Second Candy:イメージと違った魔界
そらきた百夜行のお通りだ
人間どもが腰を抜かして逃げてゆく
こりゃ、ゆかいだ
こりゃ、ゆかいだ
遠くから、気味の悪い歌声が輪唱して聞こえてくる。気がつけば、私の周りには黒い闇に包まれ森が広がっていた。
ずきずきする頭痛をこらえ、木を支えにして、立ち上がった。どちらを向いても、どこまでも闇が続いていた。
ここはいったいどこか。あの穴に吸い込まれた後、急下降中のジェットコースターの様に落下していく恐怖に耐えきれず、私はうかつにも気絶しちゃったみたいだ。
あのティナという女の子は本当に魔女だったのかしら。それともドッキリかなにかの撮影だったのかもしれない。そしたら、私はテレビに出演できる。
おまけにハンサムプロドウサーに「君可愛いね。僕のドラマの主人公を演じてみないか?」なんていわれちゃったりして。
キララは冷静に空想に浸った。
目が慣れてくると闇の彼方に、ちろりちろりと光が移動しているのが見えた。どうやらわや師の方に近づいてくるようだ。とりあえず、人がいるようね。あの人に聞けば、ここがどこだかもわかるはず。
やがて、その人影がのろのろと姿を表した。
私は落ち着いてその影を観察した。足が二本。手が二本。体一つ、首一つ、口が一つ、鼻が一つ、くりくりと大きく可愛らしい目が一つ!!モンスターインクじゃあるまいし。
キララは森中に響き渡る位の声で悲鳴を上げた。これは、きっとドッキリの延長に違いない。特殊メイクかも。最近のテクノロジーってすごいよね。半泣き状態でキララはモンスターのつるつるした頭を叩いた。
「いやはや、最近のすばらしい技術の発展には驚かされました。」
「むむ、一つ目族の頭を撫でるとは、無礼万全!なにやつじゃ?!」とギロリと皿のような目を私に向ける。
「これは、落ちぶれ&いたずら魔女のティナどの。ますます許すわけにはいかないぞ!」と言い放つ。白くむき出しの目には怒りで血管が浮き上がっている。
怖い!これはマジで怖すぎます。これはやり過ぎだよね。小学生相手なんだからもっと手加減するべきだよ。
一つ目のお化けはちんちくりんな手で私の腕を掴んだ。
ひあ、気持ちが悪い。背筋が冷たくなって、キララはぶるぶると震えて、その場に座り込んでしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。失礼をするつもりじゃなかったんです。」とキララは涙を流し懇願して謝った。早く、その特殊メイクの衣装を脱いで人間の顔を見せて欲しい。と心から願った。それにこの合われな姿が全国オンエアになるとおもうといたたまれなかった。
「泣いて誤って、許されると思うておるのか?」一つ目は、意地悪そうに私にぐっと顔、というか目の面積が90%を占めているんだけど、を近づけた。
私はぶんぶんと顔をふった。
不気味な笑みをたたえて、私を頭からつま先まで、ジロジロと目でなで回すように見つめて言った。
「この無礼の罪、体でつぐのうてもらわねばな。」
そうして一つ目お化けは、背を向けさらりと振り袖をずりおろした。その栄養の足りなかったニンジンみたいにか細い背中をむき出しにした。
そこには、青、赤、緑でその貧弱な背中には似合わないほど、見事な入れ墨が施されていた。
「昔、人間界の北斎殿に彫ってもらったのじゃ。見事だろう。」
「さて、さて、腹もすいていることだし、ガリガリで味家のなさそうだが、その足一つ私に食らわせてくれるのだろうな?」と恐ろしいことを言い出した。
いったい何が起ったのか判らなかったが、ここで逃げなければ、本当に死んでしまうとキララの感が告げていた。
キララは、逃げた。力を込めて小枝やいばらがむき出しの手足を引っ掻く痛みを無視して、走り続けた。
沢山の光が行列を作って移動して行くのが見えた。ああ、助かった。神様ありがとう!!
