Forth Candy : 学校生活
キララがこのへんてこりんな世界に迷い込んでから一ヶ月が経っていた。
キララは、机に肘を立ててほおづえを突きながら、窓の外を眺め考え事をしていた。
もう、一ヶ月も経つのに、未だに元の世界に帰る方法が見るからない。パパもママも心配しているんだろうな。クラスのみんなも先生も。
キララはこの世界では、百怪ティナとして存在していた。
「ティナは実は、人間です」といえば、元の世界に返してくれる方法を教えてくれるかな?
だけど、ここに住むものの多くが、人間を嫌っていた。ちょうど人間が、妖怪や魔女を嫌うように。
だから、今は、百怪ティナの仮面をかぶっていよう。この世界は弱肉強食だから、まだきちんと自分の身を守ることのできないキララには、危険な告白になるかもしれないから。
それに、キララは、この世界が嫌いじゃない。
「ティナ、ティナったら、先生が呼んでおるぞ」と私の後ろの、ろくろ首の女の子が私を突っついた。
しまった、授業中だった。そう、この世界でも学校というものがある。
今キララが受けているのは、魔法史。
学校では、基本的な教科の他に自分の能力に合わせた教科を選ぶことができる。ここの街が発展する前は、決まった教科しか受けられなかったのだけど、街の発展と共に様々な国から色々な族が集まったため、教科を増やしたんだって。
例えば、悪魔は悪魔科という専門の科目がある。よぼよぼのメフィストという悪魔が、主に人間のたぶらかし方、悪魔の契約の仕方などを教える。音楽のクラスでは、毎回、恐ろしい悪魔の歌声が校内中響き渡り、苦情の声があまりにも多かったため、教室が校内の隅にある小屋に移された。悪魔が何十人もクラスに集まるので、なんだかそのクラスだけ校庭の隅でいつも、どんやりと暗いオーラを出している。建物の上にはいつも黒い雲が渦巻いて、天気予報では、いつも曇りか雨の予報しか出ない。
もちろん、能力があれば、天使だって悪魔科を受けることができる。
私が取っているのは以下の教科。
書道:教養。主に漢字を習う。ルーンや古代エジプト語など魔法の力を持つ古代文字も習える。
占い:カバラ、タロット、水晶など人間界でもポピュラーな占いを習う。占い専科では、宇宙や自然などの声を訊いて、因果関係や未来、真実などを知ることができる。
天文学:星の動きの観察。
歴史:世界史、日本史、魔術史。
武術:刀や長刀、弓矢、馬術など戦いに必要な術を習う。
魔法術:私の家系が魔法系のなので必要。魔法陣や飛行方法、スティッキの振り方、薬草学や
前の学校なんかに比べて、授業がものすごく楽しい。毎日が新鮮で、常に新しい記憶で頭をいっぱいにする。それが、幸福感になるなんて思ってもいなかった。朝だって目覚ましよりも早く起きるし、学校に行くのも楽しくてたまらない。
昼休みの鐘が鳴った。ぞろぞろと、みんな外に出て行く。
キララも席を立ち、教室から出ようとした。誰かがキララの肩をトントンと叩いた。
腰まで伸びて大きくウェーブかかった金髪の髪と、ブルーアイを持つ女の子が立っていた。白鳩のようにきれいな翼が背中から生えている。
「てぃなちゃん。お昼を一緒に食べようよ。ね?」といってにこっと笑って首を傾げる。
この人形のように可愛らしい女の子は、天使族の白衣うらら君。数少ない天使族の一人で、私のクラスにはこの子一人だけしかいない。
「今日はね、天使科でね。お弁当みんなでたべようってね。でね、ティナちゃんも、誘ってもいいかなって、みんなに訊いてみたらね。それは良いアイディアだって。だから、一緒に食べようよ。ね?」とゆっくりと大回しな喋り方をする。この子の周りにいると、なんだか癒されると言うか、不思議なオーラに影響されてのほほんとした雰囲気になってしまう。じれったい時もあるんだけどね。
「本当に?やった。私、一度天使科行ってみたかったんだ。ありがとう。」
