こちらへやってきた。
戦いの準備をしていたはずだが、そんなものを持ってくるとは。
積載物を見る。そこには、大量の刀剣と、例のどりるがいくつも積まれていた。
「おお」
感嘆が口から漏れる。これだけ予備があれば、武器の損壊を気にすることはないだろう。
……しかし、これを引いて地下を行くのか?
「ティーダさん、これと一緒に地下道を行くつもりですか? 機械の助けがあっても重労働なのでは。通路は狭いし階段もある」
「地下は通らない。……ふたりとも、準備ができたなら、行こう」
問いにはただ一言だけを返し、ティーダはもう先に進もうとしていた。
何か考えがあるのだろう。
最後に持ち物などを再度確認し、オレ達は歩き始めた。
白んでいた空に日が昇り、辺りを照らす頃。あの場所までたどり着く。
地下への入り口付近。そして、マキラ鉱山への道を途切れさせている、あの地割れのような崖のふちだ。
先導するティーダの後ろに付き従う。ふと崖の向こう側を見ると、すぐに違和感に気付いた。
「あれ……」
以前はのそのそと平原を這っていた、あのおびただしい虫たちが、忽然と消えている。
何があったのか。邪魔者が消えてくれた、などと楽観はできない。……地魔が命令して、襲撃を警戒して己の元に集結させた、とか?
「昨日確認しに来たときからこうだ。多分、巣でボスと一緒にお待ちかねじゃないかな、と思ってる」
意見が一致した。つまり敵は一匹ではなく、百の虫たちとの乱戦が予想されるということだ……。
なるほど。ならばティーダが用意してきたこの剣たちに、存分に働いてもらうことになるだろう。剣を犠牲にすれば一掃は可能だ。ただ、ボスに迫る前に消耗を強いられることになるが。
「虫はもう通せんぼしないから、ここを進んで最短で山へ向かおう」
「……しかしティーダさん。その荷車を運ぶのはどうするんです?」
ユシドが疑問を挟む。たしかに、これを向こう側に渡らせるのは一見不可能に思える。
しかしそれは、魔法術に長けているならば問題はない。というかお前の仕事だ。
「風の魔法術で浮かせて運べばいいんだよ」
「え!? 僕、そんな繊細なことやったことないけどな……」
「ほら、こうするんだ」
荷の剣に向かって術を使う。何本かが浮き上がり、オレの周囲に整列した。これを発展させれば、重いものを複数浮遊させることも可能だろう。たしかに、ただ吹き飛ばすよりは、魔力の細かいコントロールが要求されるが。
風の魔法術としては、世間で最も重宝される使い方のはず。魔導師があまり食うに困らないのは、こういうところに需要があるからだ。商隊なんぞにいたならば、真っ先に修得しそうなものだが。
「あとでミーファちゃんに教えてもらいな。今日は俺が運ぶよ」
ティーダが崖のふちから離れるように言う。それに従い、少し遠くから見ていると、やつはおもむろに崖に向かって歩み始めた。このままでは真っ逆さまに落ちるが。
大地がうごめく。平坦だった崖の縁が凹み、あるいは盛り上がり、削れ、形を変えていく。
先ほどオレ達が立っていた場所がごっそり無くなっている。その代わりに……向こうまで続く、土の架け橋がつながっていた。
ユシドが拍手を鳴らす。地の魔法術とはこのような仕事ができるのか。繊細であり、豪快でもある。……いや、ティーダという男だから、ああも簡単にやってのけるのだろう。
前の生では、地の勇者に出会うことはついぞなかった。だから初めて見る。これが、彼らの力の一端か。
「作戦会議ー」