ばさっと茂みをかき分けキララは、一本の太い道に飛び出した。
ちょうどキララの飛び出した場所をと通っていた行列がキララの方を一斉に見つめた。目、目、目、どこもかしこも目だらけの、百目お化け。首がにょきにょき首なが女。顔なし、洋梨、一つ目小僧。キララは、妖怪がうようよと行列を作る白夜行のど真ん中に飛び出していたのだ。
「おやおや、こんな所に人間がおるぞ」
「人間ではない、魔女のようだ」
「母ちゃん、食うてもよいか?」
「がたがた子猫の様に震えておるぞ」
どさっと音を立ててキララは尻餅をついた。
ぞろぞろ、と妖怪がキララを取り巻き輪を作る。キララはすっかり妖怪に囲まれてしまっていた。
誰かがキララの足に触れた。背中を誰かが押してくる。恐怖にぐるりと囲まれてキララは半分泣き出しそうになっていた。うわーん、誰か助けて。助けてよー。夢なら冷めろ!!
突然、美しい笛の音が闇に響いた。
妖怪達がぎゃーぎゃーと騒いでいる。
「何やつじゃ」
強い発光がすると、妖怪達はその光に恐れを抱き、顔を隠すようにして、地面へと降れ伏した。
「おなごの泣き声がしたのでな、ちょうと、よって見たら、この騒ぎじゃ。」と美しく甘い声が闇の中から香しい椿の花が開いたようにあたりに鳴り響いた。
キララは、腕で顔を隠しながら、その強い光のする方へ目を向けた。
やっぱり、乙女の大ピンチには、素敵な貴公子様が助けにきてくれるのね。と半ばファンタジーの中に出てくるお姫様のごとし、感動で心を震わしていた。
光の中から、白い衣を身にまとい、玉のように美しい貴公子が現れた。はずだった。キララは、この話は私の期待を裏切りすぎると思った。
そこには、猫男が立っていたから。がっくし。
*
赤々と光る唇。ほっそりと下あご。蒼白で美しい頬からは、長く優美に弧を描き髭が伸びていた。そして、宝石のように光を放ちながら輝く二つの瞳、すーっと上に伸びた目尻が切れ目でこれもまた美しく見事だった。
ふさふさと雪のごとし白く女のように長い髪が腰まで伸びていた。そして、極めつけは、頭の上に葉っぱのように敏感にあたりを伺う猫の耳だった。
猫男は私の方に軽やかに進むと、手を差し伸べ立たせた。
あたりの妖怪どもを見渡すと静かに口を開いた。
「このように幼い子供をいじめて恥ずかしいと思わないのかね?」
釜のように長く鋭い爪の妖怪が猫男に飛びかかった。
「おまえには関係ないじゃなの!!」
猫男は眉をひそめると、さっと長い衣を一振りした。釜男が、まるで固い壁にでも当たったように跳ね返され、地面に叩き付けられた。
「いたわ、いたいわよ。」とひいひい泣き言をいっている。こいつって一応男だよね。釜男だけに、オカマ?うう、寒すぎる。
どしどしとゾウの様に鈍い音を立て怪物のようにでかい妖怪が一人が群衆の奥から姿を現した。
「呪界ソウ様」
「呪界ソウ様。」と妖怪どもが手を叩いて喜んでいる。
「こやつらが、われわれの行進をじゃましました。」と百本の手を私と猫男に向けて訴えた。
っどどん、
っどどん、
その妖怪は私達の前で足を止めた。天まで届くかのように太い柱のような足が二本私達の前にあった。頭が霧に隠れて見えないほど私達のはるか上の方にあった。
ずずずと体を傾けて、私達に顔を近づけた。丸太のように太い牙が赤く裂けた口からにゅーっと二本ずつ上と下あごから生えている。
その口がかっとひらく。キシリトールも効かないほどの口臭が当たりに漂った。あまりのくささに当たりには黄色く見えた。キララは、服の袖で鼻を隠した。
