5いざ、調理開始~センスが問われます~
「それでは、さっそく作っていきたいと思います。」
材料を買い終えて、いざ調理開始である。守の宣言のもと、オレ達はてきぱきと材料を計り、混ぜ合わせていく。今回は3品作る必要があるので、段取りがよくないと効率が悪くて時間を食ってしまう。
「クッキーだけど、普通のプレーン生地にアイシングすればいいから、生地を寝かせる時間が減るね。」
「そうそう、しっかりと生地を混ぜ合わせてね。ムラが出ないように。」
「こんなのを毎回、オレのために李江は作ってくれていたのか。」
「きらりもこんな風に作ってくれると嬉しかったが……。」
「僕の苦労を千沙さんが知ってくれる日は来るだろうか。」
手を動かしながらも、それぞれの相手に思うところがあるようで、ぶつぶつと文句と愚痴を口にしながら進めていく。
オーブンで焼いている間は暇になる。暇になったところで、オレはまた、彼らに相談する。
「できたお菓子をどうやってあげたら、一番喜んでくれるだろうか。サプライズで渡すのが一番インパクトがあっていいと思うが……。」
「それが一番だが、誰と作ったのかとか、他にあげた人がいるのかと聞かれたら厄介だな。」
「オレはサプライズとか面倒なことはしない。当日に普通に渡すぞ。」
「僕もそう。毎年あげているし、大輔さんの言う通り、面倒なことはしない。」
お菓子のいい香りが部屋に充満してくる。ああ、お菓子の香りのなんて幸せな気分になることか。ふわふわ幸せ気分を味わっていると、じっと3人の視線を感じた。
「兄貴って、やっとまともになったよな。いや、今までも別にそこまでじゃなかったけど。今の方が人間らしいというかなんていうか」
「それはきっと紗々さんのおかげかな。オレの外面が好きなことには変わりないが、それ以外にも内面を見てくれる。それに紗々さんと居ると、毎日が新鮮だ。」
するすると言葉が湧き出てくる。そう、紗々さんと結婚して、今まで知らなかった世界があると知った。世間ではまだまだ少数派だが、それでもそんな世界に楽しみを見つける人がいた。それが紗々さんで、自分もはまり始めている。自分の好きなことに没頭する人がいて、自分も仲間である。それがたまらなくうれしかった。
「いいねえ。ていうか、おさむ君だけじゃなくて、守君も大輔さんもいい奥さんを見つけたよね。僕もそんな相手が見つかるといいな。」
しみじみとした話をしているうちにオーブンが焼き上がりの音を告げる。中を確認すると、初めての共同作業にしてはうまくいったようだ。初めに作ったのはマフィンで、カップに入った一つ一つの生地がしっかり膨らんで、見た目はばっちりだ。守が生地にくしを刺して、焼けているのか確認する。
「大丈夫。」
守の一言に、オレらは安堵のため息を吐く。見た目はいいが、次は味だ。ちゃんと分量通りに計ったが、どうだろうか。オレが代表で一つを取り出し、カップから取り出し、切り分ける。4人分に切り分けて試食する。
「おう、これこそ手作りの味。素朴でうまいな。」
「上出来だな。これなら李江の機嫌も直りそうだ。」
オレもうまいと感心した。お菓子は女子が作るものばかりと思っていたが、今の世の中、お菓子を作る男子がいてもおかしくはない。暇があったら作ってもいいくらいの出来で、オレも満足の出来だった。
「まあ、君たちにしては上出来だ。もし、来年も作るというなら、もっと厳しく行くからね。」
守だけは完ぺき主義なのか、生地がどうだとか、味がどうとか言っていたが、おおむね満足のようだ。試食を食べる姿は幸せそうだった。
その後に作ったガトーショコラもクッキーも無事に完成させることができた。
「次はラッピングだね。これはセンスが問われる。」
焼きあがったガトーショコラ、マフィンにアイシングクッキー。これらをどうラッピングするかが問題である。材料と一緒に購入したラッピングを机に並べてオレたち3人はうなっていた。守は、これまた毎年のことで慣れているのか、特に表情は変わらない。
「別に菓子自体はおいしくできたんだから、そう包装にこだわる必要はないだろ。」
「いや、見た目は大事だぞ。女子はとにかくかわいいものに目がないからな。ただし、オレらにそのかわいさを求められても困るがな。」
大輔さんも、亨の言い分もそれぞれ理解できる。さて、どうしたらいいものか。守の方をちらりと見ると、肩をすくめている。
「僕が全員分のラッピングをしてもいいけど、やっぱりあげる本人がやるのが一番いいと思うけど。」
守の言葉に納得する二人。オレもそうするのがいい気がした。
「じゃあ、それぞれ好きなようにラッピングするとしよう。」