天使科は、この巨大学校の最上階にあった。私はふうふうといいながら、階段を上っていた。
「毎日、ここ登ってるの?だいたいね、天使は翼を持ってるんだから、空を飛んで行けば良いのに。」と私は悪態をついてみた。
「うふふ,飛行は、授業以外では禁止されているもの。毎日登っていれば、お散歩みたいでたのしいよ。ティナちゃんも天使科にはいれば、毎日階段登れるよ。」と余裕の口調。
「うーん、階段登りたくて天使科に入りたいと思うのは、うららくんぐらいだよ」と突っ込んでみたんだけど、「てぃなちゃんは、面白いこというのね。」と天使スマイルでさらりとかわされてしまった。
「そういえば、てぃなちゃん最近すんごく、変わったよね。」とうららが話を変えた。
「そうかな、どう変わったと思う?」と聞き返してみると、面白いことが分かった。
「あのね、てぃなちゃんはね。前は、すごく話し難かったの。いつもいたずらばかりしてて、遅刻の常習犯だし、よくものは壊すし、いつも成績が悪いの。」と痛いことをずけずけと言ってくれる。
「でもね、最近は、はなしやすいの。うららは前からティナちゃんと話したかったから、お友達になれて幸せなんだ。」と可愛いことを言ってくれる。
まあそんなことを話しているうちに、ついに最上階にたどり着いた。扉を開くと、太陽の光に白い衣が反射してまばゆいばかりに明るい教室があった。
「みんな、てぃなちゃんつれてきたよ。」とうららが私を紹介すると、金髪の女の子が近づいてきて私の手を取った。そして、金髪の女の子が近づいてきて、左手を取って。そして、金髪の…オール金髪だった。確かに天使のイメージといえばブロンド、ブルーの瞳、ホワイト衣ってところ何だけど、男も女も人形のようにみんな同じ姿をしている。
「てぃなちゃんはじめまして」
「うふふ」
「こんにちは」
「きてくれて、ありがとうね。わたしも前からね、ティナちゃんとお友達になりたかったんだ。」とみな「うららオーラ」を放っていた。うららの天然ぶりは彼女特有の性格だと思っていたのに。一族全体の性格だったとは、どの聖書にもセラピーブックにも記されていない真実と言ったところだろうか。まあ一応、天の使い、メッセンジャーなのだから、「天使は、実は天天然ぼけで、のんびりしすぎています」などとは口が裂けてもいえない秘密なのかもしれない。
机や椅子などが端の方にがたがたと片付けられ。教室の中央に、鮮やかな緑色の敷物が敷かれた。暖かい太陽の光りが教室を満たし、お弁当まで広げられてピクニックみたいに陽気な雰囲気になった。いつか、自分の世界に帰ったら、これを教室でやろうとキララは笑みを浮かべた。キララは、空っぽの胃に両手をすりあわせながら「お代官様、もう少しでコレにありつけますよ」とごますりをした。
「てぃなちゃんは、おべんとうなにもってきたの?」とうらら君が訪ねた。そう、とっても嬉しいことに普通の食事をすることができた。もしも、イモリのしっぽやら子羊の心臓などと言う珍味が一般的な食事内容であれば、とてもじゃないけどキララはこの世界で生きてゆけないか、絶望して残酷な革命家になったに違いない。
「えーと、今日は、葵くん、お手製のサンドイッチだよ。」とお弁当のふたを開けると、ほわほわのパンに挟まれて美味しそうなサンドイッチが顔を表した。
「うわー、いいな、おいしそうだね。あおいちゃんってだれなの?」
「私の家で働いている、メイドさんだよ。」
「そうなんだ、いいね、誰かに作ってもらえるなんて。」
「君は、自分で作ってるの?」
うらら君は、少し顔をうつむかせると、一瞬何か考えているようだった。すぐにその考えを振り払うように笑顔で言った。
「そうなの。自分で作るのって楽しいんだもん。ねえ、良かったら交換しようよね?」
そういえば、天使って何を食べて生きているんだろう。天使の生活事情については、あまり知られていないなとキララは思いながら、うらら君のお弁当を覗いた。
可愛らしいおにぎりが、六つ。
