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Twelveth Candy : お輿入れ


 ぎゅう。

「苦しい。葵さん、苦しいよ。」とキララは、息をするのもままならなかった。

「姫様、姫様、我慢なさってください。」葵は、帯をキツくキララの胴に巻き付けながら言った。

 今日は宮殿入りの朝である。屋敷中どたばたと慌ただしく準備をしている。

 キララは、桔梗色と呼ばれる紫の着物を着ていた。わざわざ、都一番の着物屋に注文して、この日のために作られたのだ。淡白の花びらが刺繍されていてなんとも美しい。振り袖が、キララの背よりも長いので、引きずるか、手に巻き付けるかしておとなしく、歩かないと踏みつけて転びそうだ。

 顔には軽くおしろいをはたいて、口をすっと赤く塗る。天然パーマの髪の毛は後ろの方で一つ結びにして、着物と同じ色の布で蝶結びにされた。

「姫様、終わりました。」と言って葵がキララの目を両手で隠して、他のメイドに合図をする。

「吾人の姿をご覧になってください。」と言って、葵が手を離すと、目の前には大きな鏡がおかれていた。

 キララはゆっくりと、鏡を見つめた。キララじゃないみたい。いつもはやんちゃな顔は、赤々と光る唇に飾られて、大人っぽくつややかに見えた。

「姫様、ご立派になられて。ご一緒に参上できないのが、うらめしゅうございます。」と言ってばあやが、涙ぐんでいる。

 キララと一緒に来てくれるのは葵だけだった。ママともパパともしばらくの間お別れだ。せっかくできた友達ともなかなかあえなくなるのだ。

 今までずっとばあやから毎日のように、宮殿での振る舞い方についてきかされてきた。宮殿では今までのように自由に生きることは許さない。細かく決められた身分制度、言葉の使い方、振る舞い方など全て慎重に選びながら行動しなければならない。姫様がこれからの百怪家の未来の鍵を握っているのですよと何度もきかされていた。

 そうキララは全然知らなかったけど、百怪家は廃れつつあったのだ。昔持っていたその権力と財政は、ほとんどなくなっていた。

 このまま放って置けばやがて、この家も無くなり、百怪の名は過去と共に永遠に葬られるのである。巡り巡る時間の中で、新しいものが古いものをかき消すのは定めだとあきらめている者もいるけど、キララはそんなの絶対に嫌。キララは、この家が好きだから。私の家族がここにいるから。

 キララはゆっくりとした歩調で、玄関まで葵に先導されて歩いていった。弟がキララの前に立ちはだかった。あいかわらず、冷たい目でキララをさすように見つめてくる。

「姉上、参内おめでとうございます。」と言って、頭を下げる。

「ありがとう。あとのことはよろしくね。」

「一つだけききたいことがある、お前は本当に姉上なのか?」

 まだ疑ってるのか。葵が心配そうに振り返る。キララは、大きく息を吸い込むと弟の頭をばしっと叩くと、腰に手を当てて、大きな声で言った。

「妾は百怪家の長女百怪ティナじゃ。お前は、こうやって家のために身を尽くす姉のりっぱな行いを見習って、しっかりと家を守るのじゃ。わかったな。」

 弟はしばらくの間目をぱちくりさせて驚いていたが、すぐに何も言わずに、キララに道をあけるようにわきにどくと、頭を下げた。

 屋敷の前には、大きな行列ができていた。宮殿からの迎えである。玄関のちょうど真ん前には、大きな輿こしが置かれている。

 迎えの者達は総勢20人ほど、皆片手に帚を持って立っていた。みな、固い顔をしていて、キララの方も見向きもしなかった。4人の背の高く強そうな男が見越しの四辺に立っている。多分、彼らがこの輿担ぎながら飛ぶのだろう。

「美しい輿でございますね。」葵がうっとりと言った。

 豪華絢爛と四文字熟語がぴったりとあいそうな輿だった。小さな家のよう、悪く言えば犬小屋のような箱には、黒い漆がつややかに塗られ、金や銀で四季の花々の文様が優美に描かれている。

「妾の大切なティナよ。どうか、体を大事にして、いつもママのことを忘れないでね。」とママが、キララを抱きしめた。そして、キララの手に朱色の小袋をのせた。宝の小箱の中身を散らしたように魔法記号が刺繍してある。

