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Tenth Candy : 不良娘の恋

寒いよ

 暗いよ

 お腹空いたよ


 門限を破ったキララはことごとく、鬼婆になったばあやに追われ、今は、捕まって離れの鎌倉に閉じ込められていた。丸一日食事も一切抜きでこの中で過ごさなければならない。

 目が慣れてくるとかまくらの中に置かれた古い物が見えてきた。なんだか、埃をかぶっていて、それがまた怖い。

 時々、ごそごそとネズミが動く音が聞こえてきて、そのたびにキララは飛び上がった。寒いし、お腹はすくし、キララは惨めな気分だった。

 ごぞごそ。ごそごそ。ネズミにしては大きな物音だ。キララは、目を見開いて、その戸のする方に体を向けた。

 がっしゃーん、陶器が割れる音がした

「はれま、またやってしまったがな。ばあさんにおこられるべ。」としわがれ声がする。

「そこにいるのは、だれ?」

「おんや、ここの家のおてんば娘の声が聞こえるが、気のせいかもしれんは。なんせ、年が歳だからな。」

「いえ、気のせいなんかじゃありません。ティナです。」とキララはおそるおそる、声のするほうにそろそろと近寄った。

 ちいさな、小人のようなじい様がふたをしたかめの上に座っていた。真っ白い髭が膝のところまで伸びている。片手を膝において、考え事をしているようだった。

「あのー」とキララがおそるおそる話しかけてみる。

 うんともすんとも、動かない。

「すいません、ここで何をしているんですか?」

 それでも動かない。

 キララは手を逃してじい様の肩を揺すってみた。じい様が地面に落ちると、粉々に砕けた。残った顔が上を向いて、キララを見つめているようだった。ひいぃ。

「えへへへぇ、まんまとひっかかりおったな。」

 キララの隣に、じい様の逆さまな顔があった。ほっぺたがぼたもちのように垂れており、赤く光っている。

「ぎゃあ」とキララは横に飛び退いた。

「うひゃひゃひゃ、おかしなおなごじゃのう。」

 むかぁっとしたキララは、じい様に飛びかかって捕まえようとした。じい様はするりと消えてなくなった。

「こっちじゃこっちじゃ」とこんどは、階段の上で手招きをしている。

 キララは、落ちないように、2階に上がる急な階段を上っていった。

 2階には小さな窓があり、そこからかすかに太陽の日差しが差し込んでいる。

「ほら、これじゃ。お前さん、前に欲しいって言ってたやつじゃよ。」

 じい様はケケケと笑って、キララの前に一冊の書物を放り出した。

「なに?」

「あれじゃよ、あれ。はれ、なんだったかな。あれま、忘れてしまった。あれじゃよ、あれ。」

 あれでは分からないのだ。とりあえず、キララは、その埃をかぶった書物を開いてみる。カビくさい香りと共に、そこには、魔法陣やら訳の分からない記号が描かれていた。

 何ページかめくっているとそれは、どうやら古い魔法の書物のようだ。もしかしたら、キララの世界に帰れる方法が書いてあるかも。キララは、期待で胸を膨らませた。日向のしたで、横に寝そべって、間抜けな顔をしているじい様の前に座り込んで質問した。

「ねえ、おねがいだから、教えて。ここには何が書かれているの?」

「おや、お前は誰だったかな?どこかで、見たような顔だが。」とじい様は、皿のように大きな目が飛び出しそうで、ぐるぐると回しながら言った。

「ティナよ。百怪ティナ。この家の跡取り娘。」

「そんな、娘の名はきいたことが無い。わしゃあ、この倉ができるよりも前から生きておるが、そんな前一度もきいたことはない。」ときっぱりと言い張った。

「思い出して。どうしても必要なの。」キララは、必死だった。

 じい様は、体を上げて、日差しの方に顔を向けてあぐらをかくと、なにかかんがえているようだった。

「はてな、何をしておったのか。どうも思い出せん。あれま、ばあさまが見えるぞ。ばあさま、ばあさま、どこへいっちまったのじゃ。わしを一人にしないでおくれ。」

 ぱりん、と音がして、じい様の体が割れて、埃のかぶった木板の上に落ちる。中身は、陶器のように空っぽだった。

 もう、キララはあたりを見回した。どこにも見当たらない。しかたないなと思いながら、あたたかな日差しを受けながらうつ伏せに寝そべると、とりあえず書物を広げてどうにか解読してみることにした。

