狙撃手
「今から11年前、お前が生まれる少し前の初冬だった。その時期にしては異常な寒さだったのでな、お前の父さんはお前の母さんに力をつけて貰おうと鹿を狩りに山に入った。お前も知っての通り、このあたりの熊はとても大きくて強い。冬の間は儂と2人で山に入っていたが、身重の若い娘と、寒さのせいか体調を崩していたばあさんを残して行くわけにもいかなかった。空も晴れていて熊も冬眠に入っているから大丈夫だろうと儂は考え、一人で山へと入っていくお前の父さんを見送った。」
そこまで言うと祖父は横に置かれたタイガーライフルに目をやった。
「そのライフルはお前の父さんが初めて手にした自分のライフルでな。それまでは決して1人では入ろうとしなかった山にも、そのライフルを手に入れてからはちょくちょく一人で入るようになっていた。」
祖父の視線が下がる。肩が震え、拳を強く握りしめている。今まで見たこともないような、今にも崩れ落ちてしまいような弱々しさだった。
若いころの祖父は80キロ程度の獲物であればそれを担いで山を下りてくることが当たり前だったと祖母から聞いていた。当時でも家や家畜小屋が壊れれば、重さ20キロはあるであろう角材を肩に担いで歩いている。身長は決して高くはないがとても屈強で力強い。それが祖父だった。そんな祖父がとても小さく見えていた。
「何度か咎めはしたが、その一方で、儂の息子でもあるお前の父さんの成長が嬉しかったんだろうな。儂もそのことについては口を出さなくなっていった。それが間違いだと気が付いたのは、その夜、ライフルだけが家へ帰ってきた時だった。」
その言葉が何を意味しているのかについて悩んだりはしなかった。まだ10歳だった俺に少しでもショックを与えないようにという祖父の配慮だったのだろう。それを聞いた俺はただ小さくうなずいた。




