秋津洲
決してたどり着かぬ街の灯のような消えかけの蝋燭。揺らめくその火が照らすのは表面が削り落とされた硬い岩の塊だった。俺は手にしていた大ぶりな鶴嘴を振り上げ、叩きつけた。
岩の一角が砕け落ちる。その代償として手のひらから肩にかけて強い衝撃が走った。それは関節や骨にすさまじい激痛となって襲ってくる。
手のひらの感覚はまだ残っていた。しかし痛みはあれど力は残っていない。手を赤黒く染まった柄に手拭いで縛り付け、再びそれを振り上げる。
俺だけではなかった。鉱石を採掘した際に出るズリを後ろで延々と運び続けている長身の痩せた男は、死人のような顔ですくっては捨てすくっては捨てを繰り返している。その手のひらは俺と同じく、全ての皮が剥けきっているだろう。
途絶える事のない鶴嘴が石を打つ音。ズリを運ぶ台車の車輪が軋む音。そして許しを請う懇願の叫び。
今が朝なのか夜なのかすら分からない。「俺達」に憎悪と蔑みの視線を飛ばし続けている見張り曰く「知る必要はない」との事だ。
まだに手に皮が残っていた頃、鶴嘴を振りながらその意味を考えていた。
「決められた範囲を掘り終えるまで」「決められた量を掘り終えるまで」
一切示されていない仕事の終わりが来るまで外に出ることはない。そういう意味なのだろうと自分に言い聞かせていた。
振り上げていた鶴嘴を再度叩き込む。骨が砕けたのではと錯覚するほどの激痛を受けてなお俺は笑っていた。
愚かで甘く、淡い希望を抱く自分自身を、俺は笑った。
悪夢にも救いはある。目が覚めれば悪夢は終わり、それ以上追いかけてくることはない。たとえ夢の中で何が起ころうとそれは現実ではなく、頭の中の空想でしかない。
不意に何かが崩れ落ちる音が鳴り響いた。それに合わせて耳に入る見張りが走り寄る足音と苦痛の喘ぎ声。そして続く耳障りな怒声。
振り返る必要はなかった。なんて事はない。ここに来てから何度も見てきた光景だ。
苦痛の喘ぎはすぐにすすり泣きへと、そして命乞いの叫びへと変わっていった。
俺だけではない。誰一人として叫びの主に目を向けようとはしない。そして聞こえる鞭が肉を叩き刻む音と、先ほどまでとは比べものにならないまでの激しい悲鳴。




