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Eighth Candy : ガールズパワー  1の2


 歓声、熱気、スポットライト。

「マルク!マルク!マルク!」英雄の名を叫ぶかのようかのように皆叫んでいる。魔法使いも、魔女も、妖怪も、モンスターも全ての妖怪が押し合いへし合い、空高く両手を上げ揺らしている。姿形違おうとも、みな同じように美しい着物で着飾り、顔には白くおしろいをはたいている。

 生きる者のエネルギー。莫大なエネルギーがこの会場にひしめきあい、渦を巻き、地面を揺るがしている。

 キララたちは、人ごみを押しわけ、舞台の近くへと進んで行く。

 突然、灯りが消えると、あたりは闇に満ちた。こうこうと美しい満月が空に光るだけになった。お乱が私の腕を絞るようにぎゅっと握る。周りがしずかになりはじめると、かちかちと舞台を始める合図があたりにこだました。舞台の中央にスポットライトがこうこうと照らされた。

 

 お控えなすって、お控えなすって


 良く通る低い男の声があたりに響いた。あたりが、しんとなると

 

 さっそくのお控え、ありがとうござんす


 スピーカーも無いのにどこから声がするのかと思っていると、しゅっと風を切り、一本の太刀がスポットライトの中心に突き刺さる。


 今宵美人月の軒下借り受けましての御仁義、ありがとうござんす。


 雪よりも白い手が突き刺さり震えている太刀にに手をかける。いかにも旅人の面食い男と言う出で立ちで、一人の男が現れた。太刀を斜め下に伸ばして、真っすぐと観客の方へ顔を向ける。周りと同じように、顔を真っ白に塗り、目の周りを赤く染めている。きりりとハンサムな眉の下にぎょろりと心臓貫く眼が二つ。赤い血のように2筋の線が目元から流れるようにさっと描かれている。長身だが、天狗のように高い下駄を履いている。


 知らざあ言って聞かせやしょう


ちーんと澄んだ鐘の音が響くと男は立ち位置を変えると、刀を肩に奥と、さーっと手を動かす。またその仕草が、意味ありげでしびれる。だれかが、きゃーっと高い声を上げる。


 私は歌うために生まれてきた

 覚えている、闇が私の生みの親だということを


 突然の爆音がして、うっとりと見とれていた観客を飛び上がらせた。


 闇はお前達をすくうために、僕を救世主として命を与えた

 最後の声が伸ばされながら、金属を引っ掻くような音が当たりに響き渡った。また爆音と共に、リズムの良い音楽が流れ始めた。

 

 そして、舞台には、ドラムや、ギターを鳴らすメンバー達が現れた。ギンギンといくつもの手がギターをかき鳴らし、ドラムが爆音を立てて打ち叩かれる。

 マルクは、襟を引き裂くようにして、筋肉の盛り上がった上半身をあらわにした。


 そして、両手を広げ、全身の力を込めて歌を歌い始める。顔には、狂気に満ちていた。


 観客は、酔いしれるように跳ね、マルクの歌を叫ぶようにして歌う。何万もの手が宙に上がり、激しく風に煽られた草原の草のごとく揺れている。その姿は、おかしな格好で踊りながら、行列を作る百鬼夜行のようにも見えた。


 クライマックスが近づく。


 私は、救世主。お前達のためにも命は惜しくない。


観客は叫ぶ。「喰わせろ、喰わせろ、お前の魂を!」


 マルクは、太刀を掴むと、おもむろににその鋭い刃先を腹に食い込ませた。それを抜くと、当たりに、血しぶきが飛び散り、その血を浴びた観客が気絶する位大きな歓喜の金切り声を上げた。そして、その歓声が波紋のように広がり、観客は、一種のトランス状態に入ったように、激しくからだを 揺り動かした。

「ちょっと、危ないから。」というキララの声もかき消され、群衆の熱気で息もできない位苦しかった。

 しばらくすると、あたりが静かになってきて、キララも舞台に目を移すことができた。

 マルクが、また一筋のスポットライトの下で、片膝をついている。床に血が広がってゆくのが見える。桜吹雪がどこからともなく吹いてくる。

 

 私もこれで役目を果たすことができた。

 これで、悔いること無く死んで行くことができる。


 そして、がたっと血の海の中に倒れ込む。ハラハラと、落ちてくる花びらが雪のように美しかった。

 ライトが消える。

 次についた時には、跡形も無く、舞台には一本の太刀が立っているだけだった。


 

     *


 周りが、色々な歓声や感想を語る中、キララは一人放心状態だった。今、見た光景が信じられなかった。

「どうしたのじゃ、元気がないのう」とお乱が顔を覗き込んできた。

「あの人、死んじゃったの?」とキララは震え声で訊いた。

 他の三人はあはは、と笑う。

「まさか、あれは妖術じゃよ。」

 そうだったんだ。だけど、すごくリアルだった。人はあんなに感嘆に自分のお腹を切る事ができるのかな。それも、死を恐れずに。キララには、絶対にできない。まぶたを閉じると、赤い血が広がってゆくのが見えた。今日は嫌な夢を見そう。

