Seventh Candy : ガールズパワー 1の1
ああ、なんて気持ちのよい。キララは、板の間に大の字に寝転がっていた。そう、今日は学校もお休みの土曜日の午後。そよ風が、魔女になって敏感なキララの嗅覚に次々と香りを運んできた。
ポッコリとふわふわの雲がどこまでも澄み渡った空を風の道に乗ってゆっくりと急ぐこともなく流れてゆく。
ごろりと転がって、木の手すりから顔を出すと、ずっと下の方にある庭や小路地を見下ろすことができた。あーあ、あの女中さんまた仕事さぼって、男の人引っ掛けてるよ。高らかな笑い声が、ここまで響いて、キララは小路地に目を移した。
小路地には、小さな子供達が、わらじを脱ぎ捨てると、帚にまたがって、地面すれすれをゆらゆらと飛行して遊んでいる。女の子達は、色のついた紙で人形や、動物などを折っている。 おかっぱにして頭のてっぺんに赤いヒモで結んだ女の子が、きれいなツルを折り上げた。からからと下駄をならして、女中さんらしき人に嬉しそうに見せている。沢山作ったらしく、女中さんの手の上にたくさんのツルがのせられていた。
女中さんが、呪文を唱えると、ツルはカサカサと音を立てて羽を広げると、空へと飛び立ち始めた。子供達が、それを眺めて指を刺したり、手を叩いている。
ここら辺は名門の古い家が多く、住んでいるのもは魔法使いや、魔女がほとんど。この世界で魔族は、歴史を持つたちのことを呼ぶ。キララは、体を動かして、手足を低い手すりから出して、あごをのせると、摩天楼のひしめく街を眺めた。あそこはダウンタウンと呼ばれ、世界中の、キララの国では架空だと呼ばれる、生物達が集まっている。あの高い建物も、葵が言うよそ者(外国妖怪)が流れ込んできてからできたらしい。そう、ここら辺は元々、数千年の歴史を持つ花の都なのだ。
ダウンタウンから、はるか東の彼方に目を凝らしてみると、塔のようなものが高く高く、雲の上まで伸びている。その先は雲に覆われていて見えない。あそこには、魔族の帝が住んでいて、この都をおさめている。その周りを囲むようにして家が広がっている。そこには、帝の側近や貴族、有力者、姫君などの。住居なのだ。
そんなことは、葵は毎晩のようにおとぎ話のごとく私の枕元に座って話してくれた。正直言えば、キララは、妖怪なんて本の中だけに生きるものだと思っていた。だけど、実際に私の友達は妖怪だったり、架空だと思っていた動物ばかりだ。それともこれは長い夢なのかしら?
キララは、またごろりと仰向けに寝転がると、目をつぶった。我幸せなり。と口の中でつぶやくと、うとうとと眠り始めた。
どれ位、時間が経ったのか。キララは、揺り動かされて、だるい体を持ち上げると、目をこすってあたりを見回した。
お乱達が、すごく派手な格好をしてキララを囲んでいた。
「ティナ殿なにを、寝ておられる。約束を忘れられたか。」と恐ろしく目の周りを黒々と縁取り、赤紫の口紅で塗られた唇が、花のようにパカパロ動いている。
「あれ、なんか、あったっけ?」とキララがとぼけて答えると。バシバシバシと頬を叩かれてしまった。
「マルク・ダークナイトのコンサートを忘れたの?苦労して、チケットとったんだからぁ。ティナ。しっかりしてよね。」とムッチぱたぱたとおしろいを頬におしつけながら、大きな鏡を覗いている。日が傾いて空をうす桃色に染めていた。だいぶ寝てしまったんだなとキララは思った。
それにしても、今日の彼女達の格好と言えば、いつにもなく派手だった。顔はなんだか人形のように真っ白で、頬にピンク色のおしろいをしてある。ぐるりと目の周りを、ラメやらブルーやらメイクをしていて、睫毛もぱさぱさして普段の三倍も目が大きく見える。さらに言えば、パンツが見えそうなほど短いスカートをはいて長い足を出している。動くたびに白い腹が見えるほど、ための短い上着を着込み、袖が地面につく位長く垂れ下がっている。むき出しにした肩やまだ未発達の胸元にドクロのペンダントやら椿の入れ墨をしている。一言でまとめれば、どんちゃん騒ぎ風の格好である。
「ほら、ティナ殿、着替えるのじゃよ。」とお乱に押されるままに、部屋の中にはいる。後ろで蛙子がぴしゃりと障子を閉じた。
「ねえ、まさかだけど、君たちみたいな格好させるんじゃないよね。」と後ずさりをした。
「そのまさかよ。さあ、観念するのじゃ。」
