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5愛が重いのはお互い様です

 今時、指輪をつけていないからと言って、結婚していないとは限らない。どれだけ古い固定概念を持っているのか。あきれて笑いたくなるのをぐっとこらえる。


 成人式以来、10年以上会っていない他人に大鷹さんとの結婚を認めてもらう必要はない。騙されたと思っていても、別にどうだっていい。


「私が誰と買い物をしていようが、誰と結婚していようが、あんたには関係ないでしょ?もし仮に騙していたとして、それがどうした?あんたみたいな失礼な奴に大鷹さんがなびくわけ」


「その通りですね」


 私の言葉は大鷹さんに遮られる。これ以上は何も言うなとばかりに視線を向けられて、仕方なく口を閉じる。どうやら、私以上に怒りを覚えていたようだ。


「紗々さんの中学の同級生だか誰だか知りませんが、今の言動から察するに、自分だって大した人間ではないでしょう?僕の妻に向かって騙したなんて」


 そもそも、紗々さんの言葉は本当ですから。


「あ、ありえない。あなたも倉敷にだ、騙されているのよ!」


 大鷹さんの口からも私との関係が明らかになっているのに、まだ信じようとしない彼女は頭がいかれている。大鷹さんは私にぞっこんだ。そこら辺の男とはわけが違う。


 負けるのは彼女だ。


「紗々さんに騙されるのなら本望です」


 ほら、始まってしまった。普段から私に対しても甘々な大鷹さんが他人相手に惚気始めた。こうなってしまったら、相手がどんなにいい女アピールをしたところでどうにもならない。とはいえ、この口撃は私に対してもかなりのダメージとなる。


「あなたは知らないかもしれないですが、紗々さんは、それはそれは魅力的な女性です。ちょっと引きこもりのコミュ障をこじらせていますが、そこもまた改善させたいと思わせるような気持にさせるという、なかなかの小悪魔ですよ。そうは言っても、頭の中は意外に乙女志向で妄想があふれているところが可愛らしいと」


「ストップ。大鷹さん!」


 これ以上は恥ずかしくて聞いていられない。何が小悪魔だ。引きこもりのコミュ障のどこに小悪魔要素があるのか意味不明だ。



 さて、大鷹さんの言葉を遮ったはいいが、これからどうしようか。興奮した彼女がこのまま大人しくこの場を去るとは思えない。かといって、大鷹さんを渡すわけにはいかない。


 しばらく私と彼女のにらみ合いが続く。ここで目を逸らしたら負けだ。大鷹さんが好きなのは私だが、私だって大鷹さんのことが好きなのだ。たかが中学の同級生の元陰キャに負けてたまるものか。



「お母さん、何しているの?」

「早く家に帰りたい」


 にらみ合いを制したのは私だった。突如、子供たちの幼い声が私たちにかけられる。その声に反応したのは彼女で、私から視線を外して大きな溜息を吐く。


「休憩用のベンチで休んでいなさいって、言ったでしょう?」


「だって、いつまでたっても来ないから」

「この人たちはだあれ?もしかして、そこの男の人が新しいお父さん?」


 そういえば、彼女は既婚者だった。先日、新しい通帳の苗字を見たとき、成人式での苗字とも元の苗字とは違っていたから、不思議だったのだ。


「そ、そうね。この人があなたたちの新しい」


「でも、この前の男の人は?僕たち、新しい苗字になったよね?」

「そうだった!」


 何やら怪しい雰囲気になってきた。会話から察するに突然現れた子供二人は、彼女の子供なのだろう。よく見ると、目元の部分が少し似ている気がする。化粧はしているが、なんとなく目の輪郭が似ている気がしないでもない。


 7歳くらいの男の子と、5歳くらいの女の子が彼女と大鷹さんを交互に見て首をかしげる。私のことは眼中にないらしい。


「こんにちは。この人は君たちのお母さんなのかな?」


 さすが大鷹さんだ。子供が現れたとたん、すかさず声をかけて、その場を切り抜けようとしている。先ほどの怒りに満ちた表情と声とは反対の優しい声と笑顔。表情の切り替えが早くて感心してしまう。


