祖国への船出
「私があなたと初めて宴の場を共にした時、私達は似た者同士だとすぐに確信しました。普段はあまり心の表情を見せないあなたが、あの時だけは、まるで昔の私の様に笑っていた。イイムレ、あなたはあの宴を退屈だと感じていましたか?私たちが不快だと感じましたか?」
「まさか」
飯牟礼は首を横に振った。
「確かに私たちをよく思わない人はいるでしょう。私の部下にもあなた方を嫌悪している者がいないとは言い切れません。しかし過酷な労働をこなさなければならない船の上には逃げ場などどこにもない。ならばお互いがお互いを悪く考えるのは損はすれど得をすることなどは何一つないと私は思います 」
「その通りです。しかしそれは容易ではないでしょう」
そう放つ前その言葉を押しつぶし、頷いた。
「その通りだと思います」
ここ数年前から始まった癖だった。先ほどと同じく、今後の展開をろくに考えもせず口を開く。同僚としばし衝突する原因の一つだ。
ルフェーブルの言葉は間違ってなどいない。まっとうな言葉だ。子供でも理解できるくらいに分かりやすく、その言葉自体には否定できる要素など一つもない。
だが広い陸の上でさえいざこざは起こる。ましてや狭い甲板上に詰め込まれる船員の負担は極めて加圧的だ。軍を基準にすべきではないが、正直に言えば悪しき伝統なのだろう。不必要なまでに苛烈な「指導」を良しとする者は少なくない。
ルフェーブルは軍人ではなく、民間の船会社に雇われている民間人だ。これから日本までの約2ヶ月間、その認識の違いは 胸に留めておかなければならない。
「しかし・・・」
「?」
ルフェーブルは言葉を詰まらせた。そして、まるで心を見透かされているかのようにルフェーブルは言った。
「それは簡単なことではありません。あなたも恐らくは分かっているでしょう」
「・・・・・」
その言葉の意味を察するのに時間は必要なかった。先ほどルフェーブルの言葉を肯定した手前、都合よく答えることはできない。飯牟礼の回答を待つことなくルフェーブルは続けた。