 表紙は黒で、金の文字が書かれているが、はがれかけていて読めない。

 最初のページには、きれいな列を作っているが、くねくねとした、変わった文字が書かれていた。最初の文字は、マルの中に点。次は、米という文字にも見えたし、太陽の形にも見えた。日本語じゃないみたい。

 耳元でし哀れ声がして、キララは飛び上がった。

「その昔、言葉は真を語るために八百万の神の口から生まれた。そのものの持つ力は闇にもなれば光にもなった。運命をも変える力を持っておった。」じい様が、キララと同じように寝転がって、足をこどものようにぱたぱたとさせている。

「じゃあ、あなたはここになんて書いてあるか読めるの?」

「わしを馬鹿にしちょるのか。読めるに決まっておる。」

「じゃあ、読んでくれる?」

「だめじゃ。真の言葉を口にすれば、それが真になる。」

「じゃあ、せめて、どんな内容なのか教えてほしい。」

「そうじゃ、そうじゃ、思い出した。お前さん前に、泣く泣くここに閉じ込められた時に、欲しがっておった。たしか、惚れ薬じゃったな。」

「ほれぐすりぃ?じゃあここには、そんなことしか書いてないの。」

「そんなこととは、なんじゃ。人がせっかく、探してあげたのに、その言い草は。全く、最近のわかいものは。」

「で、どうやって作るの?」

「秘密じゃ。」

「なにそれ、教えろ!」

「いやじゃ、だれがおしえるか。それに、おまえにほれさせられた男が可愛そうじゃ。あわれ、あわれでしかたない。」

 なによ、そのいいかたないじゃないか!

「昔な、婆様がわしに恋をした。それは、それは、激しく恋をした。じゃがな、わしは色男じゃった。」

 じい様、いきなり何を話しだす。

「それでもなあきらめきれなかったようで、ようやく一冊の本にたどり着いた。誰も読めないよ言われていたが、婆様にはよめたようじゃ。そして、ホレ薬を作ってわしに飲ませた。それで、めでたし、めでたしじゃよ。」

 話が飛び過ぎだよ。

「お前に、これをやろう。」と言って小さな小袋を差し出した。開けてみると、丸薬が3つはいっている。

「婆様が残したほれぐすりじゃ。本当に、わし一人残して、どこにいってしもうたのか。」

 じい様は、ばあさま、ばあさまと小さくつぶやいていた。

「あのー、この本もらっても良いですか?」

「絶対にダメじゃ。わしの宝物じゃからのう。ひとりになった今、わしの唯一の話し相手なのじゃ。じゃが、ここにいつでもきてもよいぞ。そして、この日差しを浴びながら読んでみれば良い。」

 

 キララは、解放された。久々のしゃばの空気だぜ。のごとくキララは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ふーっと、吐き出だして、じい様のことをおもった。不思議な人だった。しかし、なんであんなところに住んでいるんだろう。

 


