秋津洲
椿も立ち上がり、持ってきた荷物を確認した。二人で周囲を見回し、置忘れが無いかを同時に確かめる。
「大丈夫ですね」
「ああ」
二人はそろって墓に向かって再び手を合わせた。そして先ほどと同じようにどちらともなくそれを解く。
墓の向こうは少しだけ雲が晴れていた。そこから漏れた赤い夕陽の光がかすかに山々を照らしている。
「行こう」
「はい」
二人は夕陽に背を向け、並んでいる他の墓に向かっても同じように手を合わせた。そして元来た山道へ戻ろうと荒れた土を踏む。その時だった。
ガサガサという草を払う音に先に気が付いたのは椿だった。歩みを止め、すぐに瀧人が気付く。
林の中から飛び出してきたのは宿に待機させていた伝令の下士官だった。決して遠くないとはいえ、宿から町を抜け、この丘を目指して林を全力で駆け抜けてきたのだろう。大きく息を荒げ、大粒の汗を首筋に流していた。
その手には厚紙でできた筒が握られている。その場に倒れ、伝令は肩を激しく上下させながら何も言わずにそれを差し出した。
あらかじめそのように命じていた。「何も話すな」と。瀧人は筒を受け取ると蓋を開き中で丸められていた電報用紙に椿と目を通した。
[林家長男 中傷、意識無し 至急戻られたし]
「副長」
先ほどまでとは違う、上司部下の関係として発したその口調は強い。
「はい」
「次の最上行きは何時だ?」
椿は懐から折りたたまれていた時刻表と懐中時計を取り出し、目をやった。
「十八時ちょうど、今から二時間後です」
「私はこれからすぐ駅に行って席を確保してくる。副長は宿に戻って荷物をまとめて待機人員を連れてきてくれ」
瀧人は椿の返事を待つことなく倒れて空を仰いでいる伝令の下に膝をついた。
「迅速な対応に感謝する。君は少し休んでから直接駅まで来てくれればいい。だがじきに暗くなるから気を付けろ」
まだ満足に声も出せない伝令は代わりに頭を縦に振る。
すでに姿の見えない椿の後を追うように、瀧人も暗がりのような林に向かって走り出した。




