10. 倒すには?
機械虫の頑健な装甲を、ティーダの槍が貫く。
魔法剣でもなしに武器であの防御を突破するとは、とてつもない威力だ。攻撃を加える瞬間に甲高い異音が鳴ったことと、槍の穂先が奇妙な形をしているのが気になる。何か仕掛けがあると見た。
「これか。これはな、カゲロウが開発した次世代の武器……『ドリル槍』だ」
「ど……」
「どりる……!」
螺旋の形状をした穂先が、持ち主の操作によって目に見えぬほどの速さで回転する。これで突くと硬いものでも砕ける、ということらしい。
ティーダはこれを使い、地属性魔法術の効かない虫たちを狩っていたのだという。すばらしい、これからの時代は魔法術要らずということか。
「ところがこうやってそこそこの数を狩ると、あら不思議。壊れて回転しなくなる。試作段階のポンコツだから」
ティーダはオレたちの期待のまなざしを裏切り、壊れた槍をかついで虫たちの眼前からユシドの後ろへと引っ込んだ。後は任せた! などと言っている。
あれが地の勇者とはがっかりだ。しかしまあ、勇者と言っても戦闘スタイルは『魔導師』であることが多い。魔力に恵まれた人間である以上、必然的にそうなる。
やつら機械虫は地術を吸収するという。ティーダとは相性最悪というわけだ。
「おらあああっ!!」
天空から降る紫電を宿した剣で、直線状の虫どもを真二つに焼き切る。
この技ならば脚から電撃を逃がすのが間に合わず、装甲を突破できるようだ。しかし“ヤツ”の表皮は、雷撃を伝達させる速さも、脚の巨大さも全く違う。
電撃も、大地の力も、通じない。勇者が3人も揃ったとはいえ、このパーティーではいささか不利が過ぎる。
「おっと……ユシド!」
「“昇”っ!!」
ボロボロに刀身が崩れ落ちた剣を放り投げ、腕をまくる。ユシドが剣を振るい、現れた竜巻が重量級の虫どもを舞い上がらせた。
旅立ったころのあいつなら、このような芸当はできなかっただろう。自分の中に眠る力を徐々に使いこなしてきている証拠だ。
大地の助けを失ったやつらに、金色の光を突き刺していく。他に行く場のない電撃は鉄の身体をよく駆け巡り、命を蹂躙する。
ぼとぼとと落ち、地面に転がった彼らは一見、大きな傷もない。綺麗に内臓だけを焼いたようだ。
……本当なら、雷が弱点だと思うんだよな。鋼鉄の身体っていうのは。
「こいつらが倒せるなら、あいつもいけそうだと思ったんだがなあ。……そういえば、ふたりだけで戦わせてごめんな」
「いえ。今となっては過ぎた事です」
死骸を荷車に乗せながら、ティーダが核心を突いてくる。この虫たちと、その母親(父親?)は、ほとんど同じつくりをしているように見える。
攻撃の通じないあの山の魔物。地の勇者であるティーダとは、魔力を互いに食い合って勝負にならないらしい。
ティーダがあの若さで、魔法術を吸収できるほど自分の属性に長けているのにも驚きだが、それに対抗しうる強大な力を持つヤツは、やはり七魔の一匹ではないかと思う。
冠する属性は地だろう。大地の力の象徴である山岳を喰らう、地魔。あれほどの力を目の当たりにした今ならば、グラナのように人材豊富な大都市が、これまで排除することができなかったのも頷ける。
しかも頼みの綱の勇者が属性被り。オレも風魔を倒すのは一人じゃ一生無理だったしな、ティーダが諦観していたのもわかる。
「あいつを倒さないと、ティーダさんは僕たちの旅についてきてくれないんですよね」
「まあ、そりゃあな。奴さんがどこかに消えてくれないことには、知り合い連中が心配だからな。……ちょっとだけ」
「ううーん」
腕を組んでうなるユシド。地も雷も効かぬとなると、キミこそが鍵だと思うのだが。
ティーダが荷車に積んだ虫たちを見る。電撃さえ通れば……。
「なあ。さっきと同じ方法はどうかな」
