秋津洲
そしてそれは、決して簡単な事ではない。
「この話はここで終わりだ。領主が金剛家を信じるといったにもかかわらず、君に続いてそれを否定する発言を私はしてしまった。そして残念ながらそれは私の本心でもある。君も恐らくそうだろう。今話した事は他言無用だ。それに・・・。」
瀧人は椿に向けていた顔を、ゆっくりとその後ろにたたずむ墓標へと移した。それに合わせて椿もそちらへと振り返る。
この季節のこの地域では常にといってもいいほどに谷に沿った風が吹いている。花瓶の花はまるでその谷に吸い寄せられるかのように、同じ方向を向いてゆらゆらと揺れていた。
「「彼」はこんな話など聞きたくはないだろう。せっかく君が訪ねてきてくれたのにこんなきな臭い話など延々とされたら私でもがっかりしてしまう。「彼」が望んでいるのはきっと、君が笑顔で花を手向け、最近の出来事でも話してくれる事だと思うよ」
「そう・・・でしょうか?」
椿の肩がほんの少しだけ上がった。
「間違いないよ。久しぶりに会った友人が暗い顔で政治の話など始めたらこっちの気分まで沈んでしまう。君自身の嬉しかった事や楽しかった事、何なら多少の愚痴でもいいだろう。さっきの花屋で恥をかいた話などまさにうってつけだ。他にはないのか?」
それを聞いて椿は小さく噴き出した。今度はくるりと瀧人の方に振り返る。
「愚痴で良ければ上司が仕事をしてくれないとか分煙に協力をしてくれないという話ならばいくらでもありますよ?」
椿の皮肉が混じった微笑み顔を見て、のしかかっていた重い空気が軽くなった気がした。
「先ほどまでの話よりは百倍良い。誰の事を言っているのかは分からないが、その人物を褒めるような話はないのか?」
「特にありませんね」
椿があっさりと返し、そして瀧人は小さくうなずいた。
「それでいい。君に暗い顔は似合わないよ」