ひえー、助けて。お乱がキララを後ろからがしっと掴むと、ムッチーと蛙子が服を脱がし始めた。
「最近、ティナはこんなださい格好ばっかしてさ。なんだか、古くさいおばあさんみたいに、超ださいし。どうしたっていうの?」とムッチーがタンスの中身を放り出しながら言った。しかたないのよ、葵がいつも服を用意してくれるから。キララは、下着姿のまま、夕方の寒さに鳥肌を立てていた。
ムッチーが大柄の花を優美に描かれた、血のようにどくどくしい赤の服を持ってきた。
「これよさげじゃん。」といってなれた手つきでキララに着付け始めた。
それから、どれぐらいったのか、あっちもダメ、こっちもダメと、きゃあきゃあいいながら、キララがリカちゃん人形のごとく着せ変えられていると、ママがはいってきた。
「楽しそうじゃのう」と恨めしそうな目つきをしている。彼女はこの家の女当主でありながら、一切のことはばあやや家老達に任せている、名ばかりのダメ当主なのである。だから、とうぜん暇を持て余している。結婚してしまった今、男遊びも許されない。そいうわけで、がぜん、楽しそうな声を聞きつけて、ふらふらとやってきたわけだ。
「ママ、恥ずかしいから」と言ってみたものの一向に出てゆく気配がないどころか、ばりばりのファッションデザイナーのごとく、手伝い始めた。
「帯はこの色を持ってきたほうがエレガントなのじゃ。」
「ふんふん、なるほどねー」と三人も感心している。
「で、髪の毛はこうやって逆立てて。」と櫛で髪の毛を逆立ててくる。これはツバメの巣のような髪型になりそうだとキララはため息をついた。
「で、こんなに着飾って、どこに行く予定なのじゃ。」
三人は、呼吸を合わせると、中指と薬指を折り曲げるとはねながら「ダークナイト。我らの救世主なり!」とロックスターのファンのように叫んだ。
「あの、マルク殿のコンサートにゆくのか?!なんとうらやましい。」とママが興奮している。」
「ティナ殿の母上は、マルクを知っておるのか?」
「当たり前じゃ。私が留学しておった時に、マルク殿とは学友だったのじゃ。それは、面食い男じゃった。」
「ええ、本当か。うらやましいの。」とすっかり打ち解けている。
おまけに、キララに変わって行きたいなんて言い出す。恥ずかしいから、それだけはと、キララは必死で止めたのだった。娘としては、これ以上親の恥ずかしいところを見せたくはなかった。
「しかし、マルク殿のコンサートに行くのにそのような格好ではちと、足りないのではないか。いいわ。妾が手ほどきをして上げよう。」と言って、次々と、女の子達の髪の毛をいじくったり色をつけたり、アクセサリーをぶら下げたりと大忙しだった。
陽が暮れ、一番星が輝きだすことになると、4人は、すばらしいほどまでに飾り立てられた。そろそろ、行く頃だとお乱が切り出すと、ママは惜しそうにしていたが、手を振ってキララの部屋から去っていた。
はあ、ようやくママから解放されたよ。キララは、塗りたくって重くなったまぶたを上げて空を見つめた。明日は、目の周りが筋肉痛かも。
「さてと、行こうか。ティナ、帚。はやく。」とムッチが言い出した。
え?帚に乗って行くの?だって、君たちは、飛行能力がないのでは。
「ほら、母君のお古の長いやつ。前みたいに4人乗りして行こうよ。」
「いや、そんなの危ないよ。歩いて行かない?」と切り出してみた。
「大丈夫じゃ。ティナ殿は帚に乗るのが上手じゃから。それに帚で行かねば、間に合わぬ。」と却下された。
実を言えば、キララは、ろくに帚にも乗れないのである。魔女失格だと言われそうだが、本当にコントロールが難しいのだ。今までに何度も葵から手ほどきを受けてきたが、たいていの場合は足が地面すれすれに浮かれる位で、片足ずつ地面を蹴っ飛ばしながら前に進むと言う惨めな飛行をしているか(その姿はアヒルのようだと葵は語っていた)。もしくは、力を入れすぎて、ロケットのようにすっ飛んだと思ったら、ぐるぐると回りだしてしまう。高いところから飛び降りれば、暴れ馬に乗るみたいにあっちこっち飛び跳ね回って、振り落とされたことも数知れない。一度なんて、隣の家の盆栽じいさんの松の枝だっておった前科がある。
だから、4人乗りなんてとんでもない。
あーあ、だけど気がついてみれば、私を先頭に、お乱、ムッチ、蛙子が古い帚にまたがって、手すりの上に立っている。この状況がどれほど危険なのか分かってもらえるだろうか?
