第六話 僕の過去、師匠の過去―後編―
「今泣くのを我慢してしまうと、後が辛いですよー?大人になってしまえば、無闇と泣けなくなってしまいますから。感情が爆発するのは、悪い事ではないのですー」
自然と溢れていた涙を拭っていると、後ろからそんな言葉が聞こえた。いつもの口調だけど、声が若干低い。ほんの少し、威厳を感じるような声色だ。
「良くある話かもしれませんが、フェン君の身に起きた事は、フェン君だけの出来事です。他の誰かの所有物なんかではありませんー。それに以前、私も話した事がありますよねー?」
いつだったか、そんな話を聞いた覚えがある。確か大切な人が亡くなった、とかだっけ?そうだ。それがきっかけで不老不死なんて物を研究した、なんて言ってたっけ。
「エリクシルが出来たのは、単なる偶然でしたけどねー。不老不死の研究途上で、偶々製法を確立させられましてー。製作を決めたのは、同じような想いを誰にもしてほしくない、なんて青臭い理由でしたけどねー」
立派な理由だと、そう心から思う。最近は変な研究が多かったけど、元々は薬師を生業としていた。それが何故か今では・・・、これ以上はやめておこう。
「何百年前か忘れましたが、よく覚えています。もしあの時、なんて後悔するのは今も同じですー。それでも、過去を無かった事には出来ません。過去改変の魔法なんて、作ろうと思えば簡単ですが、私がそれを作る事は、絶対にないでしょう。何故だか、分かりますか?」
作れるのかよ、と思った。考えてみたら、転移の魔法やら原理不明の魔法やらを作ってしまうような人だ。僕の常識で考えたら駄目なんだよな・・・。
「理由は、それこそ簡単なのですー。過去を無かった事にすれば、あの悲しみは起きません。でも、そうすれば今の幸せすら、無くなってしまうのですー。私はフェン君と出会えて幸せだって、胸を張って言えますよ?」
・・・ずるい。そんな事を不意打ちで言われたら、何も言えなくなってしまう。変な研究に巻き込まれ、実験という名の暴走で迷惑はかけられるけど。毎日が楽しい事は否定できないし、するつもりもない。あの時、師匠の家へ行く事を選択していなければ。今こうしている時間も存在していなかったのだから。