皿のように巨大な目がギロリと私達を見つめる。瞳孔がキューッと縮まって私達をさも馬鹿に下かのように見つめていた。
「これは、これは、猫草子竹蔵どのではないか。」と轟のような声が当たりに響いた。
あれほど騒いでいた妖怪達も引いた水のように静かになり。当たりには、重たい風がゆっくりと木々の間を吹き荒れる音以外何も聞こえなくなっていた。
「我々の行進のジャマをするとは、どういったかぜの吹き回しなのかね。」
猫男はそのなのとおりピンク色した鼻をぴくぴくと動かしながら返事を返した。
「じゃまするつもりはなかった。ただ、今宵月も美しく、笛を吹いていたら、おなごの泣き声が聞こえた。なにごとかと来てみれば、無邪気な子供を囲んで、あまりにも大人げない行為だと私はおもうぞ。」
周りの妖怪がぶーぶとヤジを飛ばした。
ふううと巨人はため息をつくと静かに言った。
「確かに大人げないかもしれない。しかし、行進を乱してこのまま逃すわけにはいかないのじじゃ。我々にもメンツというものがあるのでな。このように未熟な子供に行進をジャマされ、黙っていられないものが多いのじゃ。」
「それは、承知しておる。しかし、今宵の美しい月にめんじて、許してはもらえないだろうか?」
巨人はまたもため息をついた。
「そこにいるおなご、表をみせい」。
おなごって私のことだよね。とキララは思った。猫男に促されて、キララはその妖怪と面とむかった。そこには、手を伸ばせば届きそうなほど近くに大きな牙が刃物のように光っていた。
飛び出した妖怪の飛び出したような目玉がじろと私に向けられた。
「これは、魔族のおなご。たしかカトリーナ殿の娘だったな。」
しばらくの間緊迫した沈黙が続いた。
「おぬしも知っているように、我々、妖怪族と魔族は、あの事件以来ここ数千年の間、休むことなくお互いを睨みつけてきた。どちらかが先に手を出そうものなら、たちまちのうちに全面戦争が始まるだろう。」と重たい声で言った。
「承知しております。だから、ここで手を出すわけにはいかないと。」
「そうだ。」
声ががらりと変わって私に向かって行った。
「おい、小娘、今宵はこの男の顔に免じて許してやる。しかし、今度無礼をしたら生きて帰れると思うなよ。」
そういって、妖怪は、体を引き上げると、お経のような言葉で妖怪達に叫ぶと、背を向けて行進を始めた。周りの妖怪達もしぶしぶと腰を上げると、その後に続いた。
猫男がゆっくりと霧の中に姿を消して行く大きな背中にお辞儀をした。
一行の姿が見えなくなると、猫男は、唖然として突っ立ている私に目もくれず、その場を立ち去ろうとした。
「まって!」と私は、猫男の振り袖の裾を引っ張った。
「あの、助けてくれてありがとう。」
猫男は、振り返りキララの目を見つめた。とても、助けてくれたすてきでやさしい勇士様とはほど遠く、氷のように冷たい目。
「おぬしの声が今宵の美しい夜を乱すのが許せなかっただけじゃ。さっさと、家へ帰られるが良い。」
キララの目からぼたぼたと涙が落ちた。そんなに冷たい言い方しなくたって。キララは、自分がどこにいるのかも知らないし、この変な世界に無理矢理落とされてしまって、好きでここにいるわけじゃないんだもん。色々な思いが入り交じって涙がどんどんと流れた。
「だって、家どこにあるかわからない!!」
「迷子か。その服装からして都会から来たのじゃろうが、いったいどう迷い込んだのか。まったくてのかかる幼子じゃ。名をなのれ!」
「き、」といってキララの心の中にあの腹の立つ少女の言葉がよみがえった。