「さてと、家に帰らねば。帚は、無理じゃな。妾は兄上に迎えにきてもらうぞ。」とお乱が言った。

 ムッチも蛙子も迎えを呼ぶために、懐から葉っぱを出すと連絡を取った

「で、ティナはどうするの?」

「私は、帚で帰ろうかな。」

「え?大丈夫なのか?」

「うん、近いし、それに一人だから、コントロールも難しくないと思う。」

「そうか、それじゃあ、気をつけてな。あさって、学校で。」

 他の3人に別れを告げると、キララは、どこへ行くとも決めず歩き始めた。


 キララは、さっき殺気を感じた小さな道の前に立っていた。光もその小道に忍び込むのを避けているかのように真っ暗だった。

 キララは、ゆっくりとその小道の中に入って行った。最初は壁伝いに落ちている者につまずきながら進んでゆく。やがて目もなれると、向こうの方に白い者が動いている。人のようだ。屈んで、なにかに話しかけているようだった。顔を上げてキララに気がつくと、こちらの方によってきた。キララは、腰にかかった、ステッキに手を伸ばす。

「てぃ…な?」その影が声を上げた。

 うららだった。闇のせいか、顔がやつれて見える。

「こんなところで何やってるの?」

 うららは、何も言わずにキララの手首を掴むとすたすたと、小路を出た。

「ねえ、どうしたの?」

「こんなところにきちゃだめだよ。あぶないじゃないの。」

「だけど、うららは何をやっていたの?」キララはまた訪ねた。

「ちょっとね。ほら、あそこは貧しい人たちがいるから、話したり、食べ物をあげてたの。」

 こんな夜更けに?

「ねえ、てぃなは、なにをしてたの?」と今は、くすんで見える金髪に手を通した。手先が汚れている。

「コンサートに言ってたんだけど。」

 うららの顔が陰った。「どうなんだ、よかったね。たのしかった?」

「うん」

 沈黙が続く。

 突然、悲鳴が聞こえた。

「どうか、助けて、放してください。私は何も悪いことはしてません。」と命乞いしている。

「今のなに?」

うららの、声が低くなる。「人間のね、たましいを食べようとしてるんだよ。」

「え?」

「情け容赦もなく、罪も無く、弱い者は喰われるのが運命なのよ。」

「じゃあ、助けなきゃ!!」

「ほっときゃいいじゃん。」

「そんなの、ダメだよ。」とキララはうららを置いて、叫び声の方に走り出した。どうしちゃったんだろう。うららじゃないみたい。

 すぐに見つかった。

 百目妖怪、釜堂、馬男

 小さな小屋で、3人の妖怪は、子供はのせらせそうな大きな皿に、なみなみとそそいだ酒をあおっている。

 キララは、窓越しに中をのぞいた。

 その前には、盆の上に光る玉がのせられている。

「この、魂はな」と馬男がいななきのようなし哀れ声で他の妖怪に言った。

「最近自殺した人間の男の子の魂なのじゃ。」

「それは、うまそうだ、うまそうだ。良い色をしている。」

「たかだか、受験で落ちた位で首を吊ったそうな。」

「もったいないの。魂は大切にしなければ。」

「のろのろと、天に登って行くところを捕まった。」

「我々には、幸せな魂には近づけないからのう。」

「悲鳴を上げさせたまま、食べると舌がぴりぴりして、それがたまらん。」

  よく見ると、皿の上の魂の中、一つ一つに顔が浮かんでいる。あの一つ一つは、キララの世界で生きる人たちだったんだ。成仏もできずに、こんなところで食べられちゃうなんて。助けなきゃ。

 馬男が逃げようとする魂の一つを皿からつまみ上げた。口元に持ってくると、何やらささやいている。魂は、乱れた心のように光を放った。

「いやだ、いやだ、死にたくない。家に帰してくれ。」 

「お前はな、死ぬことも、生きることもどちらにも自分の意志を通すことができなかった人間だ。」

「そんな事はない。私はただ、世間に対して嫌気がさしていただけだ。」

「しかし、事実は、お前が自分自身に対して嫌気を持っていた。自分が嫌いだった、弱くて、何も変えることができない自分に対して。」

「そんなことはない。そんなことはない。」魂の光が弱々しくなってゆく。

「今の人間は弱い。生きることに弱いのだ。だから、死んでも、宇宙の一部になることができる、喰われてしまう。なんと儚い夢なのだろうか。」

「僕にはなにかできたはずだ。もう一度、帰れたら約束しよう。今度こそ、強く生きてみせる。」

「その一言が訊きたかった。」馬男の声が意地悪く低くなった。「お前のな、命は一度きりだ。捕まった以上喰われてしまう。喰われたからには、もう生き返ることも生まれ変わることもできない。」

