Sixth Candy : 霊魂玉をかけて
時は朝
こちらは東
後光輝く太陽を背に、
敵も目くらみ、立ちくらみ
我が手の勝利もまじかなり。
というわけで、ついに決戦の時を迎えた。運命の鐘が早鐘を打つ。若いギャルを後ろに控え、キララ大将、頭にハチマキ。心にたすきを携え、手が白くなるほど強くぎゅっと武器を握る。対する敵に、ギンギンと殺意の視線を送くる。やつもひるんで立とうとしない。勝てるかもしれない。キララは心の中で笑みを浮かべた。
キララの目が充血しているのは、けして睨みつけすぎた、というわけではなく、緊張のせいで昨日眠れなかったからである。
後ろでは、共に涙を流して稽古を積んだきた、お乱、蛙女、ムッチが身じろぎもせず、静かに私の背を見つめていた。皆の心は、一つに思いを寄せていた。それは、早乙女・弟の霊魂玉を手に入れること。
「ティナ殿、お前は狼じゃ。冷酷で血に飢えた、野獣じゃ。」とお乱が、私のたすきを直しながらファイトをかけた。
「そして、猿じゃ。ずる賢さで敵を欺く。」と蛙女が、私の棒を磨きなら言った。
「そして、鳳凰。相手を骨の髄まで燃え尽くす。」とムッチが私の髪の毛を直しながら言った。
まあ、これが、奴らの心理強化の作戦らしい。キララは、半ば、あきれながら毎日放課後に2時間のメンタルトレーニングを受けていた。
しかし、馬鹿にしたもんじゃない。キララは感謝していた。この作戦は正しかった。今、キララの心は、冷酷で、ずる賢く、燃え盛っていた。全身に熱い血が流れ、興奮して五感が高まっている。あたかも風がキララの勝利を確信させるかのごとく、後ろ風を吹きつけてくる。そんな気がしていた。
で、対する敵と言えば、椅子に座ったまま、つまらなそうに、そっぽを向いたままである。自らを守る筈の武器も床に置かれたまま。
気にくわない。キララの闘争心の炎が油でもそそがれたかのように燃え上がった。
「そろそろ、始まるぞ。」とお乱が私の肩をもみながら言った。
「お前は野獣じゃ。忘れないでね。」とムッチが耳の中でささやいた。
審判が、合図をした。「両者とも所定の位置に着くように。」
早乙女が、棒を持ち上げると、だるそうに、棒を肩に担ぐと、前に進んできた。しかし、眼中にキララは入ってないようだった。
キララは、鼻息荒く、所定位置にどかどかと進むと大魔王のごとく構えた。
しかし、よく考えてみれば、これは小学校の実践大会である。なんでここまで気合いをいれてるのかな?もしかしたら、キララはのせられやすいタイプなのかもしれない。お乱達にのせられて、ここまで来てしまった。まあ、いまさら気がついても遅いんだけどね。
「おーい、貧乳。がんばってるか?!」と観客席から、大声でありがたくもない応援の声が上がった。驚いて観客が、ぶんぶんと両手を振り回している馬鹿男に顔を向けた。お分かりのように、あのスケベ男である。さっきから全然見えないと思っていたが、今頃になってかけつけてくるなんて、本当に早乙女の友達なのかしら。
「令」と審判が告げた。キララは、体を傾けた。これが本番なのだ。もう後戻りもできない。棒を握る手が強くなる。
審判が片手をすーっと上げると、勢いよく振り下ろした。「はじめ!」
タアッ、キララは跳躍すると、早乙女の頭に棒を振り下ろした。棒の先は、空を切り、地面に着地したキララに第一の攻撃が襲いかかった。固い木と木が衝突して、二人の間に一瞬視線が交わされた。押されるようにして、下にいるキララは、ぎりぎりと相手の矛を押し戻すと、さっと体をひいて、早乙女からはなれる。
