Third Candy : 魔界のニューヨーク
Third Candy:魔界のニューヨーク
えっさか、ほっさか
おカゴが通るぞ
道を開け、開け
歌に合わせてカゴが上下に揺れる。キララは膝を体に引きつけると手を巻き付け、頬をおしつけた。
狭い場所は苦手だけど、今は、この空間の狭さが、誰かに守られているみたいで、安心できた。目をつぶると、今までの体験が浮かんできた。色々な出来事が、矢のようにキララを襲っては、通り過ぎていって、頭の中がぐしゃぐしゃだった。いったいこれからキララは、どうなっちゃんだろう?
突然光りが差し込んできた。キララは、開きっぱなしになっている、カゴの窓から外を覗いた。恐ろしかった暗闇が消え、カゴの外には街頭があった。光は、近づいては強く光り、遠のいては弱くなって、キララの顔を照らした。ちょうど、高速ロードで夜の車を走らせるのと同じように。
不思議な街頭。キララは、目を凝らして、じっと見つめ観察してみた。
燃えるようなオレンジ色をして、まるで、生き物のように光が強くなり、弱くなりリズムをとっている。
まるで、呼吸をしているみたい。
少し上がり坂になったようで、カゴの走る速度が遅くなった。すると、一つの街頭が決められた場所を離れて、御者に話しかけた。
「えらく遅くに、お疲れなこった。今日はこれで上がりかい?」
前を走る御者が返事をした。
「ああ、今日も一日中、はしりっぱなしだったよ。家に帰ったら、一杯やって、かーちゃんにでも足をもんでもらうかな。」
「そりゃー、いいや。わしは、太陽が東の空に上がるまで、同じところで、浮かびっぱなしだよ。」とゴウゴウとも燃える炎のような、男の太いような声が聞こえてきた。
「気をつけいな、この前みたいに、居眠りして、気がついたらお尻が川に沈んでたなんてこちないようにな。」といって御者が笑い声を立てた。
「ちえ、そんなにからかって楽しいかい。まあ、いいや。わしは元の場所に戻るぞ。」と怒りを混じらせて、街頭の光が答えた。
元に戻る前に、一度、開いている窓からキララの方を覗いた。炎がキララににやりと笑いかけている。ひええ、もしかして、人魂?キララは、窓から顔をそむけた。もう一度見てみると、どこからは遠くに街頭の光が光るだけで、何もいなかった。
ここでは、街頭の変わりに生きた人魂が街頭をしているんだ。
「見てくれよ、いい景色じゃないか。」と御者が声を上げた。
キララが身を起こして外を覗いてみると、左前方の方に、美しい夜景が見える。
赤、オレンジ、青、緑、紫。カラフルな光が暗闇の中で、縦に広がり、横に広がり、きれいだった。左を見てみると、何もないと思っていた場所には水があった。波が夜景の光を跳ね返して、きらきらと光っていた。
そして、街からはなれた場所に、沢山の光に包まれて、何か大きなものが立っていた。
まだ、キララが5歳の時におじいさんが美術館に連れて行ってくれたことを思い出した。お
「これは、天女の木彫りじゃよ。かれこれ昔の話にな。キララが生まれるずっと前に、実際に、生きていて、天から使いとして人々に愛されていたのじゃ。」とおじいさんは、美しい天女の木彫りを前にしてそう言った。
水の真ん中に立っていたのは、その木彫りとそっくりの天女の姿だった。目を伏せて、無表情な顔を美しく、小さく閉じた唇はなにか言いたそうだった。
移動しているから?光のせいかな?、なんだか無表情なんだけど、笑って見えたり、悲しげに見えたり、怒って見えたりするな。キララは、うつむいた目をじっと眺めた。とつぜん、目に生命のひかりが、宿ったかと思うと、その目をキララに向けた。青く燃え、怒りに満ちている。キララの腕に鳥肌が立った。
もう一度見てみると、最初と同じように目をうつむけている。目の錯覚かな?