「同じ方法?」
すなわち、風で敵を持ち上げ、電撃を逃がせなくなったところに、最大の電撃をぶち込む。
うまくいけばダメージを与えて動きを止め、ティーダが攻撃に参加することもできるのではないか。
「でも、やつはミーファの雷撃を吸収していなかった? お腹いっぱいって言ってたよ」
「……いや、いい案かもしれん。機械にとって電撃の力は栄養でもあるが、本来は弱点の一つでもある」
やはりか。地魔はあのとき、全てのエネルギーを受けきってはいない。地面に雷撃をあらかた逃がし、許容できる分だけを吸収していたのだ。……と、思う。
「希望的観測だが、ミーファちゃんの雷が通って、この虫たちみたいに機能停止に追い込めれば、俺の術も吸収されない。バリアフィールド……魔法防御の膜も解除されるはずだ」
「おお。んんっ、それなら倒せそうですわね」
あとは総攻撃をぶち込めば、装甲のみの防御力ならば問題なく破壊できるはずだ。どりるでも持ち込めば倒せそう。というかあれ、一回貸してほしい。
希望が見えてきた……と、思ったのだが。ここまでの話を聞いたユシドは、眉尻を下げながら手を挙げた。
「あの。ここまで話を進めてなんだけど……大前提が、無理です」
「はー? 何がさ」
「あの山みたいに大きい鋼鉄を! 浮かせるのは! 無理!」
「そうだよなあ」
ティーダは納得してしまったようだが、オレはそうはいかん。
ユシド、お前に無理なことなどありはしない。オレができたことが、キミにできないはずがないんだ。
「ユシド、ちょっと修行がいるな。お前ならアレをぶっ飛ばせるはずだぞ。歴代風の勇者には、魔物の巣になった城をひとつ、まるごと吹き飛ばしたやつもいるんだ」
「う……いくらミーファのいうことでも、今回は自信が……」
「はは。でも少しきっかけは見えてきたんじゃないか? ……ヨイショ、っと」
これ以上有効なやり方は、オレには思いつきそうにない。できることと言ったら、ユシドを鍛えるぐらいか……。
街に戻ったらどうするかを考えながら、回収し終えた虫たちの山に腰掛ける。
今日はティーダの魔物討伐を手伝っていたのだ。退治を依頼されていたらしい魔物を倒したあと、その帰り道で運よく出会った金のなる木……機械虫たちを相手に、親玉を倒す方法を考察していたところだった。
剣を求めてここにやってきたが、思った以上に足止めをくらっている。勇者をひとり見つけることができたのは奇跡的な巡り合わせだが、加入条件がこうも厳しいものになるとは。
「さ、今日はもう戻って休もう。おじさんの仕事、手伝ってくれてありがとな」
同じように虫山に登ってこようとしたユシドが、こちらを見て固まる。すぐに背を向け、車を引く赤毛のとなりへ行ってしまった。
……なんだというんだ。
その、あの日から、どうもユシドの態度が変だ。目が合うと、そらしてしまう。
そしてそれは、自分もだ。あいつの顔を見ていると、思ったより睫毛が長いな、とか、昔の自分よりも瞳の色が濃いな、とか、そういうことを考えるようになった。
あまり顔を近くでまじまじと見たことがないから、そういうことには気づかなかった。……そして、見ていることをばれたくなくて、視線がぶつかることを避けている。
オレはユシドに、勇者としてあるべき姿を押し付けていて、あいつ自身のことを見ようとせず、ないがしろにしているのだろうか。
ユシドが無理だというなら、やはり別の作戦を考えよう。
唇に触れる。あのときのように、嫌な役はさせたくない。本人は気にしていないように振る舞っているが、ふとしたときに距離をとってしまう。恋仲でもない先祖のジジイとあんな真似をするなど、嫌に決まっている。
少し、胸の奥が、痛い。
あいつに嫌われでもしたら、オレは、旅など続けられないかもしれない。