そう、試合のルールを説明しておかなくちゃね。キララは、右へ左へと攻撃をかけた。相手の矛先がキララの頬をかすめる。
まず、この大会では魔法は禁止。あくまでも、棒だけを武器として戦うこと。キララは、くるりと体を翻して、早乙女の一撃を交わすと、逃げるようにして、場内を駆け抜けた。ようは、先に相手ののど元を乗った方が勝ち。キララの欠点は、守りが弱いこと。だから、なるべく離れていて、一瞬の隙を狙う。
早乙女が、すぐに追いついて、キララの横に並んだ耳元にはバサバサと着物の裾が風にはためいている。二人の後ろには、埃が舞い上がり、長い線を引いている。
だけどね、やっぱりね早乙女の方が足が長いのだ。すぐに回り込みをされて、キララは、まともに向かい合うしかなかった。激しい攻撃に、キララは交わすだけで精一杯で、じりじりと後ろに下がるしかなかった。息も上がってきて、一息一息が苦しかった。
「おい、りゅうや、兄さんつれてきたぞ」とあの大声が聞こえた。一瞬早乙女の、棒が止まる。今だ!キララは、棒を思いっきり体に引きつけると、早乙女に飛びかかりながら、右から左にかけて、空気を切りながら棒を振りかざした。早乙女の驚いた顔が見えた。勝てるかも。
無我夢中だった。だけど、気がつくとキララの体は地面の上に倒れていて、目の前に矛先が突きつけられていた。
あーあ、やっぱり負けちゃったのか。仕方ないよね、始めて棒を握ってから1ヶ月で、小さい頃からずっとずっと練習してきた者に勝てるわけがないもの。だけどね、なんだか悔しい。なんのかんの文句を言いつつ、なれない世界にも、練習にも一生懸命だったもの。ここで勝てたら、なんだか、この世界で認められるような気がしてたから。
キララは、腰を上げると、何も言わずに場外から退場して行く早乙女の後ろ姿を眺めていた。
お乱達が、駆け寄ってきて、私の肩を叩いた。
「ティナ殿、すごくかっこよかったぞ。」
キララは、かすかに笑うと「ありがとう。でも、負けちゃったよ。」
「だけど、戦っているときのティナの顔にドキッとしたよ。」とムッチーがまだ、ハアハアと呼吸をしている私の体を抱きしめた。
私は、ムッチから離れると、棒を振り回して言った。「私すごかったよね?かっこよかった?」。
うんうんとお乱達が私に拍手を送った。
「負けたくせに、やけに、元気じゃんか。」と誰かが、近づいてきた。変態男だ。
「うるさいわね。あんたには、関係ないでしょ。」と私は、やつの鼻先に棒を突きつけた。
「おっと。あぶねーな。せっかく友達を紹介してやろうと思ったのに。」と棒を指で押しのけながら、私に、顔を近づけて、頭の上に手を置いた。
「なによ。気持ち悪いわね。」キララは、顔を背けた。
「あれ?大雨警報じゃんかなくななくな、洪水起こす気か?」
キララが押し黙っていると「ほら、早乙女の兄。」といって、一人の男の子を私の前に押し出した。
えええ?キララは、あんぐりを口をあけたまま呆然と立ちすくした。黄金の髪の毛が早乙女弟とそっくりの顔をフワフワと包んでいた。背中は、きれいな白い羽が生えている。そっくりの目には、早乙女弟の冷たい光はなく、ブルーの瞳は、優しい太陽の日差しを保っていた。この人天使だ!!
「そんな、まぬけな顔をするなよ。」と変態男が言った。
「そんな、事をいっては、失礼じゃないか。初めまして、早乙女の兄です。あなたのような、すてきなレディーにお目にかかれて光栄です。」と私の手を取ると、柔らかい唇を押し当てた。
「ぶっ、ぷぷぷ、素敵なレディー。」と言って早乙女が、腹を抱えて笑い出した。そこ、笑うところ?