「まずはみんなで、標的の周りの小虫を排除しましょう。そして……」
「ユシドが浮かせる」
「ミーファちゃんの雷で、強制的に不具合を起こさせる。すまんがそれまで、俺は役立たずだ」
「いいさ。あなたの力は、温存しておきなさい」
そうして、ヤツの動きを止めたら……全員でできる限りボコボコにする。
ダメならそこで撤退。一連の攻撃を行った後には、おそらく余力は残せない。これまでの旅で魔力が底をつくことはなかったが、今回はそうはいかないだろう。
橋を渡れば、あとは広い荒れ野が続くのみ。邪魔をする魔物の姿がないが、やはりそれはかえって不気味だ。
激戦の予兆で肌がひりつく。山の上の雲を確認したり、どりるの使い方を教えてもらったりしながら、進む。
決戦は、もうすぐそこだ。
山に巣食う地魔の元までは、機械の小虫たちが鈍色の絨毯のようにひしめいている。習性を考えると、空から飛び越えたり、地上をすり抜けていくのは難しいだろう。やはりある程度は数を狩らねばならない。
巨大な鋼の威容はその奥、鉱山の近くに佇んでいる。あのどでかい目はとっくにこちらを捉えているだろうに、以前の熱線や爆発する杭は撃ってこない。まさか、また昼寝でもしているのだろうか。
軍勢を周りに配置するほど慎重なら、近づかれる前に攻撃するだろう。ティーダとてあちらの手札を全て無効にできるはずはない。臆病なのか、豪胆なのか。魔物の考えることはよくわからなかった。
腰の剣を抜く。
右耳の飾りから流れこんでくる心地良い魔力の助けを借り、持てる限りの刃を身の回りに浮遊させる。
雷の魔力を左腕に溜める。見上げた先にある白雲は厚く、“残弾”には余裕がありそうだ。今日が雨だったならもっと良かったのだが、天気に勝ち負けを左右される程度の技ならば、雷の勇者など名乗らない。
となりに立つユシドに目配せをする。彼は頷き、風を足に纏わせ、身体を沈めた。
左の雷電を、上空に向かって吐き出す。それが、開戦の合図となった。
「はっ!!」
高く跳躍し、剣を空に向けて突き上げる。眼下には虫たちの海。その水面は少々硬そうで、飛び込むのをためらってしまいそうだ。
紫電が、腕のその先に落ちる。奔流する力の流れを逃がさず、刃の中だけで完結させる。同時に、虫たちの無機質な目が、一斉にこちらを見上げた。
百、いや、千ほどもあると思わせる、火のように明るい光矢の束。これだけが集まれば、やつらの親のそれにも匹敵する威力ではないか。
何の守りもなくこのまま突っ込めば、五体をあれに貫かれることになる。死の未来が迫り、眩しくて目が焼ける。それを、信じているあの子の背中が覆い隠した。
「風神剣・凪」
光を、白刃が斬り捨てる。
散り散りにはじき返された熱線は、眼下の虫たちの元へ返り、軍勢の一部にダメージを与えた。地属性の魔法術を吸収する特性を考えると、自らの放ったそれで壊れるような、お粗末な性能ではないだろうが。
しかし、想像以上。ほんの数日前のやつはあの熱線に脚を折っていたというのに。自ら提案した通り、防ぎきりやがった。
笑みを隠すことはない。オレは震えあがる気持ちを剣に乗せ、無傷のまま侵入できた虫たちの中心で、くるりと踊った。
「雷神剣・電光石花」
紫電が円形の波となり、機械の海を荒らしていく。
不運にも巻き込まれた彼らは斬雷に身を引き裂かれ、あるいは琥珀の目から光を失い二度と動かなくなる。
今ので、どのくらいの数を削れただろう。遠くのティーダはまだ、合図を出さない。ならばこのまま木っ端どもを狩っていく……!
