5熱狂的な読者(再確認)
「紗々さん、あれから……」
「ど、どうしました?」
新作の短編小説を投稿してから一週間が経過した。夕食後のまったりタイム中、リビングのソファでスマホをいじっていたら、大鷹さんに声をかけられる。いつになく真剣な表情に私は姿勢を正した。大鷹さんは私の隣に腰を下ろして、腕を組んで話し始める。
「いえ、小説が投稿された、という事実が重要です。それが毎日じゃなくても先生は生存していて小説が投稿された。それが一番大切なことです。読者ならいつまでも先生の新作や続きを待つだけ。ただ先生が続きや新作を投稿してくれるのをじっと待つだけ……」
私を呼んだにも関わらず、なぜかぶつぶつと独り言のようにつぶやき始めた大鷹さん。私の方を見ずに誰もいない宙に向かって話している。このまま黙っていたら、ずっとしゃべり続けていそうだ。
「大鷹さん、さすがにそこまでプレッシャーをかけられると、心苦しいのですが」
とりあえず、大鷹さんの言葉が途切れたところで口を挟む。大鷹さんの言いたいことはよくわかる。私がもし、私の読者だったら大鷹さんのように口走っていたことだろう。
久しぶりに短編を投稿したはいいが、その日以降、何も書かないまま一週間が過ぎてしまった。私には小説を書き続ける継続力がないらしい。小説家として商業化するために一番必要な力が欠けている。
「そもそも、私なんて大した人間ではないですよ。応援してくれるほどの価値もない。小説なんて、結局のところ文字の集まりだから、ぶっちゃけ誰でも出来」
「そんなことはありません!誰にでも出来ることでは」
「出来ますよ!投稿していない人が多いだけで」
本当に誰にだって出来ることだ。作文は小学校から書いているし、社会人になっても、文書を作成することはある。それの延長に小説があると私は思っている。
ただし、文章のうまさや構成、アイデアなどの優劣はあるだろう。そこが面白いと思えるか、商業化を果たすかという違いだろう。まあ、最近はどこが面白いのか正直わからないものや、商業化をぜひして欲しいと思えるのにしていない作品もあるので、一概には言えないが。
「はあああああああ」
大きなため息が出てしまう。自分で言ってむなしくなる話だ。とはいえ、誰でも出来るからこそ、小説投稿サイトが台頭してきた。パソコン一台、スマホ一台あれば今時は簡単に小説を執筆することができる。確かに10万字を超える単行本一冊に相当する量は誰もが書けないかもしれない。でも、私がたまに投稿する2000~3000字程度ならどうだろうか。
「変人になりたい」
「いきなりすぎません?」
つい、願望が口に出てしまう。その言葉に大鷹さんが正気に戻ったのか、私の方に向き直る。そして冷静な突っ込みが入る。別にいきなりではない。前々から考えていたことだ。
「だって、どう考えても私はただの一般人に過ぎません。一般人から抜け出すことは、今の人生において無理だと思っています」
「紗々さんはすでに一般人から離れていると思いますけど」
大鷹さんが悲しいフォローをくれたが、全然うれしくないし、そういうことではない。私なんて、世の中から見たらかなりまともな部類に入ると思われる。あくまで自己申告でしかないが。
「だって、私なんて土日引きこもりコミュ障とは言っていますが、きちんと平日は週5で8時間働いています。それって、世間から見たらごく普通の社会人、つまり一般人と言えるのではないでしょうか?」
そうなのだ。いくら腐女子だからと言って、世間からまるっきりはずれているわけではない。社会人としてしっかり働き、国に税金を納めている。これのどこが一般人ではないと言えるのか。
「ちなみに、紗々さんの変人の定義とは何ですか?」
いつもの私のおかしな発言だと思ったのか、大鷹さんは首をかしげながらも、この話題にのってくれるようだ。大鷹さんがのってくれるなら、その厚意に免じて正直に答えよう。
「私の考える変人とは」
「ブーブー」
しかし、私の回答は無慈悲にも机に置かれたスマホのバイブ音に遮られる。いったい、こんな夜に誰が電話をかけてくるのか。テーブルに置かれているのは、私のスマホのみ。ということは、私宛に誰かが電話をしてきたということだ。ちなみに、私のスマホはキッズケータイ並みのアドレス帳だ。
アドレス帳の中身は家族と大鷹さん、大鷹さんの親戚たち、河合さんくらいのものだ。あとは、会社の同僚たちがいるが、彼女達とは一度も連絡を取り合ったことはない。当間も一応、連絡先に追加しているが、彼と連絡を取ることはないだろう。
スマホの画面を見る。どんな用事かわからないがタイミングが悪い奴だ。
「河合さんだ……」
「もしもし」
「ちょ、ちょっと、私のスマホですよ!」
電話の相手は河合さんだった。仕方ないのでスマホを取ろうとしたら、その前に大鷹さんに取り上げられる。そして、大鷹さんはその流れで勝手に電話に出てしまう。あまりの早業に止めに入ったが間に合わない。
『もしもし~。あれ、私、先輩に電話したんですけど、どうしておおたかっちが出るのかな?』
大鷹さんは電話に出ると、すぐにスピーカーをオンにしてくれた。これで相手の声は聞こえるが、勝手に人の電話に出るのはいただけない。しかも、そのまま私を無視して会話を始めてしまう。
「紗々さんは今、お風呂に入っています。用件があるのなら、手短にどうぞ。僕が伝えておきますので」
『えー。それは嫌ですよ。先輩とは乙女同士の秘密の話があって電話し』
「くだらない理由で電話してくるのはやめてください。では」
「ちょっと、待ってください!大鷹さん」
会話に入れないまま黙っていたら、大鷹さんは勝手に電話を切ってしまいそうになるので、慌てて彼らの会話に口を挟む。
『あれ、先輩だ。こんばんはー』
人の電話に勝手に出る大鷹さんもおかしいが、河合さんもだいぶおかしな人だ。私のスマホから大鷹さんの声がしたのに、大して驚いていないし、なんなら大鷹さんをからかっている始末だ。そして、私の声が聞こえたら、何事もなかったかのように挨拶してくる。
二人は元恋人同士。何か二人にしかわからない絆みたいなものがあるのだろうか。嫉妬こそしないが、なんだか面倒だなと思ってしまう。
『声が聞けて良かったです。会社で話そうと思ったんですけど、他の人に聞かれたらまずいかなと思って。かといって、文章で伝えようにも重いが溢れてしまってどうにも収拾がつかなそうなので、思い切って電話しちゃいました!』
「仕方ないですね。そういう用件なら思う存分、紗々さんに思いをお伝えください。では、紗々さん、僕は先にお風呂に入ってきますね。では」
『やっぱ、おおたかっちは話の分かる男だねえ』
「いやいや、お二人とも、何を言って」
『それでね、さっそくだけど、私のこの思いは……』
河合さんの話たいことはなんとなく分かったが、それを聞いて大鷹さんの態度が急変したのには驚いた。いや、二人には恋人同士だったこと以外に共通点がある。それは。
「恥ずかしいので、なるべく手短にお願いしますね」
「ムリですよ。私は紗々の葉先生の一番のファンなんですから!」
そういえば、私には熱狂的な読者が二人ほどいたことを思い出した。




