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9大鷹さんは大鷹さんだった

「お、大鷹さん、どうしてここに?」


「遅い!おおたかっち、ヤッパリ先輩の頭かなり腐っているから、ここらへんでちゃんと自分のものだと示したほうがいいよ」


「あなたに言われたくはありません」


 私は大鷹さんの登場に驚いたが、河合さんはまるで大鷹さんが来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。もしかして、大鷹さんをここに呼んだのは河合さんだろうか。だとしたら、なんのために呼んだのか。


「紗々さん、帰りますよ。河合江子とこれ以上二人で居るのは危険です」


「女性に対して危険とか、おおたかっち、ひどいねえ」


「いえ、あなただから危険だと判断したまでです。では、僕たちはこれで」


 二人の間に火花が散っている。私のために争うなというべきだろうか。いや、さすがにそこまで自意識過剰な思考は持ち合わせていない。とはいえ、実際そうだとしても口に出してはいけない気がした。


 大鷹さんは河合さんから視線をそらして、私に手を指し伸ばす。チラリと河合さんに目を向けると、にっこりと微笑まれる。大鷹さんの行動に怒っているかと思ったが、そうではないらしい。私に向ける笑みに怒りは感じられない。


「お金はどうし」


「僕が出しますよ。これでいいですか?」


「毎度アリ」


 大鷹さんと一緒に帰ることになってしまったが、料理は食べ終えているし、もっと話したい気持ちはあったが、大鷹さんにそれを言ってはいけないと本能が警告している。それにしても、私はそんなに飲み食いしていない。どうして五千円も大鷹さんは河合さんに渡しているのか。せいぜい、二千円もあれば私の分は十分に払うことが出来る。


「先輩、またいつでも二人でランチしましょうね」


「はあ」


「行きますよ」


 河合さんは大鷹さんがテーブルに出した五千円札を自分の財布にしまった。ここで私がお金の件で文句を言える雰囲気ではない。明らかに私のランチ分より多いのに、そのまま懐にしまう河合さんにも驚きだが、それ以上にまたランチに誘うという、大鷹さんにとっては地雷な言葉をさらりと吐く河合さんは、メンタルがかなりお強いようだ。


 私と大鷹さんはこうして、店を出た。大鷹さんから差し出された手を取るのは恥ずかしかったので無視したら、強引に手をつながれてしまった。


「ひ、ひとまえで手は」


「別に構わないでしょう?僕たちは夫婦ですよ」


「いやいや、でもでも」


 店を出てもずっとつながれている右手がかなり熱い。私の手は緊張と恥ずかしさで汗まみれになっている。つながれていない左手はすでに手汗で湿っている。


「僕は手汗がひどくても気にしませんよ。それとも」


 紗々さんは僕と手を放したいですか?


 耳元で急にささやかれたら、断れるわけがない。私は操り人形になったかのようにただ首を左右に振ることしかできなかった。




「大鷹さん、どうやってこのカフェに来たんですか?」


 カフェを出た私たちは駐車場を歩いていた。ここでようやく、大鷹さんがこの場所に来るまでの経路にまで頭が回るようになった。このカフェは駅から近い場所にはないので、客の大半は車で来ている。


 自然と足は私の車が停めてある場所に向かっていたが、大鷹さんがもし、車で来ていたらここからは別に帰らなくてはならない。


おさむ君。いきなりこのカフェに行きたと言い出したから驚いたよ。あれ、紗々さんだ。偶然だねえ」


「守君!それに千沙さんも」


「あらあら、だから急いでいたのねえ。こんにちは、紗々さん」


 どうやら、大鷹さんは千沙さんの車でここまで来たらしい。今日の用事は千沙さんたちとだったのか。行き先を言われなかったが、どうして彼女達と予定があるのだと言ってくれなかったのか。


「言いたくなかったんです。紗々さんとせっかく二人きりでどこかに行こうと思ったのに、当の本人は仕事の後輩、いや僕の元カノと一緒にランチをすると言い出したので」


「ふむ」


 大鷹さんは右手で顔を覆っていた。左手はいまだにガッチリと私とつながっている。


「ずいぶんと親しくなったのねえ」


 私は自分の右手を見下ろし、慌てて千沙さんと守君を見ると、生暖かい視線を投げられた。大鷹さんの親せきにこんな恥ずかしいところを見られて、このままの状態ではいられない。どうにかして私は大鷹さんの手を引き離し、少し距離を取る。それを残念そうに眺めながらも、大鷹さんは千沙さんに冷ややかな表情を向ける。


「当たり前です。紗々さんは私の妻ですよ」


「独占欲が強すぎる旦那は嫌われるわよお」


 二人の間の空気はかなり殺伐としている。間に入った方がいいのか悩んでいると、服の裾をつかまれる。

 

「ねえ、紗々さん」


 声をかけてきたのは守君だった。


「今日ずっと、攻君はそわそわしていたよ。きっと、紗々さんのことが心配だったんだろうね。紗々さんは愛されているね」


「そうだね。私は愛されているね」


 私は守君に笑顔で言葉を返す。目の前ではいまだに千沙さんと大鷹さんが口げんかをしている。はたから見たら、彼らの方がお似合いのカップルに見えるかもしれない。でも、私は。


「大鷹さん、今日はもう帰りましょう。それとも、このままドライブしますか」


 手をつないでいたところを見られたことで私の羞恥心は吹っ切れた。大鷹さんの腕に絡みついて、精一杯の甘え声で大鷹さんに問いかける。大鷹さんを見上げる形になったが、果たしてこれで可愛らしいを演出出来ているだろうか。


「いいなあ。僕も愛されたいなあ」


 ぼそりとつぶやかれた守君の言葉は私の耳に届くことは無かった。



「河合江子と何を話していたのか知りませんが」


「別にどうってことはありません。大鷹さんとドライブなんてなかなかないので、今はそちらの方を楽しみませんか?」


 私たちは私の車でドライブしていた。運転は大鷹さんがしている。昼過ぎでまだ日が高いのでちょっと遠出しようと、私たちの町から少し離れた有名な湖までやってきた。


 天気はどんよりとした曇り空だったが、雨はまだ降ることは無いだろう。せっかく湖まで来たのに曇り空とは運が悪いが、雨が降っていないだけましだろう。太陽が出ていないことで気温も上がらず、暑くないことが幸いだ。気持ちの良い風が私たちの身体を吹き抜ける。


 私たちは湖近くの遊歩道をゆったりと歩いていた。


「いつもは家に引きこもっていますが、たまにはこういう風に外に出るのもいいですね」


「たまにとかじゃなくて、もっと頻度を増やして、時々こうやって一緒に出かけましょう」


 湖を眺める大鷹さんはとても穏やかな顔をしていた。


(ああ、こんなにいい旦那の浮気相手を妄想していた私が恥ずかしい)


 カフェでのことを思い出した私があわあわとしている様子を大鷹さんが横目で見ていたことに気づかなかった。



『今日はランチ、楽しかったです。あと、おおたかっちの件で謝らなくてはいけないことがあります』


『実は、私が【おおたかっちが女性と二人きりでカフェにいた】と言ったのは嘘です。先輩の反応が面白そうだから、つい嘘をついてしまいました。まあ、お詫びとしておおたかっちを召還したので許してください』


 家に帰ると、河合さんからメッセージが入っていて、それを大鷹さんに見られた私は、大鷹さんの怒りを買ってしまったのは良い思い出である。

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