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3発情期

「これは、やばい……」


 仕事が終わり、家に帰る途中で急に身体が火照って熱くなった。まだ、発情期までには日数がある。ここ最近は大体三か月ごとの周期でしっかりと発情期が訪れていた。前回の発情期からまだ三か月も経っていない。予定通りなら、来週あたりに来るはずだった。それなのになぜ。


「あ、後もう少しで家、なのに」


 会社には電車で通勤しているが、電車を降りたところまでは何事もなかった。駅から家までの道のりを歩いていた時だった。家で発情期がくれば、抑制剤もあるのでどうとでも対処できた。僕はその場にうずくまり、動けなくなった。


「なんか、匂わないか」

「甘い匂いだな。もしかして、この辺にオメガがいるのか」


 発情期のオメガはフェロモンと呼ばれる特別な匂いを発していて、それを嗅いだアルファ、ベータは理性を失い、オメガに襲い掛かる。


 発情期を治めるためにはアルファやベータとの性交か、発情抑制剤を飲む方法しかない。僕が発情してしまった場所は商店街の真ん中だ。今の時刻は夜の8時ごろだが、人通りはまだ多い。既に何人かのアルファやベータが僕の発情期のフェロモンに気づき始めた。このままここにとどまっていれば、僕は彼らにレイプされるかたちで犯されるだろう。そうなれば、僕にはなすすべがない。


 そして、最悪の場合、性交によって妊娠してしまう可能性がある。いや、発情期の性交は100%妊娠すると言われている。そうなれば、僕は未婚のままで子持ちとなってしまう。それだけは避けなくてはならない。


「あと、やばいのは」


 うなじをかまれ、番にされてしまうことだ。オメガの男性はアルファ、ベータの男性にうなじをかまれると、強制的に番となる。恋人同士、愛し合う者同士、結婚した夫婦だったらうなじをかまれて番になっても問題はない。ただ、発情期の正気を失った奴らにかまれるのは嫌だ。かまれたオメガは番の相手がいないと生きていけないが、相手は違う。また別の相手と番うことも可能だ。そんな一方的な不幸は背負いたくない。



「おい、顔色が悪そうだが、大丈夫か。いや、もしかして、お前……」


 身体が熱くてだるくて動けずにいたら、見知らぬ男性に声をかけられる。同時にふわっと甘い香りが広がった。このにおいはまさか。


「だ、だいじょうぶ、で」


「とりあえず、ここに居たらほかの人間に迷惑が掛かるだろ。抑制剤は持ってるか?」


「だから、僕に、かまわなくて」


「めんどくさいな。ちょっとの間、我慢しろよ」


 突然、身体が宙に浮く感じがした。慌てて何かに捕まろうと手を伸ばすと、そこにあったのは。


「な、なにを」


 なぜか、今日初めて会った男性の背中におぶられていた。とっさに手を出してつかんだのは男性の首元だった。


「苦しいから首は締めないでくれ。それと、おんぶしておいてなんだけど、あまり引っ付かないでくれたらうれしい。オレも理性ぎりぎりだから」


「は、ハイ」


 自力ではその場から一歩も動けそうになかった。だから、この男の登場はありがたい。とはいえ、彼の目的がわからない。もしかしたら、僕の発情期のフェロモンに充てられて、家に連れ込んで犯すのかもしれない。それでも、今は男から離れたくなかった。それはきっとこの甘い匂いのせいだ。


「甘い匂い……。いい匂いだ」


「おい、くすぐったいからやめろ」


 首元に顔を近づけると、先ほどから香る匂いが強くなる。匂いの元はこの男性だったのだ。


運命の番。


 聞いたことがある。オメガとアルファの出会いで、お互いがなくてはならない存在だと思う相手に出会うこと。出会う確率は極めて低いらしい。直感的に僕は彼を運命の番だと思った。彼になら、僕自身のすべてをささげてもいいと思えた。彼はどうだろうか。見ず知らずのオメガを助けたのは、僕が運命の番だからか。それとも、普段からお人好しで人助けをしているのか。



「ついたぞ」


 時間にして5分程だったのだろう。男が下ろしてくれたのは、僕の住んでいるマンションの近くにある三階建てのアパートだった。自分の家が近かったので連れてきたのだろう。ここまで来たのなら、腹をくくるしかない。


「あの、僕のこと」


「さっさと入れ」


 男の部屋は二階の一番端の部屋だった。家のカギを開けて男が部屋に入っていくのに続いて、僕も恐る恐る男の部屋に足を踏み入れる。部屋に入った瞬間、強烈な甘い匂いが僕を襲い、無意識に僕は男を押し倒していた。


「いきなり、何を」


 そして、勢いのまま、男の口を僕の口でふさいでいた。キスなど、彼女も彼氏もいない僕には縁のないことだと思っていたのに、今日はどうしてか無性にこの男が欲しいと感じた。この感情は発情期による生理現象だ。あとで後悔するかもしれない。それでも今はこの男のすべてが欲しいと思った。


「や、やめ」


 男が抵抗したが、唇を奪っただけでは、到底物足りない。僕は男の口の中に舌を入れて、お互いの舌を絡み合わせる。男の唾液はとても甘美で、いつまでも吸っていたいと思えるような極上の味だった。


「やめろって言ってるだろ!」


 夢中で口を吸っていたら、いつの間にか男が僕の上に馬乗りになっていた。力はやはり、オメガである僕よりもアルファである相手が勝る。やめろと言われたが、相手の瞳は欲望でギラギラしている。ここでやめたら、身体がつらいのはお互い様だ。とはいえ、僕は今、発情期でこのまま性交をして中に出されでもしたら、確実に妊娠する。そんな危険を冒すわけにはいかないが、僕の本能がこの男の子供が欲しいと訴えている。


「無理やりでもないですし、いいですよ」


 よく見たら、かなりのイケメンだった。おんぶされているときにも思ったが、身体は筋肉質で身長も僕よりもはるかに高い。僕が165mだから軽く180cmは超えている気がする。瞳はぱっちりとした二重で鼻筋はすっとしている。唇はあれていなくてプルプルだった。サラサラの黒髪が前髪を隠していてかなりの色気だ。


「言ったな。責任は取るが、今夜は覚悟しろよ」


 男が僕に覆いかぶさってくる。僕は男に身を任せるために力を抜いた。


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