秋津洲
だが今思えば幹部達にもどこか「訓練」だからという考えがあったのだろう。撃たれたところで実弾が飛んでくる訳ではなく、情報不足のまま戦闘に入っても実際に小隊員が丸ごと死ぬ訳でもない。
実際「可能な限り迅速に」を要望されてはいたが、戦争が始まってからというもの訓練時のような煽りはあまりなかった。狙撃、斥候による偵察要員は貴重であり、無茶な命令で戦死させることは避けたかったのだろう。敵の動きが完全に分からなくなれば、それこそ今の俺のようにいつ敵に攻撃されるかさえも分からなくなる。監視地点からの一時後退がすぐに許可されたのもそのせいだと思う。
だが敵があの集落を通ることは、予測されていたとはいえ、まさか大隊規模の敵がここまで早くやってくることは予想外だったのだろう。あの時点での優先度はあまり高くなく、あの地域を監視していたのは俺と剣崎の二人だけだった。
恐らく今頃連隊の指揮所では部隊の再編をああしようこうしよう、ああじゃないそうじゃないと話し合っているだろう。陣地の変換や更なる再構築も必要かもしれない。偵察要員の補充も必要ではないか?そんな取り留めもない事を考えながら、俺はもう一度深呼吸し1歩だけ足を進めた。硬質ゴムの靴底から腐葉土の柔らかで、それでいてじゃりじゃりとした感触が伝わってくる。同時につま先に向け体重が移動する。わずかに地面には下向きの傾斜がかかっているのが感じられた。二歩三歩とさらに歩を進める。
間違いではなかった。確かにここは下りになっている。監視地点から後退して稜線を超え、しばしの間山を下りていたのは覚えている。だがベッドに入ってからいつ眠りについたかが分からないように、ある時点からある時点までの記憶がバッサリと切り取られている。もしかしたらこれは夢なのではないかとも考えてしまうが、もし夢ならばここまであれこれと考えることなどできないだろう。
剣崎の事は心配だったが、階級の違いがそのまま剣崎と俺の違いを物語っているように奴は俺など及びもつかないほどに優秀な男だ。むしろ俺ごときが心配するなど滑稽でしかない。それに万が一離れ離れになり連絡が取れなくなった際落ち合う場所は決めてあった。剣崎ならきっとそこにいる。




