9変人に好かれるらしい
「お待たせしました。生パスタのカルボナーラとミートソースパスタ、マルゲリータにバジルピザです」
注文したものが届き、私たちはそれらを小皿で分け合って食べることにした。
『いただきます!』
せっかく料理がきたのだ。アツアツの状態で食べたほうがおいしいに決まっている。河合さんたちも同じことを思っていたのか、私たちの会話はいったん止まった。しばらくの間、私たちは無言で生パスタやピザを堪能した。
ちなみに、私と当間が子どものころ、お隣同士だったことは私が事前に話していた。初日で知り合いだとばれてしまった時に、仕方なく暴露した。
「じゃあ、本当に先輩と同じ会社に転職したのは、偶然だったという訳ですね。すごーい。こんなことって、なかなかないですよ。もしかして、先輩との再会に運命とか感じちゃいました?」
「運命、ですか。どうでしょう?」
食事が一通り終わり、河合さんが面倒な話題を当間に持ち掛ける。ここで、私の方にちらりと視線を向ける当間にイラっとくる。私としては、運命とかそんなものはみじんも感じない。視線を向けられても、ただ首をかしげるしかない。
「偶然ですよ、偶然。それに」
私は既に結婚しています。
正直に運命を感じない理由を簡潔に述べる。私の言葉に今度は当間が首をかしげている。視線が私の左手に感じる。どうやら、私が結婚指輪をつけていないことで、独身だと思われていたようだ。さらに。
「あれ、紗々ちゃんの苗字って、倉敷のまま、だよね?」
苗字が変わっていないことに気づいたらしい。指輪と苗字。それだけで独身だと判断してはいけない。今時はいろいろな夫婦の形があるのだ。その辺を理解していないとは古い男である。
「実は、先輩は私の元カレと結婚したんですよ!これもまたすごい偶然ですよね?」
「河合さんの元カレ……」
そんなことは言う必要はない。河合さんの言葉に当間が困惑した表情を浮かべる。当たり前だ。その話が本当だとしたら、大抵の人間は、私と河合さんの仲が悪いと想像するだろう。当間も同じことを思っているようだ。実際は河合さんが一方的に私に話し掛けてくるが、私も満更でもない感じで、良好な仲を築けているとは思っている。
「余計なことを言わないでください。私の個人情報を勝手に他人に漏らすなんて」
「ごめんなさーい。じゃあ、お詫びと言っては何ですが、今度は当間さんのことを話してもらいましょう?当間さん、実はうちの会社に気になっている人がいますよね?」
「い、いきなりなんですか?」
河合さんの言葉に、当間が急に慌てだす。別にこの男に気になる人がいてもいなくても、興味はない。とはいえ、こちらに視線を送る様子がうざったい。これではまるで、私のことが気になると言っているようなものだ。まあ、そんなことはありえない。
「ああ、先輩は心配しなくても大丈夫ですよ。ここから先輩をめぐって、男女のドロドロの戦いが幕を開けることは無いですから」
「いや、私は何も言っていないけど」
心配とはいったいどういうことか。何も心配などしていない。
「ぼ、僕の事は、今はいいでしょ。それより、河合さん、今話したことは本当なの?いったい、河合さんの元カレって、どんな相手?」
どうして、私の夫のことを元カノの河合さんに聞くのか。失礼にもほどがある。もしかしたら、私の結婚を疑っているかもしれない。
「私の口からは何とも。ただ、先輩も彼も相思相愛過ぎて、糖度が高すぎて、見ていると胸やけがしてしまいそうな夫婦です」
ひどい言い草である。とはいえ、あながち間違いではない気がした。大鷹さんに愛されているのは身に染みて感じるし、私もまた、大鷹さんを……。
私が大鷹さんのことを思い出していたら、河合さんがトンデモ発言をかましだす。
「当間さん、実は先輩が既婚者で驚きました?自分より早く幼馴染が結婚して悔しいですか?残念ですね。先輩との運命的な再会で、先輩から告白されるのを待っていたのかもしれないですけど」
「はあ」
「いやいや、僕は別にそんなことは思って」
「当たり前です。先輩を好きになるのは、私や大鷹さんみたいな変人と相場が決まっています。あなたみたいな普通の年下好きには、先輩の魅力は理解できませんから」
早く帰りたい。
これほど強く願った食事会もあまりない。変人に好かれるという、うれしくない事実を知ってしまい、あきれて苦笑するしかない。確かに思い返しても、大鷹さん、河合さん、大鷹さんの親戚。誰もかれもが一癖二癖もある人たちばかりだ。それに比べたら、当間はただの一般人。私から見たらただのモブである。
「ということで、当間さんは先輩が好きなわけではなく、この運命的なシチュエーションに酔っているだけですね。現に、先ほどの話の続きですが」
ここで、河合さんは一度口を閉じて、深呼吸をして間を空ける。
「梨々花ちゃん、確か当間さんより10歳くらい年下ですよね」
そして、一気に当間の個人情報をばらし始める。いったい、河合さんはどこでそんな情報を仕入れるのか、観察眼がすごいのか。あきれて何も言えずにいたら。
「どうして、その名前を!」
本当に気になっていた女性がいたようだ。梨々花ちゃんは私の会社に勤める女性社員で、昨年、新卒で入社したばかりの22歳だ。苗字は佐藤で、佐藤は複数人いるので、名前呼びが定着している。当間が確か私より3歳年上だった気がするので、年の差約10歳。
「年下趣味だとは知りませんでした」
「ちが、たまたま梨々花ちゃんがタイプだっただけで」
幼馴染が年下趣味だったとは驚きだ。とはいえ、そうなれば、大鷹さんの心配事はなくなった。この目の前に座る男が、私にちょっかいをかけることはないからだ。
とりあえず、今日の食事会での収穫はあった。これ以上の収穫を求めるのは無理だろう。だとしたら、後はサッサと食事を食べて帰るのみ。
「残っているパスタとかピザ、冷めてしまう前に食べましょう?」
二人に声をかけ、私は食事を再開する。アツアツもおいしかったが、冷めてもおいしかった。
後日、梨々花という女性社員と幼馴染は急速に仲を深め、交際を始めたといううわさが支店内に広まった。どうやら、彼女は当間との年齢差が10歳でも気にならないらしい。
世の中、いろいろな人がいるものだ。




