狙撃手
ヒグマは雄の成体であれば最大で3メートル、体重は500キロにまで成長する。サケやマスを豊富に捕食できる環境に暮らす個体に比べ、通常内陸に生息している熊で300キロを超える個体は珍しいが、この地域においては餌となる鹿や猪の数が多く、200~300キロを超える個体が現れることも珍しくなかった。
だが400キロ級となると話は別だ。過去そこまでの大物が確認されたという話は、それまでも、そして村を出た今になっても聞いたことがなく、祖父自身もそれほどまでに巨大なヒグマを剥製以外で見たことはないと言っていた。
「死骸を見つけてすぐに俺は熊の腹を切り開いた。胃袋から腸まですべてを切り開き、その後に警察へ引き渡して調べてもらったが・・・結局そいつがお前の父さんを襲ったという証拠は見つからなかった。付近の村で熊を撃ち漏らしたという報告もなかったのでな、肩にあった銃創はお前の父さんがつけたものだろうと自分に言い聞かせるのが精いっぱいだったよ。」
祖父は首を横に振った。
「今もお前の父さんは見つかっていない。だから墓も立てていない。ばあさんとはそのことでずいぶんともめたがな。今でもたまに喧嘩になる。でもお前にこの事を話したからには俺も認めなければならんな。」
そこまで話すと祖父は椅子から腰を上げ、タイガーライフルを布で包み棚の中へとしまい込んだ。再びこちらを向いた祖父の顔は相変わらず険しかったが、どこか吹っ切れたように、もしくは肩の荷が下りたかのように感じ取れた。
それは次の年の春、村のはずれにある墓地に父の墓が建てられていたのとは無関係ではなかっただろう。
その時には父の事で頭がいっぱいになっており、その後はタイミングをつかめずに聞きそびれていた母の事を聞いたのはずっと後、俺が軍に入る直前の事だ。母は父が死んでから間もなく何も言わずに俺を置いて村を出ていったとのことだった。今でも祖父は父を猟に行かせたことに罪悪感を持っているらしく、父の死によって姿を消したであろう母の身を少なからず心配しているようだった。




