第五話 僕の過去、師匠の過去―前編―
「今日はお休みですー。フェン君、外出しますよー」
結界発動装置(イケイケ君、師匠命名)がある程度の完成を見せ、適当な国に売り付けた翌日だった。師匠が、いきなりそんな事を言い出したのは。
「最近フェン君は、働きすぎなのです。あんまり相手してくれませんし!なので今日は、開発も製薬も禁止で、休暇にしたいと思いますー。弟子の体調管理も、師匠の努めですよね?」
本音は前半だ。大事な事なので、もう一度。本音は前半に集約されている。そういえば、師匠の努め、という台詞が多い気がする。自覚というより、その言葉に酔ってるようなものか。こんなちびっ子なのに。
「ではでは、準備が終わったらこの魔法陣を起動させてくださいー。行き先は設定済みですので、安心してくださいねー」
だから、あなたの安心しろ、は不安材料だと何度言えば・・・。もういい、最早何も言うまい。こうと決めたら梃子でも動かない人だし、諦めて付き合うしかないんだろうな・・・。
さて行き先はと思ったら、何処ぞの国の王都だった。道理で見覚えがあるな、と感じるわけだ。僕の生まれた街であり、10歳の頃まで暮らしていた所なんだから。
「この前、ちょろっと記憶を覗き見させてもらいましてー。楽しそうに暮らしていたから、どんな場所なのかな、と気になっていたのですー。まずかったですか?」
まずいなんて、どんな意味だったとしても、そんな訳がない。十年、それだけの間離れていた場所だけれど、僕にとっては一番大切な思い出がある場所だ。なんだかんだはあるけれど、今が一番楽しい時間なら。ここに眠る思い出は、一番幸せだった時の物なんだろう。
「行きたい所は、もう見当を付けているのですー。ほらほら、こっちですよー」
ふと思い出す。そういえば何で僕は、一人で生きていたんだっけ、と。この街に両親がいるはずで、確かにそんな記憶は残っている。忘れちゃいけない事のはず、なんだけどな・・・。
歩き続けて辿り着いた先は、町外れにある丘だった。風が集まる場所と言われる所で、王都が一望出来る。モンスターなんかは自生する草や花の影響で近寄れない、数少ない安全地帯でもあった。
「最初の目的地はここですー。一緒にお参りしましょう?」
そんな場所の片隅に、ニつの小さな盛り土をしている物があった。それを見た瞬間、何故か自然に涙を流していた。
「そっか、ここって・・・」
「はい、フェン君のご両親のお墓ですー。お話を全く聞かないのでちょっと不審に思い、記憶を覗いた際一緒に調べさせてもらいましたー。頑丈に鍵がかかっていたので、時間はかかりましたが。駄目ですね、長年の癖というものは。ふざけちゃいけない場面なのに、口調が戻せませんー」
思い出せましたか?という言葉と同時に、色々な事が頭から溢れてくる。自分でも、すっかり忘れていた。僕が帰れる家はもう無くて、家の手伝いで叩き込まれた製薬技術だけが、僕の生きる術だった事を。原因はまあ、よくある話だ。
僕の生家は、王都では有名な薬店だった。うちの薬を求めて馬車で来るような、遠い町からも患者さんが来る程度には。それというのも来る者拒まず、やって来た患者さんの症状や体質に合わせた薬を、その場で作っていくという方針だった為で。
そんな店だったから、従業員もそれなりにいた。接客担当が日替わりで数人、後は素材収集や仕入れ、配達要員に十数人という位だったけど。そのうちの一人が強盗を手引きして、両親とその時に居合わせた従業員が全員死亡、という所だ。売上は結構な金額であったみたいだけど、その大半を給料や寄付に回していたから、実際はカツカツな生活だったのに。思い返してみれば、それ程裕福な暮らしだった記憶は無い。そうでもなければ、まだ10才にもならない子供が、家の手伝いで遊ぶ暇も無い、なんて事にはならないだろうし。その頃から料理や洗濯は僕の仕事だったっけ・・・。
両親を恨んでいるか、と聞かれれば答えは否。その時の経験があるから今の僕があって、製薬知識なんて貴重な物も得られたわけだし。
「私が覗いたのは、断片だけですー。詳しい事は、今は話さなくても構いません。今はただ、思いきり泣いても笑いませんよ?」
数十分も経っただろうか、師匠がそんな事を言ってきた。僕はといえば、ただ佇んで涙を流しているだけだったらしい。何で忘れてたんだろう?一番大切で、それこそ本当に忘れちゃいけない事だったはずなのに。