狙撃手
「ライフルと鉈を持って吹雪になりかけていた山に入ろうとした私を、村人たちは抑え込もうとした。何人かの村人を年甲斐もなく泣きわめきながら投げ飛ばし、お前の父さんを探しに行こうとしたが、結局縄で縛りあげられ、朝までこの部屋に閉じ込められた。机の脚を見てみろ」
そう言われ、俺はタイガーライフルが置かれている机の脚に目をやった。よく見ると4本あるうちの1本だけ、ヤスリで削られたかのように細くなっていた。
「そこで縄を切ろうとしたんだが、もう少しというところでばあさんに見つかってしまった。たぶんばあさんが一番どうすればいいか分からなくなっていただろう。お前の父さんを一刻も早く見つけたいが、かといって俺一人で吹雪いた夜の、しかも飢えた熊がいるかも分からない山へ入ればどうなるか。泣きすがるばあさんに説得されて俺はようやくおとなしくなった」
祖父は厳格であり、時にはこの村で最も恐ろしい人物であると思っていた俺には、そんな祖父の泣きわめきながら暴れる姿など、まるで想像ができなかった。
父は熊に食われた。ただ耳にしただけならば1行にも満たない短文だ。もちろん驚きはしたが、大きな衝撃を受けたかと聞かれれば、案外そうでもなかった。だがその時の祖父と祖母が受けたショックの大きさは、あの祖父が泣き叫び、ここに閉じ込められていたという事実だけで十分に伝わってきた。
子供の俺には分かるほどの重い空気を纏った沈黙が流れ、何かを話さねばと考えていた時だった。祖父は胸のポケットから小さな鍵を取り出し、机にひとつだけある施錠された引き出しの鍵穴にそれを差し入れた。
開錠され、引き出された引き出しに入っていたのは、手のひらほどの大きさもない小さな木箱だった。小箱の周りには、恐らく除湿のための木炭が入った布袋が詰められており、祖父はその布袋を外に出すと、木箱を取り出し俺に差し出した。
「開けてみろ。落とさないようにな」
俺は小さく頷くと木箱のふたを開けた。中には油紙で包まれた、何か棒状のものが一つだけ収まっていた。それを取り出し、油紙を丁寧に開いていく。
それは黒くくすんだ打ち殻薬莢だった。大きさからして見慣れた7.62mm×54mmライフル弾。祖父のライフルや、タイガーライフルで使われている、ロシアの狩猟用ライフル弾としてはごく一般的なものだ。