いつからこんなに心が弱くなったのだろう。子孫と出会えたことが、オレを少しずつ変えている。それが良いことなのか悪いことなのかは、わからなかった。
「おーいミーファちゃん、下着見えてるぞ。な、少年っ」
「……!」
振り返らずに発せられたティーダの声に、咄嗟に脚を閉じる。
見ると、ユシドの耳が赤い。
……不埒者め。なるほどな。我ながらなにを女々しく悩んでいたものやら。
なんだか顔が熱い。夕日が近いからだろう。
これまで散々この手のからかいをやってきたが……もしかしたらこういうのは、子孫の教育に、良くないかもしれんな。うん。あいつも良い年頃だしな。
グラナへと無事たどり着いたオレ達は、いつかと同じように、街中を重い荷物と共に進んでいった。
これだけの数を狩れる退治屋はいないらしく、ティーダの赤髪は多少の注目を買っているようだ。
「そういえばティーダさん、これはどこへ持って行くんですか?」
機械の虫たちを指してユシドが問う。
魔物の死骸なのだから、冒険者組合……じゃなかった、今はハンターズギルドだったかな。そこに持って行くんじゃないのか。
ティーダが持ってきた討伐依頼というのも、そこから請け負った仕事のはずだ。
「これは街のジジイやババアのところに売るんだよ。だから、ギルドに寄る前に、商店街の方を通るよ。……なに、今日はついてくる?」
「よろしければ……」
ユシドは興味があるらしい。
商いに関心があるのかな、やっぱり。でなければ見聞を広めるためとはいえ、叔父の商売について行ったりはしないだろう。勇者でなければ、そういう仕事をしていたのかもな。
荷車が、人々の間を進む。
ティーダはひとつの店に虫を卸さず、街の方々へ売りさばいていった。本人の表情を見るに、今が我が世の絶頂といったところだろうか。地魔を倒す前に儲けられるだけ儲けたほうがいい気がしてきた。旅に金はいくらあっても困らない。
最後にカゲロウの店に1つを下ろし、酒宴の約束を取り付ける頃には、夕日も沈んでいた。
次に彼は、ギルドに寄ると言って歩き始めた。ユシドにならい、後をついていく。
「そういえば、ハンターズギルドって、誰でも会員として受け入れてくれるんですよね。僕たちも登録しておいた方が、旅の間の身分を保証できるかも」
組合のハンターは腕っぷしさえあれば身を立てることのできる、どこか夢のある職業だ。魔物に泣かされている行商人や町人が依頼を持ち込み、ギルドに所属する退治屋が、討伐や危険な地の探索を請け負う。
幼い男の子なんかに人気の連中であり、トップランクの実力者は王族の護衛にも担ぎ出され、重用されるうちに一国の英雄扱いされる……なんて噂も聞く。この頃は魔物も活性化していて、需要が増していることだろう。
オレが生きていた頃にもあった組織だ。勇者の儀式が成功した平和な世でも、魔物は弱体化はすれどそこそこの悪さをする。あれから経営破たんはしていないらしい。
……そうだ。もしかしたら、最上位であるS級のハンターには、勇者もいたりするかも。
ユシドの言うように、加入するのもありか?
「いいや、止めといた方が良い。恩恵もあるだろうが、君らくらいの腕利きならすぐに名が上がる。そのうち指名依頼が次々舞い込んできて、勇者の旅どころじゃなくなるぞ。俺もそろそろ辞める」
実力のある者はギルドに縛られる、とティーダは言う。なるほど、万が一S級にでもなってしまえば、依頼であちこちの国を行ったり来たりだ。強力な魔物が出現すれば、遠方に出向いての討伐を強制的に命じられることもあるらしい。それもある意味では旅だが、勇者を集めて星の台座に行くことができなければ駄目だ。良い待遇を受けられる分そういう不自由もあるわけだ。
というか。
そうなると、ティーダは、辞めさせてもらえるのだろうか?
