10面倒なのですべて割愛
「……最終的に、このような結末に落ち着きました」
「なんだか、ずいぶんと話を端折っている気がしますが、事情は分かりました」
一月も残り一週間で終わりという週末、私は大鷹さんに今回の梨々花さんに関する騒動の一部始終をかいつまんで報告した。
結局、梨々花さんは当間と別れることになったようだ。詳細はわからないが、河合さん曰く、とても面白いものを見せてもらったとのこと。彼女の別れ話の現場に立ち会ったそうだが、他人の別れ話を面白いものと言うのは、大変悪趣味な女性だ。まあ、私や大鷹さんたちに絡んでくるのだから、趣味がよいとは言えないだろう。
「それで、新たなファンが増えたという訳ですか。しかし、紗々さんの同僚とは。世の中、狭いものですね。それで、話は変わるのですが、今回の新作で気になる点がありまして」
「どうぞ?何か誤字脱字でも見つかりましたか?一応、自分でも読み直して、変なところがないかはチェックしてから投稿しているのですが」
この前の、三人での恋愛にもつれる話は、登場人物の名前を決めて執筆を進めて、無事に投稿することができた。読者の反応も上々で、今のところマイナスのコメントは来ていない。そもそも、コメントなどほとんど来たことがないので、コメントが来たら、それがマイナス評価でもプラス評価でもどちらでも、まずは喜ぶべき事態となる。底辺作家などそんなものだ。
「お話自体は大変、面白くてよかったと思います。恋愛の形も様々なので、世間では認められていなくても、本人たちがよければ、どんな形に落ち着こうが構いません。ただし……」
「ただし?」
おおむね高評価の感想だが、大鷹さんが途中で言葉を止める。ここからが本題の気になる点という事か。作者としては、まずは黙って聞くことが大切だろう。その上で、それにきちんと対応するのが正しい作者の在り方だ。
「まず、彼らの関係が非常に今の僕たちの関係に似ているということ。そして、物語では最終的に彼らは一緒に住むことになり、三人でのお付き合いが始まったということ。物語だと割り切ってはいますが、【先生】的には、現実でもこのような事を望まれているのでしょうか?」
「エエト……」
確かに新作では、私たちの事を元に小説を書かせてもらった。あくまで小説サイトに投稿したものはフィクションであり、現実とは一切関係がない。だからこそ、自由に妄想ができる。できるのだが、現実と重ねてしまう人も中には存在する。どうやって言い訳しようか考えている間に、大鷹さんの話しは続いていく。
「もし、そのような妄想をご所望なら、こちらにも考えがあります」
「はあ」
別に私は今の私たちの関係に不満があるわけではない。大鷹さんとの仲も良好だし、河合さんだって、私が本当に嫌がることはしてこない。会社の同僚と夫がたまたま元恋人同士なことだけが特別であり、他は至って普通である。
妄想は妄想であり、各個人の頭の中で完結するのなら、どんなことでも考えればいいと思っている。それを現実に実行した人間が犯罪者として捕まるのだ。嫌いな人を妄想で殺しても、好きな人が二次元のキャラクターでそのキャラと妄想の中で恋愛をしたっていい。
「僕は絶対に河合江子と一緒に三人での生活はごめんです。そして、運が良いことに僕はとある人から恋愛相談を受けました。なので、その恋愛を全力で応援しようと思っています」
どんな考えかと覚悟して聞いていたが、中身は私の理解を越えたものだった。恋愛相談を受けていたとは知らなかったが、その恋愛を応援することで大鷹さんのメリットになることはなんとなく理解できた。
「それって、河合さんのことが好きだという人ですか?」
もし、河合さんに新たな恋人ができれば、大鷹さんの言う通り、小説のような三人で付き合うという、現実では荒唐無稽とも呼ばれる特殊な関係にならなくて済む。
「想像にお任せします。それで、その人からの伝言を預かっています」
大鷹さんはなぜかにっこりと微笑んでいた。その微笑みに既視感を覚える。どこかでみたような笑顔だった。
「私は【紗々の葉先生】のファンではありますが、先生個人としては苦手なタイプです。この先も先生とは気が合うことはないでしょう。しかし、まさか、あんな素晴らしい作品をお書きになる先生が私の身近にいたとは驚きです。そんな先生の素敵な旦那様が、私の恋を応援してくれるというので、とても心強いです。先生は今後も素晴らしい作品をたくさんお書きください。そして、どうか私の恋路の邪魔をしないでください」
「なんだか、その人の顔が思い浮かぶのですが……」
大鷹さんは伝言をもらった人の口調を真似て話してくれた。そして、それを聞いてとても嫌な予感がした。私がその人にとって苦手なタイプ、気が合わない、身近な人、ある特定の人物を言い当てるには充分な情報だ。
「結局、バレたということか……」
「まあ、【先生】にとっては、ファンが一人増えたので良かったのでは?」
「そういうことにします」
ファンが増えたのはいいが、そのファンが私にとって厄介な相手だったというのは、目を瞑ることにしよう。




