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剣の谷の狙撃手  作者: キャップ
第二章 秋津洲
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秋津洲

こちらに気が付く様子はない。そこに雄鹿がいた。周囲の様子に気を向けることもなく、ひたすらにその角を木に擦り付けている。




鹿の仲間は冬から春にかけて角を落とす。祖父曰く、角の成長に使われる栄養を遮断し、餌の少ない冬を乗り切れるようにするためとの事だ。




そして餌が取れるようになる春から秋にかけて角は成長し、再び伸びていく。鹿は夏の終わりから秋にかけて繁殖期を迎え、雌をめぐって他の雄と争うために硬く、強靭な角が形成されていくわけだ。よって角は雄のみに生える。




だが生え始めの角はその表面が表皮に覆われており、表面はブ二ブニと柔らかい。角が成長し、硬くなり始めると牡鹿はその表皮をこそぎ落す為、角を木に擦り付ける。この時期、森に生えている木々の皮が所々削れているのは、牡鹿の習性によるものだ。




頭を振り、叩きつけるように角を削っている牡鹿は立派な成獣だ。だがロシアに生息しているヘラジカに比べればその体長、体高は半分以下。体重にいたっては5分の1ほどでしかない。ヘラジカはシカ科最大の種であり、個体によってはヒグマ以上の重量にまで成長する。




もちろんヒグマとヘラジカ両者が争ったところで餌になるのはヘラジカの方だが、殺されはしないにしろ、逆にヒグマが撃退されることは決して珍しい事ではない。敵とみなした者に対しては強い攻撃性を発揮することから、人間が殺傷された例も存在する。




故郷の村においてヘラジカはヒグマと並んで狩猟の対象であり、生活するための糧であり、そして俺が生まれて初めて銃を向けた相手でもあった。




小学校に入る頃には、祖父による補助付ではあるが、小口径ライフルによる実射の経験を済ませていた。だが熊を撃ち倒せる口径のライフルを扱うにはまだ体が小さく、実際にまともな銃を持って猟へ付いていくことができたのは、そこからさらに数年後のことだった。




といっても俺にできたことは、少しでも遅れることなく祖父や他の村人たちにくっついて歩いていくことだけだった。町に住んでいる同じ教室の同級生達の中に比べて体力はかなりあるほうだったが、それでも4キロ以上あるライフルやナイフ、背嚢を背負い山で生きてきた大人たちに後れを取らぬ様に歩を進める事は容易ではない。



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