「あのー。」とキララは、目を伏せながら口を開いた。
「僕は、びっくりしましたよ。弟に、試合を挑むなんて。しかも、霊魂玉目当てでね。」
キララは、顔をトマトのように真っ赤に染めた。
「だけど、結局は、負けてしまって。」
早乙女兄は私のあごを持ち上げるようにして手を置くと、澄んだ瞳でキララを見つめながらいった。
「いいえ、負けではありませんよ。それに、あなたは、もう一個の霊魂玉の持ち主の心を勝ち取ったのですから。戦っていた、あなたはとてもすばらしかった。」
キララは、早乙女の瞳に吸い込まれそうだった。心臓がドキドキとして、それを押さえるようにして、手を胸の上に置いた。早乙女の顔が近づいてきて、鼻先がぶつかり合う位近くになると、キララは、目を閉じた。考えていたよりも、柔らかな唇が固く結ばれたキララの唇を奪った。二人の周りに甘い香りをした風が巻き起こり、空へと駆け上っていた。時が永遠の様で、キララの体の中に甘い蜜が血のように巡った。ファーストキスは、素敵なエンジェルと。
目を開くと、早乙女は私から少し離れて、立っていた。がちっと歯に固いものが当たり、キララは、それを手の上に吐き出した。
その瞳と同じように、スカイブルーの美しく小さな玉だった。太陽の光にかざしてみると、玉の中で、白い煙のようなものが形を変え、渦を巻いているのが見えた。時折、雲からこぼれる太陽の輝きのように、光を漏らした。それは、ビッグバン。星の誕生のように、神秘的な力を帯びていた。
「それが、僕の霊魂玉です。」
「え?」とキララは、驚いて、視線を早乙女に移した。
「あなたは、僕の心を勝ち取りました。僕はあなたの姿を見て、心を捧げても良いと思ったのです。」
「だけど、ティナは何もしていないのに。それに、あなたは力を失ってしまう。だから、これはもらえない。」と私は、その玉の乗った手を差し出した。
早乙女はその手を包むと、私の指を曲げて、その玉をしっかりと握らせた。
「紳士たる者が、一度、愛おしい人に差し上げたものを返されてしまっては、面目がありません。だから、あなたに持っていただきたいのです。それに、私が差し上げた霊魂は、私のあいの霊魂です。私自身は力を失うことはないのですよ。」
キララは、早乙女が本気なのを真っすぐな瞳の中に見ると、答えた。「あなたの、お気持ち受け取りました。ありがとう!!」
「よかった。」と二人は、笑顔を交わした。
「おい、いつまで、いちゃいちゃやってるんだ。」と変態男が大声を上げた。もうすこし、ボリューム下げられないのかしらね。
キララは、意地悪な顔を向けた「あんた、嫉妬。してるんでしょう」
変態男は、眉を上げると。ぴくぴくさせながら怒鳴った。「お前って、本当に馬鹿だな。そんな、わけねーだろう。」
「どうかしらね。」ふふん、とキララは鼻息を漏らした。
「なんだろ、この貧乳が」
「なんですって、この変態男が!」
「俺にけんか売ってるのかよ。」ふたりの間にばちばちと火花が散った。
「まあまあ、お二人さん。喧嘩は良くないですよ。」のほほんと、早乙女が二人をなだめた。
「まあ、いい。おい、早乙女行くぞ。ったく、馬鹿にはつきあってられねーよ。」と変態男は、私から顔を外すと、歩き始めた。
早乙女は、もう一度私の手を取った「それでは、私のレディー。残念ですが、僕は行かねばなりません。またの機会にゆっくりとお話しできると良いですね。」
「はいっ」とキララは、元気よく答えた。
*
キララは、ベットに倒れ込むと、懐から大切そうにあの霊魂玉を取り出した。本当にキレイ。うっとりとみとれてしまう。そのブルーの玉の中に、早乙女兄の顔が浮かんだ。柔らかい口火の食感を思い出してキララは顔を赤らめた。今度は、光を帯びた顔がだんだん、曇ってきて、闇に包まれると、早乙女弟の顔に変わった。本当にそっくり。双子だから、当たり前だけど。
だけど、不思議だな。だって、早乙女は、お兄さんは天使で、弟は悪魔なんだもの。キララの目が重くなり、うとうとと夢の中に引き込まれそうだった。それに、愛の霊魂って何に使えるんだろう?まあ、いいや、明日当たり、お乱たちにでも、訊いてみよう。