眼鏡の気持ち
僕のご主人様は家の中でしか僕を使ってくれない。
僕は君に逢いたいのに。
奇跡の再会だったのに。
桜の花が舞う中再会した君と僕。
花が散り終わり葉へと変わる頃には君と僕は逢えなくなった。
君と逢えなくなってから二度目の桜の花が舞い始める。
君と僕は同じ職人さんに作られた。
大きさ以外は全く同じ眼鏡。
同じ売り場で隣合わせで並べられ一緒にご主人様を待っていた。
ご主人様が出来たのは僕が先だったね。
君と「必ずどこかで逢えるから」と約束した。
君も「絶対にね」と返事をくれた。
再会したのは次の日の朝。
人間達が「学校」と言っている場所。
あまりにも早い再会に二人で笑いあったね。
人間たちが同じ方向を向いて座っている中。
僕達二人は何度もお互いを見る事が出来たね。
ご主人様達が僕達を逢わせてくれているみたいに。
ご主人様は黒板くんをいつも見ている。
だけど君の方へ時々視線を向けてくれる。
君のご主人様も僕を時々見てくれる。
君と僕の距離は遠い。
ご主人様達は直接話をしないから。
君と僕は近くをすれ違うのを待つだけだね。
君と近くにいれた日があったね。
僕には最高で最低の一日だったよ。
君と僕のご主人様達が黒板くんを一緒に綺麗にしてる。
背の高い僕のご主人様が上の方。
背の低い君のご主人様が下の方。
二人で一緒の楽しい共同作業。
ご主人様達に会話はほとんど無いけれど。
君と僕は沢山沢山話が出来たね。
二人共良いご主人様に会えて本当に良かった。
君と僕の会話はここまでだった。
僕のご主人様が怒っている。
君のご主人様が下を向いたまま流す涙を君は一生懸命受け止めていたね。
人間の言葉は良く分らないけど。
僕達が他の人間達からバカにされている事は分かったよ。
僕にも「眼鏡」と言う言葉は分かるから。
次の日からご主人様は家の中でしか僕を使ってくれなくなった。
僕は君に逢いたいのに。
奇跡の再会だったのに。
双子のコンタクト君達。
昼間はご主人様を頼んだよ。
僕は家でお留守番しているから。
それでもご主人様は僕をとても大事にしてくれる。
家でご主人様は「学校」の話を良くしてくれる。
きっと君のご主人様の話なのに僕は人間の言葉が分からない。
ある日朝からご主人様の悲鳴が家中に響いた。
コンタクト君が泣いている。
これが僕達の宿命だからと泣いている。
双子のコンタクト君達は独りになっていた。
僕と比べると小さな小さなコンタクト君。
双子が生き別れになる事はよくある事だと泣いていた。
ご主人様が僕を顔にかける。
久しぶりの「学校」だ。
やっと僕は君に逢える。
僕は悪い眼鏡だ。
行方不明のコンタクト君の事は心配だけど。
それ以上に君と逢える事が嬉しいんだ。
そんな僕を待っていたのは絶望だった。
僕は悪い眼鏡だ。
神様は僕に罰を与えたんだ。
君のご主人様の顔に君がいない。
僕のご主人様は何度も君のご主人様を見てくれるけど。
そこに君がいない。
いつから?
君は今どこにいるの?
コンタクト君を心配するより君に逢えると喜んだ罰なの?
僕への罰は続く。
君のいない「学校」へ通う日々。
君のご主人様に君がいない事を確認させられる日々。
絶望の中過ごす日々。
残ったもう一人のコンタクト君もどこかへ居なくなった。
僕も消えてしまいたかった。
それでもご主人様は僕をとても大事にしてくれる。
御主人様の言葉の中には「眼鏡」が多い。
ご主人様も君を心配してくれているのだろうか?
ある日再び奇跡が起こった。
君のご主人様の顔に君がいた。
沢山言いたい言葉はあったけど僕は何も言えなかった。
僕は悪い眼鏡だ。
だからこれ以上幸せを望んではいけない。
君と逢えたのはご主人様が君を心配してくれたからだ。
やっと君に逢えたけど。
僕達がまた他の人間達からバカにされている事は分かったよ。
僕も「眼鏡」と言う言葉は分かるから。
だけど今度は僕のご主人様が覚悟を決めたんだ。
君のご主人様を真っ直ぐ見据えて。
僕は君を真っ直ぐ見据えて。
僕のご主人様が君のご主人様に声を掛ける。
君のご主人様は本当に泣き虫だね。
今は泣いているのに嬉しそうだ。
周りの人間達は雰囲気が変わった。
今まで僕達をバカにしていた人間達。
同じ人間たちがご主人様達を祝福している。
僕が逢えない間に君は大怪我をしたんだね。
レンズが片方新しくなっている。
フレームも傷が残っている。
それでも君のご主人様は君を直したんだね。
新しい眼鏡へ変えずに君を選んだんだね。
お互い良いご主人様に出会えて良かったね。
君と僕の距離が縮まった。
ご主人様達が一緒に居る事が多くなった。
学校の行き帰りだって一緒に過ごせる。
僕は悪い眼鏡。
コンタクト君達を心配するより自分の幸せが嬉しい。
君と居れる事が嬉しい。
君は良い眼鏡。
壊れた君を直して使ってもらえる良い眼鏡。
君のお陰で僕の幸せは続く。
ある日ご主人様達が見つめ合う。
君と僕が見つめ合う。
初めて君と僕のフレームが触れ合った。
ご主人様達が幸せそうに笑っている。
君と僕も笑っている。
この幸せがいつまでも続けと僕は願った。
十年後。
健やかに眠るご主人様達を枕元から並んで見下ろす君と僕。
大きさ以外は全く同じ眼鏡の僕達に大きさ以外は全く同じ指輪が仲間に加わった。