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1退職代行

 エイプリルフールも何事もなく終わり、4月も半ばを過ぎようとしている。そんな中、最近流行りの退職代行を使って退職した社員が話題となった。


「紗々先輩、聞きました?4月に入った新入社員の1人が退職代行を使って、辞めたらしいですよ」


「入社してひと月も経たずに辞めるなんて、早すぎですよね。しかも、本人の口からじゃなくて、退職代行使うのが今時というか、なんというか」


 お昼休憩中に、河合さんと梨々花さんの3人で昼食を取っていたら、河合さんがその話題を口にした。梨々花さんもそれに同意していたが、私は河合さん達からの言葉で初めて知る情報だった。


「もしかして、その反応、知らなかったんですか?まったく、どうして同じ社員なのにこうも情報が行き渡らないのか不思議です。でもまあ、倉敷先輩なら仕方ないですけど」


「紗々先輩が情弱なのは今に始まったことじゃないでしょう?それにしても、仕事を辞めるのに、直接上司に言わなくてもすむのは便利ですね」


 相変わらず、2人は私に対して辛らつな言葉を口にする。梨々花さんは私のことを嫌いみたいなので、私に対しての言動は多少大目に見るが、河合さんは私のことを気に入ってくれている。それなのになぜ、梨々花さんと同様の口ぶりなのか。


「情弱ではないです。新入社員が辞めたことは知っています。どんな理由で、どんな方法で退職したのか知らなかっただけです」


 情弱と言われたら、否定できない。しかし、それでも社員が辞めたことくらいは把握している。私はそこまで社内で孤立はしていない。そこは彼女達に主張する。


「さすがに社員の1人が辞めたことを知らないのはまずいですから、それは知っていて当たり前です」


 私の主張は梨々花さんにバッサリ切られてしまう。


「そういえば、私は前の会社を辞める時、自分で上司に辞めますって言いましたよ。その時はまだ退職代行なんてなかったか、あったとしても認知されていなかったですから」


「そういえば、河合さんは転職してきたんでしたね」


 河合さんは転職して、私が働く会社にやってきた。何年も一緒に働いていて、会社になじんでいたので、そのことをすっかり忘れていた。


「そうそう、転職してもう何年経つんだろう。エエト……」


 河合さんが指を折り曲げて転職して何年目か数えている。すでにそれだけ年月が経っているということだ。時が経つのが早すぎて恐ろしくなる。


「倉敷先輩は、江子先輩とずっと一緒に働いているんでしょう?いいなあ」


「別に私だけが一緒じゃないですよ。他にも安藤さんとか平野さんとかも」


「はあ」


 梨々花さんに大きなため息をつかれてしまった。これでも私の方が先輩で年上なのだが、どうにも私は彼女になめられている。


「江子先輩と倉敷先輩が一緒に居る期間が長いのは事実なので、仕方ありません」


 あきらめたような口調で言われても、どう返事したらいいのか反応に困る。河合さんを見ると、彼女もまた苦笑している。


「それで、退職代行で辞めていった新入社員の子だけど、梨々花ちゃんの大学の後輩だったんだよね?」


「ええと、まあ、そうなんですけど……」


 河合さんに話題を振られて、梨々花さんは一瞬、嬉しそうな顔をしていたがすぐに表情が曇ってしまう。何か、その新入社員との間に嫌な事でもあったのだろうか。いや、退職代行を使って辞めているのだ。梨々花さんに相談しないで辞めて、負い目を感じているのかもしれない。


「こんな話、江子先輩に話すのもなんだか気が引けますけど」


「いいよ、いいよ。梨々花ちゃんは私の後輩なんだから、ねえ、紗々先輩も聞きたいでしょう?」


「そうですね。退職代行を使ってまで辞めたかった理由も興味ありますし。その新入社員と梨々花さんの関係も気になりますね」


 江子先輩に、というところを強調しているが、文句はなかったので私が聞いても問題はないらしい。梨々花さんは一度目をつぶり、それから河合さんの方を向いて話しだす。相変わらず、私の言葉は完全スルーだ。いっそ清々しいほどに態度が違う。


「江子先輩がどうしてもというのなら。あと、辞めた新入社員だけでなく、もう1人の新入社員についての話しも聞いていただけますか?」


 何やら、今年度の新入社員は梨々花さんにとって、面倒な相手ばかりだったらしい。



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