「へー、普通のもの食べるんだね。」ときららは ある意味がっかりしながら言った。
「うん。ふつうのも食べるし、神様の食べ物もたべるよ。」
「へえー、その神様の食べ物って何?」
「あんぶろしあ、それからねくたー」
「は?」と私が聞き返すと、隣のすこし年上の見事なエンジェル・チークをした男の子が笑いながらうらら君の変わりに答えてくれた。
「アンブロシアとネクターのことさ。前者は、神々の食べ物で人間が食べると不老不死になれる。後者は、神々の国で取れた花からとれた飲み物で、同じく不老不死になれる。どちらもほっぺたがおちるほどおいしんだよ。」
キララの脳裏にうまい儲話がよぎった。それを人間に売りさばいたら、キララはちょー金持ちって感じぃ。早速、どこで購入できるか聞こう。
「キララちゃんにもたべさせてあげたいんだどね。」
うんうんとキララは目を輝かせて、体を前に出した。
うららと男の子が顔を見合わせると、にっこりと笑みをかわした。
「たしか、外務省条約で、神国からの輸出および、下界への輸入を禁止するものとする。条令を破ったものは、直ちに死刑。」と男の子が楽しそうに言った。
ちくしょー。やっぱり、そう簡単にお金が入ってくる分けないよなー。ああー、がっくしだ。さすがに、密輸とかはやりたくないしな。
「やっぱり、くやしそうだね。」とうらら君がいった。
「え?」
「だってね、みんなこの話をすると、お金儲け事を考えるんだよ。ね。」と男の子に言った。
「もう、期待だけさせておいて、ひどいじゃないか。ティナは、摩天楼のてっぺんで葉巻すってる女社長までイメージしてたのに。」とそっぽを向いて、口を尖らした。
「ふふふ、てぃなちゃんってやっぱりおもしろい。」とうらら君が笑いながら私の体に腕をまわしながら抱きついてきた。
「うららのこと嫌いになった?」と大きな瞳をうるうるさせて、見つめてくる。この無垢な表情。まさに天使。
これが、本物の愛嬌のある目力かといつぞやの猫男に私が向けた顔のことを考えながら、私は笑ってしまった。
「どおして、わらうの?」とうららが真剣なまなざしで訊いてきた。
「ティナ様をだました罪は、重いからね。くすぐりの刑だ。」といって、うららに飛びつくと、思いっきりお腹をくすぐってあげた。
「ひえ、ーうら、いやーくすぐったいよ。ははは。やめてったら。」
周りの子が、うふふ、なにやってるのかしらと面白そうに私達のことを見ていた。
*
とんとんとーん。
キララは、鞠のように軽く階段を駆け下りていた。下りってなんて楽チンなんだろう。キララは、大空を羽を広げ気持ちよく下る大鷲なのだ。お昼ごはんも腹いっぱいに詰まっていてキララは陽気な気分だった。
最後の段を思いっきり五段飛び降りると、真っすぐ伸びた廊下を走り出した。太陽の光を右頬に浴びながら、時々来るくるっと回ったりもした。ここに、来て始めて素敵な友達ができた喜びでいっぱいだった。しかも、天使だ。
そのまま、他の厩舎に行くために、扉と飛び出すと、つんのめりながら急停止。左側にちょっと陰険な小道が見える。たしか、ここを通ると近道だってうららくんが言っていたな。
あまり草の生えないその道をキララはゆっくりと歩き始めた。
「べぞべそするんじゃないよ!!」とどこからは女の子の声が聞こえた。
気のせいかなと思いながら、さらに進んで行くと、横道のところで、女の子達が三人固まっていた。丈の短い振りそでを来て、短いスカートから長い足がにょきっと生えている。ちょうど私と同じ格好だったけど、もっと肌の露出度も高いし、両耳から大きなループのピアスをしていた。たぶん上級生の子達だろう。
長い足で何かを蹴飛ばしている。そのしたにもぞもぞと生き物が。うめき声を上げると、逃げるように体をよじらしている。顔が見えて、切れた唇から血が流れていた。
キララは、背筋がぞくぞくとして、心がちくちくと痛んだ。これって、もしかしていじめ?