「僕は君たちのお母さんとちょっとした知り合いなんだ。でも、君たちを待たせていたなんて悪かったね。僕たちはこれで帰るから、どうかお母さんを怒らないであげてね」


「わかった」

「ワカリマシタ」


 畳みかけるように言葉を続ける大鷹さんに子供たちは、こくこくと首を縦に振っている。どうやら、大鷹さんの笑顔の虜になっているようだ。大鷹さんの笑顔は子供にとっても魅力的らしい。老若男女、どの年代にも効果的な笑顔を向けることができるとは恐ろしい男だ。


「ということだから、僕たちはこれで失礼します。子供がいるのなら、子供を第一に考えなくてはいけないでしょう?」


「こ、この子たちは」


「行きましょう。紗々さん」


 大鷹さんが私の腕をつかみ、強引にその場から離れていく。ずんずんと前に進む大鷹さんにつられて私の足も動いていく。後ろを振り向くと、その場にうずくまって顔を覆っている彼女の姿が見えた。


「自業自得だけどね」


 まるで、告白に振られたショックでうずくまっているように見えるが、彼女はそもそも既婚者なのでおかしな話だ。それをあたかも悲劇のヒロインぶっているのがむかつくが、別にこれ以上何かするつもりはない。


「ねえ、お母さん。ここだと人の邪魔になるよ」

「お母さん、泣いてるの?」


 子供が心配そうに母親に寄り添っているが、知ったことではない。私は今度こそ、前を向いて、大鷹さんの隣に並ぶように歩きだす。腕を掴まれていたので、今度は私から腕に身体を絡めてみる。



「珍しいですね。紗々さんが僕に絡んでくるなんて」


「驚きが少ないですね。うれしくないんですか?」


「うれしいですよ。でも」


「あんな奴のことは忘れましょう。いえ、私たちの愛を深めるスパイスになってくれたと思うんです。ほら、創作だと愛を深めるためにいろいろ事件を起こしますから」


「ポジティブな紗々さんも僕は好きですよ。確かにそうですね。そう思えば、今のこの状況も素直に喜べる気がします」


 ショッピングモール内は来た時と同じで混みあっている。人前でイチャイチャするなんて昔の私では考えられなかっただろう。でも今は、他人の目が合ってもあまり気にならない。これは私の心がだいぶ大鷹さんに浸食されてきている証だ。このまま浸食され続けたらどうなるのか。


 大鷹さんと離れられなくなるのでは。


 いや、本来ならそれで構わない。だって、私たちは夫婦なのだから。


「紗々さん」


「は、はい」


 歩いていたら、いつの間にか駐車場まで来ていた。大鷹さんの声に我に返ると心配そうな大鷹さんの顔が近づいてくる。


「変なこと、考えてませんよね?」


「ヘンナコトッテナンデスカ」


 大鷹さんに見つめられると、心が読まれたような気分になってしまう。今の私の心の中を読まれたら大変だ。いや、もしかしたらすでにばれていて、カマをかけているのかもしれない。



『実は私ね、中学のころの同級生が私の旦那を口説くところを目撃したの』


『その同級生は偶然にも、旦那の女性の好みの格好をしていて、鼻の下を伸ばしていたから、思わず割って入って、同級生を追い払ってやったの』


 だから、倉敷さんも気をつけたほうがいいと思って。旦那さん、確かイケメンだったでしょう?


 急に先日、会社の同僚と話した内容を思い出す。これは今日の出来事の伏線だったのか。とりあえず平野さんの旦那とは違い、中学の同級生は大鷹さんの好みではないし、大鷹さんは私以外の女性のなびくことはないはずだ。


 今日だって、私がいなくても確実に相手を追い払っていた。


「私の旦那は私一筋の愛が重い男だなあって思ってました」


 自分で言っていて、恥ずかしい気持ちになる。最近、頭がどうかしている。そうはなるまいと思っていても、大鷹さんと過ごしているうちに乙女思考になりつつあるのかもしれない。


「まったく、不意打ちはダメですよ」


 私の言葉は大鷹さんにもクリティカルヒットしたようだ。赤い顔を手で隠す大鷹さんがとても可愛らしい。


「帰りは私が運転しましょうか」


「オネガイシマス」


 運転中は、互いに恥ずかしすぎて一言も話さなかった。しかし、決して気まずいということはなかった。

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