「じゃ、ティナ殿、頼むぞ。」とお乱が言った。止める間もなく、3人の足が手すりをけりる。
落ちる際に足に当たった、瓦を何枚か巻き添えにしてしまった。4人は、高らかな叫び声を上げ落下してゆく。キララはとにかく、全身に力を込めた。この、上がれ!!地面すれすれで、急下降していた帚は急ブレーキを開けるようにして止まると、風を巻き起こして、埃を舞い上げ、のんびりと生えている草花をなぎ倒した。
ほっとしたのもつかの間、頭が引きちぎれるほど唐突に飛んだかと思うと、空高く舞い上がり、街道へハヤブサのごとし急降下する。いやー、もうどうしたら良いの?
「どいてどいて!」とキララは声を張り上げると、驚いたように人々は脇道へと飛び退いた。何人かひき殺したかも。キララの目に涙が光る。
「ティナぁ。どうしたのじゃ!!」と必死に私の体にしがみついているおらんが叫んだ。
いやね、スリルがあっていいじゃないか。ってそんなこと言えないよ。今回ばかりは、フォロー不可能です!!
*
とにかく、方向は間違ってなかったようで、あっという間にダウンタウンに到着した。といっても、まだ帚はおろしてくれないんだけどね。というわけで、複雑に立ち並ぶ建物や同じように飛行する者立ちに大いなる迷惑をかけながら、中心部へと飛行していた。
少しずつだがコントロールできるようになってきたのをキララは、ぎゅっと握りしめている腕から感じ取っていた。思ったように行きたい方向に意思で動かせる。だけど、速度は、いっこうに落ちようには見えない。猛スピードで飛び去るキララ達は生きたミサイルのようだった。
もしも、交通法が存在するのなら、今頃は間違いなく飛行パトカーにおわれているわね。まだ通行人の少ない上空で良かった。これが、地上であったなら、間違いなくボウリングのピンのように人々を飛び散らし、ことごとく4人はテロの容疑で捕まるに違いない。
とにかく降りなくては。そう思っていると、帚も疲れたのか、のろのろと速度が遅くなってきて、ダウンタウン中心名所の運命の広場にゆっくりと降り立った。
広場の中心には、この都を建設した菊池西郷の勇ましい姿が木造で立っている。
「ど、ど、どうしたのじゃ。」
「足ががくがくする。」
4人は、その場にへなへなと座り込むと、しばらくのあいだ立ち上がることができずにいた。通行人達が、何事かと興味津々でこちらを見ている。
どう言い訳したものか。
「忘れてたんだけど、あの帚少し調子が悪かったんだよね。」と冷や汗がたれる。
「なぜ、それを先に教えてくれなかったわけ。」と乱れた衣を直すのを忘れてムッチが震え声で言った。
「まあまあ、今は命が助かっただけども、あたいは嬉しいのじゃ。」と蛙子が言った。
「で、今、何時?」
「酉の中時じゃ。」
「そうか、だいぶ長い間、空にいたと思ったが。コンサートは、戌の上時からじゃ。まだ、時間があるから、歩いてゆこう。」
4人はお互いに支え合いながら、まだがくがくする腰を立たせ、ヨロヨロと西の正門へと足を向けた。
そういえば、キララはダウンタウンに来るのは始めてだったな。しばらくすると、今までの怖さも失せて、あたりの景色に魅せられた。まるお祭りの縁日のようだった。
宝石箱のようなショーウィンドウには、あでやかな着物が、ぼんぼりの柔らかなを受けて飾られている。しかも、透明人間が着ているかのように、機会仕掛けの人形のように動いている。キララが覗き込むと、正座して、袖を抑えて、筆を手に取る。うす桃色の紙に筆で撫でている。絵を描いてるんだ!
