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4欲求不満

「まさか、夢だったとは」


 ちょうど濡れ場の良いところで目が覚めた。このまま寝ていたら、R18展開の内容が見られたかもしれないのに残念だ。ベッドわきに置かれた時計を見ると、時刻は昼の12時半を回っている。そろそろ起きなくてはならない。今日は休日だが、基本的に食事は三食きちんと取っている。


 ベッドから起き上がって伸びをする。どうやら、薬と先ほどまでの睡眠が効いたようで、頭痛が多少は治まった。とはいえ、まだ調子が良いとは言えない状況だ。「頭痛が痛い」が「頭が痛い」になったくらいだ。


「うわ、枕がべとべとだ」


 ベッドを整えて部屋を出ようとして、ある異変に気づく。夢の中のオメガ男性がどうやら私だったらしい。そして、誰とキスをしていたかというと……。


 自分の枕だった。自分の枕に濃厚なディープキスをかましていたらしい。最悪だ。幸い、枕カバーをしていたので、カバーを外して洗濯すればきれいになるだろうが、気分はまったくよくない。


 枕とキスしていたという事実に衝撃を受けるが、それとは別に疑問が残る。夢の中の私らしきオメガ男性は枕ではなく、誰とキスしていたのか。


 大鷹さんに似ていたアルファだったらいいのだが、夢を思い返しても、いまいちピンとこない。そもそも、オメガ男性は私が男体化した姿だったのか。


 もし、私がオメガ男性だったとしたら、まずい状況だ。夢の中とはいえ、大鷹さんという素晴らしい夫がいながら、別の男性とキスしたということになる。そして、あのまま目が覚めなければ、その先の行為にまで発展していたかもしれない。欲求不満の表れだとしても、ありえない失態だ。


 私が口に出さなければ、このことはばれないが、私は嘘を吐くのが苦手だ。さらには、大鷹さんは私の心を読むのがうまい。ばれたら当分の間、口をきいてもらえないかもしれない。


「でもまあ、オメガ男性が私の男性化だとは限らないけど」


 面白い漫画を読んだ夜などは、その漫画キャラが出てくる夢を見ることがある。その際に自分がそのキャラになりきっていることも少なくない。もしかしたら、先ほど見た夢は、私が読んだ漫画で、脳内に残っていたキャラだった可能性がある。


 とりあえず、夢の中では自分がオメガ男性で、突然、発情期が来て見知らぬアルファ男性に助けられて、R18展開になった。しかし、R18展開に入る前に目が覚めたという事しかわからない。


「ううん」


 唸っていても仕方ない。このまま部屋に居ても、無駄に時間が過ぎるだけだ。お腹も減ってきたし、まずは昼食と取ってからこの件はゆっくり考えるとしよう。今日は土曜日で仕事が休みなので時間はたっぷりある。


 私は唾液でべたべたになった枕カバーを外して、それをもって部屋を出た。




 私が部屋を出ると、気の利く大鷹さんがキッチンで昼食を作ってくれていた。匂いから察するに今日の昼食はトマトパスタだ。大鷹さんがキッチンで調理していたので、枕カバーは大鷹さんにばれることなく、洗濯機に放り込むことができた。


「思い出した!」


「いきなりどうしたんですか?」


 昼食のトマトパスタを食べていたら、突然、夢の中のアルファ男性が誰か思い出した。あれは、大鷹さんではなく、オメガバースについて調べるために読んだ漫画の主要キャラだった。だから、必然的に私だと思っていたオメガ男性は主人公だ。


「ああ、よかったああ」


 これで一安心だ。私は夢で浮気をしたわけではない。漫画の登場人物、しかも最終的に恋人同士、運命の番として結ばれる彼らの濡れ場シーンを自分が体験しただけだった。大鷹さんは私の突然の言葉に首をかしげているが、怒った様子はない。いつもの奇行だとあきらめているのだろう。


「べ、別に、ちょ、ちょっと、変な、ゆ、夢をみ、見た、だけ、です」


「ふうん。でもよかったです。朝見た時よりも、顔色がよくなりました」


 たかがちょっと変な夢を見ただけだ。それなのに、大鷹さんに心を読まれるのを恐れて、しどろもどろな回答になってしまった。大鷹さんは不審そうに私を見つめていたが、それよりも私の体調を気遣ってくれて、夢の内容には言及されなかった。それはありがたいが。


「そういえば、紗々さんが朝話していたオメガバースですが、読んでみると、なかなか面白いですね。紗々さんは知っていますか。SNSの広告に出て来たオメガバースのBLものを試し読みしてみたのですが……」


 大鷹さんは私が勧めたオメガバースの話を、目をキラキラさせて話し始めた。私が勧めたオメガバースだが、既に読み始めているとは。私が勧めるものには世間にはあまり言えない、マイナー過ぎるジャンルも含まれる。私の勧めるものを面白いと、疑いもせずに探して読み始めるのは良くない気がする。大鷹さんがどんどん腐ってしまって、最終的に取りかえしのつかないことになってしまう。


「あ、あの、大鷹さん。その、私が勧めた手前で申し訳ないのですが、もう少し、私の言葉を疑ってかかった方がいいのでは」


「どうしてですか?紗々さんが僕にお勧めするってことは、紗々さんにとって、それが面白い、素晴らしいと思ったからですよね。それをどうして疑わなくてはいけないんですか?」


 うん、すっかり忘れていたが、大鷹さんは私のことが大好きなおかしな男だった。私の質問がまるで理解できないという顔で言われたら、説明するのも面倒になった。今後、私が気をつければよいだけの話だ。私が変なものを大鷹さんに勧めなければ問題ない。



 昼食を取った私は、再び自分の部屋に戻った。片づけを申し出たら、大鷹さんに「部屋に戻って休んでいてください」と温かい言葉をもらった。どうやら、今日の私は病人らしい。確かに頭痛はするが、朝ほどの痛みでもない。とはいえ、今日はありがたくお言葉に甘えることにした。大鷹さんの体調が悪い時は、私が率先して家事をやろうと心に決めた。


「明日、久しぶりにアニメショップにでも行こうかな」


 パソコンの前に座り、この土日の予定を考える。普段なら、休日は小説の執筆をするか、スマホで漫画や小説を読み、動画を見てごろごろと過ごすところだが、今回はなんとなく外に出ようと思った。


 頭痛だからと言って、外に出歩けないほどのものではない。外に出られないくらいの時もあるが、その時はその時に考えよう。たまには自ら外に出ることも大切だ。とはいえ、今日は薬も飲んで痛みを抑えているだけなので外出はやめておく。


 私はパソコンに触ることなく、椅子から立ち上がりベッドにダイブした。今日はしっかりと休息して、明日、アニメショップに行くことにした。

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