      *


「いってきまーす。」

 キララは、元気よく帚を掴むと、ためらうこと無く、手すりから飛び降りた。ふわっと体が浮いて、学校目指して飛び始めた。

 両手離しても飛べるぞ!朝日が水平線からこぼれて、朝露で濡れた家々の瓦きらきらと輝かしている。

 キララは、塔の上に止まっていた小鳥におはようを言ったり、家を飛び出して行く子供達を見ながら、のんびりと飛行をしていた。

しばらくすると、同じように空を飛ぶ仲間達の流れと合流した。自由に飛べる筈なんだけど、自然に道というものができてくるんだな。

 帚に乗っている子もいるし、羽をばたつかせて飛んでいる子もいた。なかには、絨毯に乗っているのはアラビアの魔神君。

 ロッカーに帚やら外履きを押し込むと、キララは、教室に飛び込んだ

「おはよう!」

 おはよう、おはよう、今日もティナ殿は元気だね。とみんなに言われながら、キララは自分の席に着いた。そういえば、うららはどうしてるんだろう。

「ティナ、おはよう。」とムッチがキララの後ろの席に座りながら、言った。

「おはよう。お乱は?」

「恋煩いで休んでる。」

「え?」

「団子への恋煩い。あの子ね、新しい団子屋ができたみたいなんだけど、いつも駆けつけると売り切れでさ、毎回粘土で色づけされたサンプル見て、悔しがってたの。」

「ふーん。」

「だけど、全然手に入らないもんだから、しまいにはねこんじゃったみたいで。」

 やれやれ、彼女の食い物への心には感心してしまう。

「ところで、うらら最近見かけないね。」

「あの天使ちゃん?そういえば、見かけないね。彼女も恋煩いだったりして。」

 まさか、あの天然のうららが恋煩いだなんてね。

 キララは、変身術の授業を受けていた。この先生のクラスはユニークで人気だった。

「変身術は、私達魔族にとってけして難しいことではありません。ただ魂の形を一時的に別の形に押さえつけるようにして、変えるので長く持たせるには持続的な集中力が必要になります。

そして、正しい魔法陣もしくは、お札を描く必要があります。」

 今までは、魔法陣やお札を書くレッスンが数回にあった。正しく使わないと危険だからね。とにかく、目をつぶっても正しく書けるようにひたすら素振りのように何度も書き続ける。

 しかし、今日は初実践の日。みんな緊張した顔をしている。キララは、何に形を変えようか、ずっと考えていた。やっぱり王道は猫かな。先生が一人一人の魔法陣をチェックする。ウサギもかわいいよな。猿系統は却下。

「では、魔法陣に入って、変わりたい動物を思い浮かべながら、呪文を唱えてください。」

 キララは、魔法陣の中心に注意深く立つと、両手を前に広げ、目をつぶると、教わった通りに呪文を唱えた。

 

 ハイルシオーラノ

 

 魔法陣が光に包まれ。キララは体が宙に浮かぶような感覚に捕われた。痛みは無かった、苦しくもなかった、気がつくと、教室がすごく大きく見えた。

 周りを見ると、ぶーぶ、ぎゃんぎゃん、がーがー、めーめーと動物達が騒いでいる。

 キララは鏡の前にたった。小さな黒猫が一匹、鏡を覗き込んでいる。くるくる回ったり、しっぽを振ってみたりして自分の姿に見とれていた。嘘みたい!キララは猫になっちゃったよ。

「おやおや、大変な事になりましたね。」と先生の声が聞こえて、振り向くとそこには、ブタの足、金魚のしっぽ、体は犬で、顔はニホンザルの、小学生の落書きのような動物が途方に暮れて座っていた。

 ひええ、どうしちゃったの。

「みなさん、心に雑念があったり、色々同時に思い浮かべるとこのようになってしまいます。長崎君、大丈夫ですか?」とその奇妙な生き物に話しかける。うっきっき、とその動物は答えたようだった。なにいってるのか分からない。

「しかし、安心してください。魔法陣は、きちんと書かれていれば、変に変化してしまっても、時間が経てばきちんともとの体に戻ることができます。」 

「さて、これから本番ですよ。みなさんにはこのまま、外に出てもらいます。そして、誰にもばれないように話をきいてきてください。からだがもとに戻ってしまったら、失格です。一番面白い情報をとってきた者には、単位をあげましょう。」

 それって、盗み聞きしてくるってこと?なんだか、スパイみたい。他の子達も動物園みたいににぎやかに騒いでいる。

 さっそく、キララは、教室の窓から飛び出した。スポンジを足に履いているみたいで、全然足音がしない。草むらをかき分けてどこにいこうかなと考える。とりあえず、校長先生の部屋に言ってみようかな。あのふさふさのあたまどうもあの歳にしては怪しいのだ。かつらだっていう話もあるし。

 そうと決めるとキララは、校長室に向かって走り出した。小さくてもしなやかな筋肉の動きの一つ一つの感覚がキララの足を速めた。運良く窓が開いていたので、ジャンプして窓辺に飛び乗ると、身を低くして、耳を木の葉のように動かして、あたりの様子を伺う。

 部屋には畳が敷き詰められ、壁にはぎっしりと本が並べられていた。その上には、歴代校長の絵が飾られている。窓のすぐ下には、背の低い書道用の小さな机。その上には筆とまだ白紙のままの紙が置かれている。残念、誰もいないみたい。

 とつぜん、ばさばさと小さな音がして、キララはぴくっと体を縮ませた。よく見ると、小さな鳥かごが置いてあって、そこには黄色の可愛らしい小鳥が、止まり木に座り込んで、くりくりと首を動かしている。

