First Candy : 始まり、始まり
ばんっと突然窓が開き、風が激しく吹きこんでくる。
カーテンがバサバサと音を立ててはためき、その後ろで誰かがバルコニーの白い手すりに立っていた。
「だれなの?」腰を構えたまま、驚きで体を動かすことができない。
影は、とっても長時間動かなかった。闇の向こうから、きらきらと猫のように、瞳を光らせ私を観察している。
そして、軽やかな足音を立てて、手すりから飛び降りると、部屋の中に入ってきた。
まるで、彼女の体を包むかのようにしてつむじ風が吹いて、部屋の中の物を舞い上がらせた。
「ねえ、」とその影が言った。むき出しにした膝が白く光っている。
ふあふあと二つに結んだちぢれっ毛が風になびいている。
片手に古くさい帚を立てていた。
「百怪ティナ!!ただいま参上!!」を影は叫んだ。
一人の少女が、カーテンの向こうから。
姿を現した。私は少女の顔を見て、驚いて息を飲んだ。
嘘でしょ?だって、だって、身長も、髪の色も、そして大きな瞳も、ちょっと高めの鼻も、大きな口も、鏡で映したようにそっくり。
まるで私がもう一人私の前に立っているようで。
うわー、気持ち悪いよ。
「うわー、きもちわるいなー」をその妙な服装の女の子は私の前につかつかとよってくると、マネキンでも見るようにじろじろ私を鑑賞した。
目の周りにパンクロックのように黒々とお化粧している。
ミニのスカートをはいた華奢な腰。
その腰には、星印の描かれた赤紫色の小袋やらネズミの頭の大きさののドクロがぶら下がっていた。
「ねえ、世の中には同じ顔の人間が3人いるというのはうそではなかったのじゃな。」と唖然としている私の頬をパンパンと右手でたたきながら言った。
なんなのよ子の女の子は。いくらに似ているとはいえ、初対面で人の顔に触らないよね?!むらむらと怒りが全身にみなぎってきた。
私の考えてることなどに気づかないのか、女の子は私からはなれると、こんどは部屋をじろじろと見つめた。
「人間の女の子の部屋って殺風景じゃな。」と遠慮もない。
机の上の写真に顔を近づける。私が小学校に入学した時に写真だった。
「ふーん、子の人たちがあなたの父上と、母上なのね。」黒々とマネキュアを塗った爪をカチカチと机に立てて、写真立てを持ち上げた。
「なんだかな。私の父上の方がもっとハンサムじゃし。母上の方美人じゃな。」
ぱんっと乾いた音が部屋に響いた。女の子が驚いて大きい目を見開き、私も見つめた。赤くなった頬に片手を持って行く。
「冗談じゃないわよ!!あんたなんなのっ。人の部屋に勝手に入ってきたと想ったら、悪口ばかり言って!!」
赤くちろちろと炎が女の子の瞳に燃え上がった。その炎で瞳が赤く光り、私は、叩いた手を胸におしつけて、後ずさりをした。
「なによ!!私なにもわるいことしてないんだから。」と私は悪態をついてみたものの、どうも立場が弱い。
その子は私に近づいてきた。ああ、怖いよ!!私どうなっちゃうんだろう。
真っ赤に塗った口がにゅっとさけるように開くと笑みを浮かべた。
その下に、尖った犬歯がギラギラと光っている。彼女の両手がぎゅっと私の方を掴んだ。もうおしまいだよー。
「はっはっは!!うん、よかれよかれ。あんた最高じゃ!!パーフェクト!!ぴったり!!」と女の子がゲラゲラと豪快に笑い声を上げて、掴んだ肩を揺さぶった。
私は閉じかけた目を開けて、部屋の中で鞠のように跳ね踊る女の子をぽかんと口を開けて眺めた。さっきまでの怒りは消えて、疑問が心の中を飛び交った。いったい、なにが目的なんだろう?
