狙撃手
「カゲ」
聞こえたのは銃声ではなかった。俺の名を呼ぶ、あの観測手とは違う声、感じたのは肩に感じる反動ではなく、ゴツゴツとブーツのつま先で足を小突かれる鈍い感覚。
一瞬で意識が覚醒する。何度も瞬きをし、霞がかかった視界をクリアにする。静かなで落ち着いた優男の声がすぐそばから放たれた。
「起きたか」
すぐさま銃を構える。マウントには暗視照準眼鏡ではなく、標準装備の10倍率狙撃眼鏡が載っていた。監視地点である集落に目を向けるが、そこにはまるで怪獣が踏み荒らしたような、あちこちから煙が上がる瓦礫だらけの「元」集落が広がっているだけだった。
「この集落じゃない。国道に向かう橋の奥だ。見えるか?」
銃身を持ち上げ、さらに数センチ右へ振った。左右を山に挟まれた集落と国道を繋ぐ、古びてはいるが太い鉄骨を組み上げて作られた鉄橋。その向こうだ。500メートル以上離れてはいるが、決して安心できる距離ではない。
片側一車線、片側が川になっている道路上を、2両の大型車両がこちらに横っ腹を向けて前進していた。こちら側を警戒しているらしく、戦車に比べて小ぶりな砲塔に搭載されている30mm機関砲が、まっすぐにこちらを見据えている。
「悪い、どのくらい寝ていた?」
「2~30分くらいかな。今はカゲの仮眠時間だから気にしなくていい。」
時計を見ると針は12時25分を差していた。仮眠を始めたのが12時からだったので、眠りに落ちてからの時間を考えてもせいぜい20分程度しか休めていない。
この集落に配置されてから4日が経つ。数時間ごとに仮眠を取っていたが、疲労を取り除くには全くもって不十分だ。
「なんでわざわざ俺の仮眠時間に来るんだよ。剣崎が寝てる時に来ればいいものを・・・」
「日頃の行いだろうな。」
冗談を飛ばし合ってはいたが、目はまっすぐ前方を見据えていた。一度山の影に消えた大型車両が緩いカーブを曲がりながら再び姿を現す。その道路は一本道であり、間違いなくこちらに向かってきていた。