 ひたっと畳に飛び降りると、キララは、その鳥かごに近づいた。かわいらし小鳥は、驚いて逃げようとするが、オリに遮られていて、ひたすらぶつかるばかりだ。

 じわっとキララの口の中によだれがあふれてくる。かわいいこちゃん、かわいいこちゃん、こっちへおいで、食べてやろう。

 あれ、キララは何をやってるんだ?こんなに可愛い鳥を食べることを考えているなんて。しなやかな、前足がかってに動いて、鳥かごの中へ伸びて行く、もう少し、もう少しで手が届く。

 と、人の声が聞こえてくる。しまった、校長だ!焦ったせいなのか、差し込んだ手が人間の手に変わってきて、抜くことができない。もとに戻れとキララは集中した。ざっと、障子が開いて、校長がびっくりした顔で、こちらをみている。

「この猫が!わしのぴーちゃんになんて事を。」といって飛びかかってくる。

 キララの片手がもとに戻り、間一髪のところで、校長の一撃を交わすと、開いたままの窓から外に飛び出した。後ろの方で、校長の悪態が聞こえる。

 だいぶ遠くまで逃げると、キララは足を止めて、何度も後ろを確認して、誰もいないのが分かるとほっとした。あーあー、心臓が止まるかと思ったよ。

 キララはしばらくの間、猫であることを楽しんだ。足の裏に当たる柔らかい土の感触、ミルクのように滑らかな毛、しなやかに動かすことのできる体、猫であるってこんなに素敵なことだったんだな。このまま、猫で一生すごそうかなと飯場本気で考えている。

 そよ風の吹く草むらに座り込んで、にかーと太陽に向かって笑っていると、誰かがにゃあにゃ言いながらキララに近づいてきた。振り返ってみると、いかにも柄の悪そうなどら猫がどっぷりと構えている。げっ。なんのようだろう。一応名前を名乗っておくにも、ネコ語が分からないし、キララのにゃあにゃあは通じないんだろうな。

「にゃにゃにゃーにや」と必死で何か訴えている様子だが、どうにもこうにもさっぱり分からない。のでこちらも、適当ににゃあにゃあと言ってみる。

 すると、嬉しそうにこちらに近寄ってくるではないか。あまりキレイとは言いがたい体をすり寄せてくる。

 キララの背筋がゾワッとして、思いっきり横っ面をひっぱたいてやった。

 それでも、にゃあにゃあとといって、今度は後ろからキララの上に乗ろうとする。なにするんじゃと、何度蹴っ飛ばしても、追っかけてくる。いや、離れろ、バカと言ってもどら猫には通じない。

 とうとう、捕まってしまって、重たい体がのしかかってくる。悲痛の声でにゃーと叫んでいると、突然誰かがキララの体を持ち上げる。

「おいおい、春だからって、嫌がっている女に発情するもんじゃないぜ。」と聞き覚えのある声がする。

 あのスケベ男のマタロウである。

 嫌なやつであっても、ここでは命の恩人である。キララはできる限り猫らしく、にゃーと泣くと、マタロウの胸に顔をこすりつけて、助けてくれのサインを示した。

「ほら、嫌がってるじゃんかよ。」

 どら猫はふしゅーっと全身の毛を逆立てて、威嚇している。

「女を取られちゃ男が廃るってか。」とマタロウが、片足でどら猫を蹴り飛ばしながら言った。

「だがな、女が嫌がっているのを無理矢理って言うのは道徳に反するぜ。」

 いや、お前に言われたくないだろうととキララは言うと。

「ほら、こいつもいやだって言ってるじゃないか。それにな、お前みたいな不細工にこんなべっぴんさんはもったいないぜ。」

 どら猫はあまり素早いとも言えない体で、マタロウに飛びかかってくるが、ことごとく、けり飛ばされると、しっぽを抱えて逃げ出した。

「おれっちの勝利。」などと、たいしたことも無いことで、喜んでいる。

「さてと、お前の名前はなんていうんだ?」とキララを持ち上げると、顔をまじまじと覗き込んだ。

 キララもまじまじとマタロウの顔を見つめる。大理石のように肌はすべすべだし、すこし人を馬鹿にしたようないたずらっ子のような目はきらきらと輝き、よく動く大きな唇の右端には小さなほくろが一つ。繊細なあご。こうやってみるとハンサムな顔をしている。