「お前は百怪ティナ。くれぐれも人間だということがばれぬように」
「ひゃっか、百怪ティナ。」と震える唇で答えた。
「百怪殿の家の娘か。仕方ないな、タクシーでも呼ぶから、乗って家に帰るがよい。これきし、このような場所にふらふらと足を踏み入れぬのではないぞ。」と声を和らげ叱るように言うと、近くに生えていた椿の葉を二枚ちぎると、何やら呪文を唱えながら、白い指で葉を擦った。しばらくすると葉が口のように合わさりぱくぱくと動くと喋り始めた。
「もしもし、怪談タクシー会社ですが。」
「住まぬがおなごが一人、白夜行ロードに迷子になってしまってな。家に帰したいので、タクシーを一台送ってはくれないか?」
「承知いたしました。5分ほどでそちらに付くと思います。」といって葉が地面にひらひらと落ちた。
「これで、家にも帰れるじゃろう。では失礼させていただこう。」
ここで一人にされてはたまらないとキララは思った。一人、闇の中で待っているなんてこれ以上の恐怖には耐えられない。キララは、素早く白い歯をむき出しにしてとびっきりの笑顔を作ると、大きな目を筋肉の許す限り見開き、きらきらと潤ませ、お願いした。たぶんとびっきり可愛い顔をしているに違いない。
「どうか一人にしないでください。」
「うっ」と猫男は、うめくと、私から顔を背けた。気のせいだろうか体が上下に揺れている。というか、笑いを必死にこらえているようだった。
私は、猫男の袖の裾を引っ張った。
「私の愛らしいお願いに免じて、どうか一人にしないでください。」と猫男と妖怪の会話をまねして言った。
男は私の顔をちらっと見ると、美しい顔を歪めた。
「はっはっは。」と猫男が身をよじってこらえていた笑いを爆発させた。
「おぬしはその顔が可愛らしいというのか?ああ、傑作だ。あの妖怪の一行に混じってても、おかしくないほどおかしな顔だったぞ。」とひどいことをいった。
キララは、突然恥ずかしくなって、顔を真っ赤にすると、男に背を向けた。そんなにずばっといわなくても。笑わなくたって良いじゃないの。
猫男は、まるで狂った猫のように体をあがいて笑っていた。しばらくすると、笑いも治まり、あたりに沈黙に満ちた。
ぴー、っひやり、ひゃらり。
と美しい笛の音が月の光を愛でるようにあたりに響いた。私を振り返って、猫男を見つめた。月の光に白い衣が光、美しい顔が光、まるで夢を見ているような光景がキララの前にあった。
あんなに気味の悪かった場所も、今はとっても静かで、キレイ。とキララは思った。
遠くから、景気の良いかけ声が聞こえてきた。
えっさか
ほっさか
えっさか
ほっさか
走れ、走れ
えっさか、ほっさか
どいたどいた
おカゴが通るぞ
えっさか、ほっさか
二つの光が、上下にはねて私達の方に近寄ってくる。
足の長い妖怪が二人、時代劇に出てくる移動用のカゴを肩に担いで走ってくる。
ああ、また妖怪なのね。もうそろそろ、飽きてきたんだけどな。とキララはため息をついた。
私達の前で、きゅっととまると。愛想の良い声で言った。
「安心、速急、確実の怪談タクシー、お呼びを受け、駆けつけて参りました。」
きちんと宣伝の言葉を忘れていないところがプロらしい。
「さあ、のったのった。」と猫男が私の背中を押すとかごに乗せた。
「いろいろ、ありがとう。」
「気にすることはない。笑わせてももらったしな。」
キララは猫男を睨みつけた。
カゴが進みだした。キララは、男に向かって叫んだ。
「あなたは誰なの?」
闇の中から、甘い声が聞こえた。
「我が名は猫草子竹蔵。猫族の猫草子家の三男じゃ。」