上り坂が終わり、下りに坂になると、キララ達は、街の中へと入っていた。
すごい、すごいよ。いったいここはどこなんだろう?キララは、興奮して、カゴから身を乗り出して、外を眺めた。
高い建物がひそめ気合い、立ち並んでいた。といっても、ビルのような鉄筋の建物はなく、五重塔の様に和風の建物が何段も積み重なっている。柱は朱色に染まり、人魂や、ぼんぼりに光が灯り、まるで祭りの中にいるみたいだった。ちょうど、ニューヨークのようにビルが建ち並んでいるが、和風バージョンと言った感じだった。
たぶん、夜更けだというのに、あっちこっちから、笛の美しい音や、静かに太鼓を叩く音がして、道は人でごった返していた。道行く人たちは、キララのような格好をして片手に帚を担いだ女の子達のグループ。キツネ人間、狼人間、猫人間や蛙人間。手を取りキスをしているのは、黒いマントを着た西洋の吸血鬼のカップル。
キララは、大通りから目を外して暗闇の続く小路を眺めてみた、真っ暗だったが、誰かいるみたい。
キララの乗ったかごのよこを同じようにカゴが通り過ぎた。ふわりと、たれた布がまくれ上がり、中には美しい着物を身にまとった、のっぺらぼうの女が座っていた。
こんなの、だれも見たことないよね。教科書にも載っていない世界。何もかもが新しくて新鮮。もしも元の世界に戻ることができたら、クラスのみんなに自慢してやる。とキララは、わくわくと心をときめかせていた。
そうこうしているうちにあっという間に、キララの家に到着した。といっても、キララがここに来るのは始めてだったんだけどね。
キララの家は、高いビル(和風と呼ぶべきかな。)の街より少し離れた場所にあった。
キララは、ありがとう、と御者に手を振って見送った。あたりの見慣れる光景にもすっぱりなれてしまったようだった。
一呼吸して、後ろを振り返る。朱色に塗られ、太い柱の門が立っていた。中は見えないけど、高い塀が張り巡らされてるし、周りの家に比べると、空高く家が立っていた。
ここが私の家なのね。標識にもしっかりと百怪と書いてあるし。だけど、こんなにどっしり構えられると、なんだか我が家とはいえ入り難いな。とキララは、大きな扉の前で右往左往してどうしようかと迷っていた。
これってどうやって開くんだろう。中から鍵はかかってるだろうし、さすがに、「開けごま」じゃ開かないよね。
壁を越えることはできないし。やっぱり、一番シンプルなのは、扉を叩くこと。
緊張しながら、手を伸ばして、扉を叩いてみる。コツコツ。
しばらく待っても開かない。
もう一度叩いてみる。コツコツ。
やっぱり開かない。
今度は、強く叩いてみた。ドンドン。
開く様子なし。
誰かいるのか?まったく。
思いっきり足で蹴ってみた。ガシガシ。
これまた反応なし。
ええい、どうしたらいいのだ!!
「姫様、姫様、こちらです。」と声がした。
そちらの方を向いてみると、大きな扉の横に小さな扉があって、そこから一人の少女が手を振っておいでおいでをしていた。
キララは、そちらの方に言った。
少女は、深い紺のシンプルな和服を着ていた。私と同じ位の年。まっすぐできれいな髪の毛を頭の後ろで束ねて、小さくは真っ赤な唇が花のように可愛らしかった。
「姫様、お早く。おばばさまに見つかってしまいます。」
少女は私を招き入れると、あたりを伺いながら静かに床の間に上がった。私のそれに習って、静かに後について行く。
何階上がったのだろうか、もう5分以上怪談を上がり続けている。息が上がって。いい加減、太ももの筋肉が限界に達していた。小学生なのに生意気だって?小学生だって疲れるものは疲れるのだ。だいたい、3階以上はエレベーターをつけるのは常識だと思わない。ねえ、そうでしょう?
「ねえ、まだなの?」つい、愚痴をこぼしてしまう。
少女はふふふと、服の袖で口元をかくして笑った。
「姫様、姫様。もうすぐでございます。いつもは、帚に乗って、ご自分のお部屋に帰られるのでさすがにお疲れの様ですね。」
くっ、最後の部分は丁寧だが、皮肉がこもっているように聞こえるぞ。
ようやく、階段を昇り終わり、廊下を歩き始めた。少女が角を曲がろうとした瞬間、とつぜん白い人影が飛び出した。
「むむ、ばれたか。姫様、早くお逃げになってください!」と少女が叫んだ。
キララは呆然としてその場に立ちすくんで、飛び出してきた影を見つめた。
おにばば。その言葉がこれほどふさわしい老婆はいないだろう。白い髪がぼさぼさと伸びあれ、目の回りには、何十にもして皺が垂れ下がっていた。歯は抜け落ち、かっと開いた口の奥は黒い闇に満ちていた。片手にギラギラと光る包丁が握られ、光る二つの目はさらにギラギラしていた。おまけに、角がにょきりと生えている。
「葵、わしを裏切るつもりか。」鬼婆がしゃべった。
「姫様に一生お使えすると心に決めております。」と葵と呼ばれた少女も小刀を懐から取り出し、構えた。
二人とも向き合い戦闘モードだと言う修羅場に、キララは、テレビでも見ているようにぽぱんとつったっていた。
おぎゃぎゃぎゃ、と世にも恐ろしい声を立てて、おにばばが葵に襲いかかった。その顔の恐ろしいこと、恐ろしいこと恐ろしいこと。キララは、気絶するかと思った。
しかし、葵はすっとよけると、その場に仰向けに鳴ってぱたりと倒れてしまった。やはりあの恐怖に耐えれず気絶してしまったようだ。
「小娘が。私にかなおう何ぞ1000年早いのじゃ。」と鬼婆が、ハンサムに勝ちゼリフをはいた。
こうなったら、ぼけっとしている場合ではなかった。鬼婆が、じりじりとこちらによってくる。おまけに、片手に包丁を持って。
「姫様、姫様。うらめしゅうございます。」と笑顔を浮かべる。また、その笑顔が意味ありげで恐ろしい。
「せっかく父上様、母上様が、姫様を心より想い、殿方探しのパーティを開かれたというのに、ほっぽり出して、逃げてしまわれて。うらめし、うらめし。」といって服の袖で涙を拭う。
「おまけに、門限の時間になっても帰ってこられない。ばあやである私はどれほど心配したか。うらめし、うらめし。」と言った。
「あのさ、ほら、えーと」とキララは口に出してみたものの、何も思い浮かばない。
「いいわけするおつもりか!」と突然おにばばが怒った。
そして、即座に私に牙をむけて襲いかかった。あの恐ろしい顔をして。いくら勇者と言えどあの顔の恐怖に耐えられるわけがない。ということで、キララもその場にキューンと倒れてしまったのであった。