「これは?」

「お守り袋じゃ。お前が本当に必要だと思った時に、開けるが良い。必ずやお前を支えてくれるじゃろう」

 キララは、パパにお別れのキスをすると、百怪家のみんなに手を振ると、開かれた輿の扉の中へと体を押し込めた。

「ご出発!」と先導の者が声を上げると、輿がぐらぐらと動いた。すぐに体が重たくなる。空を飛び始めたんだ。みんなの別れの声がする。

 キララは、右についていた小窓を開ける。遠くの風景しか見えない。輿の中は金箔が一面に貼られぐるりと絵画描かれている。キララの正面には、光に包まれて若い男が立っている。片手には、鋭い月形の刃を持ち、もう一つの片手には、鬼の生首を空高く掲げている。そして、他の鬼達が、男の光と力に驚き、泣く泣く逃げている。そして、それを追いかけているのは、帚にまたがり、血を吸い付くした刀を振り回す魔女達。

 キララは、少しずつ不安になってきていた。帝って本当にどんな人なんだろう。

 遠い!遠すぎるぞ。あんなに近くに見えたのにいくら時間が経っても宮殿につく様子が無い。いい加減、お尻が痛くて仕方ないのに、この小さな犬小屋に閉じ込められて、でたくても出られない。喉も乾いている。

 やっと、やっとたどり着いた。地面に輿がおろされたのをキララは心の底から喜んでいた。小窓から見える、宮殿の美しさは置いておいて、キッラはひたすらお尻をすくいたくて仕方なかったのだ。キララが、扉を開けようとすると、外にいた者が驚いて閉めてしまった。

「まだ、開けてはなりませぬ。」

 それから、悪夢の30分が始まった。何にこんなに時間がかかるのだろうか。キララは、身動きの取れないままこの拷問部屋で意識がもうろうとしていた。

「おなーりー」とよろよろした声が聞こえて、扉が開けられた。キララは半ば転がり出るように外に飛び出した。

「お尻よ。たすかったぞ!」とつい、体を伸ばし、声を出して叫んでしまった。

 みんなが、体をこわばらせて見ている。しくじった。キララは、顔をうつむけて、キララを迎えにきた宮殿の者に頭を下げた。周りでくすくすと笑い声が聞こえる。

「ようこそ鳳凰宮殿へ。私が姫様をお部屋までご案内させていただきます。」といって髭を整えた男がキララに頭を下げた。しかし、なんと広い玄関先なんだろうとキララは感心していた。四方は白く塗られた壁に囲まれて、砂利が一面に敷き詰められている。ここなら今日学校の運動会もできそう。そして、沢山の人たちがキララを見つめていた。宮殿に住む貴族たちだ。皆、キララが住んでいた場所とは違い、洗練された格好をしていた。女の人たちはみんな高貴で粒ぞろいだし、男もきりりとカッコいい。

 なんだか引け目を感じるな。キララは、案内について宮殿へと入っていた。今度はぴしっと正装した女の人がキララを向かい入れた。

「お部屋までは私がご案内させていただきます。」

 キララは、右に曲がったり、左に曲がったりと迷路のような宮殿の中を歩いてゆく。沢山の部屋の前を通った。中に人の気配がするときもあれば、聞こえがよしにキララの悪口を言う者もいた。

「百怪家の下町娘が宮殿入りじゃと。」

「くそうて、たまらんわ」

「落ちぶれている者の最後のあがきかのう。」

 歓迎されていない。キララは、何も言い返せないのがくやしくっても、見た目は何も聞こえないような顔をして、耐えていた。早く部屋についてしまえ!

 部屋についてからも大変だった。とにかく次々に人の出入りがあって落ち着いている暇がなかった。キララの服を変える人、食事を運ぶ人、用事がある時に呼ぶ人、小さなことにもそれぞれの役割が決まっていて、その人に頼まなければならないようだった。

 ようやく、落ち着いてくると、食事が運ばれてきたが、黙ってくっついているお付の者と一緒に一人で食べなければならなかった。ようやく一日の重荷が下りたのは、だいぶ夜が更けた頃だった。

「姫様、姫様、入ってもよろしいでしょうか?」

「うん、葵さん?入りなよ。」

 葵は、障子を静かに開けて入ってくる。キララはやっと体が軽くなったような気がして、正座でしびれた足を投げ出した。

「おつかれさまでございます。大変な一日でございましたね。」ろうそく光のせいか葵の顔もやつれて見える。

「本当に、ここっていつもこんな感じなのかな?」

「そうだと思いますが。」

「なんだか急に身分が上がっちゃったって感じかな。色々ルールがあって息苦しいよ。」

「そのうちになれますでしょう。」

 なんだか、葵の様子がいつもと違う。口数も少ない。

「ねえ、葵さん肩でも揉もうか?」

「え?」

「だって、つかれて見えるから、肩でもこってるかなって。」

「めっそうもございません。私は大丈夫でございます。」

「そっか、だけど早く寝た方が良いよね。明日も朝早そうだし。」

「そうですね、明日は始めて帝にお会いになる日。私は今から緊張しております。」

「なんだ、葵さんは気が早いな。」


 キララは、立派な寝台に身をなげだすと、三つも数えないうちに、いびきをかいて眠りだした。



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