黒い残骸となって砕ける剣を捨て、周囲を旋回する刀剣たちからひとつを手に取る。
また、雷が、落ちた。
「おおおおっ!!!」
何度も繰り返す。魔力はまだ残っている。天空の光で、ときには身に宿した金色の電光で、やつらを薙ぎ払っていく。
互いの範囲攻撃に巻き込まれないように、遠くの方で、ティーダやユシドが戦っている。彼らも自分にある手段を駆使して、頼もしい戦果をあげているのがわかる。ティーダはやはり戦いづらそうで、いつものような余裕はなく、根比べといった様相だが。
……グラナへ来たばかりの頃、ユシドに機械虫を殺すすべはなかったはず。それが短期間のうちに、ああして一騎当千の役をやってみせるまでになるとはな。
視界でうごめく鋼のつぶたちがあらかた減るころには、手持ちの剣も、すぐに数え上げてしまえるほどしか残っていなかった。残りは、ヤツを倒すために使わなければ。
魔力にも余裕がない。息がやや乱れる。敵の残存戦力は確実に削っているはずだが、斬っても斬っても、次の相手が眼前に現れる。
亀のようにのろまなはずの彼らに、じりじりと、追い詰められていく。
呼吸を繰り返しながら後ずさりをしていると、ふと、背中が誰かとぶつかった。
振り返らずとも、誰なのかはわかる。
「風神――、」
「――雷神、剣ッ!」
風が、取り囲む虫たちを空へと打ち上げていく。
高く掲げた剣から稲妻がほとばしり、陣風に乗ってやつらを焼く。
その狂騒がやむ頃に、ようやく。
見上げる山へと至る道が、ひらかれていた。
『楽しかったかな? ピカピカ、ビュウビュウと』
ティーダに視線を飛ばす。……全員、連携の準備はできた。
勝負は一瞬だ。通じなければ、地下道を退路にして、尻尾を巻いて逃げる。それも勇者には必要な判断だ。
だがな。
グラナも楽しいが、オレはそろそろ、次の町に心惹かれるんだよ……!
「はあああ……」
ユシドから風の気配がうずまいている。オレは、空へと飛び立った。
すべてはこれにかかっている。お前ならできると何度も言ったが、あれはやはり、勝手な期待の押し付けだったのかもしれない。
でもオレは……キミならやれると、もう信じてしまっているんだ。
自分の心に、嘘はつけないだろ?
「風神剣・昇おおおおお!!!」
微風がこちらへ流れてくる。
けれど巻き起こっているそれは、どうあっても微風とは言えない。地魔の足元で渦巻く風は、やつの周りの地面を一部えぐり、空へ打ち上げていた。
『何がしたい? 大地を荒らしたいのなら、手伝おうか?』
巨大な、鎌のような脚の一本が、地面を踏み鳴らす。
地割れ。雄大で崩れるはずのない存在に、ひびが入る。亀裂は伸びていき、ユシドへと殺到する。
「ユシド君! まだ全力じゃねえだろッ!!」
不穏な軌跡が届く前に、赤髪の男が立ちはだかる。
ティーダが大地に深く槍を突き刺すと、崩壊の進行はそこで止まった。
「ぬがががががが!!!」
ユシドが剣を再度握り締める。歯を食いしばり、腕の筋肉を怒張させ、これまでにないほど力んでいた。
いやおまえ、今朝はリラックスする方が強くなるかもーみたいな感じじゃなかった?
やがて。
風魔の剣が、翠色の輝きを帯び始めた。
風がそこに集うように。決壊を待っているかのように。輝きが濃く、強く、まばゆくなっていく。
「どりゃああああああ!!!!」
二度目のそれは、最初の物とは比較にならなかった。
全力。肉体の気力から魂まで、すべてを注いだように凄絶な魔力の発露。
その突風はもはや、地面を崩壊せしめんと荒れ狂っていた。
自然現象のそれをも凌駕する、あり得ざる烈風。生き物があれに巻き込まれようものなら一体どうなるのか。
……その機をのがさないよう、注視する。
鉄の脚が、わずかに、宙へ浮いた。
『む、ムオッ!?』
やつのいた場所の地面が、ガラガラと崩れているのも、一因だったといえるだろう。
ほんの少しの空中遊泳。ただのジャンプといってもいい。
その致命の一瞬があれば、雷は、届く。
がむしゃらに叫び、やつの頭のてっぺんへ突撃する。
轟きが耳を焦がし、天の怒りが刃に宿る。それを誘導するように、鋼の表皮へと、剣を突き立てた。
「雷神剣・大地雷散――!!」
極大の雷電が、機械の血肉を、狂わせていく。
本来は地上の敵を一掃する技。さきほどのような乱戦など、すぐに終いにしてしまうほどの力だ。
その、千の敵を灼くいかずちを、ただ一匹のみに落とす。
『グオオオオオ!? バカ、な。回路が……!』
大地の魔物が、大地に沈む。
地面をその重量で盛大に揺らし、脚を折る鋼鉄。
魔法防壁の守りはないはず。最後のひと暴れだ――!