「なんだかな、お前に似たやつ知ってるような気がするんだよな。貧乳で暴れん坊の女。ちびだし、女に見えないんだぜ。」

 それって、キララの事ですか?やっぱり腹立つは、この男。

 マタロウは、キララの体を腕に抱くと、校舎の方に向かって歩きだした。

「なあ、面白いもん魅せてやるぜ。まあ、俺にとってはいつもの光景だがな。」

 マタロウは校舎の瓦に飛び乗ると、そこに座り込んだ。キララは、何をするのかとマタロウの顔を見上げると、しっと口に指を立てて、下の方を指差した。

 そこには、彼の親友である、早乙女弟が立っている。こんなところで何してるんだろう。すると、女の子の声がする。

「妾は、おぬしに惚れておる。」

 早乙女は冷ややかな目でその女の子に目をやった。あの、キララに霊魂玉を取るようにと言ったお菊であった。

 彼女が霊魂玉が欲しかった理由ってこれだったのか?とキララは今頃気がついて感心していた。

「なぜ、何も言うてはくれぬのじゃ。妾の心が誠であるのをなぜ分かってくれぬのか?」

 早乙女が口を開いた。「俺は、お前みたいな女がダイッ嫌いなんだ。」

 お菊は、驚いたようだったがすぐに口を開いた。「どこが行けないのじゃ。おぬしのためなら、お前の好きなように変わろうと努力しよう。」

「全部だ。お前のブス顔なんか見たくない。」

 お菊の目からハラハラと涙が頬を伝い落ちてゆく。その横顔は悲しみでゆがんでいた。今の言葉を受け入れられないかのように瞬き一つせず、早乙女の石のように固い表情を見つめている。

「なぜ、おぬしは、誰とも喋らず、友達も恋人も作ろうとしないのじゃ?なにか、わけがあるのなら、妾に話せよ。おぬしに苦しみがあるのなら妾がその苦しみを和らげよう。後生だから、口を開いてくれ。」

 マタロウは、キララの頭を撫でながら、身を乗り出した。

「ほお、たいていは、最初のセリフで泣きながら逃げて行くんだがな。粘る女は珍しいぜ。」

 早乙女の目に憎しみの炎が燃え上がった。そして、お菊に手を伸ばすと、おもむろに首元を掴んだ。

「何をするのじゃ。」

「俺にとっては、お前みたいなおんなは目障りなんだ。虫けらにしか思ってない。殺されたくないと思ったら、とっととおれの前から消えろ。」

 お菊は地面に崩れると、しばらくの間、体を震わせて泣いていたが、すぐによろよろと立ち上がると、悲しみの目で早乙女を見つめると、その場から姿を消すように走っていってしまった。

「短い喜劇ってとこだな。まったくいつもこの舞台を用意するのに苦労するんだぜ。早乙女がなんせやる気が無いんだからな。人間の不幸ほど面白いものは無いのに、あいつにゃそんあこと分かってないみたいだしな。この前なんかな、友達呼んでみてたんだぜ。女の子の方がすぐにおんおん泣き始めて、すぐに終わっちゃったがな。って、痛っ」