「美しい紅梅色の着物じゃのう。妾も着てみたい。」とお乱たちも魅せられ覗き込んでいる。
後ろの方では、すーっと引くように美しい紫のグラデーションの着物が扇を手に取りゆっくりと舞いを披露している。動くたびに袖元や、床に広がる裾に描かれた椿がこぼれんばかりに大柄だった。
絵を描いていた着物がキララの目の前に紙をはためかせた。
誰かの姿絵のようだけど。
「それ、ティナじゃん。」とムッチが目を細めて言った。
「まことじゃ。まことじゃ。」と言って蛙子が手をたたいている。
確かに、キララだ。すごーい。そっくりだ。
「上手だね。」と無い顔に驚いた表情を魅せたり、和紙を覗き込んだりしていると、結界のそとに紙を差し出した。注:結界って、ここではガラスの役目を果たしている。
「え?私にくれるの?いいのかな?」
なんせ顔が無いのでよくわからない。そろそろと手を出して、受け取ると、着物は手を引っ込めると、元の立ち位置に戻ってゆく。
「よかったじゃん。私でも、姿絵なんて一度も描いてもらったこと無いよ。」とムッチがうらやましそうに、絵を覗き込んだ。
絵の中でキララは十二単のように何枚も色のついた着物を重ねて立っている。和紙の表面は不均一だったが、それが傾けるたびに、光の反射の仕方を変えて、着物の模様のように見えたり、動いているようにも見えてきれいだった。
キララは、大切に姿見を懐に入れると、着物に手を振った。
「ありがとー。」。着物も嬉しそうに手を振る。
空を見上げると、沢山のぼんぼりや人魂が揺らめいて、高く積み重なった建物の木柱や瓦を複雑に照らしている。時折、女子供の顔が覗き、指を指しては楽しそうに笑い声を立てている。
突然、殺気がしてキララは、後ろを振り向いた。その後ろには、細い横道が真っ暗な闇に続いていた。気のせいかな。だれか、キララのことをみてると思ったけど。
突然、私の着物の裾をひっぱって、お乱が暴走し始めた。
「ティナ殿!走るのじゃ。」
「ちょっと、ちょっと、危ないって。」
二人は、ムッチと蛙子を後ろの方に置いて、道行く人の群れをかき分けてゆく。
だれか、知ってる人でも見かけたのかな?それにしても、この早さ、彼女の巨体からは想像もできないほど、機敏で素早い。
「まにあったぁ!」
車を押した団子屋が残りの団子を片付けようとしているところだった。
「おぬし、このような時間に店を畳むとは何ごとじゃ。」と腰の曲がったおじいさんに、銭を渡しながら言った。
「今日は、えーと、たしか、たくろうないん」
「ダークナイトじゃ。」とお乱が訂正する。
「そうその、たくろうナイトのおかげで人も沢山、商売繁盛。団子も無くなったので、今日は酒でもかって、さっさかと家にでも帰ろうと思ってな。」
「ちょっと、まってよね、いきなり走り出して、びっくりしたじゃん。」と残りの二人が息を切らして追っかけてきた。
「団子は、勝ち取ったぞ。」
「もしかして、団子のために?もう。お乱ったら。迷惑じゃん。」
「団子の辞書に迷惑という言葉はない。」と幸せそうにあんぐりと大口を開けて団子をほおばる。嬉しさのあまりか首が伸びて蛇のようにうねっている。
「仕方ないな。」といってムッチは腕組みする。
と、今度は、蛙子が突然跳ね上がる。そして、ぴょんぴょんと、はねて人ごみの中に消えて行く。
「ちょっと、まちなって。」
キララと団子を抱えたお乱を引っぱり、ムッチが足早にその後を追いかけてゆく。
ひらひらと、一匹の蝶が飛んできた。さらに進んで行くと、一匹、二匹、四匹と数が増えてくる。
そして、一人の道化師の前に蛙子が、ちょこんと座っている。
男は顔を真っ白に塗って、赤い髪の毛が大犬の毛皮のように長く腰まで伸びている。顔には、目の上を赤く塗っている。
片手に小さな小瓶をもち、ストローのような棒の先を小瓶に突っ込むと、逆の端に口をつけて息をふーっと吹く。すると、端の方から何かが生まれてくる。世にも美しいアゲハ蝶が羽を広げ世界へと飛びたった。すると、ぱくっと蛙子が舌を出して食べてしまう。いくつも出てくる、蝶に彼女は幸せそうだった。
一匹生き残った蝶がはらはらと弱々しげにキララの方に飛んできた。指先を出すと、その上に止まった。七色に輝いている羽に、墨を流したように黒の線が優美に伸びている。ぱちっ。まるでシャボン玉がはじけるようにして、蝶があとかたもなく消えてなくなってしまった。
あれ?
「蝶の水玉なんてどこでも手に入るじゃん。それに、早くしないとコンサート見逃すじゃん。」というムッチのツルの一声に、他の3人は忘れていたのを思い出して、いそいそと会場へと足を向けた。