「よくやったぞ二人とも!」
男の声に、眼下の地上を見る。
ティーダが担ぐのは、あの機械の槍。ただそのサイズが、その、いつも振っているやつより、だいぶでたらめだった。
「こいつは街の連中が、お前からもらったプレゼントとストレスだ! メガドリル槍ッッッ!!!」
ごりごり、がりがりと。重たい音を響かせ、巨大な螺旋が地魔の眼球を穿ち、突き刺さる。ティーダが地面に戻り、肩慣らしとでも言うように腕を回した。
ついに、一撃を加えた!
「『巨腕』」
地の勇者が、しずかにつぶやく。
やつが立っている赤い大地。それらがカタチをほころばせ、切り崩された土塊が、男の右腕にまとわりついていく。
できあがったのは、巨大な岩の拳。しかしあんなものが人の身体についても、頭上の敵を殴りつけることはできない。
「ぬうん!!」
ティーダの足場が、塔か杭のように、やつを乗せたまま地魔の顔面へ伸びていく。
射出。そう表現できる勢いだ。その速度のまま、ティーダは突き刺さっているドリルに巨拳を叩き込んだ。
硬く巨大な物体がひしゃげる音など、オレは初めて聞く。岩の腕は砕け、しかし成果として、ヤツに致命的なダメージを与えた。螺旋の先端はおそらく、あの巨体の中枢へ届いている。
「駄目押しだ! ふたりとも、あれをやるぞ!!」
あれってなんだ。聞いとらんぞ。
「決まってるだろ! 合体攻撃だよ!!」
赤毛の男が腕を組み、大地に根を張る。
さきほどのように、彼の立っている地面が隆起し、高く、高く、何かを形作りながら盛り上がっていく。
気付けば。空を飛んでいたはずの自分は、“それ”の肩に乗っていた。
「剣に力をくれ、魔法剣士のおふたりさん」
山を食うほどの強大な怪物とは、本当はどちらのことだったのか。
そこにあったのは、地魔を見下ろしかねないほどの、超巨大な闘士の像。よくみれば自分の頭上には、そいつが大上段に構えた岩の巨剣がある。
こんなでかいのを剣扱いした経験、ないわ。バカか。
「ミーファ」
その声に頷き、手を、巨大な剣に添える。
向こう側からつたわる風の魔力が、雷と混ざり合い、驚天動地のひとふりを創り出す。
……できた。
刃を挟んで、向こう側にいるやつと顔を見合わせる。ユシドのそのほほえみは、死闘の最中だというのに、優しく肌を撫でるそよ風のようだった。
剣から離れる。
ティーダは組んでいた腕を解き、鈍色の淡い光を放つ右手を、眼前にかざす。
「『断崖』」
断神の剣が、振り落された。
『なんという……人間……ニン、ゲ……ザザ、ザザ――』
まっぷたつ。
巨像の剣は、地魔の鋼鉄の巨体を完璧に両断していた。そいつのいた地面ごと。
……ティーダ。
あの崖つくったの、地魔じゃなくておまえだろ。
平野や山岳のそこかしこで未だ這っていた機械虫たちが、一斉に動きを止める。……おそらく、もう動き出しは、しないだろう。
地面に降り、身体を投げ出す。いやはや。魔力をこれだけ絞り出したのは、いつぶりだろう。
「ユシド」
「なに?」
「帰り、おぶってくれ」
空を見ながらつぶやく。
顔は見えないが、まあ、断らないんじゃないかなと思う。