「あんた何様のつもりなの、最低!」キララは、マタロウの顔をひっぱたいていた。やつの顔には赤い線が浮かび、血がながれてくる。

 キララは元の体に屋根のふちに立っていた。案の定バランスを崩して、どしんと茂みの上に落ちた。

「お前!」

 キララは痛いのも忘れて、立ち上がると、怒りをあらわにした。

「人の不幸が楽しい?あんた、頭おかしいのよ。信じられない。人の心はもてあそぶことしかできないなんて。」

「それにね、早乙女あんたも最低よ。恋する女の子の気持ちにあんな言い方するなんて、ものには言い方って者があるんだから。」と頬を紅潮させる。

「お前、変身して黒猫になってたのかよ。おっかしい奴だな。」と頬に手をやってついた血をメロリと舐める。

 ぜんぜん、分かってないんだから。

「お前はぜんぜんわかってないんだな。」とマタロウが、ヒョイッと屋根から飛び降りるとキララに近寄ってきた。それって、こっちのセリフなんだけど。

「俺は、お前じゃないし。お前は俺じゃない。」

「何よ、そんなこと当たり前でしょう。」

「お前が美しく咲き誇る花に心を奪われるのなら、俺は、その花を足でにじり踏むことに快感を覚える。」

 キララの手が、木板の壁に触れる、それでもマタロウは近づいてくる。

「それは、あんたがおかしいのよ。」とキララはマタロウの顔を真っすぐと見て言った。

「それが、俺だけじゃなくて、悪魔全体だったら?それが、おれたちにとってて持って生まれた感性、世界の見方だったら?」

「それは…」

「だからいっただろう、俺とお前は違う。その感性の違いで、いつも嫌われてきてしまった、俺たちはどうすれば良いんだ?俺たちに取っての喜びを求めることが間違っているというのか?」

「そんなこと、考えたことも無い。」とキララは口の中でつぶやくように言った。

「だから、お前は黙ってろ。」

 それでも、それでも何かが間違ってる。うまく口では言えないけど間違っているとキララは心の中で思った。

「たとえ、それがあなた達にとって楽しいことであっても、ティナはそんなの絶対にいや。間違っているとは言えないけど、ティナには許せない。」

 マタロウはキララから離れると言った。

「そうか、それじゃしかたないよな。俺お前に興味があったんだぜ。お前変わってるもんな。早乙女にも良いことだと思ってたんだがな。」

 それって、どういう意味なの?キララが変わってると、何かあんたにとってプラスだったわけ?

 マタロウは早乙女の肩を叩くとあばよといって去って行った。

 


    *


 キララは、お菊を探していた。彼女は、厩舎の屋根の上に一人、座っていた。

 しかし、なんて言ったら良いんだろう。一度は喧嘩みたいのもしたし、まさか、一部私情を見ていたとは言えない。

「いやー、今日はいい天気ですな。」とキララはとりあえず、お菊の横に座りながら、言ってみた。

「何様のつもりじゃ?」

「いや、ちょっと話したいかなと思ってさ。」

「何も話すことはない。帰れ。」

「いや、なんかあるでしょ。」

お菊は何も言わない。うう、気まずいな。

「大丈夫だって、気にしない方が良いよ。振られらぐらいで。」

「お前、見ていたのか?」

 しまった、

「いや、その、見てたと言うか、見てなかったというのか。」

 お菊がきっとこちらを見つめてくる。目が赤らんでいる。やばい、逃げようか、この子一応いじめっ子だし。

「そう、恥ずかしいところを見られてしもうたな。」

 あれ?

「妾が霊魂玉を欲しい理由が分かったじゃろう。妾は早乙女様に惚れておる。振られてしまったがな。」

「いや、あんな男さ、たいしたこと無いよ。お菊三はキレイなんだから、もっと良い男をみつけて…」

「あれ程、よい男が他にいると申すのか?早乙女様の悪口をお言い出ないよ。」

「ごめんなさい。」

「よい。妾は、この学園に入ったときから、ずっと早乙女様の事を思うておった。だが、あのお方は一度として、おなごに目を向けたことがなかった。」

「それは、あいつの感性が。」

「妾は、あのお方がどのような人であれ気にはせぬ。思いは一途なのじゃ。」

 恋心ってめんどくさいんだな。キララには一生分からないかも。

「あのさ、早乙女の霊魂玉、お兄さんのは持ってるんだけど。」

「知っておる。」

「どうして、弟が好きなのに、お兄さんのも欲しかったの?」

「早乙女様は、自分の家族のことを憎しんでおられる。もしも兄上の心を手に入れることができれば、少しは妾に目を向けてはくれるかもしれないと思ったのじゃ。あのお方は、天使族の子となのに悪魔として生まれてしまった。兄が天使に生まれたのに、なぜ弟が悪魔なのじゃと苦しんでおられるのが妾には分かるのじゃ。」

「そうだったんだ。」

「あのさあ。早乙女の霊魂玉は持ってないけど、これ、あげる。」と言ってじい様からもらったホレ薬を差し出した。

「なんじゃ?」

「ホレ薬だけど。」

「どこで手に入れたのじゃ。お前のような小娘が作れるわけが無かろう。」

「もらったの。」

「誰から?」

「そんなことどうでも良いじゃん。ほら受け取って。」

 お菊は、震える手でホレ薬を手に取ると、懐に入れた。キララはさっと立ち上がると「じゃあ、がんばってね。」と手を振ってその場を去って行った。




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