3気分の良い年末
「ふふふふふふ」
これはずいぶんと素晴らしい。久しぶりに小説を執筆して快感を得ることができた。自室に戻り、さっそく今回思いついたネタで、小説の一節を執筆してみた。我ながらよく書けている。
とはいえ、当初の予定であった卒業アルバムを見て驚くくだりが後回しになってしまった。この後、二人は男同士の○○をして、落ち着いたところで彼の卒業アルバムを仲良く見る羽目になるのだ。過去の先輩は、今の優等生ぶりとは反対に地元中学の問題児だった。
「いいよねえ。優等生だと思っていた人物が実は過去、かなりの問題児でそれを隠して生きていた。しかし、親しくしていた相手にだけ昔の隠していた本性を現す」
ここで現実に戻るが、大鷹さんはどうだろうか。今のところ、大鷹さんの過去の話は聞いたことがあるが、子供のころの写真は見せてもらったことがない。いや、それは違う。結婚式の時に、思い出の動画を作るために多少の写真は見たことがある。しかし、大鷹さんから子供のころの話は聞いていない。
「もしかしたら、大鷹さんも昔は今と違って、地元の問題児だったかも……」
そうだとしたら、とても興味深い。明日、片付けを手伝う代わりに過去の大鷹さんの写真を見たいとねだってみよう。
「ううん、さすがに仕事をしてきたから、今日はもう限界だ……」
ふと時計を見ると、夜の9時を回ったところだ。まだ夜遅いという時間でもないが、小説の執筆がはかどったせいか、達成感がすごい。このまま入浴をして眠れば、とてもよく眠れそうだ。そう思ったとたん、急に眠気が襲ってきた。あくびが出て、瞼が重たくなってくる。
私は本能に身を任せて、入浴して本日はさっさと寝ることにした。
「もう、朝か」
ずいぶん疲れがたまっていたのか、ベッドに入ってすぐに寝てしまったらしく、それから一度も目を覚ますことなく朝を迎えた。今の時刻は朝の8時少し前だ。いつもならとっくに家を出る支度をしている時間だ。とはいえ、今日は大晦日でお休みの日であり、慌てることはない。
パジャマから灰色のスウェット上下に着替えてその上にフリースを羽織る。大きく伸びをして、カーテンを開けて部屋を出る。今日の天気はあいにくの雨。大掃除にはあまりふさわしくないどんよりとした空がカーテン越しに見えていた。
「おはようございます」
「紗々さん、おはようございます」
私がリビングに行くと、そこにはすでに大鷹さんがいて、朝食の準備をしていた。大鷹さんは私が起きるのを待っていたようだ。テーブルの椅子に座ってスマホをいじっていた。私が挨拶すると、スマホから目を離して私に挨拶を返す。
「今日はあいにくの雨ですが、掃除の方、頑張りましょうね」
「それなんですが……」
起きてすぐに思ったことがあった。大晦日にはやることがたくさんある。まず、おせち料理の買い出し。それから正月飾り、鏡餅やしめ縄の準備。さらには年末番組のチェックもある。それなのにのんきに自分の部屋の掃除をしていいものか。そのことを大鷹さんに伝えたら、嫌そうな顔をされた。
「まあ、言われてみれば、今日はやることが多いですね。ですが、それに自分の部屋の片づけがプラスされたところで問題はありません。どれだけ自分の私室の片づけに時間をかけるつもりですか?」
今の時刻は8時。朝食を取って、歯磨きとか身なりを整えて、掃除に取り掛かれるのが9時だとしよう。部屋の片づけと言っても、クローゼットの中にしまい込まれている漫画やその他アニメグッズの整理がメインなので、二時間くらいで終えられるだろう。大鷹さんの言った通り、午前中には終えられるはずだ。
「ワカリマシタ。では、こうしましょう。私の前に大鷹さんの部屋から掃除をスタートすることにします」
とはいえ、時間は限られている。ひとりの部屋に二時間かかるとしたら、二人分で単純計算で四時間は部屋の掃除にかかってしまう。もし先に私の部屋の掃除から始めてしまったら、今回の私のミッション、大鷹さんの子供のころの写真を拝む時間が減ることになる。
「別に構いませんよ。では、歯を磨いて顔を洗ったら、すぐに始めましょう」
大鷹さんは私の提案にあっさりと乗ってくれた。あまりにもアッサリしすぎて、逆に不安になる。よく考えたら、他人に自分の部屋を漁られるのが嫌ではないのだろうか。
「まあ、大鷹さんが良いというなら、いいか」
本人が良いと言っているのだ。遠慮なく手伝うことにしよう。
「はあああああ」
「何を期待していたのか知りませんが、僕の部屋に卒業アルバムがあるわけないでしょう?紗々さんだって、自分の卒業アルバムは実家に置いてきたはずですよね?」