「たのむ、頼むから、後生だから助けてくれ!」

 叫び声に酔いしれるように、馬男は魂を食らった。口の中でゆっくりと噛み締めてゆく。苦しそうな声が聞こえるがやがて聞こえなくなった。他の魂がそれをみて激しく騒ぎだした。

 みな哀れな声を出して助けを求めている。まるで、地獄絵巻を見ているようだった。  

 キララは無我夢中で飛び出した。

「やめて!」

「なんじゃ、なんじゃ。酒盛りの邪魔をするのか。」釜堂は、ゆっくりと腰を上げると、ゆらゆらとキララの方に近づいてきた。キララは、懐から小さな剣を取り出して、その男に刃先を向けた。

「ばかな、小娘じゃ。」と言って、キララが反応する前に、にゅっと手を伸ばして、髪の毛を掴む。

「痛いっ。はなせ、この妖怪め」と言って手足をばたばたをさせる。

「よくみれば、魔女ではないか。」

「なに魔女だと。」

「魔女がここで何をしている。」

「魔女は嫌いじゃ。食ろうてしまうか。」

「喰ってしまおう。食ろうてしまおう。生き血の通った肉だ。」

 釜堂は、ばたつかせているキララの両足を持ち上げると。キララは、逆さまになったまま。(うう。パンツが見える)。そんなことを考えている暇はない。

 足をにぎる手に力がこもり、キララは痛みに悲鳴を上げた。いやだ、誰か、助けて。

 さっと風が吹いた。低くどすのきいた女の声がする。

 

古今東西風に吹かれ、千年娘の流浪が、悪事をさばく

尊い命にさまらなぬ、悪戯を重ねる悪漢の

筋の通らぬ悪行は、どうも胸くそ悪くって

切らねば、心乱れて落ち着かねえ。

おとなしく、正義の刃を受けてみやがれ。


 ぎゃあ、と叫び声が聞こえ、キララは畳の上に叩き落ちた。目の前に、釜堂の片手どくどくと血を流して薄汚い畳に転がっている。その前には、細長い銀の刀が血を滴らせている。腰まで伸びる鴉の羽のごとし黒髪を頭の後ろできりりと結んだ女が一人、釜堂を睨みつけている。

 小花のように小さく、血のように赤い唇が動く。「放せ!お前にそのおなごを、食ろう権利はねえ。」

「お前何もの」と言って百目妖怪が大太刀を抜く。その手を止めるように抑えると、釜堂が目を光らせながら言った。

「まて、きいたことがある。たしか、どこともなく現れ、捕われた人間の魂を成仏させる。ジャマする者に容赦はしない。そうだな。」

「ほ、ほう。良く知っているじゃねえか。頭の中は空っぽじゃと思っていたが。」

「ぬう、んなんだと!」

「馬鹿者じゃと言ったのじゃ。」

「この尼が!」

「やっちまえ!」

 3人が、女に飛びかかる。

 しゅっと3本の閃光が走る。

「うむむ、お前はなにやつ。」釜堂が腹を抑えて倒れながらうめき声を上げた。

「漆黒ガラスのお糸。いまさらそのこと教えても、お前には約に立たねえけどな。」

「ぉ、いと。恨むぞ。」と苦し紛れにそう言うと、どさっと音を立てて畳の上に倒れる。

 お糸と名乗る女は、懐から紙を取り出すと、刀から血を拭った。転がった皿からこぼれた、魂の光を手に取ると外に出た。ふっと息を吹きかける。一つひろって、息を吹きかけ、一つ拾って、息を吹きかけ。魂達は、柔らかな風に乗ったタンポポの綿毛のように空へと舞い上がってゆく。

「もう、つかまるんじゃねえ。」

 魂達は、お礼を良いながら空へと昇ってゆく。

 ことりと音がして、お糸は振り向いた。

 妙な格好の女の子が立っている。髪も服も乱れてぐちゃぐちゃだ。顔は真っ白だし、ひどく目の周りを真っ黒に塗っている。いったいこの娘は(勿論キララのことだ)

「あの」と女の子は言った。

「娘。一人であぶねえじゃないか。」

「助けてくれて、ありがとう。」

「お前を助けたんじゃねえ。魂を助けにきただけじゃ。」

 この女の人は、いったい誰なんだろう。カラスのように全身真っ黒けっけ。顔はきれいだけど、なんて鋭い目をしているんだろう。

お糸は、最後の魂に息を吹き込むとキララに体を向けた。

「お前、人間じゃろう」



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