朝食風景
「由緒正しき風情のお屋敷」と呼んで差し支えないのではないだろうか。
厳めしく構える日本家屋を前に、鞘は金魚のように口をぱくぱくと開閉させることしかできない。
写真とか映画とかドラマとかでしかこんなの見たことありませんけど……。
碧い瓦が敷き詰められた屋根。雨戸を端へと寄せ、中をご覧と言わんばかりに開放された長い縁側。記憶が正しければ、初見時に締め切られていた障子戸も風を招くように開け放たれていた。なんなら一部枠から取り外されて壁に立てかけられているものもある。広大な面積を埋め尽くす畳の量には庶民感覚で少々引いてしまった。
え、俺この中で寝てたの?
久遠とともに外へ出た際、鞘は景色に夢中で後ろを振り返る余裕などなかった。けれど改めて真正面から向き合ってみるとすごい所にいたらしい。感心とも恐れともつかない気持ちが胸中に湧き上がり、自然と背筋がピンと伸びる。
ここで保護されていたということは、そしてそこに戻って来たということは、ここに住むの?
これから約一・二ヶ月をここで?
――この人達と?
「ちょっと待て、卵! 俺の明らかに少ないだろうが!」
「俺食べてないっすよ。全然食べてないっすよ」
「いや、お前じゃん! 頬いっぱいに黄色いの食ってるじゃん!」
「あら? 壱喜君の分が足りなかったの? じゃあ、私のをあげましょうか」
「いえ、小春さんは小春さんの分ちゃんと食べてください」
「そうですよ。小春さんの取り分を奪うなんて、壱喜には三万年早いすから」
「颯汰くーん、ちょっと面貸そうか」
「あらあら、喧嘩は駄目ですよ」
「じゃあお母さんの分の卵、僕が食べたい!」
「自分の分あるでしょ。それに僕たちはまだ体が小さいんだから、いろいろ食べないといけないって頭領が言ってた」
「えー、魚嫌いなのに」
「しっかり食べろよ。食べたら炬太刀、きっと頭領に褒めてもらえるぜ――じゃない、ほ、褒めて、もらえるから、ね」
「灯文また間違えた!」
「ぐっ」
「うっわ~~、灯文まだそれ続けるんすか~~?」
「てめぇは、黙って、食ってりゃいいんだよっ!」
「痛い痛いいたたたたっ!」
「どうせ痛くないんだろ? あ?」
「そりゃまあ」
「このっ!」
「ちょっと二人とも、あんまり騒いで食べないで。壱喜も、卵盗られたのはランニングで負けたからなんだから文句言わないの」
「負けてねぇっつの! そもそも提案したのは心波留だろうが」
「でも私は卵盗ってないじゃないの。もう、いつまでもいじけないでよ。今日で人生最後の卵ってわけじゃないんだから」
「そういう極論良くないと思いまーす」
「はいはい」
「はいはいってお前――」
「っぅおいてめーら! 全体的に朝っからうっせーぞ! 食事のマナーも守れねーのか! 俺の作った飯がまずくなんだろ! ちびっ子組以外はそろそろ黙って飯食えや!」
「まあまあ深罅君。完全に黙ってしまったら『美味しい』とも言えなくなってしまいますし、少しくらいいいじゃないですか。会話がある食事は楽しいものですし」
「静寂の旦那、いいこと言う」
「相変わらず掌返しが早いこと」
「姉さん! 違うんですよ、俺はいいことには『いいなっ!』って言える大人でいたいだけなんです!」
「あそう。でもさっき『ちびっ子組以外は』って言ったよなぁ? あたしら大人も黙れってか?」
「いや違います違います!! 姉さん違うんですって――!」
「深罅兄は今日も流されやすく遊ばれてますね。平和だ」
居間と思しきだだっ広い空間で繰り広げられる、賑やか且つ和やか且つテンションのふり幅激しい朝食風景。
食卓に着く人数は多く、一家族というより親戚の集まりと言われた方が合点がいく。といっても、彼らは大家族や親戚という雰囲気でもなさそうに見えた。
いや、仮に大家族だったとしても全く問題ないのだが、その場合「どんな家族なんだ?」とツッコまざるを得ないことがいくつかあった。
鞘は何度も瞬き、お前は正気かと自問した。それでもツッコまざるを得ないそれらは変わらずそこに在って――。
なんか普通の人間サイズじゃない人がいるんですけど……?
一回り、否、平均的な日本人成人男性の三・四回りはありそうな人物が――人、ではないのだろうか?――幸せそうに目を細めて少年たちを見守っていた。その手に納まる茶碗も箸も相応の大きさをしているというのに、発される声は驚く程平均的というか、もしかするとそれより小さいかもしれない。周りがよく怒鳴っているからそう聞こえるだけなのかもしれないが。
さらに。
猫が!
猫が燃えてる!
のに、のんびり欠伸してる!?
色とりどりのおかずが並ぶテーブルの下。そこにはパチパチと爆ぜる炎で身を包み、ぴこぴこと三角の耳を震わせる猫がいた。時折誰かの足がぶつかりそうになるとバッシバッシと容赦のない猫パンチをお見舞いしている。
その様子は傍から見ていてとても元気そうで、もちろんそれは何よりなのだが、「焼死」の文字が頭からなかなか離れてくれない。大丈夫なのか? お前、燃えてるんだぞ。他の物に燃え移ったりはしないのか?
「……嘘じゃんこんなの」
さぁっと血の気の引いた青い顔で呟くと、
「暮らしてればすぐ慣れるって」
朧狐がからっと笑って鞘の肩に手を添えた。
そして、
「ただいまー!」
縁側から食事中の一同へ向けて声を張り上げたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。今後は短文でなるべく定期的に投稿していこうと思います。