踊りを止めると、息を切らしながら机に腰をかけほっそりと長い足を組んだ。
「ねえ、最初はね、どうなるかと思うてた。3人目まで私の目的に適応する人間が見つかるかどうか、心配じゃった。」と私の方に体を傾けた。
キララは、混乱していた。何のことを話しているのだろう?このへんてこりんな格好をして、時代劇のような喋り方をする女の子をつまみ出してやりたかった。
「しかし、始めにこのように最適の女子を見つけられて妾は満足じゃ。」
一息飲んで、勇気を振り絞ると女の子に言った。「あなた誰なの?いったい、何のことをはなしているのか教えてちょうだい。」
女の子はニッと白い歯を出して笑うと、腰に付いている紫の袋に手を突っ込んだ。手を抜くと、灰のような粉を手に握りしめて唇の前に持ってきた。フッと一息かける。なにやら口の中でごにょごにょと唱える。
空を舞っていた灰がガラスのかけらのようにきらきらと輝き、やがてもやもやと一カ所に集まる。そこには、きりりと凛々しい眉をして、情熱的な瞳を持つ一人の、一人のサムライが刀を構えて堂々と立ち誇っていた。
「なかなかの賜物じゃろう。魔界で大人気の宗次郎じゃ。」とその男に歩み寄ると恋人のように肩を腕に持たせかけた。
「私の理想の男じゃ。」ふふふと赤い唇をプクンと膨らませて笑った。
やがて宗次郎と呼ばれる男の体がまたもやもやと変化して、一人の男が立っていた。
「先生…」と私はつぶやいた。私のあこがれの先生が私に手を差し伸ばして底に立っていた。
「キララくん」と先生が私を呼んだ。私は、ふらふらと先生に手を伸ばした。あとちょっと、っでとどくところで先生は灰に変わって消え去っていた。
「幻想術って長く続かないのがダメよね。いっつもウハって肝心なとこで消えちゃうんだから。」と言った。
「ねえ、ねえ、今のなに?まじ、すごくない?!」と私はその女の子の前に飛びついた。
その子は、自慢そうに机の上にゆったりと体を横たわらせた。
「そなたは、私と同じ姿形をしていても、心は全く子供同然じゃのう。」とゆったりと構えていった。
なによあんただって、さっきは子供のようにはしゃいでたくせに。
「いまのは、幻想術と言ってな、死んだ者の灰を使う術じゃ。灰に微妙に残った魂の力をかりて、現実には存在しない者を幻想として見せることができる。上の上の技なのじゃ。」
げー、いま、屍体って言ったの?灰が口に残ってざらざらしているような。うう、気持ちが悪くてくらくらしてくる。やっぱりこの子供、気がおかしすぎるよ。
女の子の顔が突然大理石のように固くなり、ずっと大人びて見えた。「さて、妾はあまり時間がないのじゃ。さっそくだが、キララ殿、妾と能力交換術の相手になってくれるかな?」
「のうりょくこう?」
「のうりょくこうかんじゅつ。そなたは人間界の者。妾は魔界の者。それぞれ持ち合わせている能力が違っておる。その能力を交換する術じゃ。」
「わらわはこう見えても、研究熱心な学者でな、ぜひとも下界に住んで世界の多くを知ってみたいのじゃ。」と可愛らしい顔を傾けた。
「それで、私と交換したいと?」キララはためらいがちに言った。
「そうじゃ」。なんのためらいもなく女の子は言い放った。
「でも、ばれたら?」
「そこは、愛嬌じゃ、愛嬌でどうにか乗り切るのじゃ。」うう、筋が通ってないよ。無理なこと言ってる。
女の子は、体を起こすと手をパンパンと叩いていった。
「さあ、始めるぞ。」
「え?ちょっと、まってよ。」と言う私を無視してまたもや、腰に手を伸ばして今度もまじないを唱えると、床にぱらっと巻いた。紫色の光が床からはなたれ、床にはあの本とそっくりな魔法円が描かれていた。
「さあ、魔法円に乗って。」といって、私の背中を押して、その魔法円に立たせた。ちょっと、まってよ。これって、夢じゃないんだよね。現実に起ってることなんだよね。魔界になんか送られても困るよ。
「無理!無理だよ。冗談にも程があるよ。」と私は悲鳴を上げながら、魔法円から足を抜こうとした。
「今更、考えを変えるとは卑怯ぞよ。」といってその子が私の体にしがみついて、押さえつけた。
卑怯って、あなたが勝手に話を進めたんでしょ!!
