2大鷹さんの場合
「明後日の木曜日の昼に、河合さんとランチすることになりました」
河合さんとランチの約束を取り付けたその日の夕食時、大鷹さんにそのことを伝えた。今日の夕食は私が作ったトマトパスタだ。服にトマトが飛ばないように慎重に食べながら、大鷹さんの返事を待つ。
「河合江子と?」
しばらくして、大鷹さんがいらだちを含ませた言葉を口にする。前から思っていたが、大鷹さんは河合さんのことが嫌いなようだ。元カノと聞いていたのに、どうしてそこまで嫌っているのだろうか。知りたい気持ちもあるが、なんとなく聞いてはいけない気がして口をつぐむ。
「ランチをする相手が河合江子なのは気に入りませんが、僕がどうこう言うことではありません。楽しんできてください」
「大鷹さんは?」
冷たい言葉に負けることなく、大鷹さんのその日の予定を聞いてみる。どうせ、どこぞの友達と遊ぶ予定かもしれないが。
「僕ですか?僕は、まあ……。気になりますか?」
なぜ、言いよどむのか。もしかして、これが世間でいう『浮気』の前兆という奴か。ここで仕事の同僚などと言い出したら浮気確定か。
「別に、大鷹さんがどこで何をしようが気にしませんので安心してください」
突き放す言い方になってしまった。これでは大鷹さんに不信感を抱いてすねているみたいではないか。そこまで私は子供ではないが、このままではいちいち夫の予定を把握しなければすまない、束縛系の妻になってしまう。何か、誤解を解く言葉はないだろうか。
「すいません、明日は早いので片付けて風呂に入ります」
私が何か言う前に、大鷹さんはさっさと食べ終えた食器を片付け始める。私も慌ててそれに倣い、すでに食べ終えていた食器をキッチンに運んでいく。それからは無言の時間が続いた。
大鷹さんが食器を洗ってくれている間に、テーブルを台ふきできれいにしていく。あっという間に片づけが終わってしまう。言葉通り、大鷹さんは自分の部屋に戻るとすぐに風呂に入ってしまった。
(いったい、私の何が大鷹さんを不機嫌にしてしまったのか)
私は知らないうちに大鷹さんを怒らせてしまうことがある。先ほどの言葉は確かにちょっと冷たい言い方だったかもしれないが、怒らせるほどのものではない、と思う。
「河合さんと、どこでランチしようかなあ」
大鷹さんのことは私が考えてもわかるものではない。目先のことを考えることにした。河合さんとどこでランチするか決めなくてはならない。とはいえ、土日引きこもりの友達ゼロの私よりも、河合さんの方がおいしいカフェを知っているだろう。私が提案することもないが、誘ってくれた手前、自分も何かしておきたい。
大鷹さんのことはひとまず置いておき、現実逃避のように私は河合さんとのランチの候補先を探すためにスマホを開いた。
次の日、大鷹さんは朝早くに家を出ていった。今日は実家に行くことを前から聞いていた。
「泊まりになりそうなので、夜は要りません。明日の夕食前には戻りますのでよろしくお願いします」
「わかりました」
昨日のことをいまだに引きずっているのか、朝食時も家を出るときも大鷹さんは機嫌が悪そうにみえた。しかし、挨拶や必要最低限のことは話してくれたので私もそれに倣って挨拶や会話をする。
ガチャリ。
大鷹さんが家を出ていくと、家に静寂が訪れる。二人しかいない家でひとりいなくなっただけでかなり家は寂しくなる。
(ちゃんと行き先も伝えてくれたし、もし、本当に浮気というならば家に帰ってきたときにスマホを見せてもらえば済む話だ)
そう、大鷹さんに限って浮気などありえない。今までだって、私がスマホを見せて欲しいと言えば、簡単に見せてくれていた。今回だって大丈夫だろう。
「今日は一日、ゲームやネット漫画でも読んでごろごろしよう!」
河合さんには、私が調べたランチの候補をすでにSNSで発信済みである。あとは彼女からの返事待ちである。そのため、今日私がやるべき外部との連絡はない。
今日の天気は、雨は降っていないが、どんよりとした曇り。すでに買い物は済ませてあるので、思う存分休みをごろごろしようと決意し、私は自分の部屋に向かった。