一人の女の子が倒れている生き物、男の子の胸ぐらを掴んだ。髪の毛が頭の後部で、ツンツン四方に飛び跳ねている。
「とっとと出しやがれ。よもや、もってないよは言わせないぞ。」
「…」男の子が何か女の子に言ったらしい。キララの耳には聞き取れなかった。
「じょーだんじゃねーぞ。約束破ったらどうなるか分かってるんだろうな。」と男の子の顔を殴ろうとした。その瞬間、男の子はさっと体を翻すかと思うと、逃げ出した。
女の子の一人が、袖から、魔法棒を取り出すと、何か唱えながら棒の先で小さな円を描いた。その円が円盤のように男の子の足に飛んで行って、絡み付いた。
痛々しい音を立てて、男の子が地面に放り出されるようにして倒れた。その倒れた頭に女の子が足をのせた。
「にげられるとおもったの?馬鹿みたい。」と真っ赤に口紅を塗り立てた唇の下から低い声が聞こえてくる。
なんて、嫌なやつなんだろう。キララは、体が熱くなるのを感じて、拳をぎゅっと固めた。
「姉御、この野郎逃げようと。どうしますか?」
男の子がおびえて、泣き声を上げる。
「つかえないな。このやくたたずが。」と言って足を上げると、男の子が、おびえて、壁の方へと逃げた。がたがたと恐怖で震えている。
「やっちまいな。」とその女の子が言って背を向けた。
他の女の子達が、男の子ににじみよる。
「やめなさいよ!!」気がつくと、キララは、その男の子と女の子の間に立ちはだかっていた。茂みのところに落ちていた木切れを手に持ち構えた。
「3人で一人をいじめるなんて最低だと思わないの?」
「お前何もの、私達のじゃまをするきか。」
「その、じゃまをするつもりよ。」と私は大声で答えた。
「下級生のくせに生意気な。」とって、女の子が飛びかかってきた。キララは、めちゃくちゃに木切れを振り回した。バシ。
「痛ってなー。何するんだよ。」といって私に飛びかかってきた女の子が顔を押さえて、後ずさりをした。もろ顔面に直撃したらしく、足下がふらふらとしている。
隣にいた女の子が、それをみて、私に飛びかかってきた。まあ、適当の命中率って低いものよね。
キララは、その女の子の体ごと壁に叩き付けられた。痛みに力が入らない。喉に冷たいものが当てられていた。きらっと光る小刀。キララ一世一代の大ピンチだった。
女の子が冷たい笑みを口元に浮かべると、刀を高く上げた。私は目をつぶり顔を背けた。殺される。
「やめな。」と背を向けた少女が命令した。
「あんた、この男の子助けたいと思ってるんだろう。」と訊いてきた。
「もちろんよ。」冷や汗が米から流れる。
「じゃあ、私の欲しいものを取ってきな。」
「姉御、なにいってるんですか。」と青い着物を着た女の子が言った。
「だまんな、このバカ男はもう役に立たん。」といってその男の子をギラギラと睨みつけた。
「あんた達何者なのよ。」とキララは訪ねた。
そのリーダー核らしい女の子の周りにさっと二人の女の子が右と左に立つと、ポーズをとった。
「我らは華園組。」と三人合わせて声を張り上げた。まるで、宝塚の舞台を見ているようだった。
「華園組リーダー・疾風の炎、お菊」と赤い服を着たセンターの女の子が、あごを上げて腕組みをした。
「同じく華園組の右手、桜吹雪のお花」といって緑の服の女の子の腕組みをする。
「そして、左手、濁流の錦、おミヨ」と青色の衣装の子も腕組みをした。
キララは、ぽかんとしながら、立ちはだかる女の子達を見つめていた。わかったような、分からないような。
「で、キララは何をすればいいの?」
「早乙女コリュウとキリュウから魂従球を取ってこい。」と挑戦的に言った。お花とおミヨがさも馬鹿にしたように、笑っている。
「誰それ?それにそのなんとかだまってなに」
「姉御、こいつ、そんなこともしらないんですぜ。」
お菊は、お花を静かにさせると言った。
「お前、確か、百怪家の者だったな。いくら大金持ちの姫とはいえ、こんなことも知らないなんて、落ちぶれた者だな。」
「なによ、あんた達にそんなこと言われる筋合いはないんだから。」と痛みを抑えて立ち上がった。
「おやおや、そこの役立たずを助けたかったら、おとなしくしてるんだよ。」
キララは、後ろで震えている男の子に目をやった。ふう、しかたないか。
「私が、そのなんとかを取ってきたら、この男の子をこれ以上いじめないって約束してちょうだい。」
「それは、取って来れたら、言うセリフじゃろう。」三人は、私達に背を向けて立ち去って行く。
「まあ、せいぜい期待しているからな。」
高い笑い声が、狭い空間でこだまして、やがて空へと消えて行った。
「ねえ、大丈夫なの?」とキララが男の子の方へと屁を差し伸ばした。だけど、あれ、いなくなってる。もう、なんてやつだろう。女の子に助けてもらったうえに、さっさと逃げ出すなんて。
「ばかやろうー。」きららは、空に向かって大声で叫んだ。