グラナの繁華街の一角、ハンターズギルドと書かれた看板を冠した、立派な家屋の扉を押す。
一階は、半分が荒くれたちの酒場、半分がギルドの仕事を管理する社員らの職場、といったところだろうか。冒険者組合だったころとほとんど印象が変わらない。どこの町のギルドもこんな感じなのではないだろうか。
ガラの悪い連中に絡まれるのが嫌で、ユシドの外套を借りてフードを目深にかぶる。ハンターは小悪党の集団などではないが、ほとんど誰でも登録可という仕組み上、教養や礼儀の欠けた輩もいそうだ。
まあ、年寄りの偏見だが。そんな連中が街の人気者にはなれまい。
ティーダは懐から依頼書と、青い石の嵌められた首飾りを取り出し、受付の女性に提出した。
あの石、おそらくマジックアイテムだ。魔物を倒し、死体が消えるときの光のつぶを、あれが吸い込んでいるのを見た。
ひとつ疑問なのだが、あの石はすべてのハンターが持っているのだろうか? マジックアイテムの量産は容易ではないというイメージがあるんだがな。
「ティーダさん、さすがです! あの魔物を倒すなんて……報酬を準備しますね」
「いやあ、連れが強くて……っと、口が滑った」
「もしかして、期待の新人さんを連れてきてくれたとか?」
「いや、ふたりは新婚旅行中なんだ。ハンターをやる暇なんてないよ」
「まあっ! よく見れば可愛らしいおふたりですね、ふふっ」
あか抜けないが器量の良い容姿をした受付の女性が、顔を赤らめ、笑みを深めた。
ユシドがあわてて、そのあと顔を伏せる。オレは指から電気の針を伸ばし、ティーダに突き刺した。
「いって!! ……ところでメンソちゃん、折り入って相談があるんだけど」
「何です? ナンパな男は好みじゃないんですけど、まあそのティーダさんなら……いやでも心の準備が……」
「近いうちにギルドを辞めようと思ってさあ、いいかな」
「なあんだ、それならいいですよ別に……えっ!?」
女性が大声を出す。部屋中の視線が一瞬、集まった。
「ま、待ってください。ティーダさんはうちの稼ぎ頭でしょう。どうしてやめるんです? ……いえ。そう簡単に脱退は認められませんよ、きっと」
彼女の言う通りだ。地の勇者ともなれば、ハンターとしてもある程度活躍してきたのだろう。
ティーダはグラナのギルドが保有する貴重な戦力だ。経営者側がやすやすと退会をさせてくれるとは思えない。
「これを解決するから。そしたらいいでしょ、一生分の働きだ」
ティーダは討伐依頼の掲示板から、一枚を剥がし、受付の机に置いて見せた。
描かれた対象の図絵には見覚えがある。うまい絵師がいるものだ。
鈍色の装甲に守られた、山ほどもある多脚の虫……これは、地魔の討伐依頼である。
報酬を示す欄には何も記入されていない。すなわち、倒すことができた者には言い値での報酬が贈られ、そしてそれ以上の名誉を得ることができる。まさにS級のクエストというやつか。
「……一度挑んで、ダメだって判断したじゃないですか。今、各地からS級の集合を待っているところです。あなたがまた出張る必要はないんです」
「今度はあてがあるぜー」
「……わかりました、支部長に伝えます。倒せたならば、の話ですが」
「ふたりとも、オッケーだって!」
笑顔で振り向き、親指を突き立てるしぐさを見せつける赤毛。いや、了承はされていないと思うけど。
結局こうして無理やり受付嬢を頷かせ、ティーダと共にギルドを出た。
こいつ悪いやつだな~。彼女、あんたを心配しているんだと思うぞ。
旅に同行してもらうことになったらお別れだけど……。
宿に戻る。
1階の酒場はハンターたちのすみかと違い、筋骨隆々の荒くれのような面子はいない。気の良い大衆が集まる食堂だ。
先に来ていたカゲロウと同じテーブルにつき、飲み物を注文した。
対面に座ったユシドがさっと青い顔になる。なぜだ? やはり微妙に嫌われている……?