タオルよりもなお白き、君へ
シトシトと雨が降り続いている。
「そうか、もう梅雨か…」
モノ書きである故、毎日作業部屋に篭り切りで、いつからか季節感が薄れてしまっていた。
そして、今日も今日とて机に一人、気の無い時間がいくらか過ぎていたようだ。
四十路の独身、貴族というにはあまりに質素な生活。
博打も女遊びも出来ないような田舎町で、書いては消しを繰り返す毎日である。
私の住処は古い木造ボロの一戸、屋根は錆び付いたトタンだ。
少し耳をやると、雨粒がトタンに跳ね、それが屋根の谷に集まって地面にダダッと落ちてくる音が、やたらと心地いい。
そして、隣家から漏れてくるカレーの匂い。
すぅと深呼吸し、腹一杯食した気になる。
食後の一服、タバコに火をつけふと外を見やると、我が家の軒先で雨宿りをする少女と目があった。
ベタなセーラーに白い肌、長い睫毛は全て上を向き、整った顔をより際立たせている。そして、肩まである真っ直ぐな黒髪を左耳に掛け、スッと背筋の伸びたその立ち姿は、可憐と表すほか何も無かった。
目が合った彼女は、「すみません、お借りしてます」と言い、手を後頭部に当てながら、恥ずかしそうに小さく笑った。
「いえいえ、いくらでも」
久しぶりに女性と話したためか、実は少しドキリとしてしまい、こんな返しになってしまった。
二十以上も歳下の娘に対して、うーむ、なんとも。
こちらも恥ずかしくなり、不恰好にもはにかんだ。
「傘を忘れてしまって、走れば大丈夫かなと思って学校を出たのですが、明日テストがあったのを思い出して。」
「あぁ、風邪を引いたら大変だものね。」
「そうなんです。
だから、お借りしてます。」
彼女は、またニコッと笑う。
少し、ドキリとしてしまう。
「しかし、すでに随分と濡れているね。今タオルを持ってこよう。」
「いえ!お構いなく…」
返答を聴き終える前に、既に箪笥へと歩き出していた。
照れ隠しのためもあるが、一度リセットしたかった。
戸口の方に行き、タオルを差し出す。
「すみません、ありがとうございます。」
「どう致しまして。臭かったらすまないね。」
「臭くなんかないですよ。」
また笑った。
髪をタオルで挟むよう、上品に水気を取りながら、洗って返しますと彼女は言った。
それくらいでわざわざいいのにという気持ちと、少しだけ勿体無いと思ってしまう疚しい気持ちと、7:3くらいの割合で、私は「結構だよ」と答えた。
いえ、と言いながら彼女は肩掛けカバンにタオルを仕舞った。
「明日、またお邪魔しますね!」
「明日は出掛ける用事があるんだ、すまないね。」
もう何日も外なぞ出ていないのに、そんな嘘が口を突いて出た。
外面を気にして、全く浅はかな虚言である。
「そうなんですね、じゃあ明後日に。」
「あぁ、その時は傘を忘れないようにね。」
はい、と答えて彼女は笑う。
「じゃあ。
タオルと雨宿り、ありがとうございました!
あと、先生の小説、読んでます。
次回作も楽しみにしていますね!」
そう言って、彼女はカバンを頭の上に掲げ、小さな雨宿りをしながら走って行った。
パシャパシャと遠くなっていく足音と、トタン屋根に当たる雨音と。
全身の血が耳たぶに集まってきたかのように、熱くなって。
彼女は、私のことを知っていたのか…。
そうか、そうか、なんとも。
ありがとう。
この小説も読んでくれているだろうか。
名も知らぬ、私の読者。
恥ずかしながら、これが私の素直な気持ちであり、作品だ。
私なぞのタオルを使ってくれた、タオルよりもなお白き、君よ。