5陳腐なセリフ
「ただいま、戻りました」
ようやく家に帰ることが出来た。ドアを開けて玄関に入ると急に疲れが全身に現れる。靴を脱いだころには疲れがマックスになり、廊下に倒れこむ。両ひざと両手を廊下の床につく。いわゆる四つん這いの姿勢になってしまう。
「おかえりなさい、紗々さん。どうしました?も、もしかして僕の風邪が」
「ち、違うと思いますけど、とりあえず、このまま少しそのままにしておいてください」
私が帰宅した気配を察したのか、大鷹さんがリビングからやってきた。多少の顔色の悪さはあるが、それ以外に体調が悪そうなところは見えなかった。会社を早退して休んで少し回復したのかもしれない。
「いきなり玄関で倒れこんでいたら、心配しますよ。熱はないですか?」
私の言葉を無視して大鷹さんが近づいてきて額に手を伸ばす。ひんやりとした男性の手の感触に反射的に後ずさる。大鷹さんとは言え、私はまだまだ男性恐怖症から脱してはいない。
「す、すいません。つい。ね、熱はなさそうなので安心しました」
「ハ、ハイ」
大鷹さんは不用意に私に触れたことを謝ってきた。しかし、私が心配でとった行動であることはわかっている。突然の行動に驚いただけなので怒ってはいない。それよりも今日の一連の出来事をどうやって大鷹さんに話そうかということで私の頭はいっぱいだった。
「玄関は寒いので、移動したほうがいいですけど、動けますか?リビングは僕がさっきまでいたので暖かくしてあります」
大鷹さんを拒絶したにもかかわらず、彼は優しく私に話しかけてくれる。毎度のことながら、私には出来すぎた夫である。全身に力を入れて、大鷹さんの手を借りることなく、私は大鷹さんと一緒にリビングに向かった。
「大鷹さんって、風邪とかで寝込んだりすると厄介ですね」
スーパーで購入した荷物を片付け、私服に着替えてリビングに戻ってきた私はつい、大鷹さんに愚痴をこぼしてしまった。別に今回の件は大鷹さんに非がないことはわかっている。わかっているが、大変な目にあったのは事実だ。もし、あの場に彼女たちが現れなかったらどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい。
「やっぱり、そうですか……」
リビングのソファにぐったりと腰掛けると、すこし離れた場所に大鷹さんも座った。体調不良ということを加味したら妥当な距離である。
「あの、オレ、今は病人なので、近寄ったら紗々さんにうつ」
「私が大鷹さんの妻です。妻が夫の看病をするのは当たり前のことです」
無意識に大鷹さんが離れた分の距離を詰めてしまっていた。大鷹さんは驚いて慌てて私から離れようとした。当然の行動だが、その行動にムッとしてしまう。こういう時、自分が大鷹さんにふさわしい相手だったら。
「大鷹さん、すこし熱っぽいですね。熱を冷ますには適度な運動がいいんですよ。しますか。私とうん」
「ああああああああああ!」
まさか、自分がこんな陳腐なセリフを言う日が来るとは思わなかった。いや、途中で気づいて慌てて大声を自らあげて遮った。最近、頭が恋愛脳に侵されつつある。現実にこんなことを言うくらいなら、パソコンにこの思いをぶつけたほうが精神的にもいいし、何より、読者が増えるに違いない。
「えっと、その紗々さんも体調がわるいんで」
「元気です!むしろ、元気すぎるくらいなので、このあふれ出る元気をパソコンに向かうことで消費してきます!」
恥ずかしすぎる。これぞ、穴があったら入りたい気分である。急いでリビングを出て自分の部屋に向かってダッシュする。大鷹さんの看病のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。




