5イメチェンしたところで
週明け、会社に着くと、すぐに私の変化に気付いた河合さんと梨々花さんが声をかけてきた。
「おはようございます、紗々先輩。イメチェン成功ですね。外側の色もいい感じの暗めの茶色で素敵です!髪型もいつものショートにせずに正解です!先輩は短くて楽だったかもしれないですけど、正直、あれは短すぎて幼く見えました。前髪もそのくらいが妥当な長さだと思います。今後も短すぎるのはやめて、多少邪魔でもいまいみたいなオシャレなショートカットの方がいいですよ!爪は……。いいじゃないですか!仕事を邪魔するわけでもないですけど、きらりと光るいい色だと思います!激し過ぎないピンク色が素敵です!ああ、単色じゃなくて、二色なんですね。薄いピンクと少し濃いピンク色。でも、次はどうします?私、家にジェルネイルできるように道具をそろえているので、次のネイルは私が先輩にやってあげましょうか?私もさぼっていないで、ネイル頑張ろうかな……」
「おはようございます、倉敷さん。ああ、ようやくまともな格好になりましたね。いいと思いますよ。これから毎日、お手入れ頑張ってくださいね。髪色は素敵ですが、髪がぼさぼさでは意味がありません。そういえば、倉敷さんって、ヘアアイロンって持っていますか?今の髪型をキープしたいのなら、必需品ですよ。会社の評判にも関わりますので、仕方なく私が髪のお手入れ方法を教えてもいいですよ。爪は……。いい感じですね。こちらも毎日の手入れが欠かせません。ハンドクリームはもちろん、朝と夜にはネイルオイルをシッカリと塗ることが大切ですよ」
「お二人とも、あ、ありがとうございます。そ、そろそろ始業の時間です、よ」
河合さんと梨々花さんは鬼気迫る表情で私に迫ってきた。言葉自体は褒めている感じがするが、なんだか素直にうれしいとは思えないのはなぜだろう。
それにしても、今の髪型と爪は彼女達に好評だったようだ。それはわかるのだが、オシャレを維持するのは大変らしい、ということは伝わってきた。
とりあえず、この夏ぐらいはオシャレに気を遣ってみることにしよう。お金も時間も有限なので、出来る範囲でのオシャレを楽しむことに決めた。
「そういえば、先輩って視力はいいんですか?」
昼休みに入り、河合さんと梨々花さんと私は控え室で休憩を取っていた。その時に、不意に河合さんに質問される。今更だが、私は外ではコンタクトを着けている。たまにメガネで出勤しているが、忘れているのだろうか。
「いえ、悪い方ですよ。コンタクトやメガネがないと、生活できません。たまに目の調子が悪いとメガネをかけて出勤してますよ」
「なるほど。あんまり記憶になかったですけど、確かに言われてみればそうかも……」
「そうなんですかあ?コンタクトっていうのは意外ですね。私は視力2.0あるので、分かり合えそうにないです」
「私もそこまで悪くないですね。両目で1.0はありますよ」
「羨ましい……」
いきなり視力の話をしてきたと思ったら、ただの彼女達の自慢話になっていた。まったく、これだから裸眼の人たちは困るのだ。目が悪い人の気持ちがわからない。自分の視力を何気なく相手に伝えるだけで、傷つく人もいるのだ。目が悪い人に配慮して欲しい。
「紗々先輩が、目が悪いのにメガネではなく、コンタクトをしているのは、確かに意外です。今までが地味で芋臭い人がイメチェンするときって、大体、メガネからコンタクトにするっていうのがセオリーかなと思いまして。そのあと、髪の毛の色や長さなどの調整、服を新しくする。週明けに会社に行くと、この人誰?状態になるっていうのが創作の鉄板ネタじゃないですか?」
「そういう恋愛系の話し、広告とかでよく見かけますね。でも、実際はメガネをコンタクトにしたって、髪色を変えたって、誰?みたいなことにならないですよ。まあ、黒髪をいきなり金髪にしたとかならわからなくもないですけど。でもでも、江子先輩なら、どんな格好でも似合うと思いますよ」
「所詮、二次元ってことだよねえ。マンガみたいにこんな美人、この会社にいた?とはならないし。紗々先輩も、キレイになったなとは思いますけど、誰?この美人、にはならなかったですから」
「……」
河合さんと梨々花さんは最近、広告でよく見かける漫画の話を始めた。確かにアレらはあまりにも非現実的な場面がある。とはいえ、その状況を私に当てはめるのはやめていただきたい。
「ああ、でも、メガネを外したら美人、とかは実際にあると思いますよ」
『はあ?』
河合さんと梨々花さんが同時に私に視線を向けてくる。私の言葉に疑問の声を上げ、それは奇しくもきれいなハモリを見せた。仕方なく、実例を挙げて説明する。
「私の妹の話になってしまうんですけど……」
妹も私と同様に視力が悪く、新たにメガネを購入した。その際に、メガネ屋でコンタクトの上からメガネを試着したらしい。そして、自分に似合うと思ったメガネを購入した。
後日、メガネを受け取り、レンズが入った状態でかけてみたらあらびっくり。目が小さく見えてしまい、間抜けな姿になってしまいましたとさ。
「どうやら、近視用に作られたレンズは相手から見ると、目が小さく見えてしまうようでして、その辺も考慮してメガネを選ばないと、大変なことになるようです」
『なるほど?』
やはり、これは視力が悪い人でないとわからない苦悩らしい。
「とりあえず、私に関しては漫画のように、相手を見返すためにメガネからコンタクトにしたり、服装や髪型を変えたり、なんてことはしません。それに、私の格好が多少変わったところで、誰も気にしないでしょう?」
「誰も、とはひどい気がしますけどね」
「それでよく、結婚できましたね」
二人の意気投合具合がすばらしい。今度は私に対して呆れた視線を向けてくる。誰も気にしないのは本当だろう。他人の容姿など自分が気にするほど気にしていな。
「ああ」
ひとり、私の容姿を気にする人がいた。いや、私は彼に対しては気にしなくてはならなかった。
「ようやく思い出しましたか。まあ、今後はキチンと思い出してあげてくださいね」
「ごちそうさまでした。私は歯磨きをするので、どうぞご自由に旦那様のことを考えてもらって結構ですよ。ああでも、あまり変な顔をしていたら、殴りたくなるのでご自重を」
こうして、私のイメチェン計画は無事?に進むのだった。




