秋津洲
副総長の職に就いているとはいえ椿はまだ若い。知と武、共に極めて優秀なことは間違いないが、心の操作が未だ年相応なところがあり、感情を優先してしまうことが多々ある。そしてそれは部下に決して見せてはならない姿だ。故にその年齢も併せて椿を上官として信頼しきれていない者、特に椿と同年代の者の態度は決して良いものではなかった。
「若き士官は老いた下士官が育てる」の言葉を知っている歴戦の兵はともかく、それを知らない血気盛んな若者たちは、例え上官といえど表向きには従いつつ、陰では完全に舐め切った態度でその者の悪態をつくだろう。
無能だと判断され、戦場で部下に殺された士官は数えきれないほどに存在する。平時であれば無視できる事であっても、命がかかった戦においてはそうもいかない。兵士を無駄死にさせるような指揮を繰り返すような指揮官がいたならば、部下の憎悪の対象は敵ではなくその指揮官に対して向けられる。
例え指揮が間違っていなかったとしても、敵を目の前に前線で戦う兵がその場その時にそれが正しいと判断するのは容易ではない。そんな時、いかに心の迷いを持たせる事なく戦えるかどうかは、どれだけ信頼されている指揮官の下で戦っているかにかかっているといっても過言ではない。
そしてその信頼を作るのは戦場に着いてからでは手遅れだ。平時における信頼がそのまま戦場における信頼として兵士の背中を押す以上、平和だからと言って部下との信頼関係を軽視する理由にはならない。
信頼というものは、築くのは極めて困難でありながら、脆い石垣のようにいとも簡単に崩壊する。その信頼を築くためには部下からの「信用」が必要不可欠となるわけだが、その信用を得るためにさらに必要となる「経験」が椿には足りなかった。
椿が信頼関係を無下にするような人間ではない事は瀧人にも良く分かっている。部隊においては上下左右の信頼関係こそが強さの証である事を椿が理解していることも知っている。この問題は椿だけの問題ではない。次級者である椿が部隊を引っ張るためにも、扶桑衆総長である瀧人が共に解決せねばならない問題の一つだ。




