2初詣~私が知り合いに出会う確率~
私の実家では、毎年、大みそかの夜12時を回って、日付が新年に変わる頃、深夜の神社に初詣に行くことにしていた。大鷹さんに伝えると、大鷹さんもそれで構わないと言ってくれた。
「いつもは適当に初詣は夜に行ったり、昼間に行ったりとバラバラでしたからどちらでもいいです。」
「新年まで。後1分です。」
テレビの中で、年越しのカウントライブが始まる。そろそろだと私と大鷹さんは初詣の準備をする。外は真冬の深夜。ジーパンにダウンを着て、マフラー、手袋を装備して、準備は整った。色気が皆無だが、誰に会うわけでもないので、温かさ重視の装備で問題はない。
「新年、あけましておめでとうございます!」
テレビで年が明けたことが告げられる。私たちも挨拶をしようと大鷹さんを見ると、ずいぶんうれしそうな顔をしていた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「こちらこそ、今年もよろしくお願いします。」
「ずいぶんうれしそうですが、そんなに年明けってうれしいものですか。」
「紗々さんと年を越せてうれしいんですよ。それに、『今年も』ということは、また一年一緒に居てくれるということでしょう。」
「いや、そこまで深い意味では……。」
「もしかして、すでに新しい男でも見つけて……。」
「そんなわけないでしょう。それに、見つけるのは大鷹さんの相手で、私ではありません。」
そんな会話をしながら、私たちは家を出る。外はやはり、年末寒波というだけあって、冷たい風が吹いていたが、私の心は反対にぽかぽかと温かかった。
家の近くにある、歩いて10分くらいの神社に到着すると、すでに初詣をする人でにぎわっていた。
お賽銭を入れて、手を合わせて祈願する。まずは、健康に一年を過ごせますように。健康が第一である。身体が健康でこそ、物事がしっかりとこなせるというものだ。
「大鷹さんにいい相手が見つかりますように。」
いくつも願うのは欲張りだろうが、念のため、これも祈願した。今年、来年とずっと大鷹さんと一緒に年を越せたらなと思うのだが、それでは大鷹さんのためにはならないことはわかっている。
いい相手が見つかり次第、別れを切り出すのだ。そう、心に誓い、今年も健康で過ごそうと思った。
大鷹さんも必死に何かを祈願していた。いったい何を祈願しているのやら。まさか、私と別れずにずっと一緒に過ごせますように、とかだったら恥ずかしすぎる。これは単なる私のうぬぼれだ。自分は別れるために祈っているのに、相手が自分と一緒に居られますようにと願っているのをうれしく思うのは、さすがにクズ過ぎる。
甘酒をもらい、火のそばで温まっていると、大鷹さんに声をかける人々が次々と現れる。
「あけましておめでとう。嫁さんはどうした?」
「あけましておめでとう。一人ならこれからオールしようぜ。」
「一人なら私と一緒にどうかしら。」
この神社はそこまで有名でもないのに、どうしてこんなに大鷹さんの知り合いに遭遇するのだろうか。「イケメン歩けば、何とやら」の再来である。
それにしても、誰もかれもが、大鷹さんが一人で初詣に来ていると思い込んでいる。私はそんなに影が薄いのだろうか。
ふてくされて、スマホを眺める。しかし残念というか、当然というか、私に新年の挨拶が来ることはなかった。わかっていたことだが、それでも少しの寂しさを感じた。
大鷹さんは、遭遇した知り合いに一言一言、返事をしている。すぐに終わりそうにないので、先に家に帰って寝てしまおうか。スマホで時間をつぶしてもいいが、新年の挨拶が届かないスマホを眺めているのはむなしすぎる。
「大鷹さん、私は先に……。」
帰りますと声をかけようとしたが、その言葉は遮られた。
「もしかして、倉敷か。」
ふむ、私が知り合いに会う確率など、大鷹さん、いや、世間一般の人から比べたら、万に一つもないのだが、なぜかその万に一つの確率が訪れてしまった。暗闇で見えづらかったが、倉敷というのは、あまりない名字であり、おそらく、その声は私に向けられているのだろう。
「ええと、どちら様ですか。」
「やっぱり、倉敷だ。オレだよオレ。中学と高校が同じだっただろう。竹内だよ。」
思い出した。そんな奴もいた。ただし、ほとんど話したこともなければ、学校が一緒ということだけで、接点はなかったはずだ。
面倒くさい奴に出会ってしまった。
竹内という中学と高校が同じだった男性と出会ったのはいいが、何を話したらいいのか皆目見当がつかない。相手はどんな意図があって私に声をかけてきたのだろうか。
「ああ、久しぶり。10年以上ぶりだよね。よく、私のことがわかったね。」
「まあ、オレ、人の顔を覚えるのが得意だから。」
「そうだったね。確か、先生を目指していたんだよね。」
「紗々さん、やっと人が途切れました。今のうちに帰りましょう。」
竹内君との会話の最中に大鷹さんが割り込んできた。大した会話をしていたわけではないので、竹内君に挨拶をして、帰ろうとした。
「ということで、私は帰りますので。竹内君もよい年を過ごせますように。では。」
「お、おう。」
竹内君は驚いた顔をしていた。当然だろう。そもそも、私に彼氏というものが存在したことはない。それなのに、現在、私の隣には旦那がいるのだ。驚くのも無理はない。なんだか無性にいい気分だった。
夜の暗い道を大鷹さんと颯爽と歩いていると、大鷹さんが不機嫌な声を出して、私に問いただす。
「あの男性は誰ですか。まさか、紗々さんの元カレとか……。」
「私がそんな浮ついたリア充生活を送っていたと思っていたとでも。」
「疑っているわけではありませんが。」
「もしかして、妬いているのですか。」
「悪いですか。」
「いえいえ。竹内君はただの中学、高校の同級生ですよ。接点はなかったはずですが、顔くらいは知っていました。なぜ、声をかけてきたのか謎ですが。」
ああ、これが私でなければ、面白かったのに。例えば、これが二次元の話だったなら。
「実は、オレは前からおまえのことが好きだったんだ。」
「そう、私も好きだった。でも、もう遅いよ。だって私は……。」
「結婚していても構わない。オレが今の旦那よりいいと証明すればいいだけだろう。」
「でも……。」
「お前に今こうして出会えてのは運命だ。オレにチャンスをくれないか。」
そう、こんな感じで話が進んでいく。相手も実は結婚していたが、結婚生活は冷え切っていて、離婚秒読み状態だった。
旦那もいい人だが、久しぶりに出会った彼への思いは捨てきれなかった。二人の間で揺れる主人公。
「ああ、これはたぎるわあ。性別は男→女←男でもいいけど、男だけでも行けるわあ。」
「……。妄想ならいいですが、実際にそんなことが起きたら、泥沼展開ですよねそれ。」
そうならないことを祈ります。まあ、紗々さんに限ってそれはないでしょうが。
いつものごとく、大鷹さんの声は私の耳には聞こえていなかった。空には星が広がり、とてもいい天気だった。




