1もしも企画を終えて
「紗々さん、あれはいったいどういうことですか?」
「あれ?」
大鷹さんがいきなり私の部屋にノックもせず入ってきた。いつもならノックをして私の入室の許可を得て入ってくるのに珍しい。慌てた様子の大鷹さんは、私にスマホの画面を突き付けてきた。
「小説投稿サイトの『もしも』企画なのはわかりますが、どうしてこんなにいつも通りなんですか?せっかく僕たちを高校生にしたのなら、もっとどうにかできたでしょう?」
「いや、もしもとはいっても、あまりにも世界観を変えてしまったらだめだと思いまして。本当は私が年下で大鷹さんを先輩にしようかとも考えたんですよ。でも、それだと違うなって」
どうやら大鷹さんは、私が某小説投稿サイトで投稿した『もしも』企画が気に入らなかったらしい。本編の『もしも』ということで、本編とは違う出会い方をしていたらどんな感じだったのかを投稿する企画だ。面白そうなので投稿してみたわけなのだが。
「でも、僕と紗々さんの出会いを書いてくれてうれしかったです。他に『もしも』企画で書く予定の小説はありますか?」
慌ててやってきた割に、そこまで機嫌が悪くない大鷹さんに首をかしげる。どうしてと食いついてきたのはそちらである。何かほかに懸念事項があるのではないか。例えば。
「そうですねえ。最近、私の実家のグリムの話を書いていないので、この機会に擬人化したグリムの話はどうでしょう。あとは、『もしも』企画で書けなかった大鷹さんと弟の亨君との絡みとか、河合さんとか大鷹さんの親せきとか……」
こうして言葉にしてみると、私の周りには小説のネタとして通用する個性的な人物がたくさんいることに気づく。私自身は何の変哲もない、ただのコミュ障引きこもり腐女子なのに、面白いものだ。さて、せっかくの企画、誰を題材にして書いてみようか。
グリムは私の実家で飼っているグリーンイグアナだ。大鷹さんは苦手のようで、実家に来てくれるときはグリムを大鷹さんの視界に入らないようにしている。グリムの擬人化は時々妄想するので書くのは簡単だ。
『もしも』企画で言葉だけの出演となった大鷹さんの弟を出して兄×弟ルートを書くのも捨てがたい。以前のクリスマスでの妄想を小説の中で実現するのも悪くない。まあ、大鷹さんから許可は得られないだろう。
職場の河合さんを登場させてもいいかもしれない。彼女は私の趣味を知っていて、さらには私の小説のファンでもある。私の小説に登場させたら泣いて喜んでくれるだろう。
「ブーブー」
『もしも』企画について考えていたら、私のスマホが通知を告げた。いったい誰だろうか。いや、それよりも気になったのが、部屋に居る大鷹さんのことだ。私が妄想している間、一言も話していない。やけに静か過ぎではなかろうか。チラリと大鷹さんの様子をうかがうと、眉間にしわを寄せてスマホとにらめっこしている。仕事で何か不具合があったのだろうか。
「おおたかさ」
「河合江子の誘いには乗らないでください」
「?」
いきなりすぎる大鷹さんの発言に頭の中に疑問府が大量発生する。今まで静かだと思っていたら、そんなくだらないことを考えていたのか。自分のことは書いてくれていいが、他人のことはネタにするな。それはつまり。いや、まだ河合さんが『もしも』企画で自分をネタにして欲しいと頼まれたわけではない。これはあくまで私の推測でしかない。
「河合さんに嫉妬、ですか?」
「いえ、いや、もうそれでいいです」
スマホをポケットに入れ、大鷹さんは両手で顔を隠している。照れているのかもしれない。大鷹さんは勝手に自爆したらしい。下手に刺激すると、私がとばっちりを受けるため、いったん無視することにして、私のスマホに連絡をよこした相手を確認することにした。
「おはようございます!」
「おはようございます」
月曜日、今日から新年度が始まる。今年は4月1日が土曜日だったため、新年度の始まりは4月3日からだ。今年も私が勤める銀行には新入社員が数人入社した。これから数か月は彼らの面倒を見ることが業務に加わる。
「先輩、私のメッセージ見ましたか?返信がなかったのでどうしたのか心配したんですよ。電話にも出ないし」
「昨日は忙しかったんです。そもそも、私は河合さんをネタに書いてあげるとは一言も言っていません」
「えええ!大鷹っちと自分の『もしも』は書いて、かわいい同僚との『もしも』を書かないのは不平等じゃありませんか?」
朝、銀行に出社すると、同僚の河合さんに昨日の件で責められた。昨日、私に連絡をよこしたのは河合さんだった。河合さんのせいで大鷹さんが不機嫌になっていたのだ。どうやら、私と大鷹さん両方にメッセージを入れていたらしい。
「不平等って……」
「だって、ずるいじゃないですか?とりあえず、ネタは提供するのでそれを元に短編でいいので書いてください!」
人の話を聞かない後輩である。とはいえ、最初の出会いからかなり変わった人物だった。河合さんは私にネタを書いたメモを渡してそのまま仕事に向かってしまった。更衣室で話していたので、ロッカーは目の前にある。腕時計を見ると、もうすぐ始業時間である。メモは制服のポケットに入れて私も急いで河合さんの後を追って更衣室を出た。