光が二人の体を包んだ。ふわっと体が空中に浮いたような気がした私は気を失った。あたりは闇に満ちていた。私は、フワフワと宙を漂っていた。暖かい腕に抱かれているようで気持ちがよかった。
だれかが、私の顔を叩いている。
「キララ殿起きなされ。いつまでも眠うていると、風を引くぞ。」。
目をそっと開くと、私が私の顔をのぞいていた。ひええ、これは夢かなにか?!
「よかった」私にそっくりで、私の服を着た女の子が私の前にきょとんと座っていた。夢じゃなかったよ。私はのろのろと体を起こした。
「さあ、立ちなされ。術は完璧じゃった。」私は、鏡の前に立って悲鳴を上げた。あのてんてこりんな衣装を着けて、だるそうな顔をした私が立っていたから。
「しっ!大げさじゃな。あまり、大きな声を立てると死者が気がついて、力を奪いに襲いにくるぞ。」
「さて、試してみるがよい。お前の欲しかった魔法の力ぞよ。」と良いながら私に短い木の杖を握らせた。
「振ってみるのじゃ」
言われるままに杖を振ると、柄先から光が放たれ、狸の時計にぶつかった。ぐにょぐにょと狸が変化してる。禿げた頭から、にょきにょきと長い耳が伸びた。可愛らしい歯が二本口元から覗いた。毛色が変わりほわほわの可愛らしい雪ウサギができるはずだった。変化は最後まで終わらなかった。途中で止まってしまったから、みょうちくりんな時計が、狸ともウサギとも言えない声を上げた鳴き声を上げていた。
「ひええ、どうしてくれるのよ。パパから誕生日にもらった大切な時計なのに。」唇を震わせて、思いっきりへの字型に曲げると、波が頬を伝い落ちた。
私の格好をした少女はあたふたと慌てている
「泣いてはならぬ、泣いては。魔女は怒りや悲しみなどの負のエネルギーを放つと、妖怪どもが匂いを嗅ぎ付けてやってくるのじゃ。」
「狸が、ウサギが。」と私はさらに激しく泣き出した。
少女は狸ウサギを持ち上げて私の顔の前に突き出した
「これも悪くはないではないか。なかなか、ユニークでかわゆいぞよ。」と
そんなの嫌だよ。「元に戻してよ!!」
少女は、大きな目を伏せて長い睫毛で覆い隠した。
「それができぬのじゃ。」
「なんで、できないの?もう力がないから?じゃあどうするか教えてよ。」こうなったら、しゃくなのでとにかく追いつめてやらねば。
「それが、力はお変えに一部だけ与えたので、私にまだ残っている。ただ、その」と出しかけた言葉を口の中に押し戻してしまった。
「責任取りなさいよ。」と私は声を張り上げた。
「その、じつは知らぬのじゃ。忘れてしもうた。」
「どういうことなの?」さらしにしつこく私は問いつめた。
「忘れてしまったものは思いは出せぬ。お前は私に似て意地悪じゃのう。」といった。
私が彼女の近くに歩み寄ろうとすると、彼女は砂袋突っ込み、何やら呪文を唱えた。
足下に前とは違う形の魔法円が光を放った。金縛りにかかったように体を動かすことができない。
少女は私に向かって宣言するように叫んだ。
「そなたの名は今日から百怪ティナじゃ。魔界学校優秀生徒6年生!父はハンサム吸血鬼。母は、生粋の美人魔女。くれぐれも元人間だということがばれないように気をつけるのじゃ。」
足ともの光が強くなり、誰かが足を押さえつけたかのように、体を動かすことができない。
「冗談じゃないわよ。強引すぎる!!こんなのありえないいいいいい!!」と最後の悪態が彼女に届いたのか、届かなかったのか。とにかく、私は魔法円にぽっかりと開いたブラックホールに吸い込まれてしまった。