私のミッションはこの場でクリアできなくなってしまった。すっかり忘れていたが、私たちはマンションの賃貸暮らし。必要最低限の荷物以外はお互いの実家に自分の荷物は置いてきている。そのことが頭の中からすっかり抜け落ちていた。昨日は頭がさえていると思っていたのに、なんてありさまだ。昨日の自分をぶん殴ってやりたい。
大鷹さんの部屋は、もともとあまりものを持たない主義なのか、服やその他のものがあまりない。ミニマリストとまではいかないが、無駄なものが少ない部屋だった。開始一時間もしないうちに片づけは終了してしまった。
「では、次は紗々さんの部屋ですね」
「はあ」
私の部屋だってものが多いというほどではない。だから、別に大鷹さんに手伝ってもらうほどでは。
「これ、同じ缶バッチですよね。これも同じ柄のキーホルダーじゃないですか?」
「どうして、同じ漫画が二冊もあるんですか?」
「なんでこんなにため込むことができるか、不思議でなりません」
どうやら、私のクローゼットの中は大鷹さんにとって未知の世界だったらしい。オタクならわかると思うが、ガチャやランダムでグッズを買うと、どうしても同じ柄のものが被ることはある。だからと言って、同じものが出たら即売りに出すことはしない。人にもよるが、私は売らない派だ。
「仕方ないでしょう?ランダム売りなんですから。きれいにファイルに保存されているのだから、文句は言えないはずです!漫画に関しては、通常版と特装版で表紙が違うのだから、同じ漫画が二冊でもいいんです!」
「はああああああ」
大鷹さんに大きな溜息をつかれてしまった。しかし、そんなことを言っていたら、片付け(今回に関しては断捨離)が一向に進まない。このままグッズが増え続けたら、いつかクローゼットの中が満タンになってしまう。それは避けたい事態だ。
「さすがにこれとこれは、同じものが4個もあるので、売りにだします。あと、この漫画はもう読まないと思うので、こちらも売ろうと思います」
泣く泣く、同じ柄の缶バッチとキーホルダーを数点、シリーズ物の漫画を10刊ほどを売りに出して処分することにした。
「なんだか、すっきりしましたね」
「これで、またグッズを増やすことができます」
そんなこんなで断捨離を終えたクローゼットは、少しだけ空きができた。ベッドに置かれた時計を見ると、11時になるところだ。大鷹さんの協力もあり、当初の予定より早く終えることができた。
「大鷹さん、手伝ってくれてありがとうございました」
「いえいえ、すっきりしてよかったです」
予定より早く片付けが終わったので、昼前の残りの時間で簡単に他の場所の掃除をすることにした。普段は掃除機しかかけないリビングや廊下の床の汚れを雑巾で拭いたり、ドアの水ぶきしたり、掃除する場所はたくさんあった。
一時間などあっという間に過ぎてしまった
「午後からはおせち料理などを買いに出かけましょうか」
「そうしましょう」
部屋が心なしか明るくなった気がする。昼は昨日の残りのおでんを食べてエネルギーをチャージする。きれいになった部屋での食事は気分がいい。これぞ、掃除の醍醐味というものだ。
私たちは気分よく買い物に出かけ、激込みのスーパーでおせち料理などを買い込んだ。
「今年も一年、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
そして、時刻は大晦日の日付も変わろうという午後11時30分。私たちはおせちの準備をして、正月飾りを玄関に飾り、お正月を迎える準備を終えた。そして、年越しそばも食べて今に至る。あともう少ししたら、年が明ける。
「来年こそは、もっと頑張って小説の執筆を頑張ろうと思います」
「僕も、少しは紗々さんを見習って何か、新しい趣味でも見つけようかなと思います」
互いの来年についての簡単な抱負を語りながら、年が明けるのを待つ。今年もいろいろあったが、大鷹さんと仲良く過ごせた。願わくば、来年もその先もずっと大鷹さんと一緒に居られますように。
「掃除をしたからか、なんだか今日はとても気分がいいです」
「それはきっと掃除のせいもありますが」
私が隣にいるからですよ。
掃除をすると、心に余裕が出来るとはよく言ったものだ。私はつい、余裕ぶってトンデモ発言をしてしまった。しかし、珍しく後悔はない。私もまた、大鷹さんの隣で年明けを待っているという事実をかみしめ、とても気分がよい。
大鷹さんは顔を赤くしていたが、すぐににっこりと微笑んで私の頬に口づけをしてきた。それくらいはもう、慣れっこになっているので、おとなしく受け入れる。テレビからは年末の歌合戦の様子が映し出され、歌手の声が部屋に響き渡っている。
私たちは幸せな年末を過ごすことができた。掃除は素晴らしい。来年も掃除を頑張ることにしよう。