大輔さんは、簡単にそれぞれのお菓子を袋に詰めて、その後、大きな袋にまとめてリボンを結んでいた。亨は悩んでいたが、それぞれ袋に詰めて、その後に同じように大きな袋に入れて、付属でついてきたメッセージカードに何やらコメントを書いて、袋に括り付けていた。守はというと、ラッピングをする気はないようで、タッパーにそれぞれを入れて終割のようだ。
オレはというと、思いのほか悩んでいた。たかだラッピング、そこまで悩む必要はないのだが、紗々さんを喜ばせる最大の方法を必死で考え、手が止まっていた。
そうは言っても、いつまでも悩んでいても仕方ない。オレも無難に彼らと同じようにそれぞれを個包装して、それを大きめの袋に入れて、リボンをかけた。メッセージカードカードがついていたので、亨と同様にメッセージを書こうかと思った。
「亨は何を書いた?」
「いうわけないだろう。バカ兄貴。義姉さんなら、腐男子宣言しておけば、それだけで泣いて喜ぶと思うけどな。オレには理解不能だが。」
どうやら、亨も腐男子という言葉を知っているようだ。確かにそれも一理あるが、それだとつまらない気がした。
「そろそろ千沙さんが戻ってくるころだけど、大丈夫?たぶんというか、十中八九ここに僕らが集まっていることがばれたら、いい笑いものの種にされるだけだよ。」
「それは嫌だ。」
「千沙さん、ああ見えて、結構やばい人だからな。」
その言葉を聞いて、二人は早々に帰る支度を始めた。玄関を出る際には、お礼の言葉を忘れなかった。
「たまにはこういう風にみんなで集まって何かをやるもの楽しいな。呼んでくれてサンキュ。兄貴。これ持って、李江にはオレがいかにいい男かアピールにしてやるぜ。」
「同感だ。オレはどちらかというと部外者に近いが、呼んでくれたこと、感謝するぞ。」
二人が帰っても、オレは守の家から帰ることはなかった。お菓子を作り、包装もしたが、メッセージカードにコメントをかけていないし、何より、渡す方法を考えていなかった。
「おさむ君って、本当に変わったよねえ。うん、いい意味だよ。紗々さんが変えたんだよね。彼女、すごいね。」
「すごい、か。いや、普通ではないことは確かだ。ニート、引きこもり寸前の社会人だが、それでも、面白い。オレはその面白さにひかれた。」
「誉め言葉なのか、けなしているのか不明だね。それで、悩んでいるのは、メッセージと渡し方と見た。どうしてわかったって顔をしているけど、顔に出ているよ。」
オレは、そんなに顔に出るタイプだっただろうか。守にアドバイスをもらった方がいいのか悩むが、聞いてみて損はない。
「守はどういう風に渡したら……。」
「ただいまあ。あら、お客が来ているの。それなら言ってくれれば、何か買ってきたのに。」
タイミング悪く、千沙さんが帰ってきてしまった。慌てて、ラッピングした菓子たちをまとめて帰宅する支度をすれば、千沙さんがリビングに来てしまった。
「いいにおいがするわねえ。あら、守、さっそく今年の分を作ってくれたのね。あら、おさむじゃないの。おさむが私の家に来るなんて珍しい。おやまあ、」
勘の良い千沙さんは目ざとく、オレが抱えていた袋に気付いたようだ。
「あらあ、おさむくんももしかして、守と一緒にお菓子を作ったと見た。いったい何を作って、誰にあげるのかなあ。」
「千沙さん、あまりおさむくんをいじめないであげて。結構本気で悩んで一生懸命紗々さんのために作っていたんだから。」
守がいらぬフォローをしてきた。他人に本当のことを言われると、気恥ずかしい。自分の顔が赤くなるのを理解しつつ、自分でも言っておく。そして、これから家に帰ることも伝えておく。
「守の言う通りです。紗々さんのために作りました。では、オレはこれから家に帰ります。台所と守を貸してくれてありがとうございました。」
では、と言って、玄関に向かうとすると、ガシッと腕を掴まれた。そういえば、オレも紗々さんの腕をこうやってつかんでいたなと、どうでもいいことを思い出す。そして、腕が思いのほか痛いことに気付いたので、これからはもっと優しく腕を掴もうと思った。
「それはそれは、愛にあふれる行動ねエ。千沙さんにその行動に至った理由とか、どうやってあげるのか、ぜひ教えてくれるとうれしいわあ。」
にやにやとオレの反応を楽しむように、つかんだ腕に力を入れてきた千沙さん。助けを求めるように守の方を見るが、頑張れと口パクで応援されただけだった。
「はあ。」
あきらめて、改めて千沙さんの方を振り向くと、とても楽しそうでキラキラとした笑顔がそこにあった。開き直ったオレは、自分のことを話すついでに千沙さんにどうやってチョコを渡したら、紗々さんが一番驚き、喜んでくれるのかアドバイスを聞くことにした。




